第5話 嫌われ者が村に残るのは危険かもしれません

 フィーネの鋭い眼光に、レイの体は硬直した。

 水色の長い髪が鞭のようにしなり、反射的に瞳を閉じる。

 そして、目を開くと彼女の姿は消えていた。


「うわ、めっちゃ嫌われてる。い、今ので改めて確信した。俺、本当にレイモンドになったんだ…」


 絶望的な配役に立ち眩みを覚える。

 これから先のことを考えると、頭が痛いでは済まされない。

 だが、まだなのだ。まだ、冒険は始まっていない。


「俺、スタト村全員から嫌われてるんだよな。今から心を入れ替えれば…」


 設定を知っているだけに足が震える。

 それにそもそも、レイモンドのステータスはアルフレドとフィーネに劣る。

 だから、仕方なく村の奥を目指す。

 長老の家の場所は描かれていないから分からない、と思ったけれど、アルフレドが途中まで迎えに来ていた。


「レイ。皆が待ってる…」

「う…、うん」


 今はとにかく大人しく従って…、って!あれって…


 ただ、そこでレイは意外な人物を目にした。

 設定資料集の絵で見た人間。つまりゲームでは描かれていない二人。

 でも、その資料集を熟読している新島には分かる。


「フィーネさんのご両親は生きてたのか。 そうか、間に合ったのか。本当に良かった」


 フィーネと寄り添う二人を見て、アルフレドに言った。

 ただ同時に、これは大丈夫なのか、という考えも過る。


 レイモンドの両親同様にフィーネの両親は死ぬ。

 村人も「魔物に襲われた…」という一言を残して死んでしまう。

 スタト村の住民は村の外に出ていたアルフレド、フィーネ、レイモンド以外は死ぬ運命なのだ。

 成程、先のフィーネの涙顔と大嫌いなレイモンドに一瞬だが、優しい態度を取った理由はソレであった。

 レイの両親は死んだのだから、同情されていたのだ。


「あぁ、フィーネのご両親はギリギリ間に合ったよ。それに他の村民もだ。おかげでいくつか話が聞けた」


 結構助かった、とはいえギリギリ命を繋げたと言うべきだろう。


 そもそも何人いたのか分からないし。隠れ里という設定だからあんまり人は住んでないって勝手に思ってたけど。

 うーん、案外いるな…


「だが、損耗は激しい。失われた命も多いし、村の立て直しはかなり厳しい」


 結構人間がいるけど、どうやらそうらしい。


 まぁ、普通に考えたらそうだよな。家を建て直すとか考えたら大変そうだし。

 それにしても、さっきからアルフレドが俺を睨んでいるんだけど…

 アルフレドは主人公でプレイヤーキャラだから、何を考えているのか分かんないんだよなぁ…


 そう。この世界を知っていても、実は一番近いところにアンノウンは存在する。

 正義感が強い以外の情報がない。

 そして、その正義感が見事に炸裂した。


「村長は村のお金を管理していたらしいんだ。こういう事態を想定していたかは分からないけど、皆の話だとある程度纏まったお金を持っているんだ」

「え…」


 レイの両肩が跳ねあがる。

 この村は存在していないから、村のお金なんて関係ない…とはならない。


「お前が一番知っているだろう? 今こそ復興する資金が必要なんだ」

「えっと…、それは…」


 レイモンドがちょくちょく拝借してましたを、どうやって説明する?

