第63話 勇者様はヴァイス砦の攻略を目指す
ここで今回の魔人レイのデッドラインを発表する。
七人目のヒロイン・リディアを解放後から始まる三つのオーブ集めの後。
三つ目のオーブを集め終わると、魔王ヘルガヌスが居座るデスキャッスルの門が開くようになる。
その中に魔人レイのムービー死イベントがある。
それまでにレイは逃げ出さなければならない。
ただ、今の魔人レイにとってはまだまだ先の未来でもある。
◇
アルフレドはチョリソーの町で、剣の鍛錬に励んでいた。
その様子を瞳に影がさしたフィーネが見守っている。
キラリは道具屋に何度も足を運び、エミリとマリアは暇つぶしに魔物を狩り、ソフィアはその間を往復する。
「勇者様。皆、十分にレベルが上がったようです。そろそろ出発しませんか?」
「そうだな。
六日間、勇者一行はチョリソーに留まり、魔物を狩って狩って狩りつくしていた。
勿論、その中にはサキュバスバニーやアークデーモンなどの人形魔物も含まれる。
「勇者様。次のヒロインは…」
ソフィアはキラリを探す前に、勇者に方針を聞く。
ソフィアも次のヒロインくらい知っている。
落ち着きを取り戻しているようにも見える勇者の考えを知らねば、動けない。
なんと言っても、全員が次のヒロインが魔族だと知っている。
「大丈夫だよ、ソフィア。俺はどうかしてたよ。アイツに嫉妬していたのは確かだが、それはそれ、これはこれだ。先ずは世界を救うだろ?」
「そうですね。分かりました。それでは私は道具屋に行き、エミリとマリアにも東門で待つように伝えておきます」
修道女は軽く一礼して、道具屋に向かった。
彼女が連絡役を買って出た理由は、察しの通りだ。
「問題はなさそう。でも」
船の上の勇者の様子を知っている。あの時の彼は完全に錯乱していた。
でも、六日前の魔物の虐殺で鬱憤が晴れたのか、今は落ち着いているように見える。
そして、それだけでなく、ソフィアは嘘か本当かをある程度見分けることが出来る。
彼が勇者として、世界を平和に導こうとしていることに嘘はない。
それに魔族のヒロイン、アイザを受け入れるという言葉もどうやら嘘ではない。
気がかりは、一向に立ち直れないフィーネだった。
「キラリ、勇者様が出発すると」
「はーい。これ買ったら行く」
「30分後に東門です。遅刻は許されませんからね。イベントカットは阻止しなくてはなりませんので」
「分かってる。僕も経験したんだし、条件もなるほどって感じだし」
彼女は理系女子と伝承に残っている通り、彼女は自分なりの分析でイベントを理解していた。
それまでに何度も説明していたが、その時は「眉唾だね」の一言で終わらされていた。
これも成長と言えるだろう。
「私たちと多少、温度は違いますが、キラリも強制力というもので動かされているのでしょうか。…私も」
◇
勇者一行は一晩寝て、早朝に出発し、100kmをとんでもない速さで進んだ。
そして、ヴァイス砦の目の前で立ち止まった。
「チョリソーではイベントのせいで無駄遣いをした。だから先に準備を整えて、イベントを目指す。その方針は変わっていない。問題ないな?」
五人のヒロインは頷く。
これはあのイベントの後に、勇者が考えた方針だった。
デスモンドのムービーが鮮烈すぎて、チョリソーの強制ムービーも突然すぎて、更に過敏になっていた。
人間レイは生前、細かく探索をしろと話していたが、それを理解するのは流石に難しく、無かったことになったという印象の方が大きい。
何もない部屋。何もない壁。何もない家。
あるいは獣道。あるいは道がない木々の隙間。
あるいは本棚の後ろ。あるいは横から押せる本棚の後ろ。
あるいは上から視点の画面端。
あるいは北側の木の北側、南側の木の北側。
流石にこんな場所を探そうとは思えない。
だから、彼らはイベントを目指す。イベントは彼らの道しるべである。
「先ずは門番戦だろう。行くぞ‼」
因みに門番を務める可哀そうな魔物は、アルミラーZとサーベルタイガマン。
三体ずついたが、一瞬でゴールドと経験値に変わった。
「アル、私はどこに立てばいい?」
「無理をしなくてもいい。俺の後ろに隠れてていいから」
フィーネはアルフレドの言葉通り、勇者の直ぐ後ろについた。
エミリとマリアがソフィアにアイコンタクトを送ると、ソフィアは軽く肩を竦める。
「ここはモンスターだらけだね。この中にレイ君も混じってたりして…」
「あり得ますね。あの港から渡った直ぐなのだし、ここにいる可能性はあります」
「…分かってるさ。だが、俺達が目指すはイベントだ」
