第30話 ささやかな宴
さっそく、僕らは倉野さんの叔父さん、バートさんの案内で車が停めてある場所まで案内された。使い込まれた大きなバンだ。
いつも大きな荷物を運ぶことに使っているに違いない。後ろのトランクには段ボールが敷き詰められていた。
僕らは倉野さんの叔父さんに車の中で自己紹介する。
「よかった! アナベルが楽しく過ごしているって聞いて! しかも、トレジャーハンター部なんて! とても面白いよ!」
バートさんの日本語は倉野さんよりもたどたどしい。聞けば、やはり家族の中で日本語が一番うまいのは倉野さんらしかった。
倉野さんのおじいさんが日本に留学してきていて、亡くなったおばあさんが日本の人。
倉野さんはおじいちゃん、おばあちゃん子で、日本の話をよく聞いていた。倉野というのは、おばあさんの旧姓で学園では便宜上名乗っているそうだ。
バートさんは半分が日本の血が流れているけれど、それほど日本に興味がなかった。それでも、簡単な会話は家族全員出来るらしい。
それを聞いて、僕らは全員ホッとした。英語は授業で習ってはいるが、簡単なあいさつや単語以外は自信がない。ちなみに、倉野さん一家は英語がペラペラだそうだ。確かに倉野さんは授業でも、簡単に問題に答えていた。
「さあ、着いたよ」
ついに僕らは倉野さんのオランダの実家へやって来た。ずっと寝ていたとはいえ、長旅で疲れていたからだろう。落ち着いたクリーム色の壁の家見ると、ホッと息をつけた。
スーツケースを車から降ろして、前を行くバートさんと倉野さんに続く。
「ファーダー、ムーダー。ただいま!」
バートさんのときと同じように、倉野さんは二人の男女の胸に飛び込んでいく。お父さんとお母さんだ。顔立ちはお母さんに似ていて、髪色はお父さんに似ていた。
なにやら、オランダ語でペラペラと話しこんでいる。
「キミたちはこっちで休むよ!」
見かねたバートさんがリビングのドアを開けてくれた。
「あ、ごめん。みんな」
倉野さんが家族団らんを中断して、こっちを振り向く。
「みんな、トレジャーハンター部のメンバー。右から透、深志、貴由先輩」
倉野さんは津川先輩には一応、先輩と呼んでいる。倉野さんのお父さんとお母さんはニコニコと笑顔で紹介を聞いていた。
みんなで、よろしくお願いしますと頭を下げる。
「アナベルがいつも楽しそうに話してくれるよ」
「本当、ここまで来てくれるまで仲良くて嬉しいね」
やはり、バートさんぐらいのカタコトな日本語だ。僕らはちょっと苦笑いしてしまう。
とても仲の良い四人組として来たわけではなく、子供だけの海外旅行に釣られてきたようなものだったからだ。
「とにかく、中に入って。オパも待っている」
オパ。おじいさんのことだ。
倉野さんがそっとリビングをのぞき込む。
「オパ。寝ている」
僕らも中をのぞき込む。手作りのものが多いがオシャレなソファやテーブルで、暖かな雰囲気だ。
揺れるロッキングチェアで、白いちょびひげの生えたおじいさんが目を閉じていた。テレビ通話でも見たけれど、倉野さんのおじいさんに間違いない。
倉野さんのお母さんが先におじいさんの元に向かって、膝にかかっているブランケットを整えた。
「オパは一日のほとんどを寝ているの。ご飯のときだけ起こすの」
倉野さんは残念そうだけど、おじいさんへのあいさつは後にする。
スーツケースを持って、僕たち男子三人は部屋に案内された。いつもは二人部屋の客間だが、簡易ベッドを一台借りて来たそうだ。
それを見て、真っ先に津川先輩が大人発言をする。
「二人がベッドを使ったらいい」
「いや、津川先輩が使ってください。僕たちが交代で簡易ベッドを使うんで」
僕がそう言うと、水上くんも頷く。僕たちを見て引かないと思ったのだろう。津川先輩がそれならとさらに提案する。
「十日も泊めてもらうんだから、三日おきに交代しようか。うん。その方が綺麗に使うよね」
確かに水上くんの手にはさっそく空港で買ったお菓子がある。簡易ベッドで空間が埋め尽くされているので、食べるとしたらベッドの上になるだろう。
「水上くん。綺麗に使うんだよ」
「どうして、僕に言うんだよ!」
荷物を簡単に整理したら、順番にシャワーを浴びさせてもらう。全員がサッパリして、ダイニングに呼ばれる。
そこには歓迎のごちそうが用意されていた。
野菜とソーセージを煮込んだものに、芋を揚げたもの、円形状の揚げ物もある。
「キミたち、待たせすぎだよ」
バートさんがすでにビールを瓶で飲んでいた。まだ昼間だ。
「叔父さん、お酒好き」
「そうなんだ」
ちょっとびっくりしたけれど、ひとりで機嫌よく飲んでいるだけなので文句を言えるわけもない。倉野さんのおじいさんも食卓にゆっくり手を引かれながら移動した。
僕たちはジュースを配られる。倉野さんのお父さんがコップを持って立ち上がった。
「みなさん、来てくれてありがとう。かんぱーい」
「「「「乾杯!」」」」
こうして初日のささやかな宴が始まった。
料理は全部美味しい。特に、円形状の揚げ物、クロケットの中身がクリーミーで牛肉の味も染みていて美味しい。なんでも、コロッケの原型だそうだ。みんな、これが一番美味しいとクロケットだけが真っ先に無くなる。
倉野さんのおじいさんは相変わらず喋らないが、倉野さんのお母さんがスプーンで少しずつ口に運んでいた。
「オパ! あとで一緒に絵を見ようね!」
倉野さんが声を掛けると、おじいさんは小さくうなずいた。
僕たちはそれを見てほのぼのとする。せっかく、学園から大きな荷物で持ってきたのだ。しっかり見てもらわなければならない。
「理事長もきっと喜ぶよ」
さらにご機嫌になったのかバートさんが立ちあがった。
「よーし。踊ろう、みんな」
リビングに置いてあったアコースティックギターをかき鳴らし始める。
「ははは……」
さすがにそれほど愉快な気分でもない。しかもまだ食事中だ。
「あれ? オパ?」
ただ、倉野さんのおじいさんが手を上げて立ち上がろうとする。もしかした、踊ろうとしているのかもしれない。
「さっすが! ノリがいいな!」
バートさんはさらに上機嫌にギターをかき鳴らす。
あれ?と津川先輩がつぶやいた。
「何か言っていないかい?」
そう言われてみたら口をもごもごとさせている。隣にいる倉野さんが耳を近づける。
「なに? 引き出し?」
もしかしたら、踊りたいわけじゃないのかもしれない。
「あっ! たぶん、あの棚を指しているんじゃないかな」
水上くんの言葉でなるほどと思った。おじいさんが指さしている先は、食器類を飾っている飾り棚があり、棚には引き出しもある。
「ああ!」
何かを思い出したのは倉野さんのお父さんだ。どうやら心当たりがあったようで、飾り棚へと歩いていく。
「確か大事にしまっておくように言われたやつが」
棚から何か箱を取り出して、おじいさんの元へ。
普通の一辺が三十センチくらいの紙の箱だ。
今度は全員に聞こえるぐらいの声で、おじいさんがプルプルした声で言う。
「なぞ。これ、イズミが送って来た、なぞ。解いて」
「「「「え?」」」」
おじいさんの口から謎という単語と理事長の名前が出て来たことに、僕らはまずは固まることしかできなかった。
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