 なんて考える暇はなかった。

 だって、予想だにしない話が耳元で囁かれたからだ。


「フィーネから聞いている。お前、親の部屋を物色していたらしいな。何を考えてる…」

「へ?」


 レイは目を剥いた。

 アルフレドが睨んでいる理由の殆どがソレ。

 そしておそらく、いや間違いなくフィーネがそう言ったのだ。

 言われて気が付いたが、ここに集まった村民の目はレイを非難するものだった。


「あ、あれは…」

「レイ。俺はお前を信じたい。だから…」

「う…。えっと…」


 クソ、フィーネの奴め。

 俺を監視してたのかよ。


 引き出された引き出し、開け放たれたタンス、そこにレイモンドの悪顔。

 なにより、日頃の行い。物色ではなく現実逃避をしていたと言ったところで絶対に信じてくれない。

 彼女が報告し、皆も「あいつならやりかねない」と納得したのだ。

 純真無垢であるべき子供たちの目にも、嫌悪が浮かんでいる。


 っていうか、俺は何もやってないし‼


「そ、そんなことする筈ないだろ。俺は村のお金を確認してただけで…。あ、当たり前じゃないか。俺はほら、この通り…」


 何の皮で作ったのか分からないが、偉くギラギラしたジャケットをパタパタと揺らした。

 すると、ジャラジャラと貨幣が零れ出てくる。


「ほら!やっぱり物色してたじゃない‼」

「違う!これは入ってただけ…、じゃなくてここに持ってこようと思ったんだよ!」


 っていうか、なんで入ってんだよ‼馬鹿やろうか、レイモンドは‼


「ふーん。全然信用ならないけど?」

「こんなこともあろうかってヤツだよ‼ぜ、是非使ってくれ」

「当たり前でしょ」


 ぐうの音も出ない。

 だが、ここでレイの脳に天啓が舞い降りた。


「アルフレドとフィーネの回復魔法が間に合ったんだよな。良かったって、言っちゃいけないんだろうけど、それでも助かって良かった。二人とも、頑張ったな。これから村を復興しなきゃいけないな」


 天啓ではあるが、レイ自身の純粋な気持ちでもある。

 獣道を進んだあの時、本当は終わっていた。

 でも、彼らはそれをくぐり抜けて村人救出に全力を尽くした。


「俺もそろそろ、マジで働こっかなぁあ」


 ある意味で、この世界の未来を変えた。


 ——それはレイにとって物凄く朗報なのだ。


「全っ然信用ならないけど?」

「フィーネ。流石に言い過ぎだ。レイ、これから」

「そうだぞ。フィーネ。村の復興をしなきゃだろ」


 フィーネの両親が生きているなら、ここに留まる可能性が出てくる。

 そして、フィーネがいなければあのイベント、彼女を襲ってレイモンドが死ぬイベントが成立しない。


 上手くいけばアルフレドも出発せずに終わる。プレイヤー目線だと勇者が旅立たないクソエンドだけど、俺にとってはハッピーエンドじゃん!信用はどん底。だけど、アルフレドみたいに働いてたらいい…、よね?


 と思うじゃん、と言われた気がした。

 あくまで設定資料集。だが、世界の理が記された本でもある。

 そしてレイモンドの悪評は、既に地獄の底である。

 だから、アルフレドはポンとレイの肩を叩いた。


「そうか。皆、安心してくれ。レイは村の財産を置いて出て行ってくれる。」

「え…?出て行って…って聞こえたような」

「レイ、ちょっと外に出よう。話したいことがある」


 ちょっと待てって。今、出て行ってって言った?言ったよね?

 なんで、皆、安心した顔してんだよ。俺が来るまでそんな話をしてたってこと⁉


「…済まない。これでも頑張ったんだ。レイ、こっちに来てくれ」


 まだ勇者の自覚を持っていない筈のアルフレドが耳打ちして、家主を失った長老の家から出て行った。

 そしてレイは大人しく、頭一つ分背の低い勇者の卵の後ろを歩く。

 怯えながら。

 

 今の言葉、怖いんだけど‼済まない、これでも頑張ってって何⁉頑張らなかったらどうなってたの⁉も、もしかして、俺を処刑するって流れだった?皆、俺を殺したがってるってこと⁉


