第18話 作戦会議はウォッシュルームで

 スズネがベッドに潜り込み、ルイーナがダイブしてきた壮絶な朝を無事にくぐり抜けた先の事。俺達は町で、ウォッシュルーム内で使うテーブルや椅子を購入。それを早速ルームへと持ち込んで、今後の作戦会議をしていた。


 丸い大き目のテーブルを囲んで、俺は椅子の背もたれに寄りかかり、ルイーナは姿勢良く両手をちょこんと重ね、スズネは椅子の座面に両手を突きながら、三者三様の椅子の座り方をしている。



「俺とルイーナはD級冒険者になれた訳だけど、ここからどうする?もうちょいこの町で依頼を受けるのか?」


「一応初めの予定ではそのつもりでした。でもルビードラゴンを倒した実績も認められましたし、A級冒険者のスズネさんも加わりましたからね。勇者を名乗るパーティーとしての信用は、ある程度確保出来たと思います。ですから町での依頼はもういいでしょう」


 突然現れたとは言え『S級冒険者も討伐に苦戦するダンジョンのぬしを倒した!』と言う実績を持ち、A級冒険者を要するパーティーとなれば信用は生まれるはず。そうなると、ルイーナが予定していた依頼をこなす過程を省略しても大丈夫って事か。



「実績がスムーズに認められたのは、倒した証拠をギルドに持ちこんだスズネのおかげだな」


「ニャへへっ」


 スズネが俺の言葉に機嫌良く反応する。朝の状態を考えれば随分落ち着いてくれたな、本当に。



「そう言う事なのでまずは旅の準備を整えてからになりますが、このサフサの町を出ようと思います」


「確かこの国の首都に行くって言ってたよな?」


 おお!次の目的地に出発か。首都って言うくらいだからかなり大きいんだろうな。


「ええ、フサレリア王国の首都、フサレリアに向かいたいと思います」


「フサレリア……」


 そういやこの国の名前初めて聞いたな。でもそういう系統の名前だって思ってたよ。気にしないようにしてたけど、サフサの町だってフサフサだもんな!



「国中から色んな物が集まってきて、とっても賑わってる所ニャ。3人で市場に行きたいニャ!」


「へえ、行くのが楽しみだな!」


 スズネの無邪気な望みに、俺は心が洗われた。まあ語呂が気になっただけで、名前なんて気にする必要なんて無いよな。



「で、フサレリアには何をしに行くんだ?」


「まずは王様への挨拶をしたいと思っています」


「国王への謁見かぁ。いくら勇者って言っても簡単に会ってくれるかな?」


 ルイーナの目的を聞き、このために実績が必要だったと気が付く。だが相手は国の最高権威。いきなり出現した異世界の勇者を相手にしてくれるだろうか。



「そこは大丈夫だと思います。直接干渉しないで神託で伝えるばかりの女神わたしを信じてくれている、素晴らしい王様ですから」


「それなら俺達が勇者だって分かれば、旅の協力もしてくれそうだな!」


 ルイーナの国王への印象に、温かさを覚える。直接世界に干渉出来なかった女神にとって、神託を信じてくれる国のトップの存在はかなり大きかったに違いない。



「そうですね。ルビーを売ったりしたので、お金はたくさんありますから資金援助は求めず。各地のダンジョンへ行く時に関所をいつでも通行出来る許可や、現地での情報提供を要請するつもりです」


「ルビーと言えば、1番大きな精霊晶がまだ残ってるニャ。あれって結局なんなんだニャ?」


 俺もそれは気になっていた。スズネががめついと評した宝石商が、それよりも小さい結晶を超高額で買い取ったほどだ。ウォッシュルームの棚に眠るあの大きな宝石には、何かすごい秘密があるんだろう。



「あの精霊晶からは、ルビードラゴンのそのものの存在を微かに感じます。倒されたあの子は拡散した力を集めて、いずれ正常な状態で復活します。それとは完全に別れた形で力が結晶化したのでしょう」


「そんな大事な力の結晶を持ってきて良かったのか?」


 ルイーナが語る結晶に秘められた力。それが精霊を形作るなら、小さい方も売ったり使ったりしちゃだめだったんじゃ?



