第13話 100億倍のI字カミソリ
I字カミソリ、それは持ち手のグリップ部分から刃の部分までが一直線になっているカミソリの事だ。俺は眉毛の下に生えてくる毛などの、顔の細かい毛を処理をするのに使っていた事がある。
頭やヒゲを剃る時には、文字通りTの形をしたT字カミソリや、電動シェーバーを使っていたから、まさかここで剣のような大きさのI字カミソリが生成されるとは思っていなかった。
「まじで分からん、なんでAIが搭載されてんだよ」
ウォッシュルームの守護神であるラムダのように、電動式ならいざしらず。これは自力で動く事も無いI字のカミソリだ。AIなんて搭載してどうなると……待てよ、ラムダと同じAIか!
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I字カミソリ(AI搭載):生成武器。剃りたいものだけを剃れる。
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もう一度、この生成された武器を確認して気が付いた事がある。
「喋らないだけで、ラムダと同じ事が出来るじゃないか!」
100億倍に拡大解釈された性能のAIを持つラムダは、例え頭に何を被っていようと、それを無視して俺が剃りたい物のみを剃り落とすことが出来る。そしてこのI字カミソリの見た目と大きさは、ちょっと形の変わった長剣と言えなくも無い。つまり言い換えるなら『切りたい物だけを選んで切る事が出来る剣』って事になる。
「これならやれる!」
俺はカミソリを剣のように構え、迫りくるポイズンバード達に狙いを定める。そしてまっすぐに俺に向かう黒い群れに対して、カミソリを水平に振った。狙うは、やつらの胴体のみ!
「クァッ──」
引き寄せスキル【魅惑の頭】により、一直線に俺へと向かうやつらに攻撃を当てる事は容易かった。断末魔と共に横一文字に両断される群れ。カミソリの刃は一群のくちばしをすり抜け、胴体だけを切り裂いたのだ。
「──成功だ!」
期待通りの性能を発揮したI字カミソリを見て、グリップを握る手に力がこもる。
「やるじゃんソルト!」
「ふおぉぉぉ!ソルトさんの新たな力ー!!」
一連の流れを見ていたのか、ルイーナとスズネが声を上げる。こう言うのは素直に嬉しい。
「よし、このまま片づけるぞ!」
「了解ニャ!」
「【サンダー】!【サンダー】!!!ふへへ!」
そのままの勢いで、俺達はポイズンバードの群れを一掃していった。
◇◇◇◇◇
倒したポイズンバード達からくちばしを回収した俺達は、次なる素材『ブルーメリアの花』を求めて植物の疑似ダンジョンを進んでいた。
「一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったな!」
戦闘中に取得したスキルによって生成されたI字カミソリは、俺の思った通り『切りたい物だけを切る事が出来る剣』だった。前に生成したサングラスと同様、カミソリは使用し終わったら光となって消えて行ったが、これについては戦闘のたびに生成すれば良い。それに持ち運ぶ手間がいらないと言うのも便利かもしれない。
「あれはかなり焦ったニャ。あのままだったらポイズンバードのくちばしがほとんど消し飛んで依頼失敗だったニャ」
本当に、俺のスキルが加減効かなくてすみませんでした!
「まさかスキンヘッダーにこんな弱点があるだなんて……」
ルイーナは自分の考えた職業の意外な弱点に、割とショックを受けているようだった。そりゃあスキルが強過ぎて素材回収が出来なくなるなんて普通は思わないよな。
「でもスキンヘッダーの新しいスキルでその問題も解決したんだから、やっぱりその……世界最強ってやつなんじゃないか?」
「ソルトさん……!そうですよね!」
自分の事を世界最強と言うのはちょっと照れが入るが、ルイーナには落ち込んでいて欲しくないと言うか、何と言うか。とにかくなるべくその笑顔が見たいとは思う。
「ニャニャ~」
「な、なんだよ」
「別に~?」
俺の様子を見てニヤニヤしているスズネ。今日は徹底的に茶化すつもりだな?良いのか?さらに照れて俺の顔が真っ赤になっちゃうぞ?
「うーん。ブルーメリアの花は見つからないですね」
そんな俺の心情を知らぬであろうルイーナは、目的の花探しへと意識が向いていた。
「青い花だったら目立つからすぐに見つかると思ってたけど、まだ一度もそれらしいのは見てないな」
「それは仕方ないニャ。ブルーメリアの花はこの森のゴブリン達好物だから、あいつらが根こそぎ取ってどこかにまとめて隠しちゃうんだニャ」
「うわ、見つけるの大変そうだな」
「うん。と言うかそれがB級の依頼品に指定されてる理由ニャ。まああたしは花の匂いを辿れるから、隠し場所を見つけるのはそこまで苦労しないんだけど、回収する時が厄介ニャ」
そう言いながら迷わない足取りで先導するスズネ。その言葉通りに見つかるのは時間の問題だろうが、気になるのは回収する時の厄介な事についてだ。
「花を回収する時に何か問題があるのか?」
「隠し場所に、ゴブリンソーサラーが罠を仕掛けてるのが問題ニャ。爆発する罠の術式をスキルで刻み込んでるんだけど、起動したら花まで爆発に巻き込まれるからひどいんだニャ」
「せっかく隠した自分達の好物まで爆発させて良いんでしょうか?」
ルイーナの言う通りだと思う。好物まで吹き飛ばしたら本末転倒じゃないか?
