第16話 三つの像


 結局、晴れ間が差したのは、五日後だった。


 放課後、僕らトレジャーハンター部の四人は、東棟の中庭に集まる。水上くんが青々とした空をまぶしそうに見上げた。


「さすがに星が出るような時間には、寮に帰らないといけないよね」


 学園内の寮でも門限がある。


 午後八時以降は、男子寮、女子寮共に外に出てはいけない決まりなのだ。寮の外に出ても、コンビニも何もないのだから出る意味はないのだけれど。


「それで、水上くん。どこに白鳥の像があるの」


「ああ、こっちだよ」


 水上くんは中庭の北東の方へと向かう。中庭は直角三角形の逆の形になっていて、ちょうど北東が角になっていた。


「確か……。あ、あったあった」


 中庭の植え込みは綺麗に整えられている。季節が違うので花はついてはいないが、たぶんツツジの葉っぱだろう。その中に埋もれるようにして、くちばしだけが出ていた。


 水上くんが葉っぱを避けると、確かに古びた白鳥の像が出て来る。鈍い青のよくある銅像と同じ色だ。


「こんなのよく見つけた、深志」


「たまたま、ここで持っていたパンを落としちゃったんだ」


 感心した様子だった倉野さんが、一気に呆れたような表情になった。


 津川先輩が像をよく見ようとしゃがみこむ。


「でも、これは白鳥じゃないね。アヒルか、ガチョウだろう」


 僕も像を確認してみる。


「ああ、確かに津川先輩の言う通りですね。白鳥だったら、もっと首が長いですから。えーと、川柳の方は」


 ポケットから川柳が書かれた紙を取り出す。倉野さんが紙をのぞき込んで、川柳を口に出して読んだ。


「帰る王 渓谷の夜 星が交わる」


「渓谷って、きっと中庭のことだよね。ちょうど、校舎に囲まれて谷みたいになっているし」


「でも、ガチョウのことなんて書いていないね」


 水上くんに言われて、僕もあごに指を当てて考え込む。


「白鳥だったら、夏の大三角の星座で関りがあるような気がするけど」


 ガチョウでは星と関連はない。スマホを調べてみると、ガチョウ座なんて星座もない。代わりにガチョウをくわえたコギツネ座なんてものがある。


「もしかしたら帰る王って、カエルの王様のことかな。グリム童話のひとつさ」


 さすがに津川先輩は本のことには詳しい。水上くんも頷く。


「ああ。たしか、カエルにされた王様の話だよね。王女様の池に落とした金の鞠を拾う代わりに、面倒を見てくれって話だったはず」


「うん。そうだね。何か関連があるんじゃないかと思うんだ」


 こじつけな気もする。けれど、ヒントは他にない。場所は中庭に違いないのだ。


「何か手がかりがないか探してみましょう!」


 僕らは散り散りになって手がかりを探しに行く。


 水上くんと津川先輩は植え込みを、倉野さんは中央にある小さな池へ。僕はガチョウの像を写真に収めてから、役割分担だと思って池の方へ向かった。


 倉野さんが池の側でしゃがみ込んでいる。


「どう? 何かある?」


「ない。ゴミ一つない」


 短い枝を拾って、すぐ近くの水草をつついていた。


 それでは、何も出てこないだろう。


「きっとガチョウの像みたいに、はっきりした手がかりがあるはずなんだ。あれだけ、中庭で異質なものだからね」


 と言っても池の周りは何もなく、さっぱりとした様子だ。まさか池の中をのぞくわけにもいかない。小さな黄色い小花が咲いているので、スマホで写真を接写した。


 倉野さんがのぞき込んできた。


「相変わらず上手い。写真、どこか載せてる?」


 スマホを取り出したので、SNSを聞きたいのだろう。


 だけど、僕は教えるつもりはない。


「気に入ったものはたまに現像しているけど、SNSには上げていないよ。良かったら、今度アルバムの方を見てよ」


「うん。分かった」


「だけど、手がかりはなさそうだね。やっぱり、中庭の手入れも向井さんがしているのかな」


 向井さんは秘書のはずだが、用務員の仕事もしているようだ。


 これだけ広い学園を向井さん一人で管理しているとは思えない。だけど、服装や手慣れた様子を見ていると、かなり秘書の仕事よりも力を入れていそうだ。


「金の鞠でも池の中に落ちていない?」


 カエルの王様に出て来る重要アイテムだ。


 だけど、池の中をのぞくわけにはいかない。汚い池ではないが、底が見えるほど澄んでいるわけでもなく、入ってまで探すのもいかがなものか。


「池の中に入ってまでいけないほどの謎かな? 図書室の場合は謎が分かれば簡単に手に入れられたし、焼却炉の場合はふたが錆びてはいたけれど、がんばれば開けられたし」


「一理ある。とりあえずは、他を探す」


 中庭は広い。白鳥の像のようにヒントが植え込みに埋もれていたら、きっと簡単には見つけられないだろう。僕と倉野さんも、バラバラになって中庭を探し始めた。


 十分ぐらい捜索が続いたとき、水上くんが声を上げる。


「あ! 何かあるよ! しかも……!」


「カエルの像!」


 校舎の近くに木々が密集して植えられている。その木の根元に半分隠れるようにして、カエルの像が置かれていた。手のひら大のカエルがどしっと座り込んでいる像だ。長く置かれていたせいか、頭が緑色に苔むしていた。


「これが帰る王のカエルなのかな」


「手がかりある?」


 倉野さんがカエルの像を隅々まで見ていく。しかし、なんの変哲もない石の像のようだ。


「渓谷は中庭のことだろうね。夜、そして星が交わる」


 津川先輩は空を見上げる。まだ、星は出ていない。白い雲が薄く流れていく。


「星が交わる。星が交わる……」


 像をじっくり見ていても、謎は解けない気がする。


 白鳥の像は中庭の北東にある。カエルの像は南東の端だ。


「もしかして、ガチョウの像とカエルの像との間に何かあるのかな」


「像を星ってことにするんだね。つまり、星の交点ってことだ。でも……」


 水上くんと僕はそろって、ガチョウの像の方を向いた。


「どこにある?」


 倉野さんが首をかしげるのも当然だ。一直線に結んでも、どこにあるかも分からない。


「もうひとつ、手がかりがいりそうだね」


 津川先輩が言いたいことは、すぐに分かった。星が交わるためには、像が三ついるのだ。


 おそらく、もうひとつ星になる像か目印があるのだろう。


「やっぱり手分けして探すしかなさそうですね」


 僕たちは再び中庭に散る。


 だけど、この日は何も見つけることは出来なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る