第6話 猫獣人の恩返し

 女神の神託と輝きの勇者。俺は目の前の猫獣人からの言葉に少し思案する。

 まずは女神の神託、これはルイーナのスキルの中に【神託】と言う物があった。言葉の意味をそのまま受け取るなら、多分世界に彼女の意思を伝えるスキルなんだろう。そうなるとスズネが言った輝きの勇者は俺で合っているはず。輝きって言うのはこのスキンヘッドの事で、この世界にはいない風貌だから特定出来たんだな。


「はい。先日の神託で人々に啓示された通り、彼は別の世界から来た勇者様です」


 猫獣人に説明をしたルイーナがこちらに目配せをする。やっぱりルイーナの【神託】で勇者が異世界から来る事はこの世界に伝えられてたって訳だ。


「俺はソルト。なんとか間に合って良かったよ」


 簡易ステータスで名前が分かるとは言え挨拶は大事だ。ここはこちらから名乗ろう。


「あたしはスズネ。ソルトが火炎攻撃を防いでくれなかったらヤバかったニャ……それにしてもレベル20でダンジョンのぬしを倒せるなんて、流石は勇者って所かニャ?」

 

 スズネは飄々ひょうひょうとした感じでこちらに応えてくれた。彼女の容姿は普通の人間に近いが全身が毛で覆われており、短めの茶色の髪と同じ色の猫耳と尻尾を持っている。職業のシーフの名の通りいかにも身軽な服装といった感じだが、両手に付けた大き目の小手がその装備の中でも異質な存在感を放っていた。


「そうなんです!ソルトさんはすご──こほんっ、私はルイーナです。ソルトさんの道案内を務めています」


「ルイーナ?勇者のお付きが女神の名前と同じだなんて偶然だニャ」


 あ、やっべ。これ俺の時と同じでスズネにステータス見られたら女神だってバレるんじゃ。


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 ルイーナ ♀ 種族:ヒューマン

 職業:ウィッチ Lv10


 HP 80/80

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「まあ金髪の女の子にルイーナって名付けるのは良くある事ニャ」


 理屈は分からないが、ルイーナのステータスが書き換わっている。おかげでスズネにバレずに済んだようだ。


「ふふ……」


 どうですかバレませんでしたよ?と言いたげなルイーナが、不敵な笑いとドヤ顔でこちらを見ている。ルイーナさん?なんすかそれすごく腹が立つんだけど。


「ところで2人はこれからどうするニャ?」


「目的のぬしは討伐出来ましたし、まずはダンジョンから出て近くの町を目指そうと思っています」


 町か。まだダンジョンしか見ていないし、異世界の町がどんな感じか見るのが楽しみだ。


「それならお礼に町でご飯を御馳走したいから、一緒に付いて行かせてもらうニャ」


「ありがとう!腹が減って来てたし、素直にご馳走になるよ」


 こっちに来てから何も食べてないし、飯を食べられるならありがたいな。


「それでは出口に向かいましょうか」


「だったら、今さっき空いた天井の穴から出るニャ」


「どういう事で──ひゃあ!?」


 そう言ってスズネがルイーナを軽々と右手で持ち上げてしまった。体格的にはスズネの方が小さいはずだが、それを感じさせない程の筋力があるようだ。そして彼女が左手を天井に向けると、装備した大きな小手の中から鉤爪かぎづめの付いたロープが射出され天井の穴に引っ掛かった。


「ちょーっと我慢してるニャ!そーれ!」


 掛け声と同時にロープが巻かれ、2人は天井へと引っ張られていく。あっという間に天井の外に出たスズネはルイーナを下ろし、またダンジョン内に戻って来た。


「お待たせソルト!」


 そのまま流れるように、俺を苦労する事なく持ち上げてしまうスズネ。


「おお!本当にすごいパワーだな」


「ふふん。獣人って言うのはそういうものニャ」


 得意げに言うスズネ。小柄な体格からは想像できないその力は、どうやら獣人の特徴の1つみたいだ。

 そのままルイーナの時のように、スズネと俺はロープで天井からダンジョンを脱出した。


「これが……これが異世界の景色か!」


 ダンジョンの外で俺達を待っていたのは、広大な草原。連なる山々。そして、遠くにかすかに見える暗黒の雲。ゲームで見ていたようなファンタジーの世界がそこに広がっていた。それは今がこの世界にとって大変な状況だと分かっていても、わくわくする気持ちが湧いて来てしまう眺めだった。


「あ、そう言えばついでにこんな物を拾ってきたからあげるニャ」


 俺が景色に浸っていると、スズネがいつの間にか持っていた赤い宝石を渡して来た。


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 □アイテム入手

 ・ルビーの精霊晶:ルビードラゴンのマナで出来た大結晶

 ・ルビーの結晶:中サイズの精霊晶のかけら

 ・ルビーの結晶:中サイズの精霊晶のかけら

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「レアアイテムみたいだからあたしのスキルで鑑定したけど、何に使うのか良く分からなかったニャ。でも高く売れると思うからソルトにあげるニャ!」


「良いのか?見つけたのはスズネなのに」


「良いの良いの!命の恩人なんだから遠慮しないで欲しいニャ!」


 快活な返答をするスズネ。そうやって言ってくれるなら、こちらも気兼ねせずに受け取れる。


「分かった、ありがたくもらっておくよ。……でも持ち歩くには大きいな」


 特にこのルビーの精霊晶は両手で抱えるほどの大きさだ。俺とルイーナは特にアイテムを持ち運ぶ袋などを持っている訳ではない。一方のスズネは腰にアイテム用の袋を提げているが、それもそこまでの大きさではない。どうしたものか。


「それなら、ウォッシュルームにしまっておけますよ」


「その手があるのか!あれ?ルームのアイテムって扱いになると持ち出し出来なくなるんじゃないか?」


「そこは大丈夫です。ウォッシュルーム専用アイテムは持ち出し不可ですが、外から持ち込んだアイテムは自由に取り出す事が出来ますから」


「なるほどな。かなり便利じゃないか!」


 ルイーナの提案に俺はハッとした。ウォッシュルームには大き目の収納もついていた。加えてその出入口はいつでも呼び出せる。つまりウォッシュルームは、ゲームで言うアイテムボックスのようにも使えると言う事だ。


「それじゃ早速。【ウォッシュルーム召喚】!」


 良い考えだと思った俺は、ウォッシュルームの扉を召喚し中へと入る。すると


「お帰りなさいませ、マスター。頭を剃られますか?お顔剃りになさいますか?それとも、ぜ・ん・ぶ?」


「ニャ、ニャ、ニャんだこれー!?」


 一緒にルームに入って来たスズネが、ウォッシュルームの特殊な環境にとても正常な反応を示していた。

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