「ぶっちゃけ相手を罠に掛ける事しか考えて無さそうニャ。」
「確かに厄介だな。でもスズネは罠を解除出来るんだよな?」
「魔法的な罠だから時間は掛かるけど、解除は出来るニャ。ただ運が悪いとゴブリンソーサラーに罠を解除してる所を見られて、直接罠を起動させて来るから大変ニャ」
こっちに攻撃してくるだけのやつなら、俺のスキルで対処出来る。でもこの場合、罠を解除してるのを発見されたら花まで爆発となると相当厄介だ。
「これは確かに、依頼を引き受けたいって冒険者は少ないかもな。先にソーサラーを倒せればゆっくり解除出来たりするか?」
「先に罠を仕掛けたソーサラーを倒すとそのまま罠が爆発するニャ」
「もう爆発させたいだけだろそれ」
解除が運次第なのはもう仕方ない。ただ、俺に出来る事は無いのだろうか。隠されたブルーメリアの花を探す道すがら、そんな事を考えていた俺は突拍子も無いアイデアを思い付いた。
「なあスズネ、罠の術式って目に見えるのか?」
「普通は見えにくいけど、シーフの【トラップマーキング】で罠を見えやすくする事は出来るニャ」
それなら行けるかもしれない。一度俺の考えを提案してみよう。
「それなら罠を解除する前に試したい事があるんだ」
「良いけど、何を試すんだニャ?」
「俺の生成するカミソリで、罠の術式を切ってみようと思う」
「ニャ!?あれって魔法的な物も切れちゃうの?」
「いや、まだ分からない。でも術式だけを切りたいって思えば行ける気がするんだ」
分からない。だが俺はそれが出来るだろうと言う、根拠の無い自信が何故か湧いてきている。
「そうです。あのカミソリは目的の物だけを絶対に切ります。ですからソルトさん。あなたの思いのままに、それが絶対に切れるんだと、確信を持ってカミソリを振るって下さい」
「……!分かった。そうするよ」
ルイーナの言葉に、俺の根拠の無い自信は確信に変わった。俺のスキルを考えたのは他ならぬ彼女だ。その言葉を信じなくてどうするのか。
「じゃああたしはスキルで術式をマーキングするから、まずはソルトのやりたいようにやってみるニャ!」
作戦会議は滞りなく終わり、後は隠された花の在処を見付けるだけとなる。
「──隠し場所はあそこニャ。ちょっと待ってて」
そしてついにブルーメリアの花が隠された場所に辿り着く。木々に巧妙に隠された大きな箱を見つけたスズネは、周囲を見渡して様子を探っているようだ。
「大丈夫。今は見張りのゴブリンもいないから早速始めるニャ。【トラップマーキング】」
スキルを唱えたスズネの髪が一瞬だけ光る。そのスキルは大箱に刻まれた罠の術式を、まさにマーキングするように可視化させていった。
「どうかソルトさんの作戦が成功しますように」
両手を合わせ祈るルイーナ。女神っぽいその姿を見て、俺は少し気合が入る。
「やるぞ。【カミソリ生成】」
生成したI字カミソリ(AI搭載)を構える。マーキングされた術式に意識を集中させ、それだけを切りたいと願う。
「はあっ!」
気合を発し、水平に振るわれたカミソリの刃は、大箱の本体をすりぬけて罠の術式のみを真っ二つにした。切り裂かれた術式は砂のように崩れていき、その紋様が大箱から消えていった。
「やれたのか?」
「やったんだニャ!もう罠の気配がしないし、これで花は頂きニャ!」
シーフであるスズネに太鼓判を押された事で、本当に上手く行ったんだと実感する。
「お、推しの活躍……最、高。」
これ祈りのポーズのままどこかに飛んでいきそうだな。
「ルイーナなにやってるニャ!ゴブリン達が来る前にずらかるニャ!」
「……はっ!?はい!」
いつの間にか大箱の中からブルーメリアの花を回収したスズネが、ルイーナを現実に引き戻し撤収を呼び掛ける。そして依頼に必要な素材が揃った俺達は、その後ゴブリン達に見つかる事なく西の森を脱出する事が出来たのだった。
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