第60話 エルザの設定はとある理由により、公式で明かされない
魔人レイの前には広がっているのは、一面の焼け野原だ。
勇者達が掃討戦と言わんばかりに、強大な併せ技を炸裂させた跡だ。
強制ムービーイベントでも半数しか戻っていないから、どう考えても魔王軍の大敗だ。
「経験値稼ぎが好きなのか…。いや、これはどう考えても時間の無駄だ。でも確かに、あのレイモンドの胸糞ムーブで、プレイヤーも同じ感じだったっけ」
即ち、これはこの世界の自然な形なのだ。
それがリアルに変わったから、グロく見えているだけ。
そして、レイは二体のモンスターを連れて、ヴァイスへの帰路につく。
「まずは、エルザ様に報告だなぁ。チョリソー作戦は大成功でしたって」
「へ⁉なんで大成功なの?ウチ殺されそうになったよ?」
「当然だ。勇者に経験値を食わせる。これがこの世界のルールだからな。魔王軍はホワイトに見えて、モンスターの命をゴミのように使う軍隊だぞ。ラビもジュウも死にたくなったら、世界の隅っこでうずくまってた方がいい。俺もいずれはそうするつもりだ。」
「えー、ウチはレイに恩を返すまでついて行く!」
「あ、その拙者は…」
ジュウの様子がおかしい。
おかしくない方がおかしい。
大ねずみ子爵13世の殆どが狩り尽くされてしまった。
同胞の子爵の事を考えると、胸が痛い。
「あ、そういえば」
レイはなんとなく背中にもう二本手があるイメージをしてみた。
「やっぱり。跳躍にしては飛びすぎって思ったんだよ」
予想通り、コウモリの羽が背中から生えた。
魔人レイモンドを継承しているとすれば、羽が生えて当然だった。
そしてラビを左腕で抱え、ジュウを右肩に乗せながらヴァイスを目指す。
彼がヴァイスを目指す理由は、この戦いの中心であるエルザの様子を見る為だ。
このまま死んだ扱いされても良いのだが、彼女のことが色々と気になったから、顔くらいは見たい。
「エルザが二重の記憶に戸惑っていないかを確認しないと。ここまで来て、進行不能バグは勘弁だ」
「えと……、ウチ達はなんて言い訳したらいいのかなぁ。」
「拙者はどうしたらいいのか……。この先のことを全然考えてませんでした…」
まーた、おおねずみ子爵十三世の喋り方が変わっている。
「ヒエラルキーを本能的に…?ジュウ、あんまり気にすんなよ…なんて言えないか」
魔王軍に所属し、MKBに志願したのだから、生きている方が後ろ指をさされるというもの。
「ラビもジュウも俺の所属。で、俺は遊撃隊だ。何か言われても俺のせいにしろ。俺はリーダーなんだから俺がなんとかする。それに…」
ヴァイスの入り口で、二人にあれこれ言って、レイは砦を見上げた。
魔王軍がこの世界に誕生する前は、王国の砦があった、という設定だ。
だから、それを真似て入り口に門番がいる。
ただ、装備アイテム無しでも戦えるモンスターに、ボティチェックなど意味がない。
だから、単純に素通りできる。
因みに、
「エルザはそんなに残酷な奴じゃない…筈だ。これはネット掲示板レベルの情報だけど」
その考察は納得がいくし、そうとしか思えないし、公式が触れたがらない理由も察しがつく。
エルザの妹アイザは魔族なのにアルフレドと行動を共にする。
そして、そのことにエルザは一言も触れない。
アイザもアイザで、勇者大好きっ子になるという設定だから、この辺りは本当に意味不明なのだ。
しかも、敢えて暈している。
そして、
必用なのは、姉妹が引き離されるという、穏やかでない設定と、それ受け入れる世界だということ。
「エルザの見せている姿は虚勢。大半の考察では、エルザは命令されただけ。彼女は反対だったとされる」
レイは人間の言葉でぶつぶつと喋りながら、ほぼ顔パスの要塞を進む。
RPGあるあるだが、モンスターは人型、無形型、動物型、昆虫型などなど、多種多様だ。
なのに、何故かモンスター同士は会話が成立する。
そして皆、概ね仲が良い。
ただ、派閥があるからグループ分けがされる。
そして偶に知性のないモンスターがいて、モンスター同士で戦っている。
でも、アーマグ大陸にいるモンスターの知性は、アフレルゾ大陸のソレらとは違うらしい。
「ジュウ、エルザのいる長官室は分かるか?」
「ここの一番上って、聞いてますけど……。兄さんはほんとにこのまま行くでござるか?」
四天王エルザに比べると、彼らは脆弱すぎる。
だからレイは、彼らには兵舎で待つように言った。
そして身軽になったところで、レイは最上階の長官室を目指した。
「レイ、気をつけてね!」
「あぁ。ま、気楽にしててくれ。さて…」
最上階の階段までラビがついてきてくれた。
彼女はモブモンスターだ。
簡単に命が失われてしまう。
だから恩なんて考えずに、気楽に生きてほしいと思っている。
エロ目線でサキュバスバニーと会いたいと思ってレイ。
だが、ラビは甘え方が子供っぽいので、親戚の子供という目線になってしまう。
そも、命の恩人だからといって、何をしても許されるわけではない。
「さて、じゃあノックしますか」
銀髪魔人は背筋を正して、一張羅も正して、長官室の扉をノックしようとした。
すると同時に横開きの扉が左に滑り、四天王エルザとばっちりと目が合ってしまった。
「あ、エルザ様?お、俺…」
美女が目の前に現れた瞬間に、レイの頭は真っ白になった。
普通に会話をするだけのつもりだったのに、いざ妖艶な魔女に出会ってしまうと、心の臓が飛び跳ねる。
「その…、あれ?」
ただ、エルザは目線を逸らして、レイの真横をすり抜けた。
あ、無視された、とレイがショックを受けていると、彼女は上半身だけ部屋の外に出し、彼の手首を掴んで強引に部屋の中に引き入れた。
「あの」
「しっ!」
そして彼女は指をレイの唇に当てた。
これはもう、心の臓も堪らない。
「レイだったな。お前に聞きたいことがある」
エルザの目は「お前は戦場から逃げたのか?」という追求の色ではなかった。
今はどちらかと言えば、憂に満ちた目をしている。
ここに急いだ理由でもあるが、レイは自らの誤りに気付く。
あ、そうか。エルザはもう経験済みか。
「二重の記憶…。それに突然記憶が飛ぶ…、そういう現象について…ですか?」
だからレイは単刀直入に聞いた。
そして、その言葉で紫髪が跳ね、一瞬だが目を見開いた。
レイの持ちうる記憶上、ネイムドモンスターの中で、エルザのみがこの体験をして いる。
いや、ムービーならアズモデが居たではないか。
ただ、アズモデに関しては分からない。
彼はイベント中に登場して、イベント中にいなくなった。
やったつもりになっているか、それともその行動全てがキャンセルされているのか、聞かないと分からないし、呼び出せるほどレイは魔王軍の中で偉くはない。
そんな考え事をしている中、エルザの返事はレイの予測のかなり上空を飛んでいた。
「確かにそれは気になる…。でも…、違うの!あたしが聞きたいのは勇者の素行についてよ! あたし、勇者があんなに卑怯で、残酷な奴らだなんて思っていなかったから…」
「…は?」
そして、自分の血の気が引いていくのを、あっという間に感じていた。
「レイ、お前はあの勇者を裏切った!それはもしかして…」
息を呑む。そして固唾を呑む間もなく、彼女は続ける。
「あんな残酷な連中についていけなくなったから…、お前は裏切った。…ね、そうなんでしょ?」
レイモンドを善人と勘違いしている…だと⁉
そうか‼エルザの目線ではそう映ってしまう‼
アレ、俺が教えたんですけど…。
卑怯こそ、命を守る手段…。でも、これは何を言ったら正解なんだ?
俺があいつらを育てたって正直に…
なんて考えている時間は無かった。
というより、判断が遅い‼
「仲間の情報を敵に売りたくないお前は、『俺があいつらを育てた』なんて言うんだろうか。お前は優しいから…な」
『だが、回り込まれてしまった』…だと?
違う違う違う!
なーに言ってんの、この人!
ちゃんと設定読みましたか?レイモンドは嫌なやつなんだって‼
ここに来て痛恨のミス。
あの白兎が隣に居れば、レイモードでクソムシっぷりを発揮できたろうに
「あの…。ほ、本当に俺が育てたんだよなぁ。ほら、俺様は悪ーい事を考える天才だから?」
「ふっ…。お前らしいな。思い付き、実行する力はあるのに、自制する心も持っている」
「ち、ち、違うって。お、俺様に比べて、あいつらは人が良すぎてさ。で、実際に良いやつで…」
「ほら、…お前は優しいヤツだ」
演じようとしても、自分では演じられない。
犬歯は青く光らないし、ユニークスキル『レイモンド』も全く発動しない。
「まぁ、いい。ここでは何だ。あっちで座って話そう。まずはお前という人間が知りたい。いや、今は魔族だったか。」
ここから、とある理由でヴェールに包まれたエルザの真骨頂が発揮される。
その結果、レイは正気を失うことになる。
「飲み物を用意するけど。レイは何がいい? 紅茶?コーヒー?」
「俺、コーヒーかな?できればアイスで」
「おっけー。ちょっと待っててね」
レイはふかふかソファに座っている。
え⁉
あの‼レイモンドが‼ふわふわソファに⁉
座っている、…だと⁉
マリアの家で座ったことはあるが、アレはニイジマの時だ。
それ以外のレイモンドは、基本的に冷遇されている。
そして、ふかふかしながら、レイは恍惚とした感情を味わっていた。
俺は…一体、何を?
いやいや、これは分かっていたし。公式が隠してたことだし‼
やっぱり、考察は正しかったんだ。
彼女の本当の性格はこっちなんだ。
今だって、コーヒーを準備する前に茶菓子をさりげなく置いていった。
もしかしたら、エルザの本来の優しさに触れて、レイモンドはあの戦場にいたのかもしれない。
勿論、一番あり得るのは、勇者達の様子を色んな意味で探ろうとしたから…なんだろうけど。
ワンチャンはある。レイモンドはエルザを狙っていたんだ。
カチャリ
「鍵⁉」
上司が部屋の鍵をかけた。
つまり、これからは他言無用の話が登場する。
「安心して。取って食うってわけじゃないから」
作戦会議の時だ。
魔人レイが提案した『待ち伏せ袋叩き作戦』の方が、勇者たちを苦しめたかもしれない。
だが、その袋叩き戦法では一万の魔物が邪魔で、勇者の姿が見えにくい。
——チョリソーの戦いの時に、エルザが勇者を見極めていた。
それが考察の主流である。
だとしたら、嫌な予感しかしない。
えっと…。俺、またやっちゃってない?
◇
世界の意志である、メインストーリーはどうだろうか。
勇者たちはフェリー・ドラステ号から降りると、チョリソー港町に辿り着く。
その町で聞きこみをすると、町の人々が東の先にある砦に怯えて暮らしている、という話が聞ける。
そして、更に。
外は危険だ。ここからは出ない方がいい。
そちらの方、ご気分が優れないのですか?宿で休んだ方がよろしいかと。
周辺のことは、宿屋の主人が詳しいぞ。
これらの発言を町の人がするから、プレイヤーはイベントがあることを知る。
そして、宿屋の主人も同じく、本当に泊まるかの確認をする。
この後、チョリソーの戦いが起きる。
そして勇者はエルザと戦うためにヴァイス砦に向かう。
勿論、そこでエルザは待っているから、遂に戦いが始まる。
エルザと勇者の戦いは、レイの物語のネタバレになるので明かせない。
最終的に、アイザを勇者が保護する流れになるのだが、ここがポイントである。
アイザの保護は、ムービー、イベント、ムービーという順番で行われるのだ。
最初のエルザムービーをカットして、アイザが仲間に加わる可能性はある。
だが、その後のイベント、ムービーイベントの全てがカットされる可能性もある。
「あの…、ですから勇者は…」
ここまで来ると、レイも責任を感じてしまう。
そして、彼女の背景は公式設定で暈されており、今後の展開が読めない。
「あたしはバカだったかもしれない。こんなブラックな魔王軍だもの。妹もいつか戦わされる。だから、あたしはあの子を、アイザを勇者の手に委ねる。そう思ったの。だって、あの子は普通にしていたら人間の女の子だから…」
だからエルザの言葉を、コーヒーを飲まず、固唾を飲んで、とにかく聞いた。
「でも、あんな悪辣な連中だとは思わなかった。アイザにも…、ちゃんと説明しなきゃ。だからレイ…。今からあたしと一緒にアイザに会ってくれない?アイザはアナタに懐いてくれると思うし…」
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