第62話 フォルダの中。二人だけの作戦会議

 アイザは気弱な性格だ。


「これは…エルザ?」

「うん!」


 元々の設定は囚われのお姫様だった。

 この空間もリメイク前の世界と言ったが、ゲーム上は滅びた人間の村。

 彼女が怯え切っているのも無理はない。


「じゃあ、これはイエローコウモりんかな?」

「ブー!そっちはアイザ!」


 そんなアイザの攻略は父と娘の関係から男と女の関係に変えることだ。

 だから最初は甘えさせる、甘えさせる、甘えさせると繰り返していけば良い。

 ただ、レイの目的はアイザというわけではない。


 あの戦い方を見てしまったエルザを、ここからどのように説得するか、だ


「え…、アイザの髪はこっちじゃない?」

「んー、んー?」


 彼女の髪は姉妹設定を引き継いで、鳶色から薄紫に変更され、瞳の色も青色から金色に変更された。

 ドット絵が3Dモデルになるのだから、大幅に変更されても文句は言われない。

 ただ、幼女設定だけはどうしても残したかったらしい。

 アイザの存在によって既存プレイヤーの希望を叶えつつ、新規プレイヤーの獲得に成功した……らしい。


「ね、お姉たまの彼氏?」


 因みに今は、テーブルになぜか座らされている。

 正面にはアイザ、そしてアイザの隣にはエルザ。

 エルザが隣に座ろうとしたので、レイは体の大きさを理由に断っている。

 レイモンドは身長2m近くの大男、そういう言い訳がどうにか通る。

 隣に座られることが嫌なのではなく、この場でレイモードの発動が不味い。


「お姉たま?」


 エルザがアイザを砦に連れていかなければ、ストーリーが詰む。

 このドラゴンステーションワゴンというゲームは、イベントが次のイベントに繋がる一本道のストーリーだ。

 勿論、脇道に逸れるとヒロインの好感度アップイベントがあるのだが。

 それでもメインシナリオは一本道、ヒロインが欠ければストーリーは進まない。


「ね、レイ?」


 アイザがここを出なければネクタの再来、いやこの空間は何処にあるか分からないから、ゲームオーバーというか進行不能バグとなる。

 それだけは避けないといけない。

 ただ、先ほど放たれた言葉にレイは引き攣っていた。


 ね、ってなんだよ。

 全く、子供はすぐそういうのを聞く…


 レイは目を泳がせながら、エルザの方に瞳をさらに泳がせる。

 すると空中に何か文字が浮かんでいる。


『そういうことにしておきましょう』


 空中に口枠が浮かんでいた。

 確かに、このゲームはフルボイスではない。

 でも、現実であんな口枠が空中に浮かぶなんてありえない。

 とは言え、あれがオスカーの店で買えることは、バイトしていたレイには分かっている。

 アーマグで作られるのか、エルザが買いに行ったか、気になるところ。

 だが、今の彼にそんな余裕はない。


「う、うん。そ、そうだよ。真面目なお付き合いをさせてもらっています。」


 レイのその言葉に、アイザの顔はぱぁっと明るくなった。


「お姉たまを連れていく悪いやつじゃないのらね!」


 悪い…やつ?


 本当に仲の良さそうな姉妹。もしくは母娘。

 エルザはどんな気持ちでアイザを勇者に引き渡すのか。

 エゴで生まれた産物であることは理解出来ても、意志を持った彼女達の心を理解することは出来ない。


「そうなの。彼はね、あたしを守ってくれたのよ?」


 レイが起こしてしまったのは、ふりょねこ現象だけではない。

 せっせと徳を積んでいる勇者様の、悪い一面を彼女に見せてしまったことだ。

 ただ、そこに疑問が残っている。

 エミリとマリアとソフィアの言葉の意味。

 とは言え、魔王軍には設定通りの勇者像が伝わっている。


『普段は真面目そうな子だったのに、あんなことをするなんて信じられない』、ここでは敢えて『まじあん現象』と名付けたい。


 『ふりょねこ』vs『まじあん』の構図が出来てしまっている。


「エルザ、あのさ。あの勇者達を育てたのって、本当は俺なんだよね。えっと本来の勇者は報告通りで…」


 とは言え、世界はバッドエンドをチラつかせている。

 レイはアルフレド達の行為を弁明しなければならない。


「えええ、すごい! お姉たまの彼氏、あのつおーい勇者を育て上げたひとなのら!」

「そうなのよ。レイはね、あそこまで彼らに尽くしたにも関わらず、彼らに裏切られたの」


 それは事実!