 きっとそう。それくらい嫌われてる設定。しかも、尊敬されていた村長夫妻はもういない。

 だから、レイは逃げるように、アルフレドの影に隠れるように長身を小さくしながら後を追った。


「俺…、この村怖い…」


 村人全員に嫌われるという状況は精神的にキツイ。

 スタト村で大人しく暮らすのは、流石に身も心も削られる。

 村八分は当たり前、下手をしたら処刑される。


 クソ。レイモンドのせいで村での生活は諦めざるを得ないのか…


 そんな時、ずっと押し黙っていたアルフレドが遂に口を開いた。


「レイ、俺は旅に出ようと思う。これはずっと前から考えていたことだ」


 うん、知ってる。なんて余裕ぶる状況ではない。

 だから、コクコクコクと大袈裟に頷いた。


「やっぱり気付いてたか。流石だな。で、だ。俺はこのタイミングしかないと思ってる。スタト村は魔族に襲われた。しかも狙いは俺だ。なら、俺がいたらまた襲われる」

「あ…、そっか。もう一度同じことが起きるかもしれない…」


 それは大いに考えられることであり、今度はゲームに準えて、本当に滅ぼされるかもしれない。


「あぁ。…だから、今度は俺の方から出向いてやろうって思ったんだ。レイ、この村はお前にとって住み辛くなってしまった。お前が望むなら次の街くらいまで護衛してもい…」

「マジ⁉めっちゃいいヤツ‼そうしてくれると助かる‼」

「あ、あぁ。随分食いつきがいいな。もう少し渋ると思ってたんだけど。あれだ。旅立つ前に借りは返しておきたい。大きな街ならお前を知っている人間も少ないだろう」

「ネクタ‼そうだよ。あそこなら」

「う…、なんか調子が狂うな。とにかく大きな街なら図太いお前だ。なんとかやっていけるだろ」


 なんと良い奴、アルフレドは俺のことを考えてくれてた‼

 主人公はプレイヤー目線では「はい」か「いいえ」に準ずる言葉くらいしか言わない人形だ。

 でも、ここのアルフレドはちゃんと人間としての感情を持ってるんだ。


 ただ、一つ問題がある。

 しかも大いなる問題だ。


「ん。どうした、レイ。気になることがあるのか?」

「あ、あぁ。俺は嫌われているから助かる。でも、アルフレドは引き返していいんじゃないかな。いや、ネクタまでならどうにかなるかも」


 命に係わる問題だ。だって、勇者が冒険に出れば、物語が進む。

 死亡イベントが近づく可能性だってある。


「ちょっと待て。何を言っている?」

「いや、ここに居たらまた魔族が来るかも、だけど。ここに居なくても来るかもしれないし。…万が一ということもあるし。俺だけで出ていくよ。」


 ネクタの街までなら、気を付けて歩けば行ける気もする。

 アルフレド達はスタト村で村民として生き続け、レイはネクタの街で街民として生きる。

 クソつまらないけど、見事なハッピーエンドが成立するかも。


 いや…


 まだ油断は出来ない。そしてそれをレイは見逃さない。

 作中でもこの村はずれで主人公のアルフレドは珍しく喋るのだ。

 その場合はここにフィーネもいるわけだが、彼はここで——


『ここにはもう住めないな。だから俺は旅に出ようと思う。魔族の動向も気になる。レイモンドとフィーネもここには住めないだろう。俺が大きな街までは同行するよ』


 と言う。

 さっきと同じ趣旨のセリフを言うのだ。

 だから、その道を辿らせてはならない。


「あの時、アルフレドは村にいなかったろ?」

「確かに。あの時、俺は村には居なかったし…。その可能性はあるか」

「だったら…」

「でも、やっぱり一人はダメだ。俺と戦っても負けるお前だ。外の世界は危険過ぎる。俺は村長夫妻に世話になった。その恩返しとしてお前をそのネクタまで送る。その後のことはそこで考えるよ」


 あくまで安全に送り届けたい勇者の卵レイ。

 そしてその通りで、三人の中でレイモンドは最弱。

 スキルが戦闘で全然使えないから、パーティに入れてもとにかく使えない。

 更には、トラブルを連れてくるのは大体こいつだ。

 挙げ句の果てに死んでしまうのだから、レベルを上げるだけ無駄。

 旅につれていくメリットは全くない。


「いや、俺一人でも——」


 退けない。

 勇者と共に行動すれば、万が一ということがある。

 例えば、ここでフィーネが登場してシナリオが収束する…とか?


