第21話 女神様は懲らしめたい
盗賊団が出る。そう言うスズネが指した先に目を凝らすと、草原の中に岩肌が隆起した地点が見えて来た。小さな崖のようにそびえる岩々は馬車道も近く、通りかかった獲物を待ち伏せするのには格好の隠れ場所だろう。
「まずは馬車を停めてもらうニャ」
スズネが先頭の馬車の商人に合図を出し、しばらくして馬車は道の只中で停止する。そして商人は馬車を降りて、荷車の点検するフリを始めた。こちらが盗賊団に気づいているのを悟らせないためだ。
「盗賊団って、まさか人が襲ってくるのか?」
「そのまさかニャ。魔王が現れて混乱した時に、ギルドから盗んだ『適性の玉』を使って冒険職を悪用してるニャ」
「冒険職のスキルを使ってくるのは厄介だな」
まだこの世界に来て日は浅いが、冒険職が使うスキルは便利で強力だと言うのは理解している。そんな物を使って襲われたら、冒険職ではない人達はひとたまりも無いだろう。
「厄介な上に規模が大きくなってきて、王国も手を焼いてるニャ。ギルドも玉を盗まれた責任があるから、S級冒険者の執行人シャドウが盗賊団のボスを捕らえるために動いてるらしいニャ」
「S級まで出て来てるのか」
そこまで事が大きくなっているのなら、世界を救う勇者としては他人事ではないだろう。
「なぜなんでしょうか。魔王の出現で世界が大変な時に、なぜ人が人に悪事を働こうと考えてしまうのでしょうか……」
女神として思う所があるのか、ルイーナは険しい顔をして憤っている。
「やっぱりこう言う事は許せないか?」
「許せない、とは違うんです。でも私は怒ってます。色んな考えを持つ人々がいるのは理解していますが、自ら他人に危害を加えようと考えるのはいけない事です。そう言う子達には、自分達のしている事をきちんと反省して欲しいと思っています」
ルイーナがこうやって怒るのはまだ見た事無かったが、なんともルイーナらしい怒り方だ。自分の見守る世界の住人であるからこそ、反省を促したいんだろう。
「ならあそこに隠れてるやつらを懲らしめて、反省させてやろうか」
「はい。まずはしっかり、お仕置きをしないといけませんね」
ルイーナに乗っかる形で提案した俺に、彼女は微笑みで返した。その笑みには、悪い事をした子供を叱る時のような迫力を感じる。
「お仕置きするのはソルトの力を見せ付ければ良いけど、盗賊団に入るようなやつらをどうやって反省させるニャ?」
「それについては私に考えがあります。ちょっと自信はありませんが、もしかしたら少しでも気持ちを入れ替えてくれるかもしれません」
◇◇◇◇◇
馬車道は見晴らしが良く、こちらは既に盗賊団に見つかってると言う判断の元、あえて馬車をやつらが隠れる小高い岩陰の近くまで移動してもらった。
そしてルイーナの作戦を実行すべく、俺達はやつらを誘い出すため昼食を取る準備をする芝居を打っている。
「彼らに届くと良いのですが……」
「大丈夫。きっと伝わるよ」
今回の作戦の立案者であるルイーナは、緊張しているようで動きが若干固かった。
一方、一緒に芝居をしてくれている商人は、椅子代わりの空の木箱を並べたりして黙々と作業をしている。この肝が据わり方はやはり商売人と言った所だろうか。
「さて、上手く釣られてくれるかな」
「行ける行ける。あいつら今調子に乗ってるはずだし突っ込んでくるニャ」
そうして焚き木の準備までが終わり、本当に食事の支度に入ってしまいそうになった頃。その時は訪れた。
「イヤッハァーー!!」
突如岩陰の方向から聞こえる高揚した叫び声。そちらに目をやると狼型のモンスターに乗った一団が、岩肌の傾斜を下りながら勢いよくこちらに向かって来ていた。
「来たか!商人さんは避難して下さい!」
流石に慌てた様子の商人が、急いで馬車の中へ逃げ込む。それを確認して、俺はやつらに対して突っ込むように走り出す。敵にモンスターがいると言う事は、俺を一番に襲ってくるからだ。
「お、おい!止まれ!止まれよ!」
「急にどうしたこいつら!?テイマーのスキルでも言う事聞かねえ!!」
「仕方ねえ!飛び降りろ!」
スキル【魅惑の頭】で自分達の乗るモンスターが、俺に引き寄せられて制御不能になった事に驚く盗賊団は、次々に柔らかな草原の上に飛び降りていく。
