第61話 設定資料に描けない隠しフォルダの世界

 設定資料。

 正式名称『公式!ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜設定資料集』


 魔族に関してはあまり載っていない。

 レイの知識はあくまで考察の域を出ない。


 ただ、一つだけはっきりしていることがある。


 それはアイザの設定に関してだ。


 ゲーム制作会社に対して、「おまえ、やったな?」と確信できるポイントがある。

 そして、その「やったな?」という代表例がアイザである。

 旧作でも登場したアイザは、リメイク後に滅茶苦茶な改変が行われた。


 因みに、レイが「やったな?」と思ったとして、その続きを述べるなら「ありがとうございます!」と言ってしまう。


 なんて、言える状況ではないのだけれど。


「大切な妹さんじゃなかったんですか? 俺みたいな、どこの馬の骨とも分からない奴、しかも男に会わせちゃダメでしょ?」

「レイ、魔王軍の情報部を舐めないで。 貴方の情報くらい筒抜けなの。…って、あたしは聞いていた。でも、実際にレイと出会ってみたら印象が全然違っていた。どうして魔王軍が、貴方を次期幹部候補として引き入れようとしたのか。あたしにはもう分からない。それに…」


 エルザはすこし頬を赤くする。

 褐色の肌だが、それでもハッキリと分かる。

 そして、上目遣いでレイを覗き込んだ。


「それに…。なんでしょう?お、俺はさっきも…、…う」


 今更言い訳をしようとする彼に、彼女は頬を膨らませた。

 紫の髪に羊の角。褐色の肌の黄金の瞳。その造形はとても美しい。


「もう、やっぱひどい男であっているのかしら? ひどいというか、イケズというか…。あたしを守るって言ってくれた。そんな男は初めてだったから…。あ…、そういうこと?魔王様の命令は絶対。だから、あたしはいずれ勇者と戦わなければならない。そんなあたしに気を遣っているのね。もしも幹部のあたしが戦わないようなことがあれば、次はアイザが戦わされる。そして貴方はアイザを知っていた。ということは、ちゃんとアイザのことを考えてくれているのね。」


 彼女は微笑んだ。

 その表情は、妹への慈しみに満ちていた。


 って、何処からそうなった⁉

 アイザのことはほんっと良く知ってるけど‼

 っていうかエルザってどんだけヒロイン⁉この子もヒロイン枠に入れて差し上げろ‼


 それでも、この世界はエルザを四天王と見做している。

 そして、その四天王の心を、レイが鷲掴みしている。

 これは世に言う『ふりょねこ現象』だ。

 不良が雨の日に猫を拾って来て、普段悪そうなのに、本当は優しい人なんてイメージが出るあれだ。


 だが、ちょっと待って欲しい。

 それは、本当にやさしいのか?

 その不良はちゃんと飼う意志はあるのか?

 予防注射を定期的に打たせ、避妊手術をするかどうかも考え、そしてその後も面倒を見る。

 もしくはちゃんと里親を探すのか?

 せっせと小さな徳を積んでいる普通の人の優しさヒエラルキーを、楽々上回ってしまう怪現象。

 と、少々熱くなってしまった。


「これが噂の『ふりょねこ現象』?俺の新しいスキル…」

「そうね」

「って、通じてるし!!」

「だって、声に出してたし。で、でも!あたしはそういうのじゃないから…。あの戦いは、見極める為だったし…」


 どうやら口から洩れていた。

 それに、その考察もしていたところだ。

 エルザは見極めようとした。彼女の目が誰を捉えていたかは明白。

 だから、銀髪悪魔はガックリと肩を落とした。

 

