第15話 特徴は武器になる

「あたしは……ソルトとルイーナともっと一緒にいたい!このパーティーを抜けたくないニャ!!」


 それはスズネの心からの願い。ようやくはっきりと、本心を彼女の口から聞けた。だからもう『スズネの最初の仲間』に遠慮はしない。


「分かった。俺達はこれからもずっと一緒のパーティーだ!」


「一緒に、旅をしましょうね!」


 俺もルイーナも、スズネのその言葉を待っていたんだ。


「良いの?あたし、他の人と全然違う……獣人なんだよ?」


 あっさりと受け入れられると思っていなかったのか、呆然と尋ねて来るスズネ。彼女のこれまでの境遇を考えれば仕方が無い反応だが、ここまで来てそんな風に聞かれるのは心外だ。



。俺達が一緒にいたいんだから、それで良いんだ」


 だから俺は、スズネに言われた言葉をそっくり返してやった。


「ソルト……!言ってくれるニャ」


 しっかりと俺の意趣返しを受け取ってくれたようで、スズネの表情が少しずつ明るくなっていく。



「スズネさん、私のステータスを見て下さい」


 ルイーナがいつにない真剣な眼差しで呼び掛ける。


 

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 ルイーナ ♀ 種族:神

 職業:女神 Lv15


 HP 99999/99999

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「え……もしかして、本物なのニャ?」


 女神ルイーナの本来のステータスを見て、スズネは驚いたような、でも少し納得したような様子だった。


「ええ、隠していてすみません。スズネさん、人と違うのは私も同じなんです。でもソルトさんは最初から私の事を受け入れてくれました。あなたの事も、そうだったでしょう?」


「うん……!」


「だからもう、遠慮しなくて良いんですよ」


「うん……うん……!!」


 ルイーナの言葉を噛みしめるように、スズネは頷く。


「それじゃ、けりを付けに行こう!」


 俺は自分への気合も込めて、声を発する。さあ、話をつけに行こうじゃないか。



◇◇◇◇◇


 スズネの案内で、ゲオルグ達がいつも通っていると言う料理店まで来た。俺達がスズネと行った『スズネのイチオシの料理店』とは別の店であり、俺はなぜだかその事実にホッとしてしまった。


「もっと酒持って来いよ!こっちはダンジョンのぬしと戦って来た後なんだから、パーっと飲みてえんだ!」


「ダンジョンから帰って来たばっかりなのにゲオルグったら元気ね~。うふふ、かっこいい」


「ったく。厄介者がいなくなったのに、ダンジョンから脱出する時なんであんな手こずっちまったんだか。あー気分わりぃ!」


 ゲオルグと呼ばれた悪態をついている青年と、その横で色目を使い続ける女性が会話をしている。テーブルを挟んで向かい側にいる大柄の男は、ふんぞり返って酒を堪能していた。

 ……気分が悪いのはこっちの方だ。


「それは、いつもサポートしてくれていた仲間がいなくなったからじゃないか?」


「あ!お前は!?あの時は良く分からなかったが、お前が噂の勇者ってやつか!」


 ゲオルグは俺の事を覚えていたらしい。まあこの世界では俺の頭は一度見たら忘れないか。


「そうだ。俺はお前達が逃げた後、スズネを助けてダンジョンのぬしを倒した勇者だ」


「はあ!?お、お前みたいなやつに倒されるなんてぬしも対した事ねーんだな!……おいスズネ!生きてんならなんで俺達を助けに来ないんだよ!」


 俺の後ろにいたスズネに気が付いたゲオルグは、筋違いな事を言っている。うつむくスズネ。その体は少し震えていた。

 どこまでも不快な事を言う男だ。俺がぬしを倒したと言った時に一瞬見せた驚愕と焦りの表情、そして虚勢の言葉。ある意味で想像していた通りの人物……これはスズネに向けている感情も俺の考えた通りだろう。


「お前達がスズネを見捨てたんだろう?なんで助けに来るとでも思ったんだ?」


 俺は事実を突きつける。それがかんさわったのか、ゲオルグは立ち上がり凄んだ。


「お前……外に出やがれ。俺が相手してやるよ」


「望むところだ」



 俺とゲオルグは、店の外に出る。ここまで早くケンカに発展するとは思ってなかったが、俺の予想した展開にはなった。


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 ゲオルグ ♂ 種族:ヒューマン

 職業:ファイター Lv 54


 HP 530/530

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 流石にA級冒険者ともあって、レベルは50を超えている。が、それだけだ。同じA級のスズネのような格を、やつからは感じない。


「さーて、勇者様。倒される前に何か言う事はあるか?」


「……俺が勝ったらスズネから手を引いてもらう。スズネはもう俺達の仲間なんだ」


「まあ俺に勝てたら考えてやるけどよ。本気で言ってんのか?あいつ獣人なんだぜ?」


「本気だ。お前こそ、その言葉は本気で言ってるのか?」


 俺はゲオルグに問い返す。


「本気に決まってんだろ?まあ俺が勝つけどなあ!!」



 ゲオルグは言葉途中で俺に殴りかかる。だが俺は避けない。そのままやつの不意打ち気味の右の拳が、俺の顔目掛けて飛び込み──



「な!?」


 なんの衝撃も無く、拳は顔に当たって止まる。そこには驚きの声だけが響いた。


「なんだっ!なんなんだよこれ!」


 ゲオルグは俺に対して連続で拳を打ち込んで来るが、その攻撃は全て俺の顔にただ当たるだけ。敵モンスターでは無いから反射こそしないが【ダイヤヘッド】のダメージカットによって、やつはなんの手応えも感じられていないはずだ。まずはこのまま、俺を殴るのは無駄だと気付けば良いんだが。


「チッ!」


 やつは舌打ちをして剣を構える。だが、俺を襲う刃も全く意味を成さない。何度も剣を振るい続け、表情に焦りが見え始めるゲオルグ。


「こいつ訳分かんねえ!!バーンズ、手を貸せ!」


「おう!」


 バーンズと呼ばれた大男がハンマーを手に乱入して来る。


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 バーンズ ♂ 種族:ヒューマン

 職業:重戦士 Lv48

 

 HP 570/570

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 ついに2人掛かりで攻撃を始めたゲオルグ達。でもそれを卑怯とは思わないし、むしろ最初から2人で来なかった事を少し褒めてあげたい所だ。


「どうした勇者様!攻撃して来ねえがまさか参っちまってんのか!」


 こちらが反撃してこない事で、手応えが無くとも攻撃が効いてると思い込んでいるらしい。


「それなら仕方あるめえ!女神が召喚した勇者なんてそんなもんってこった」


「だよなあ!世界の危機って時に神託ばっかりしてきて、なーんもしてくれない無能女神が呼んだ勇者だもんな!」





 今、なんて言った?




「ううっ……っ……!」


「!」


 俺は嗚咽の声に目を向けた。ルイーナが目に涙を溜めてしまっている。俺が出来るだけ穏便に済ませようとしたばかりに、悲しい思いをさせてしまった。



「おい、今の言葉。覚悟しろ」


 【サングラス生成】【カミソリ生成】を行い、生成したサングラスを掛け、I字カミソリを手にする。


「な、なんだよ!いきなりそんな物だしても怖かねえぞ」



 俺は、まだ油断をしているやつら2人の武器のみをカミソリで切断する。


「へ……?」 


 驚きのあまり素っ頓狂な声を上げるゲオルグ。


「終わりじゃないぞ」


 続けて俺は動きが止まってしまったやつらの防具と服を標的にし、滅多切りにして行く。体を何度も何度もすり抜けていくカミソリの刃に、2人の顔は恐怖し青ざめた。


「ひ、ひぃぃぃ!」


「これが、お前達が侮辱した女神の力だ」


 下着一枚を残して地面にへたり込む愚か者達。その怯えた姿に、戦意はもうほとんど見えない。


 女神への侮辱に対し報復をした俺は、ルイーナを心配し横目で見る。


「…………!」


 涙では無く鼻血を流している。これで大丈夫だろう。



「まだよ!ゲオルグッ!」

 