勇者は落ち着いているように見える。
でも、ソフィアには少しだけ歪んで見える。
そして、エミリとマリアにも。
この六日間、特に最初の頃に三人で話し合っていた。
チョリソーの戦いの次の日の会話だ。
「ウサギさん、ちゃんと伝えてくれるかしら」
「ソフィアぁ。多分、それ違うよ。アタシね、何度もモンスターが『レイ』って言ってるの聞いたんだ」
「うん。マリアも聞いた。そしてウサギさんが飛び出した」
「では…、もしかしてあの時」
エミリとマリアが、その二文字を拾えない筈がない。
言語は違えど『名前』という固有名詞は同じだ。
ラビは何度もレイの名前を、二人の目の前で叫んでいた。
「アタシは魔物の言葉が分からないから、魔物が良く使う言葉ってだけかもだけど」
「そうだよねー。マリアたち、魔物の言葉分からないし。で、その言葉に気を取られて、魔物も見失うし」
「見失った?お二人がですか?」
そこで「あ!」と二人は声を上げた。エミリの方がちょっとだけ大きな声だったから、ソフィアは急いで口を塞いだ。
「あれは…闇魔法だ」
「うんうん。そうだよ。アタシ、それでレイ君に逃げられたことあるし」
「成程。…あの場にレイがいた。やっぱり魔物側で…」
「うん。魔物を助けるなんて。それでマリアたちはサキュバスバニーに逃げられ…、ん?」
「レイ君…っぽい…。魔物側かもしれないけど、やっぱりレイ君って感じ」
「でしたら、私たちが行ったことはあながち」
「だね。今は無理だよ」
「アルフレド、何を考えているか分からないしね。出来る限りレベルを上げるって言ってたし」
「レイの言いつけを守っている、とも受け取れますけど」
「フィーネが分からないよね。フィーネが一番、レイ君のこと分かってる筈なのに、あんなにアルフレドとべったりで」
「分からないと言ったら、キラリもよ。マリア、あの攻撃怖いし」
なんて、井戸端会議を行った三人は後ろで固まって歩いている。
◇
アルフレドは神経質になって、砦をきょろきょろと見回している。
そして、あの縦読みを見つけてしまった少女はどこ吹く風。
「ね、早く行こうよ。ここにはお姫様はいないんでしょ」
本来ならば、レイがこの場を仕切っていた。
あの男ならば、上手く持ち回れるのだろう。
「全員で行くぞ。前衛後衛に三人ずつ…。いや、前衛中衛後衛だ。そうだな…」
ソフィアとキラリは後衛が適任だった。
フィーネとマリアはどちらも出来る。
勿論アルフレドが後ろに下がっても良い。
「アルフレドさえいたら、多分イベントは始まるんでしょ?だったら思い切って二手に分かれるとか?」
「いや、エルザがいる。十中八九エルザと出会えばイベントが始まる。運良く最初に俺が当たればいいが、もしも俺がハズレを引いた場合、誰かがやられる可能性がある。できる限り皆で戦うべきだ」
彼はレイの死が起爆剤になって、独自の成長を始めた。
悩みながらだが、着実に考える力を身につけている。
「徘徊モンスターが遠くに見える。撃つ? 撃っとく? これはミサイルを温存すべき?」
「キラリのそれって私たちでいうスキルだっけ? 」
「うん。僕はスキル『はかいばくだんづくり』を覚えているから。どうする?リーダー」
「正直言うと分からない。そのスコープというものは、どのくらい信用できる?俺が使えたら一番なんだが…」
めちゃくちゃ設定キャラのキラリはまだ理解されない。
理由は簡単で、彼女のチュートリアル戦闘だったデスモンドの三つのイベントが活かせなかったから。
メッセージウィンドウは出ないし、彼女のスキル説明も出ない。
そんなキラリは何か特殊な操作をして、それをアルフレドの顔に近づけた。
「リーダー、いちいち煩いよ。見えるものが全て。サーベルタイガーマンだって」
「へー、すごいね。マリアには全然見えないのに。それが科学?」
「うん。魔族の力を使ってるみたい。僕が使う武器もマリアが持ってきたお婆ちゃんも。だから、マリアの家にも魔族の技術が活かされていると思うんだけど」
「んー。ウチにそんなのあったかなぁ。石油ならいくらでもあるってパパが言ってたけど」
新加入キャラは二人ともぶっ壊れの設定。
マリアが最初、孤立していたのはイベントの一部がカットされたからだけではない。
「サーベルタイガーマンって言うんだね。んじゃあ、アタシがヤっちゃうね!先生なら絶対に避けるしー。どうせヤられるなら、アタシがいいよねー!」
「あ、ずるい!マリアもやる!ってソフィアがもう殺してるし!」
「あら。私は通常運転ですよ?」
ヒロインの殺意は十分。