「そうだった。チョリソーの戦いはアイザを任せるに足るかを見る為…か。分かったよ。一緒に会いに行こうか。俺の顔にビックリして、アイザが泣いても知らないからな」

「泣いたりしないわよ。分かるの、勘で」


 このままでは収拾がつかない。

 アイザを登場させなければ、ドラステワゴンのゲームにならない。

 六番目のヒロインと勇者が出会わないと、次の街でイベントが100%発生しない。


「じゃあ、今からでいい? 勇者がここに来るまでに、貴方に会わせたいの!」


 この先の展開を知っているだけに、彼女の望みは叶えたい。

 見て見ぬふりをしようと思っていた魔人の心が、少しずつ前を向く。


「その代わりと言っていいのか分からないけど。一つ質問に答えて欲しい。エルザがスタト村やミッドバレー村の焼き討ちに関与していないという、噂は本当なのか?」


 その質問に、エルザはひどく狼狽えた。

 震える声でレイに懺悔をした。


「魔王軍の…、命令は絶対…。そこを襲わなければならない…。そう言われたら行くしかない。間違いなく、あたしがやった。……いえ、貴方が言いたいのはそういうことではないのよね。魔王軍幹部として進んで仕事をしないといけない。でも、あたしは…」

「そこまでで大丈夫だ。それに、こんな話を聞いてしまって済まない」


 でも、意味のある質問だった。

 設定資料に描かれていないこと、ネット考察の域を出ないことまで、再現されているかを確かめたのだ。

 

「それに、単なる疑問で意味は無いんだ。俺、あの時倒れててエルザを見た気がしたから」


 エルザは想像以上に狼狽した。

 そのフォローになると思った言葉も、別の意味での追い討ちになる。


「貴方がスタト村出身? でも、それなら尚更貴方は一層あたしを恨んで…」

「恨んでないって!そうしないとアイザが危なかったんだろ?」

「……うん」


 そしてエルザの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。


 俺、なんて馬鹿な質問をしたんだ。

 エルザにとって、アイザは宝って知ってたろ。

 イチイチ聞かなくても、察しろよ!


「大丈夫だ、エルザ。俺がアイザを守る。ま、アイザに気に入られる自信はないんだけど…」


 すると、紫の髪の美女はほんの少し微笑んだ。

 設定資料集の何処にも載っていない、柔らかな笑顔だった。


「ありがとう。それじゃ…」


 彼女は硬い決意のもと、魔族専用魔法転送魔法イツマゾクを使う。

 彼の方も覚悟をもって、その転移円に入っていった。


     ◇


 レイは草原にいて、そこに一軒の茅葺き屋根の家を見つけた。


 ここがどこなのかは大体ピンと来る。

 ただ、ピンと来るのはリメイク後のドラゴンステーションワゴンの世界ではない。

 ここはリメイク前の、この近くにあったとされる村のイメージだ。

 どうしてエルザがここまで、魔王幹部にして四天王の一人が、こんなに性格を拗らせてしまった。


「ドット絵…じゃないんだな」


 魔族の姉妹の姉が妹を勇者に差し出すことになった、全ての矛盾がこの家にある。

 その原因となったのは、エルザの妹だ。

 彼女が窓から覗き、姉の帰宅を知ってドアから飛び出してきた。


「お姉たま! おかえりなのら! わらわ、今日もがんばったぞー! 見て見てー! 」


 アイザは着物のようにも浴衣のようにも見える、和服の裾を引きずって走って来る。

 画用紙に絵を描いたのだろう、それを姉であるエルザに見せている。

 そして知らない顔が見えて、アイザはエルザの後ろに隠れてしまった。


 これが全ての元凶なんだよ。

 散々引っ張ることじゃないんだけど、アイザは身長110cm。

 見た目年齢で言えば八歳前後…。

 つまり、幼女枠なんだ。

 で、完全にアウトなんだよ。

 でも、分かる!分かってしまう!

 どうしてこうなってしまったのか‼

 あのやり取りは誰かの創作だけど、あながち間違いじゃない!!