「ガルル!ガ──」
そのまま俺に対し噛みつこうとして来た狼モンスター達は、【ダイヤヘッド】の反射ダメージにより断末魔も途中に消えていった。
「オレのダイアウルフ達が!」
「あいつ何したんだ!?」
「あの頭……まさか噂の!」
盗賊団は全部で7人。全員頭をすっぽり覆う頭巾を被っているためその表情は分からないが、その声には困惑が浮かぶ。
一団がモンスターに乗っていたおかげで、勢いが削がれて隊列が乱れた状態になったのは好都合だ。
----------
盗賊団 ♂ 職業:ファイター Lv22
盗賊団 ♂ 職業:ウィザード Lv28
盗賊団 ♂ 職業:モンスターテイマー Lv17
----------
先頭にいる盗賊団3人のステータスが表示される。いつもと違って名前は全て『盗賊団』として表示され、種族は表示されていない。
顔を隠す不気味な笑みのデザインの頭巾が、その正体まで隠していると言うんだろうか。
「まあこいつらの馬車を分捕っちまえばいいだけだろ」
「こいつが勇者様だってんなら、きっと高く売れるぜ!」
「これで俺達もボスに覚えてもらえっかな?」
先ほどまでの驚きはどこへやら、今度は悠長に俺を値踏みして会話をする盗賊団。人を売る……やつらはそんな事までしているのか。
「勇者じゃなくてもあの頭、超レアもんだから気に入るマニアなやつもいるだろうよ!」
「っ!?」
盗賊団の言葉に、俺の後ろでそのマニアが反応する。だがやるべき事を優先してか、それ以上の反応は無かったみたいだ。
そうだ、ステイ、ステイだぞルイーナ。
「……他に隠れてるのはいないみたい。あいつらは7人で全員ニャ」
「分かった。よし、作戦開始だ」
周囲を警戒していたスズネが俺に耳打ちする。俺はルイーナに目配せをし、それにコクリと頷いたルイーナは、新たに覚えたスキルを発動させた。
「【シャドーバインド】」
スキルを唱えたルイーナの髪が煌めく。すると随分と油断している盗賊団達の影が、本人の意思を離れて蠢きだした。
別の生き物のように動き出した影は、持ち主の体に纏わりついていき、その自由を奪い拘束してしまった。
「シャドーバインドだと!?」
「ふざけんな!あれは1体しか拘束出来ないはずだろ!」
「同時に全員とか、あの金髪女どうなってんだ!」
その金色の髪が淡く光り続けるルイーナを見て、身動きが取れなくなった連中が騒ぎ始める。
本来の【シャドーバインド】は、1体の対象を指定して拘束するスキル。それを1回の発動で7人全員を同時に拘束出来るのは、彼女が女神と言う常識から外れた存在であるが故だ。
しかし今回の作戦では、この【シャドーバインド】は前準備に過ぎない。つまりここからが、彼女の時間。
──【神託】の時間だ。
ルイーナが両手を祈るように握り合わせると、その金の髪は一段と輝きを放ち始める。
「お、おい!なんかやべえぞ!」
「ちくしょう……!放しやがれ!」
焦って影を振り解こうとしている賊達。ルイーナはスキル【神託】を使って、そんなやつらの心に女神として語り掛ける。
『みなさん、盗賊団のみなさん。聞こえますか?私は女神ルイーナ。目の前いる
ルイーナは盗賊団の目の前にいる自分の事を神子と呼び、その正体を隠した。
「女神ぃ?わざわざ俺達に直接って、ありえねえだろ!」
「で、でもよ。この感覚、いつも神託で聞いてる時と同じじゃねえか?」
事ある毎にこの世界の住人に向けて【神託】を行い、言葉を発し続けて来た女神。その言葉は、この悪人共も当然聞いた事があるようだ。
『私の言葉をちゃんと聞いて下さっていたのですね。嬉しい限りです。ですがそんなあなた方が、なぜこのような悪行をしているのでしょうか。他人を傷つける事に罪悪感はありませんか?』
「う、うるせぇ!どう稼ごうが俺達の勝手だろうが!」
「そうだ!女神様には関係ねえだろ!」
ルイーナの問い掛けに、荒い言葉が返って来る。勝手、関係ない、そんな言葉に彼女は少し悲しみの表情を見せたが、それ以上は怯まずに説得を続ける。
『……世界の外で見ていただけの私には、とやかく言う資格は無いのかもしれません。ですが、あなた達は今こうして話を聞いて下さっています。それはきっと、まだ良き心が残っている証拠です。ですから盗賊団をやめて、真っ当に生きる事は出来ませんか?』
