第4話 俺の電動シェーバーがもはやシェーバーを超越している
扉の先は、俺が知っている一般的な洗面所を広くしたような部屋になっていた。内装は白と木目調をベースにしていて、明る過ぎない色合いが落ち着いた雰囲気を醸し出している。寝泊まりには適さないけど、椅子やテーブルを置けばちょっとした休憩や雑談まで出来そうな心地の良い空間だ。
「こちらの赤いビンがシェービング中の肌を守るシェービングジェルになります。そしてその隣の青いビンがスキンケアポーションで、シェービング後の肌を回復できます。最も当機の性能であればマスターの頭皮にダメージを与えることなく……マスター、聞いていらっしゃいますか?」
「聞いてるけど、シェーバーが喋るなんてまだ慣れなくてさ。そもそもなんで話せるんだ?」
空飛ぶ電気カミソリとの会話は流石に予想外だったので、まだ衝撃を受けている。慣れるまでの時間と説明が欲しい。
「当機に搭載されたAIが『スキル効果100億倍』により、自立行動と会話能力を獲得しました。その機能を使い、マスターのスキンヘッドの維持からこのウォッシュルームの管理まで、幅広いサポートを務めさせて頂きます」
「シェーバーのAIってそんなのじゃなかったような……」
俺が知っている電動シェーバーは、AIの技術を使った機能が確かにあった。と言っても、ヒゲの状態等に合わせて剃る強さを変えてくれるくらいの物だったはず。それが『スキル効果100億倍』にしたら宙に浮いて喋り出すようになるとは……いや待てよ、性能が上がってるんだよな。
「もし切れ味まで100億倍になってたら流石に【ダイヤヘッド】でもダメージカットし切れないんじゃないか?」
「そのご心配には及びません。確かに当機の全ての性能は強化されておりますが、それ故にマスターの望む物のみを残し、他の全てを剃り落とす事が出来ます。例え金属のヘルメットを頭に被っていたとしても、ヘルメットを無視してその内側の髪のみを選択して剃り落とす事が可能です。お望みとあらば、ヘルメットも同時に削り取って消し去ります」
なんだそれ滅茶苦茶すごくないか?もしかしたら戦闘にも使えそうだ。ダメージを与えたいものにピンポイントで攻撃出来る便利な武器になるかも。
「ならお前を外に持って行って、武器として使う事は出来るか?」
「マスターの考えている事は可能でしょう。ですが現状ウォッシュルームのアイテムは、当機を含めてルームの外への持ち出しは出来ません。ご期待に沿えず申し訳ございません」
シェーバーの発している声がやや暗くなった気がした。まさか感情まであるのか?
「いや、聞いてみただけだけだから謝る必要は無いよ。その性能で俺の頭を剃れるってだけでも楽しみだし、早速使わせてもらえないか?」
「かしこまりました。では改めて洗面台の前へどうぞ。当機の性能を存分に披露致します」
シェーバーはすぐに立ち直ったようで、張り切った様子で俺を洗面台の前へ誘導する。俺は風呂場で体を洗うついでに頭を剃るのが日課だったので、洗面台で剃る事はあまり無かった。いつもと違う環境だが、これだけ良い物とこの心地良い空間を使えるのだからとても楽しみだ。
「では始めます。マスターはそのままゆっくりおくつろぎ下さい」
「え?」
俺が間の抜けた声を出している間にそれは始まった。
まず電動シェーバー特有のカミソリ刃を動かす音が鳴り始め、赤いビンがひとりでに浮いた。ビンの中から適量のシェービングジェルが丸い球となって浮かび出てきて、俺の頭皮を優しく包んでいく。それが頭全体に馴染んだのを確認したシェーバーは、俺の頭と顔の周りを満遍なく飛び回りあっという間に髪やヒゲを剃っていた。
「後はスキンケアポーションを剃った箇所に塗布させて頂き、シェービングは完了となります」
青いビンから、先ほどの赤いビンと同じようにポーションが出てくる。言い方的にシェーバーがビンを操っているみたいだが、これは魔法なのだろうか?どんな原理だったとしても、これはもはやシェーバーの能力の範疇を超えている。
「こんな短時間で剃ったのか?しかも頭を洗ってないのにジェルまで完全に無くなってる。本当にすごいな!」
頭を剃る時に使うシェービングジェルは、本来なら剃った後に水で頭をすすがないと頭に付着したままの状態のはず。これはジェルの成分を一緒に剃って消したと言う事なんだろう。流石性能100億倍。
