第7話 トレジャーハンター部


 学園の施設は、基本的には公立の高校とは大して違わない。古い施設もあるけれど、家庭科室のコンロは最新のIHの物に変えられていた。


 図書室も大きく、最新の書籍も発売日からそう開けずに入って来ていた。もちろん購買部で書籍を注文することも可能だ。日用雑貨も多く通り揃えられている。可愛い雑貨は結構女子に人気があるらしい。


 西棟に行くこともないが、東棟とそう変わらないそうだ。鏡写しのように、特別教室の位置も大体同じだという。


 東西の校舎の真ん中は、中庭になっていた。そこで雨が降っていなければ水上くんとベンチに座って、昼食を食べる。


 食べているのは購買部で買ったパンだ。


 初日に勧めてもらったカレーパンはやっぱり美味しい。サンドイッチも買っていて、卵サンドを中の卵をこぼしそうになりながらほおばる。


「若狭くんが来てから一週間か。学園の生活には慣れてきたよね?」


 肯定的な返事を期待する質問に、少しだけ苦笑する。


 寮の部屋が同じで、クラスも同じ。自然と行動を共にすることになる。


「そうだね。なんか、妹や弟たちの面倒を見なくていいのは不思議な感じだけど」


 クラスメイトには話していないけれど、水上くんには大家族だということは話していた。感想は大変そうだねと、あまり実感がわかない様子だ。


 聞くと本人は一人っ子らしい。


「部活はしないの?」


「うーん、色々と興味はあるんだけど……」


 運動が苦手でも、文化的なものが苦手でもない。


 ただ、どれも平均的でとびぬけたものがないから決め手に欠けた。


「家事は得意だけど、だからって家庭科部に入ろうとは思わないんだよね」


 家で散々やって来たことだから、せっかく学園に来たなら他のことがしたかった。


「まぁ、急ぐ必要はないし、興味が沸いた部活があったら見学してみるよ」


「ふーん。そのときは一緒に行こうかな」


 水上くんは帰宅部だ。まだ一年の五月でもあるし、部活にも入っていないならクラスで少し浮いていても仕方ない。僕もあまりおしゃべりな方ではなかったから、水上くんのゆったりとした空気は一緒にいて楽だった。


「あなたたち、部活探しているの?」


「「え?」」


 声に反応して顔を上げると、クラスメイトの顔があった。


 ただ、クラスメイトではあるのだけれど……。


「倉野さん。えっと、オレたちに何か用?」


 声の主はクラスメイトの倉野さんだった。突然話しかけられて、水上くんも戸惑っている。


 それもそのはずだ。


 本名を倉野アナベルさん。おじいさんがオランダ出身で、他にも海外の血が混ざっているらしい。肩までのサラサラヘアが印象的な美人。


 ただ、美人な分だけ睨まれるとかなり迫力がある。というか、いつも目を細めていた。


 威圧的な雰囲気は、登校初日だけではなかったのだ。


「部活、入りたいんだよね?」


「い、いや」


 入りたいわけじゃない。


 そう言おうとする前に、目の前に一枚の紙が迫った。どう見ても、部活勧誘のチラシだけど、文字を目で追うと僕と水上くんはポカンとしてしまう。


「トレジャー、……ハンター部?」


 普通の学校では、まず見かけない部活だ。


「えっと、倉野さん、何をする部活なの?」


 水上くんは倉野さんの圧よりも、好奇心の方が勝ったようだ。声に微かだが喜色がにじんでいた。


「もちろん、宝を探すに決まっている」


「宝を探す。もしかして部員の一人が宝を隠して、それを他の部員が探すとか?」


 子供っぽい遊びのようだけれど、楽しそうではある。


 だけど、倉野さんの返事はそんな生易しいものではなかった。


「いいえ。この学園に隠されているという財宝を探す部活」


「「ザイ、ホウ……?」」


 僕と水上くんがカタコトになる番だ。呆ける僕たちに対して、いたって真面目に倉野さんは語り始める。


「昔、この学園に交換留学で来ていた祖父から聞いた話。従慈学園には世界の宝が隠されているって」


「世界の宝?」


「めちゃくちゃ高価なお宝ってこと?」


 いまいち理解できないけれど、九十年以上歴史のある学園だから逸話が残っていても不思議ではない。


 倉野さんは少しためてから、ゆっくりと頷く。


「もちろん祖父はどんな宝かまでは教えてくれなかったけれど、確かにこの学園に隠されていると言っていた。そして、手掛かりは代々この学園の理事長が握っている」


 思わずゴクリとのどを鳴らす。


 学園に眠っている宝。それは、徳川の埋蔵金の類のものだろうか。


「じゃあ、理事長に話を聞かないと。あ、でも、理事長って亡くなったばかりだよね」


 思い出したように、水上くんが言う。


「そうなの。理事長代理が居るらしいから、その人に。でも、全然捕まらなくて」


 倉野さんの言葉に、「あ」と気づいた。


 理事長代理って、向井さんのことだ。向井さんの連絡先なら知っている。


 ただ理事長が亡くなったばかりにも関わらず、僕の面倒もみてくれていた。仕事を押して作業をしていただろうから、いまは忙しいかもしれない。


 向井さんを知っていることを二人に伝えるべきだろうか。


「だから、理事長代理を探すためにも部活に入って。三人以上いないと部にできない」


 迷っている内に、倉野さんが話を進める。


「い、いや。僕たちは違う部活に入ろうかって言っていたんだ。なっ、若狭くん」


「あ、ああ。そう、写真部とか興味、あるかな?」


「そうそう。若狭くんって、スマホで写真撮るの上手いんだ。きっと、本格的なカメラでもすぐに上達するよ」


 スマホで写真を撮ることは、チビたちの面倒をみることに忙しい僕の唯一の息抜きだった。もちろん学園では、他にも出来ることがたくさんある。


 だけど、いい被写体だと思うと、思わずスマホを出してしまうことは変わらない。


「そうなの? でも、掛け持ちでいいから考えてみて」


 倉野さんはそう言って去っていった。僕は微妙に凝り固まった顔で横の水上くんを振り向く。


「……どう思う? 今の話」


 水上くんは眉を寄せて、肩をすくめた。


「どうって。どう考えても、まゆつば物だよね」


「確かに。でも、古いものってそれだけで価値があるよね」


 例えば当時は価値の低いツボだって、保存状態が良ければ何十年も経てば価値が出て来るかもしれない。おもちゃであってもネットオークションに出せば、コレクターが勝手に値を上げてくれるような気がする。


「簡単に見つかりそうなら、協力してもいいのかも」


 水上くんが残っていたカレーパンにかじって、ふんと鼻息をかすかに漏らす。


「若狭くんって、頼まれたら断れないタイプでしょ」


 実際に断ることは苦手な方なので、違うとは言えなかった。


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