「へっ!今更やめられる訳ねえだろうが!」
「そうだ!やめてもどうせ捕まるんだからとことんやってやらあ!【ファイアブラスト】!」
拘束されている盗賊団の内、ウィザードから放たれた業火の球。ルイーナに対して襲い来るそれを、俺が間に入り防ぐ。
そして俺の頭に着弾したそれは、盛大な音と煙を撒き散らした。
「やったか!」
着弾の影響で視界が悪くなる中、手応えを確信したウィザードがその言葉を漏らす。
……やってる訳が無い。視界が徐々に開けて来た時、ダメージを一切受けていない俺を見てやつらの表情は驚愕に染まる。どうやらかなり自信のある攻撃スキルだったようだ。
「無傷?あれが直撃したんだぞ!?」
『あなた方の攻撃は勇者様には通用しません。それと、改心するつもりもないようですね。暴力に訴えるのは良くありませんが、ここは1つ勇者様に懲らしめてもらいましょうか』
懲らしめる。を合図として、スズネが岩肌の近くにあった、自分の背丈ほどの大きな岩を持ち上げた。やつらをビビらせるパフォーマンスの開始だ。
「行くよー!ふんニャっ!!」
「は!?あんなでけえのを投げた!?」
スズネが気合を入れると、大岩は頭上高く投げ飛ばされる。その光景から盗賊達は目が離せず、岩の放物線が描く先には俺の頭があった。
──【ヘッドバット】発動。
「おらあ!!」
出来るだけ派手に、俺に向かって落ちて来た大岩に頭突きをする。破片を飛ばす暇も無く消し飛ぶ岩。その余波は、頭突きをした方向にあった岩肌の崖の先端を抉っていった。
「あ……あ……!」
開いた口が塞がらない盗賊団。崖が抉れた事が良い演出になり、しっかり怖がってくれたみたいだ。
俺は恐怖の中にいる連中にさらにお灸をすえるため、一歩ずつゆっくりと距離を詰める。
「やめろ!寄るな!」
「頼む!助けてくれ!!」
流石にこちらの力を理解した賊達は、口々に助けを請い始める。ここまでやれば、後はまた彼女の出番だ。
『どうでしょう。このまま勇者様に懲らしめてもらいますか?私としては、みなさんが痛い目を見る前に反省して下さるのが1番なのですが』
ルイーナは最後の説得を行う。これであいつらが反省の色を見せなければ、俺が本当に懲らしめる手筈になっている。
「は……」
『は?』
「反省する。反省するぜ女神様!」
『え?本当ですか!』
意外にもあっさりな返事に、ルイーナが少し素を出しながら聞き返す。
「ああ、本当だ!なあお前ら!」
「もちろんだ!大人しく捕まるぜ!」
「実は俺、女神様がわざわざ俺達に直接話し掛けてくれたの感動してたんだよ!」
ええ……?何が起きてるんだ?
『え!?そ、そう思って下さってたんですか!?……こほん。あなた達も私の世界の大切な住人です。ですからこれは当然の事。これに凝りて、まずはしっかりと罪を償って下さいね』
今まで悪事を働いてきた連中とは思えない素直な反応の数々。これにはルイーナも予想外だったようだが、まあおかげで自信を持って言いたい事が言えたみたいだ。
「俺、しっかり服役してカタギの仕事に就きてえ!」
「俺はムショから出たら、女神様のおかげでやり直せたって自慢するんだ!」
「大切な住人……女神様のその言葉でもう胸がいっぱいだぜ……!」
俺としてはかなり予想外の展開。思った以上の女神人気である。
まあ、作戦前は自分の言葉が届くのかとルイーナは心配してたけど、フタを開けてみれば心配する事は無かったって事か。
彼女が女神として世界を案じて神託を行って来た日々は、ちゃんとこの世界の住人に届いていたんだ。
スキンヘッドと女神様 〜スキンヘッドにしてたらスキル100億倍って流石におかしくない?〜 丸山マル @go-go-mountain
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。スキンヘッドと女神様 〜スキンヘッドにしてたらスキル100億倍って流石におかしくない?〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます