第17話 起きたら猫が視界に入って来る朝

 く、苦しい……暑い……なんだこれは……。でも癒される……猫と戯れているようだ……。



 俺は宿のベッドで眠っているはずなのに、まるで猫を抱えているような感覚に陥る。やけにリアルな感覚だが、これは夢の中なのだろうか?それにしても暑くて寝苦しい……!



「──っ!はあ……朝か……あれ、布団が盛り上がってる?」


 俺はあまりの違和感に勢いよく起きる。そして違和感の正体はどうやら掛け布団の中だと気が付き、そっと布団をめくる。既に日が差し込み始める部屋で、俺の視界に映ったのは



「おはよーソルト。なんかうなされてたけど、大丈夫かニャ」


 俺がうなされていた元凶の猫獣人だった。



「イギャーーッ!!!」


 あまりに驚いた俺は悲鳴を上げた。

 スズネがなぜここに?やっちゃった?俺なんかしちゃった?


「うにゃあ!?急に大声出してどうしたニャ!」


「どうしたも何もあるか!なんでスズネがベッドの中にいるんですかね!?」


 いややっぱりおかしいって、昨日の飯は酒もほどほどで寝るまでの記憶もちゃんとある。その時俺は1人だった。しかも部屋の鍵だってしっかり掛けてたはずだから、スズネが今ここにいるのは変だ。



「それならソルトが普通の鍵しか掛けてなくて不用心だったから、あたしが鍵を解除して、不審者が来ないか部屋の中で見張ってあげてたニャ」


「流石シーフ!……じゃねーよ。ここは普通の鍵しかねーし解除すんなよ。絶対おかしいだろそれ!その理由でも俺のベッドに入る意味ないし!」


 余計なお世話とか、スズネの方が不審者だろ?とかの言葉も口から出そうになったが堪えておく。状況から言ってあれだ、朝起きたら布団の中に猫がいたって言うあれだ。お互い部屋着は着てるし、決して俺がスズネに変な事をしたわけでは無いはず。


「ただ入りたかったってだけじゃダメかニャ?……あ、ソルトもしかして照れてる?」


「照れてねーし!」


 急に蠱惑的な笑顔で俺をからかい始めるスズネ。ぶっちゃけ照れている。いつもは快活な表情を見せているのに、ここでそんな挑発的な顔をされたらそりゃあこうなるって。


「顔赤くしちゃってー。ルイーナだけじゃなくて、あたしにも照れてくれるなんてニャー?」


「別に赤くなってないから!それに今ルイーナは関係無いって……」


 俺の反応に何か感じる所があったのか、スズネは目を細めて満足げだ。その顔が気になり、俺の目線は泳ぎに泳いで右往左往していた。そうしているうちに、俺の目は彼女の髪に光る赤い宝石を捉えた。

 それは、俺がスズネに仲間になった記念として渡したルビーのヘアピンだ。


「……ヘアピン。付けてくれてるのか」


「うん……当たり前ニャ。あたしの宝物だよ?」


 そう言いながらスズネはヘアピンを指でなぞる。彼女の茶色の髪に、ワンポイントの真紅のルビーがきらめいた。彼女の明るいイメージと、活力に溢れた赤色が調和していて良く似合っている。


「マジで?良かったー!昨日はあの反応だったから、気に入らないのかと思ってたよ」


 あの時スズネが肉食獣の眼光を俺に向けた時は、プレゼントは失敗したと思っていた。でもそれは取り越し苦労だったようだ。


「はぁーっ。ほんとにどうしようもないやつニャ」


「え、その反応何?」


 スズネが残念そうにこちらを見てため息をつく。俺、今何か変な事を言ったんだな。



「まあルイーナのアピールで気が付かないくらいだしアレだと思ってたけど、ここまでとは思って無かったニャ」


「さっきから何でルイーナが出てくるんだ?」


 何がアレなのか。それにさっきからルイーナの名前が出て来る意味を教えて欲しい。と言うかアピールってまさか……いや勘違いは良くないよな。



「でもそんなんだから、あたしにもチャンスはあるニャ!あの時可愛いって言ってくれてたし。これからはソルトにも分かるように、しっかり攻めてくから覚悟するニャ!」


「チャンス?攻める?覚悟ってもしかして……」


 ズイっと俺に近づいて来るスズネ。この展開……もしかし──



「ソルトさん!!!さっき部屋から悲鳴が聞こえましたが大丈夫……」


 この展開に霹靂の如く現れたルイーナは、俺とスズネの状況を見て固まってしまった。


「ルイーナこれはな?色々と流れがありまして」


「ず……」


「ず?」


「ズルいです!私だって推しのお布団に入りたいのにっ!」


 いやほんとに何言ってんですか女神様。


「こうなったら………こうなったら私も■△※〇×~~!!」


 女神様モンスターは良く分からない言葉を発しながら、アグレッシブにダイブしてくる。待ってくれよ、なんなんだこの危機的状況は。


「ちょっと待って、マジで待ってぇー!!」


 喧噪の朝は、慌しく過ぎていく。この時俺は無事に大切な物を守り抜いたが、あまりの騒がしさに重要な事実を失念してしまった。俺を狙う猛獣が、1人増えてしまったと言う事実を。

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