 ゲオルグのパーティーの女性が何か書状のような物をゲオルグに投げる。


「でかしたアメリ!はっ、俺にはこの『義の契約書』があるんだよ!こいつがあればスズネは言う事を聞くん」




 一閃。ゲオルグが手にした『義の契約書』を、俺の生成したI字カミソリが契約の術式ごと両断した。



「だ……」



 決着は着いた。契約書が切り裂かれ、その術式が消えた事を感じたゲオルグは啞然としていた。ここで言うべきだろう。


「俺の勝ちだな。これでスズネは俺達の仲間だ」


「契約書が……そんな、そんな嘘だ!」


 契約書が破れた事に未だショックを受けているゲオルグ。その様子から俺はある事を確信し、語り掛けた。


「なあ、ゲオルグ。お前、スズネに嫉妬していたんじゃないか?」



「……」


「獣人は一般的なヒューマンよりも圧倒的に身体能力が高い。そして見た目も違う。それは他人から見ればうとましかったり、怖かったり、ねたましかったりする目立つ特徴だ」


 目立つ特徴は、人々の感情の的になってしまう。それはどこの世界でも同じなのだと痛いほど感じる。


「特徴って言うのは直せる所もあれば、頑張っても本人の意思に関係なく残ってしまう所もある。でも特徴ってのは、目立つからこそ武器にも出来るんだ」


「!」


 スズネが反応しているのが少し見えた。そう、これは彼女に向けてのメッセージでもある。


「俺の場合はこの頭、スキンヘッドになる前の状態の頭だな。それは言ってしまえば悪目立ちする方の特徴だったんだが、俺はそれを何とかしようと考えて、試行錯誤して、ついにはこの世界で自慢の武器とも呼べる物になった」


 この点は、ルイーナがいてくれたおかげで胸を張って言えるようになった部分だ。


「もちろん、全ての目立つ特徴が武器に出来る訳じゃないだろう。ちゃんと直した方が良い物もある。でもな、スズネの特徴は強くて!可愛らしくて!とっても頼りになる俺の仲間の自慢の武器だ!お前らにさげすまれるような物じゃない!!」


「!?」

 

 啖呵を切った俺の言葉に、ゲオルグは目を見開いた。


「お前はスズネと冒険をしているうちに、その武器が眩しくて羨ましくなっていったんだろう?もしそうなら、せめて一言でも、本当の気持ちをスズネに伝えて欲しい」


 正直言ってこれは詭弁でもある。武器になるって事は、誰かに嫉妬され羨まれる事にもなるかもしれない。実際に目の前のゲオルグがそうだ。だからこそ、彼にその感情の正体に気が付いて欲しくてこんな事を言っている。



「スズネ、悪かった。俺はお前と依頼をこなしていくうちに、お前の実力が俺なんかよりもずっと上な事に嫉妬してたんだ。だから『義の契約書』をお前がくれた時、これで俺が上なんだと自分に言い聞かせて、それで俺は、俺は!」


 ゲオルグは愚か者ではあるけど、スズネの事を本心から憎く思っている訳では無かった。そんな彼にとって『義の契約書』こそが、スズネと対等以上でいられる唯一の拠り所だったんだ。



「良いよ、ゲオルグ。あたしもあんたの気持ちに気が付けなくて、逆効果な事をしちゃってたんだね。ごめんなさい。だからこれでこの話はおしまいニャ」


 スズネがゲオルグの前に出て、そう言葉を掛ける。


「!……その喋り方、久しぶりに聞いた……スズネ、本当にすまなかった」



 スズネへの謝罪をし、ゲオルグ達はこの場を去って行った。


 後に彼らはギルドからスズネを見捨てた件を追及される。そこで実力も不足していると判断されC級冒険者まで降格となった。仲間を見捨てるようなパーティーに他所からの信頼は無く、受けられる依頼もかなり限られてしまったゲオルグパーティーは、ギルドから干される形となり町から出て行ったのだった。

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