 でも、設定で…


「俺はそんなにすごくないぞ。今だって見えない壁……じゃなくて、エルザに頭が上がらないし」

「そなの?そなの?かかぁでんかなのらぁ!!」


 なんか、アイザが娘に思えてきた。

 まずいぞ、俺。この状況に引っ張られるな!


 俺は…


「そ、そんな感じ。よくそんな言葉を知っているね?」

「うん。お姉たまの旦那様なら優しいんだろうなぁ。いいなー。わらわもそんな旦那様がほしいぃなぁ!」


 アイザは設定にプラス千歳されたとはいえ、まだまだ幼気いたいけな女の子だ。

 しかも、引き籠もっていたからか、今はもっと幼く見える。

 だからレイの思考回路が停止していく。


 考えないといけないのに。


 ——エルザが死ななければ、アイザは勇者の仲間にならない。


 レイモンドの死が決定しているように、エルザの死・・・・・も決定している。


 考えたくない。


 そんなの、こんなの、どうしろって言うんだよ!!


     ◇


 次の日もレイはアイザに会いに行った。

 勿論、エルザも一緒にいる。

 魔族専用魔法転送魔法イツマゾクは幹部クラスにしか使えない。

 レイは勇者が今までやってきた軌跡を、アイザに教えようと思っていた。

 もう少し人間の言葉は話せた方が良いからと、アイザに人間の言葉を教えていく。

 レイの目にはエルザの行動が眩しすぎた。

 レイはなんだかんだ、生き残ることだけを考えている。

 あくまで設定とはいえ、エルザは妹の為に死ぬつもりだ。

 だからといって、レイモンド役にできることはない。


「アイザは確か神聖魔法以外の魔法が使えるんだよなぁ。俺、魔族になっても闇と土しか使えねぇんだけど。」

「わらわは魔法しか使えないのら。スキルが使えるレイが羨ましいのら!」

「俺のスキルって盗賊みたいなことしかできないぞ。アイザの魔法は世界を平和に出来る。平和ってのは、みんなが笑顔になるってことな。その方が、絶対に良いんだって。俺は俺のことで手一杯だからな」

「コーヒー淹れたわよ。アイザはジュース用意したから、そろそろ休憩しなさいな。」


 エルザは乱暴な口調は使わない。

 そして、ここに戦いは存在しない。

 アイザとの日々はレイの時間を容易く溶かしていった。

 勿論、ラビやジュウとも会っている。

 けれど、隠しフォルダの生活は格別だった。

 記憶が溶けていってしまう。

 一日、二日、三日、四日……


 そんな時、エルザが険しい顔で飛び込んできた。


「レイ、勇者がもうすぐ来る…。あたし…、どうしよう。どうしたらいい?」


 彼は我を取り戻した。


「勇者…。ラビに会ったのは七回…だっけ。七回!?一週間も、俺は…」


 二つの意味。

 結局、何もしていないような気もするし、何かを話したような気もするけど、具体的なことは何一つしないまま、時を忘れていた。


 そしてもう一つ。

 あのレベルでも余裕でクリア出来るのに、時間を掛けすぎている。

 準備万端は良いことだが、勇者達の行動が読めない。


「一週間前のチョリソー村襲撃は、俺の行動に関係なく魔王軍の負けイベントだ。でも、魔王軍にとってはそれが成功だった。だから誰も何も言ってこない。そして、あれはエルザの為のイベントでもあった。あのイベントは回避しても差し支えない。けれどエルザがあの戦いに拘ったのは、勇者達の素行を見るためだった。俺も勇者達の様子が気になって仕方なくてあの場にいた。そういうことだ。ここに俺がいるのは…」


 レイは土壇場で考える。

 プロデューサーはレイモンドに主役以上の執着を見せている。

 たった二つの青いドットをわざわざ置いた。

 そして、強制力は全てのキャラクターに存在する。


「レイが言っている『イベント』が、何を指しているのか分からないけど、あたしは命令されたことを実行しただけ。確かに勇者の行動を見たかったけど。そして、あたしは勇者の不意打ちに遭った。その流れを引き戻してくれたのはレイだった。 レイがいてくれて良かったとあたしは思っている」

「ん…、それって」


 彼女の言葉でレイは気付かされた。

 いつものパターンかよ、で済ませていた『二重の記憶』


 ——そういえば、エルザのリアクションって


「問題はアイザが負けそうな魔王軍にいることだ。 あの勇者は順調に魔王軍攻略をしていく。敵側の魔王軍にいたら、アイザが戦いに巻き込まれる。既に巻き込まれているのなら、勝つ側にいるべきだ。」

「それは…。分かっているの。このままじゃいけないってことは。でもアイザが…」


 ゲームだから言えることで、ここの住民には勝敗は分からない。

 その上で、大切な妹を敵国に預けるという話をする。

 

「アイザは勇者の仲間になる。俺が保証する。」


 利用できるのは、この世界の強制力だ。

 彼女は間違いなく勇者の仲間になる。

 だったらエルザではなく、アイザの背中を押すのが良い。

 エミリとマリアという前例がある。

 彼女達は何故か、勇者と同じ道を歩いた。

 そして、シナリオ通りに話が進んでいる。


 シナリオはレイに死ねと言った。

 シナリオ通りに死んだから、強制力を信じられる。


「エルザがいて、アイザがいる。三連のイベントで勇者のところに…」


 レイは、この一週間、何も考えていなかった、が間違いだと気付く。

 そもそも、この空間に来た時点でゴールだったのだ。

 隠しフォルダに、世界の鈴木Pが情熱を注いだレイがいる時点で、隠されていない。

 勇者がヴァリス砦のとある場所に行くと、エルザが勝手に転移し、アイザのイベントも起きる。


 だから、何も考える必要はなかった。

 三つもイベントが並んでいるなら、あっという間にアイザは勇者に保護される。

 指を咥えるか、黙って見守るだけでいい。


 ——だから、考えられたけど考えなかっただけ


 だって、俺は強制そんな力に頼りたくない。

 

「エルザ。アイザと二人きりにしてくれないか?」

「え…?…良いけど。余り時間はないわよ」

「少しでいい…」


 アイザはヒロインの一人だ。

 年齢とか、関係ない。

 このまま放っておくと、「わらわはお姉たまの言う通りにする」とか言って、シナリオの通り進むに決まってる。


「アイザはどうしたい?」

「わらわは……、わらわはお姉たまの足を引っ張りたくないから……。お姉たまの言う通りにする……」


 彼女はレイが想像していたモノを選択をする。

 ここまではシナリオ通り。でも、ここから干渉する。


「そっか。でも、自分で考えなきゃ駄目だ」


 彼女はフォルダの中に入っていたから、外の世界の干渉を受けていない。

 だから、あるべき姿を取っている。


「自分で…?」

「そう。自分でだ。今から、ちょっと難しいし、あんまり聞きたくない話をする」


 だったら、教えるべきは——


「難しい話」

「嫌な気持ちにさせるかもしれない。でも、このままだとそうなるって話。だから、アイザが決めるんだ」

「わらわが…、…うん。大丈夫。ちゃんと聞く!」

「よし、良い子だ。アイザ、このままだと——」


     ◇


 約束の時間になり、エルザが隠しフォルダの世界に戻って来る。


「もう、殆ど時間がない。レイ…、あたし」

「エルザ。悪い。俺には無理だ。守ることが出来ない」


 期待していた男にそう言われて、エルザの顔から血の気が引く。

 期待していたと言っても、それは微かな希望でしかなかった。

 自分の運命は知っているし、抗えないことも分かっていた。


 だから…


「そう…」


 呟くだけ。


「エルザ、まぁ、待て。勘違いするな。俺には決められなかったって意味」

「それに何の意味が…」


 でも、違っていた。 

 

「お姉たま‼わらわが決めたの‼」

「アイザ…?」

「うん。わらわはお姉たまを死なせないの‼」


 いつものアイザとは違い、戸惑いも動揺も、恐怖心も感じさせない。

 でも、それは無理なのだ。


「アイザ。あのね」

「大丈夫なのら‼わらわ、レイと作戦考えた。お姉たまを死なせない作戦‼その為にはわらわは——」


 たった五分。その間にどんな魔法がかけられた。

 エルザがこれからしないといけないことを、レイにばらされた。

 そんなことがどうでもよくなるくらい、妹は変わっていた。


「…分かった。アイザ、だったらお姉たまはどうしたらいい?」


 エルザも覚悟を決めて、アイザを抱きしめた。

 妹が見えなくなるので、もう一人の男を半眼で睨んでおく。


 すると、男は申し訳なさそうな顔をした。


 当然だ。それでは結局、アイザは冷酷な勇者のところに行ってしまうんだから。


 でも…、糾弾するつもりで睨んだわけではなかった。


「詳しくはレイに聞くのだ。だから、これはアイザとレイの作戦なのだ‼」


 今のアイザなら、あの勇者の中に入ってもやっていけそうな気がする。


 たった五分で、妹を変えた男に姉は少し嫉妬しただけ。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る