第2話 贈られた学園
丁寧過ぎる達筆な文字を追うごとに、目が限界まで開いていくのを感じた。
「い、遺贈?!」
思わず手紙を握りしめて叫んでしまう。一瞬、この漢字がどういう意味か考えた。遺して贈るだから、亡くなったときにする贈与だ。
手紙の文面から考えても間違いない。でも、どうして僕に?
「いぞう?」「いぞーっ!」「いぞーっ?」
遠巻きで様子を見ていたチビたちが、こぞって手紙をのぞき込みに来た。僕も呑気な声で、そう問いただしたい。
「いぞうって、なに? お兄ちゃん。この手紙の人から何かもらうの?」
一番年上の妹がよく分かっていないのだから、チビたちには見当もつかないだろう。
「ああ。確かにもらうんだけど……」
贈り主は私立慈従学園の理事長、坂東和泉。僕に坂東の姓に知り合いはいない。
学校の理事長なんて知っているはずないし、そもそもこの慈従学園という学校の名前を一度も聞いたことがなかった。
僕より頭一つ分、背の高い男性の顔を見上げる。
「冗談の類ではない。理事長は本気だ。まあ、すでに他界されて、今日が葬式だったわけだが」
やけに黒いスーツだと思ったら、どうやら法事の帰りだったようだ。
「これはつまり、遺言ってことですか」
「ちゃんとした遺言書は他にある。だが、権利書にサインをすれば学園は君のものだ。その権利があるという証拠だ。それは」
「はあ……」
遺言書とか、権利書とか。聞かされても、ただただポカンとするだけだ。
「すごい! お兄ちゃん! 学校の理事長になるの⁈」
「えっ!」
「大金持ちだ!」「やったー!」
僕の気持ちを置いてきぼりに、妹と弟たちははしゃぎだした。
確かにいきなり降って沸いたようなうまい話だ。
だけど、うまい話ほど簡単に信用してはならない。
「待った! そもそも、本当にこんな学園があるとも限らないし、学園継げって言っても借金まみれかもしれないだろ!」
強面男性を目の前にして、こんなことを叫ぶことはばかれたが、詳しいことは分からない。うっかり浮かれて頷くわけにはいかなかった。
しばらく男性は黙っていたが、スマホを取り出して操作し始める。
そして、一つの検索画面を映して差し出してきた。確かにどこかの学校のホームページらしきものが映っている。
「これが慈従学園。長野県の山の中にある。疑うなら検索してみろ」
「えっと」
僕は自分のスマホを取り出して調べてみる。チビたちがのぞき込もうとしてくるので、しゃがみこんで見えるようにしてやった。
青空と森林をバックに校舎の一部が映っている。立派な校舎で造りはしっかりしていそうだ。白い壁で、くすんだ緑色の瓦屋根の建物。
明治時代を思わせて、ずいぶん古めかしく見えた。ついついと、スマホを指で操作して説明文を読んでいく。
「創立、九十三年!?」
古く見えるはずだ。もうすぐ百年は経つだろう施設なのだから。
「施設はどれも年代物だ。増築しているところもあるが、ほとんどが設立当時のもの。敷地は公立のものとしたら、倍以上あるだろう」
「ああ。じゃあ、かなり生徒数も多くて」
「いや、山の中にあって全寮制なものだから、人気がない。ここ数年は定員割れしている」
僕はあからさまにガッカリした顔をしただろう。
男性はそれでも淡々と続けた。
「突然のことで驚いただろうが、理事長は君をご指名だ。理由は分からない」
はぁと余計気の抜けた声がした。この人が分からないなら、誰が分かるというのだろうか。手紙の通りなら縁のある人はひとりもいないと書いてあるのに。
「ただ手紙にも書いている通り、権利であって義務ではない。相続を放棄することも可能だ。その場合は三か月以内に、という条件があるがな」
絶対に相続する必要はないと聞いて、少しだけ安堵する。売るにしても棚からぼたもちな話だけど、こんなでかいプレゼントをもらっても正直手に余るだろう。
そもそも、いきなり学園を売ったら在籍している生徒たちが困る。いくらお金に余裕がないからって、僕はそこまで悪魔ではない。
父さんと母さんに話しても、すぐに学園を見る前に断った方がいいと言うに違いない。それでも、この話を両親になにも相談しないわけにもいかないだろう。
僕ひとりでは決められないと最初から分かっているのか、男性は名刺を差し出してきた。
「俺は
名刺には名前と電話番号などが書かれている。肩書は理事長秘書となっていた。
「じゃあ、よろしく頼む」
向井さんは片手を上げて、颯爽と去っていく。
チビたちがいたずらするといけないので、手紙と名刺はタンスの中に大事にしまう。父さんと母さんが帰って来るまでに、残りの家事をすまさなければならない。
ところが、こんな日に限って、二人の帰りは遅かった。
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