「お褒めに預かり光栄でございます。スキンケア完了。お疲れ様でした」
「おおお~!!」
剃り残し無し!眉毛まで整っている!頭皮の調子まで良い!俺は仕上げのスキンケアが終わった自分の頭を触り、その具合に物凄く感動していた。まさか自分が手を使う事も無く、こんなに完璧に剃れてしまうなんて想像していた以上だ。
「そ、そんな……」
その時、今の今まで気配を消していたやつの声がした。
「私の、私の推しのシェービングタイムがこんなに早く終わるなんて……」
ルイーナは何故か膝から崩れ落ちて絶望しているようだった。
「ぐすん……私の癒しの時間が!もっと堪能したかった!」
半泣き状態で欲望を漏らす
「泣いて喜んで頂けるとは感激です。ルイーナ様、当機はマスターの毛根を直接消し去り、永久的にマスターの特殊能力を持続させるプランも提示出来ます。それ以降当機の役割が無くなってしまいますが、マスターが望めば実行可能です」
「やめでぇー!!これ以上わだじの楽しみを奪わないで~!!」
さてはこのシェーバー、俺の事以外は理解する気ないな?流石に泣いてるルイーナが可哀想に思えて来た。
「そのプランはやめておこう。俺、頭を剃るって事がけっこう好きだからさ。日課だからやっぱりやらないと落ち着かないし」
「ソルトざん゛……!」
ルイーナがぐちゃぐちゃな表情で俺を見る。一応泣き止んだみたいだけど、どういう感情でしょうかそれは。
「かしこまりました。シェービングがお好きなのでしたら、私を直接手に取り剃る事を提案致します」
「うん。お前にやってもらうのも便利だけど、たまには自分でやりたいかな」
「承知致しました。では適宜相談して決めましょう。せっかくですから時々はルイーナ様に当機を手に取ってもらい、マスターの頭を剃るお手伝いをして頂くのも良いかと思われます」
んん?今度は急にルイーナの気持ちを理解したような口ぶりだ。まさかこいつ、さっき言った事はわざとか?
「い、い、良いんですか!?私がソルトさんの頭を……わあぁ!あなた良い子ね!!ねえソルトさん!こんなに良い子なんですから名前を付けて上げませんか?」
女神を懐柔したぞこの空飛ぶカミソリ。まあでも、会話が出来るのにずっとお前とかシェーバーとかだと味気ない気もする。
「そうしようか。うーん、どんなのが良いかな」
名前を付けるとなると難しいな。短めで呼びやすそうな……
「決めた。お前の名前はラムダだ!」
「当機の名前は、ラムダ。これより当機をラムダと呼称致します」
転生前に使ってた物から取った名前だけど、ラムダは受け入れてくれたようだ。
「マスター。ラムダは今からシェービング後のメンテナンスに移ります。その間、マスターへの対応が出来なくなる事を先にお詫び申し上げます」
ラムダは取り込み中になるようだ。やはり性能が上がっても、カミソリの刃にメンテナンスは欠かせないって事か。
「ではソルトさん。私たちもそろそろ出発しませんか?」
「そうしよう。でもその前に試したい事があるんだ。ルイーナ、これを使ってみてくれ」
「はい、少し使わせてもらいますね」
俺はルイーナにスキンケアポーションを渡す。彼女はポーションを少し右手に取り、そのまま右の頬に軽く塗った。
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ルイーナ HP 120→99999/99999
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「すごい、一気に回復出来ました!ありがとうございますソルトさん!」
やっぱりこの部屋のアイテムは全て100億倍になっているのか。ルイーナも回復させられたし、試して良かったな。
「よし、これで準備完了だ!じゃあなラムダ、行ってくるよ!」
出発の準備が出来た俺達は、ラムダに手を振る。
「行ってらっしゃいませ。ラムダは、いつでもここでマスターをお待ちしております」
そのラムダの言葉を背に、俺達はウォッシュルームを後にした。
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