勇者アルフレドが編成を組む必要もなかった。
ソフィアが所構わず複合技を連打して、砦の中を一掃する。
「ちょっと待て。慎重にと言ったはずだ」
「でも、先制攻撃は大事です。突然襲われて、首を切り落とされたら終わりですよ」
「それはそうだが、だから慎重に行くんだ。イベントを探すと言っただろう」
「…そうでしたね」
殺意の高いヒロインたちに、アルフレドは頭を抱える。
それにアルフレドはソフィアが苦手だった。
彼女との出会い方は本当に最悪なものだった。
そして、ソフィアから見られていることも知っている。
そんな彼女と足並みを揃えにくい。
「だったら、大胆かつ冷静にいこうよ」
「エミリが一番苦手なやつじゃん」
「う。えっと、フィーネ。何か良い案ない?」
水色の髪がピョンと跳ね、両肩が大きく浮く。
「え、ええっと。この建物は三階建て。そしてモンスターの種類は港を襲ったのと同じで…」
「確かに!フィーネの言う通りね。だったらマリアのスキルで」
「で、でも…。アイザって子は魔族でもしかしたら混ざってるかもしれないから」
「んー。イベントの後に出てくるんじゃないかな?」
「エミリ…の時、イベントがある筈だったって。イベントがなくてもエミリはいるし」
「確かにアタシってイベント無しだったんだんだよね。…んー、こんな攻撃受けたら死んじゃうよ」
フィーネも考えていた。
少なくとも、エミリとマリアの行動を制するくらいには、イベントのことも考えていた。
「そういうことだ、エミリ。そもそも、経験値稼ぎもゴールド稼ぎも狩場で行えばいい。今はイベントだ」
「…了解。勇者様」
アイザがいなければ次に進めない。
その情報は伝わっている。
だから勇者パーティはリーダー・アルフレドを先頭にして、少しずつ探索をしていく。
一階は既に掃除済み、二階も同様の手段で掃除をする。
どれもこれも先制攻撃、皆も体に染み込んでいる。
——そしてここで、もう一つのデッドラインの発表。
勇ましい勇者様一行が今から足を踏み入れるヴァイス砦三階中央。
彼らは、もうすぐエルザのデッドラインを踏み越える。
▲
魔王軍駐屯地・ヴァイス砦三階、勇者アルフレドと五人の美女は、チョリソー町の7割を焼き尽くした元凶である、エルザを追ってここまで来ていた。
アルフレド「くそっ! ここもモンスターだらけだ!いちいち相手にしていたら、埒が開かないぞ!」
エミリ「でもぉ、大丈夫なんですかぁ、勇者様ぁ。ここには前に全く歯が立たなかった、あの女悪魔がいるんですよねぇ?」
フィーネ「魔法も物理攻撃もどっちも効かなかったものね。どうするの、アルフレド。」
六人とも、エルザが全ての攻撃を弾いた瞬間を見ている。
だから普段にも増して、緊張の色が見える。
アルフレド「分かっている。だが、あいつは俺たちの村を焼いた。エミリの両親もおそらくはあいつの仕業だ。そしてミッドバレイとチョリソーを、今度は目の前で焼き尽くした。俺達にも責任がある。俺たちが行かなくてどうする?」
キラリ「確かに…。勇者様が行かなければ、この大陸に残った人たちも焼いちゃうかも?今度こそ、僕の特殊兵器を命中させないと…」
ソフィア「私もあの悪魔を許せません。私に良くしてくれた村の人たちも皆焼け死にました」
そんな中、アルフレド達の声が、一人の幼女の耳に届いた。
幼女は歯の根が合わぬほど怯えているが、声の主にただならぬ興味を抱いて、ドアの鍵穴から覗こうと考えた。
けれど、彼女の視線は紫の悪魔の背中に阻まれてしまう。
エルザ「ようこそ、我が砦ヴァイスへ。先日はお預けをしてしまって、悪かったねぇぇ」
魔王軍女幹部のエルザは、扉を背にして宙に浮いていた。
そして勇者を見下すように黄金の瞳を光らせる。
アルフレド「エルザ、お前と戦うのは三度目だ。今度こそ逃げるんじゃないぞ!」
エルザ「ふん。一度もダメージを受けていないのに、逃げたと言われるのは心外だねぇ。でもね、あたしは四天王の一人なのよ。そんなに安い女だと思わないことね。ワットバーン、今までの戦いのようなミスは許されないわ。こいつらを今度こそ捻り潰しな!」
そして赤いスーツに眼鏡をかけたアークデーモン一体と、黒スーツに眼鏡をかけたアークデーモン四体が、紫の禍々しい煙と共に、光の勇者達の前に姿を表した。
悪魔「御意にございます…」
▲
そして勇者アルフレド達の戦いが始まった。
現在無敵の勇者パーティは、ここで意外にも苦戦を強いられることになる。
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