「良いんです。ルビードラゴンのレベルは、暴走した事で飛躍的に上昇していました。精霊晶はその過剰に溢れた力の結晶です。なので持って来てもあの子の再生には影響しませんよ」


「なら良かった。暴走した精霊を元に戻す事が目的でもあるし、それに影響が無いなら安心だな」


 精霊を使役していた女神の見解だ。こんなに安心出来る回答は他にないだろう。



「マスター。その精霊晶の事で報告があります。昨晩、その結晶は一定間隔で明滅しておりました」


 タイミングを見計らっていたらしいラムダが、俺に情報を伝えて来た。この空飛ぶ電気カミソリには、ルームで保管したアイテムの管理も任せているので気が付いたようだ。



「そうだったのか……それって何が起きてるんだ?」


「すみません、私にも分からないです。もしかしたら結晶の中の力が、何かに共鳴したんじゃないでしょうか」


 ルイーナでも詳しく分からないのか。特別な精霊の力なだけに、これは気を付けた方が良いかもしれない。



「何に共鳴したのか気になるな……ラムダ、報告ありがとう。精霊晶を注意して見張っておいてくれ」


「かしこまりました。それでは失礼致します」


 俺の要望を聞き取り、洗面台の方まで飛び去るラムダ。その振る舞いが執事やメイドのようにも見えた。



「精霊晶の方は、とりあえずラムダに任せておこう。何かあってもあの性能なら対処出来るし」


「そうですね、では話を続けましょうか!今日の内に必要な物を買い揃えたら、早ければ明日にはギルドで首都に繋がる関所の通行証を貰って、出発したいなと思ってます」


「サフサから首都までどのくらいで着くんだ?」


「町から馬車に乗って1日って所ニャ。食べ物とかを運ぶ馬車なら、冒険者を護衛として乗せたがるから交渉すればタダで乗れるニャ!」


 ウィンウィンの関係ってやつか。護衛が必要って事は、モンスターが襲ってくる時があるのかな。



「これで私の案は一通り話せました。ソルトさん達はこれで大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


「あたしも!」


 3人の意見が一致した。これで首都フサレリア行きのプランが決定した訳だ。



「じゃあまずは買い出しかな?」


「それなら後で合流するから買い出しは先に行ってて。あたしは今のうちに、アマネと話してくるニャ」


 そうだよな。スズネとしては、同郷のアマネにはやっぱり挨拶しておきたいか。 



「合流って、どこかで待ち合わせするのか?」


「パーティーを組んでるから大体の位置が表示されるから勝手に合流するニャ。」


「なるほどな、これもパーティーを組むメリットってやつか」


 パーティーって言うのは、やはり共に行動する上でとても意味があるって事か。1つ勉強になったな。



「──そうじゃなくてもソルトの事は絶対見つけられるニャ」


「おおう?」


 スズネさん、また獲物を見る目になってますよ。



「じゃ、行ってくるニャ!」


 突然の眼光に困惑する俺を余所に、スズネは元気良くウォッシュルームを飛び出していった。

 あっけにとられた俺は、スズネが出て行った後のドアに向かって周回遅れの言葉を掛ける。


「行ってらっしゃーい」



 そして嵐が去ったように静かになった部屋で、微かに触れる感覚。



「ソルトさん……お願いがあるんです」


 俺の袖を引っ張りながら、こちらをルイーナが見つめていた。



◇◇◇◇◇


 ウォッシュルームの洗面台の前。俺は椅子に座って大人しく前を向く。

 その後ろに立つのは、微笑みながらラムダを手に持つルイーナだ。



「ふふっ♪剃り加減はどうですか?」


 ルイーナのお願いとは、俺の頭を自らの手で剃る事だった。


「悪くない……かな?」


「それは良かったです♪」


 声がはずみ、微笑みながら俺の頭を剃っていくルイーナ。いつもならここで暴走しているはずなのだが、今日はスキンヘッド絡みでも落ち着いている。



「ソルトさん。私、昨日嬉しかったんです。私のために怒ってくれたり、私に素敵な贈り物をしてくれて、ありがとうございます」


「……どういたしまして」


 お互いそれ以上の言葉は無かった。

 俺の頭を剃り終わるまでの短い間、いつもと違う穏やかな時間がウォッシュルームを包んだ。

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