第59話 勇者たちは殺戮を、ヒロインたちは呼びかけを
レイはひたすらに焦っていた。
背景モブの一員であれば、どうということはない、と高をくくっていた。
だが、たったの2ドットだけ出演をしていたらしい。
たった2ドットと言えども、アレは魔人レイモンドの牙だったと製作が考えていたら、反映されてしまう。
「あ、ここに青のドットが二つある!この青のドットって、もしかしてレイモンドじゃね?…って、なるかぁぁああ‼こんな考察、一回も見たことないし‼」
勿論、彼がこの場にいてもおかしくはない。
当然、魔王軍に所属しているだろうし、生まれたてだからMKB部隊に、見学で参加していてもおかしくない。
それに、今度こそ勇者をと、見定める為に慎重に様子を伺っていた可能性もある。
だから、映っていたことは百歩譲って理解できる。
だから、彼が焦っているのは、それとは別の事。
——あの二人が見当たらないのだ。
ムービーに巻き込まれたせいで、ドットの場所まで強制的に移動させられたが、あの二人は出演者じゃない。
「あの二人が飛ばされたっていうより、俺が飛ばされた。俺が消えたのは何処だ?チョリソーの上。そこから…」
エルザを村に投げ入れて、ムービー開始。
二人はレイの体に掴まっていた。掴まっていたものが消えたのなら、当然落下する。
「クソ。どこだ?あっちから飛んで…、そこから落ちたんだから…」
あの二人は出会ったばかりの存在だ。
でも、レイを認識してくれる存在だ。
危険と分かっていても、一緒についていきたいと思ってくれた存在だ。
それだけで、助けたいと思ってしまう。
利益・不利益なんて関係なかった。
知っているから助けたいと、思ってしまった。
「ひぃぃぃぃ!聞いてねぇぞ! 助けてくれぇぇぇ!」
サーベルタイガマンが逃げ惑っている。
だが、彼はレイが見ている前で、急に四つん這いになった。
そして下卑た笑みを浮かべ始めた。
これはサディスティックな懺悔室か!俺以外には使って欲しくなかったけど、って、そんなことより、 この近くにソフィアがいる。どうする…。俺は、あいつらの前に出ていいのか?クソ…、分からない‼
分からないなら、逃げるしかない。
彼女達はあまりにも攻撃的すぎる。
レイが逃げようとした瞬間には、先の虎男はひき肉になっていた。
ソフィアの
「ひぇっ!やべぇぞ、こいつら‼ニゲ…」
それを見たモンスターの叫びが、断末魔の叫びに変わり、阿鼻叫喚が広がっていく。
お構いなしに彼女達は、次々に魔物を敵と見定めて殺していく。
「今の俺は魔物認定だから、一緒に巻き込まれる。遠くに逃げないと…。でも、あいつらは……」
ソフィアの攻撃を避けて、レイはジュウとラビを探す為に遠ざかる。
「エルザは去った。だから、ここに居る必要はないんだ。あれはジュウさん…、が100匹…」
おおねずみ子爵13世は見分けがつかない。
目印の一つでもつけておくべきだったと、レイは歯痒い思いをする。
そして、その瞬間。
全く別方向から彼の声が聞こえてきた。
「やべぇぞ‼ラビがやられちまう!」
声のした先に大ねずみ13世がいて、その杖の先、その向こう側に彼女を見つけた。
そして、同時に険しい顔になる。
「嘘…だろ…。あの二人は…」
桃色の格闘麗女マリアと赤毛の戦闘少女エミリ。
その二人が丁度、ラビに向かって歩いていた。
あの二人が丁度歩いてくる、なんてことはない。
ラビは蹲ってガクガクと震えている。
エミリとマリアの推定レベルは45。
あの二人は前線で戦えるからレベルアップが早い。
そしてサキュバスバニーのレベルは25。
戦いは仕掛けてこない…。今、自分が割って入ったらどうだ?
レイはエミリとマリアを知っている。
そしてレイの目には、二人はソレを知らないかもしれないと映っている。
とは言え、だ。
あの二人、それからソフィアも分かってくれる。
だから、腹を括って二人の前に飛び出そうとした。
だがその瞬間、レイの体は吹き飛ばされた。
「痛…くわないけど…。なんだ、このべちょべちょ…。あぁ、魔物破壊兵器でぶっ飛んできたのか。くそ、ついてないな。でも、これくらいなんてこと……」
ここは、あの魔物破壊兵器の射線。
ならば、と彼は別の建物に移動しようとした。
そこで、ふとした気配を感じて立ち止まる。
その勘は当たり、次の瞬間に建物が業火に包まれる。
「フィーネの
殺したはずの魔物が復活した。
しかも町の中に入っている。
町の中は死角が多いから、建物ごと燃やす。
どんなに弱い魔物でも舐めてはいけない。
不意打ちの一撃を急所の貰えば、一発で終わる。
レイが森でやったのと同じ。理屈は分かるけれど、何故か雑。
宿屋があるから、MP消費を気にしなくても良い。理屈は分かるけど、無駄に撃ちまくっているようにも見える。
「魔物即斬…って感じ?あのイベントはやっぱりフィーネに闇を植え付けた…?」
元々、そういうイベントだ。
どんなに細工をしたとしても、闇落ちフィーネは本来、あのイベントの後に起きる。
だから、彼女には近づけない。レイの姿が、再びトリガーを引く結果に繋がるかもしれない。
「
今度は味方サイドのモンスターが助けを求めて、レイの足にしがみつく。
そこでレイは苦笑いを浮かべた。
「よく分かんないけど、アイツらも本気になったってこと?悪くはないんだけど、それは俺が人間だったらの話なんだよなぁ…」
◇
エミリとマリアは、人型白兎の前でお喋りをしていた。
彼女達の力なら、この程度のモンスターに苦戦はしない。
全てレイのおかげと彼女達は考えている。
ムービーイベントが起きた後は彼女達にも焦りがあった。
——とはいえ、アルフレドの命令に素直に従ったのは別の理由から
「うんうん。ちゃんと皆は避難出来てるね」
「避難させた人が家に帰ってしまったって思ったけど、これがムービーってことね」
蓋を開けてみれば、ほとんどが無人の家。
勿論、襲われていた住民はいた。
けれど、被害を最小限に食い止められた。
具体的に言うと、イベントに映っていた数人を助けるだけだった。
「そうみたい。でも、イベントはやっぱり現実でもあるのか」
「しょうがないと分かってるけど、割り切れないかな、マリアは」
彼女達は幾度となく強制イベントを迎えている。
それが世界の意志なのだと理解している。
エルザと出会うためのイベントだったと、はっきりと理解している。
イベントは道を示す。
だから次の目的地はヴァイスなのだろうと、考えられる。
「そういえば、以前ね。先生、モンスターを逃してたんだよ。アタシもこの子逃がしてみようかな」
「うーん。この子って恩返ししてくれるかしら?レイはきっと魔族に囚われてるからぁ、ねぇねぇ、うさぎさん。レイの居場所を教えてくれたら、助けてもいいわよ?」
人型モンスターは少しだが人間の言葉を話せる。
でもラビは、人型に成り立てなので、まだ上手くしゃべれない。
それに難しい言葉は、ほとんど分からない。
だから、彼女達の流暢な言葉を、ラビは聞き取れなかった。
だから、ガクガクと震えるしかない。
そして、ヒロインの勘は当たっていて、ラビはレイを知っている。
けれど彼女達の目的はレイを助けることであって、この白兎を助けることではない。
「分からないものはしょうがないか。アタシ達は魔物を倒さなきゃ」
「だね」
そして、エミリは容赦無く鋼製のブレードソードをラビに叩きつけた。
ただ、その瞬間。
ラビは異常な加速を見せて、二人の真横をすり抜けた。
因みに、ラビはその時こう叫んでいた。
勿論、モンスター語で。
『助けてレイ…、うち、死にたくない…レイィィィィィィィ!』
そしてその前に、レイが言ったモンスター語は。
『こっちだ。真っ直ぐに突っ込んで来い‼』
ただ、エミリ達の動体視力も人外のものである。
だから、すり抜けたラビの姿をしっかりと捉えている。
見えているから、反転してサキュバスバニーを追う。
この程度は容易い。
だから簡単に回り込める…、…筈だった。
「あれ?マリア、目を離さなかったと思ったけど…。こっちに曲がった?エミリぃ、うさぎさん何処行った?」
「先に動いてたマリアが何で見失うの?えっと確か、あっちの方向に…。あれ?こっちだっけ…」
「エミリも同じようなものじゃない。もういいわー。あのウサギさんはマリアたちが逃がしたってことにしましょ」
「そだね…。アタシたちはここにいるよって、敵って意味でもいいから、先生に伝わったらいいな」
「それ、どういう意味?」
「居場所が分からないよりはいいじゃん」
「それもそうね。ウサギさん、マリアはお返し、待ってるわよ」
二人とも消えていった白兎に手を合わせた。
そして、彼女たちが合掌した先に、レイはちゃんと隠れていた。
きっちり脇腹はガードして、ラビを小脇に抱えていた。
◇
「ヒロインの勘はヤバいな。ラビを即殺さなかったのは、そういう意味…か。…って、二人は俺が悪魔になったって気付いてたのか。置き魔法してなかったらヤバかったな。俺が行こうとすると、色んな邪魔が入る。だから、ラビに来させるしかなかったが」
色んな邪魔が入ったのは、世界の強制力。
「ここでレイモンドと会うシナリオはない。世界は何が何でも俺に死のムービーを強要する。俺がドラグノフから逃げられたのは、俺がレイモンドを受け入れたからだ。そして、今は運命ががっちりと俺を掴んで離さない。で、俺は皆の前に出られない…って思ったけど」
『世界の強制力』により、出会えなかった。
今、正体を見せるとシナリオ崩壊の可能性がある。
だから、運悪く魔法やスキルが飛んでくる。
ただ、その考えは直ぐに捨てた。
「ここはオープンな世界。俺がこの
強制力は働いている。
でも、ラビを回収すれば、こっちのもの。
物理的に見えてしまえば関係ない。
そう思った時。
「あれ。ソフィア?」
「ウサギさんに願い事…ですか。だったら…私も…」
えげつない魔法を使う修道女の声が聞こえた。
エミリ、マリア、ソフィアの三人が揃った。
この三人になら、姿を見せてもいい。
レイは肩を竦め、よっこらせと体を起こす。
「ウサギさん…。もしもレイに会ったら、伝えてください。…まだ、私たちには時間が足りていない…と」
牙の上の目が剥かれる。
「うん。そうだね。今は駄目…そうだよね」
「あーね。マリアたちの目で確かめてからじゃないと、うっかりレイを殺しちゃいそうかも。ウサギさーん頼んだよー」
エミリとマリアもそう言った。
だから、レイは
白兎を抱え、脱兎のごとくその場を立ち去る。
「それは…、そうか。ジュウさんの確保がまだだし…」
これが世界の強制力かも。
でも、あの三人が言う以上、信じるべきだった。
だから、あと一人の確保を言い訳にして、彼は離れていく。
◇
「怖い……。ウチ、怖いです!」
「あぁ、改めてみるとゾッとするな。勇者パーティってのは暴力装置だ。モンスターの言葉が分からないとはいえ、世界平和を掲げてモンスターを狩り尽くすんだ。俺もあっちの立場の時はそれをやってたし、なんとも言えないけど。ラビ、ジュウさんはどこにいる?」
「勇者…怖い…。その…ジュウさん…ですか? ジュウさんはあの集団の中です…」
「な…」
レイはラビの指の差す方を見て絶句した。
大ねずみ子爵十三世が集団で勇者アルフレドと戦っている。
そしてアレには見覚えがある。
同じことをしたような記憶。アルフレドと自分の姿が重なる。
だからレイは再び飛び出そうとした。
でも、それはラビに止められ……、いや。
ラビは、ただレイの足にしがみついているだけだった。
だから、彼を助けずに見ているのは、レイの意志。
「魔物は命を懸けて勇者に立ち向かい、勇者は魔物の経験値とゴールド欲しさに打ち滅ぼす。…この世界の在り方だ」
ジュウがあの中でリーダー役をやっている気がした。
そして今、まさに彼は彼の生まれた意味を形にしている。
レイが魔族として生まれ変わった医療研究施設、彼はレイの先輩である。
彼は戦う為に生まれたのだ。
だったらちゃんと見守るべきだろう。
「ラビ、先輩の勇姿をしっかり見てやれ。」
「うん…」
「魔王軍強化部隊、おおねずみ子爵十三世、リーダーのジュウに…」
レイはラビと共に、勇者の経験値稼ぎの目撃者となった。
「敬礼だ、ラビ」
「はい。敬礼!」
そうして二人の手と、一匹の前足が敬礼の形を取った。
「敬礼。マジ、強い勇者だったわ」
「その通りだ。見ろ、ジュウは勇敢に戦っている。あの一番前にいるのが、俺の友人、ジュウって言うんだぜ。」
「そうだよ、ジュウ。ウチはあんまり興味ないけど、アレの一番前のが『ジュウ』っていうらしいよ!全部同じ見た目だから、全く区別がつかないけどね…」
「そうかー。アレがジュウだったんかぁ。偶然にもおいらと同じ名前か…」
「そういうことだ。ジュウ。アレは良い方のジュウだったな。」
「そうだよー。あのジュウはすごいジュウだったんだって。ウチあんまり興味ないけどね」
レイは数多くの「ジュウ」が勇者達に焼かれる姿を見た。
アレを見たところでゲームでは大して珍しくもない。
アルフレドはやる気に満ちているな、としか思っていなかった。
そして彼は、軽く咳払いをして、スッと港町に背を向けた。
「実は、ツッコむタイミングを逃しただけなんだ」
「分かる!タイミングは大切だもん。ウチの種族は一応顔に個性があるから、ウチが勘違いしただけって言いそびれても仕方ないよ。ウチは悪くないよね?」
この後すぐ、ジュウは自分のシルクハットにデカデカと10の数字を入れた。
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