「アルフレド!待って!」


 その声にレイは戦慄した。

 振り返らなくとも分かる。直ぐ、後ろにフィーネがいる。

 荒い息遣い、たぶん走ってきたのだろう。


 来るかもと思っていたけども、マジで来るのかよ‼


「どうして?どうしてレイと行こうとしてるの? 私、アルフレドが旅に出たいって思ってること知ってた。私、頑張るから!だから私も連れて行って!」


 最悪だ。アルフレドとフィーネが揃ったら、死亡ルートが確定する。プレイヤーがいるか分からないけど、そんなの関係ない。ここはヒロイン無しで行かせてもらう!


 だから、レイは鷹揚に両手を広げて振り返った。

 勿論、利己的。自分の命を守る為に。


「フィーネ、せっかく生き残ったんだぞ」

「私はずっと考えていたの。だから魔法の勉強をしてきた。だから……、お願い。アルフレド‼」


 だが、フィーネも負けていない。

 彼女はアルフレドとレイの間に割り込み、アルフレドだけに訴えた。

 魔族がいる限りこの村は危険、それは確かにその通り。

 それでもレイは、フィーネの背中に向けて、アルフレドの正面に向けて訴える。


 いやいや。だからフィーネはここに残って御両親を守って——


「そうだな。魔族がいる限り変わらない。…分かった。でも危険なことはさせないからな。というわけだ、レイ。ネクタの街までは三人旅ということになるな」


 クソ…。駄目だ。全然話を聞いてくれない…


 残念ながら、アルフレドはフィーネの話しか聞いていなかった。

 これが日頃の信用の結果なのか、それとも。


 死んだ人間がいる中で不謹慎な物言いだが、この村は彼らが旅に出る為だけに存在している。

 村が燃えたことをきっかけに彼らは旅に出る筈だった。

 元々無かった村、そこに生き残りがいても今後のストーリーには影響しない。

 だって、実はこの村に戻ってくるイベントは存在していないから。

 因みに、エンディング後ストーリーも含めてである。


 村人が助かるという変化を与えたにも関わらず、ゲームのストーリーに変化はない。これって、もしかして強制力か何か?ドラステはマルチエンディングを謳いながら、それはヒロインが変わるだけ。そんな批判を浴びたゲームだ。メインストーリーは一本道だから、絶対に避けられない。なんとかそれを回避しないと、俺はフィーネを襲い、アイツに惨く殺される。


「私とアルフレドの冒険の始まりね。レイはネクタでお別れだけど。それまで妙なトラブルは起こさないでよ。アルフレド、行きましょう!村の皆の仇を取らなくっちゃ」

「そうだな。この村は俺の家族だ。家族を傷つけた魔族を俺は許さない!」

「げぇ、マジで行くのかよ!」


 そしてレイは家宝の剣だけを抱えて、彼らの後を追った。


     ◇


 何度も言うが、レイは三人の中で最弱。

 二人は何も言わずに先を歩いていくから、必死で追いかけるしかない。


 っていうか、フィーネってワザとやってるよな。それはそうなんだけど…


 フィーネのレイに対する好感度は信用しかけた分、大きく不信に振れていた。

 これもシナリオの強制力かもしれないが、今のフィーネの心境は分からない。

 だが、そんなことよりも重要なことがある。


 結局三人でスタト村を出てしまった。でも、スタト村は流石に怖いし。

 レベル1だろうから、村民に勝てるか分からないし。

 先ずは、村の外でのレベル上げ。そしてネクタの街に無事辿り着く。

 そして、ネクタでお別れ。これしかないか。


「レイ、遅いわよ。流石にこれ以上はフォローできないからね。」


 今はそうであることを信じて、レイは二人を追いかけた。


「おーい。ちょっと待ってくれ!」


 確かにフィーネの回復魔法は有難い。

 それに序盤は、アルフレドがタンク役である。

 ネクタまでに魔物に殺されたら、逃げ切るも何もない。


「遅れるなよ、レイ!」


 そしてゲーム主人公の勇ましい声が響く。


 あぁ、そっか…


 レイは彼らの背中を追いながら、このゲームのタイトルをサブタイトルも含めて呟いた。


「確かここでタイトルが出るんだよなぁ。——ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜。ゲームスタートだ」

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