          ♧


原田「都条例的にも、メーカーのコンプライアンス的にも、彼女のキャラは変更せざるを得ません!」


鈴木「あぁ? あんなの文化の冒涜だ。ロリコンは伝統文化だろ? ファンが求めているものを提供するのがエンタメの義務なんじゃねぇのか?」


原田「そりゃ分かりますよ? 伝統的に日本の漫画アニメはロリコンが多用されてます。ですが、そういう問題じゃなくて、販売ができないってことを言っているんです!」


鈴木「なぁ、原田。どうしてゾンビものってなぁ、あれだけ人気がたけぇんだろうなぁ…」


原田「そ、そりゃ…、どんだけ傷つけても怯まない、そしてワラワラと湧いてくるゾンビ達の恐怖…とかじゃないっすか?」


鈴木「ま、そういう側面もあるだろうが…、俺が言いてぇのはそこじゃねぇ。人はバイオレンスを好む。そもそも何でゾンビってなぁ、大抵人間なんだ? 別にクリーチャーでも、虫でも、獣でも何でもいいだろ。」


原田「はぁ…、まあ、バイオレンスものが流行るってのは分かりますけど。」


鈴木「そこまで来たら、あとは簡単だ。視聴者は人間の頭をバットでぶん殴る映像を見たい。人間の頭を銃でぶち抜きたいと、心のどっかで思ってるってことだ。でも、それを主人公がやっちゃあ、色々問題があんだろ?だからこそ、ゾンビにしちまえばいいってことだ。ま、俺が言ってんのは極論だ。……でもよ、このゲームはファンタジーなんだぜ? ゾンビものよりもずーっとマシなことができるよなぁ?」


原田「も、もしかして、鈴木プロデューサーが考えていることって…」


鈴木「分かってきたじゃねぇか。そうだよ。アイザをモンスターってことにしちまえばいい。ついでに年齢にも1000歳下駄を履かせとけって話だよ」


原田「な…、そうすれば、確かに。…で、でも、そういう問題じゃないんです!今は相手がどういう気持ちで見るかなんです。設定でどうにか出来る時代は終わったんです。例え、この子が1008歳だとしても、現ハードの審査では…」


鈴木「バカヤロー!そんなんだから、ゲームが売れねぇんだよぉ!プレイヤーが求めるもんを届けるのが、俺達の仕事だろうがっ‼」


原田「…それはそうなんですけど」


鈴木「ってことでよ、審査んときは隠しフォルダに入れちゃえよ。なぁ、入れちゃえよ、原田ぁ。なぁ、やっちゃいなよ、原田ぁ。いっちゃいなよ、原田ぁ…」


          ♧


 原田…、実際にそんな奴いたかどうか知らないけど。

 でも、ドラステワゴンを販売まで漕ぎ着けた鈴木Pならやりかねない。

 ドット絵メインだったリメイク前のキャラクターは囚われの人間の幼女だ。

 八歳のアイザは、千とんで八歳の魔族アイザに生まれ変わり、彼女にロリを貫かせた。


 因って、ここは隠しフォルダの中


「って、マジであったのか。それに、マジで危なかったってことだ。いくらオープンワールドでも、歩けなければ、登れなければ、降りれなければ、辿り着けない。そして…」


 その結果、とある歪みが生じた。

 リメイク前、アイザとエルザは姉妹ではなかった。

 リメイク後には、アイザとエルザは姉妹になっている。

『ロリを貫く』という方針が、アイザを魔族にさせ、同じ場所で出現するという理由で、アイザとエルザを姉妹にさせた。

 偶然にも、名前の最後が「ザ」だったから。


「完全にエゴで生まれた、二人だけの空間。……こんにちは。はじめまして、かな?俺は…レイ。君が…、噂のアイザちゃん?」


 恐ろしくも愛らしい、魔族の幼女アイザ。

 彼女の前で膝をつき、レイモンドらしからぬ笑顔を向ける。


「ほら、アイザ。ちゃんと挨拶しないとダメでしょ? とっても優しいお兄ちゃんなんだから。ほら…」


 魔王軍四天王エルザに背中を押され、よたよたっと歩く見た目八歳の子供。

 彼女は、ぎこちない笑顔でぺこりと頭を下げた。


「はぢめまして…、わ、わらわ…の名前は…アイザ…です!」

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