第10話 エミリになんて呼んでもらいたい?

 勇者一行は一つの家族を救った。

 そこで二人目のヒロインを拾い、いざゆかんと言ったところ。


「今日は泊まらせてもらおう。回復に不安があるから、夜は止めておこう」


 レイが外を眺めてそう言うと、アルフレドは直ぐに同意し、エミリとその母親が頷いたことで、一泊することが決まった。

 フィーネも同じく頷いたが、彼女には不満が残っていた。


「回復に不安って。エミリのお父さんのこと?だったら私が」

「その話は終わっただろう。言われた通りゆっくり休め」


 一晩あるなら、もう少し治せる。

 エミリの父親に回復魔法を掛けたいと言ったら、MP消費するからダメだと言われた。

 あの気持ちの悪い顔で言った。

 フィーネ目線では、自分があの時拒絶したから、その仕返しだと思えた。


「じゃあ、魔法を使わなかったらいいのね」

「今、レイがやってる。道中で薬草を拾っていたらしい」

「え…?何、それ」

「あぁ、全く気付かなかった。凄いやつだよ。多分、アイツこそが」

「…嘘よ、そんなのって」

「そろそろ寝よう。俺達には休息が必要だ」

「…分かってる。それじゃ、おやすみ」


 そして赤毛の少女の部屋の向こう、二人の会話はそこで終わって、それぞれに割り当てられた部屋のドアが閉まる音がした。


 赤毛の少女はゆっくりと瞳を閉じた。


     ◇


 次の日の早朝。

 エミリの母親は小麦を運ぶ為の荷車に夫を乗せて、牛も馬も使わずにその細腕で西へ向かった。


 流石、エミリの母。

 エミリの解説で、力持ち設定が開示されている人物だな。


 そして、レイは赤毛の少女に視線を移す。


「本当にいいのか?今ならまだ間に合うぞ」

「…はい。アタシなんかがって思いましたけど、どうしてでしょう。行かないといけないって、魔物を倒さなきゃって思って」

「ま、ネクタで離脱する俺に言えたことじゃないけどな」


 彼女はやっぱり仲間になるらしい。

 まだ間に合うのに、彼女の意志か、ゲームの強制力か、戦闘経験もないのにそんなことを言う。

 アルフレドに助けられた時、エミリはキラキラした瞳と顔になった。

 あの光景は、いやあのイベントスチルはこの世界ドラステワゴンのデータに入っている。

 エミリとは、アルフレドという存在に惚れるものなのだ。


「ネクタで離脱するんですか?」

「そうだよ。俺は村を追い出されたからな。アイツらとは目指してるものが違うんだ」

「そうなんですか…」

「そういう約束なんだ。ただ、そこまではエミリのことを任せられるか?」


 横から入ってきたアルフレドの言葉に、レイは目を剥いた。

 このアルフレドは、そんなことさえ言ってしまう。

 言わせてしまうことに、胸が痛くなる。


 実はレイの心境にも、変化が起きていた。

 でもそれは、考えてはならないことだから、考えないフリをする。


「お願いします!こう見えて私、腕力には自信あるんです。」


 エミリはこれから戦士としての成長曲線を描く。

 既にレイが、言ってしまっている通り、彼女はロリ巨乳キャラである。


 だ、駄目だ。流石にそれはやり過ぎだって…。ビ、ビキニアーマーを着させるのは…、せめて宿屋の中だけで!


 と、新島礼時代に言ったことがある。

 つまりキャラクターデザイナーの趣味が生んだ存在である。

 あんな細腕のどこにそんな力が、なんて愚問でしかない。

 小柄な美少女が大金槌を振り回すのが浪漫ではなかろうか。


「エミリ。さっきも言った通り、レイは次の街、ネクタで別れる…。別れることが決まっている。…それまでに色々教えてもらうんだ」

「分かってます!アルフレド様!」


 レイはアルフレドの様子に、溜め息を懸命に我慢した。

 流石に彼の気持ちに気付いている。

 引っ掻き回してしまったという自覚はある。


 レイモンドなんていない方がいいだろ?

 俺が生き残れることが、皆の幸せに繋がるんだ。

 

 だから、こんなこともあろうかと練習した。 

 更には一晩掛けて、鏡とにらめっこをした。

 威力は、フィーネで確認済み。

 

 ——レイはレイモンドの嫌われる星を信じている。


「マジ?俺が手取り足取り教えて良いのかよ。こりゃ、ネクタまでが楽しみでなんねぇなぁぁああああ。エミリはぁぁああ、俺のお陰で生きてるんだっけぇぇええ?分かってるよなぁあああ、エミリちゃぁあぁあん」


 その瞬間、三人の顔が目に見えて固まった。

 レイモンドの得意技は傲慢な態度、下品な言葉、そして厭らしい顔だ。

 厭らしい顔をしてエミリのつま先から太もも、下腹部、胸、そして顔、耳、髪先に至るまで舐め回すように眺める。

 途中から、3次元化された素晴らしい造形だと気付き、本気で眺め始める。


 女神様はこの服の中に…、宝物を用意した。

 等身大フィギュアとか、欲しかったんだよなぁああ


「き…っも…」

「レイ。俺はそういう意味で言ったんじゃ…。それにその手つきは……流石に」


 今までの行動があるから、流石に効果ないだろう。

 そんな疑問を持つ者もいるだろう。

 だが、不思議なことにそうはならない。

 嫌いだからこそ、レイモンドの喋り方を覚えていたのか、レイモンドの筋肉が厭らしい動きを覚えているのか、圧倒的レイモンド感を引き出せる。

 このレイモンドモードになれば、古今東西、森羅万象に不快感を植え付けられる。


「ひ…」

「先ずはお試しだ。それから休憩エリアの案内も。ぐひひ。色んなことが捗りそ…、って‼痛ってぇぇぇぇ‼フィーネ!足!足!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!うちの村の汚物は黙ってなさい。アルフレド。やっぱりエミリは私たちで育てましょ。安心していいわ。この汚物は街で捨ててくから!」


 その影響がもろに出るのはフィーネ。

 彼女はいずれ魔王を倒す潜在能力を秘めている脚力で、レイの足を思い切り踏んだ。


 俺だって嫌なんだよ。でも、これは流石としか言えないな。

 嫌われることにかけては、人間一。ネクタまではこれを利用するんだ。


 一瞬にして、フィーネの好感度は0を通り越してマイナス。

 あのアルフレドの顔も引き攣っているほど。

 今ので骨折したと気付いているが、彼女からの手当は期待できない。


 薬草多めに拾ってきて良かった。

 途中から本気になってしまったが、結果オーライ。


 だから、謝ったりしない。

 そして、レイは腕組みをしてレイモンドモードでニヤリと笑った。


「頼むからやめてくれ。俺はそういう意味で言ったんじゃない。エミリは俺たちの仲間だ。エミリ、危険を感じたら、すぐに引き返せ」

「はい。でも私、結構根性ありますよ。期待しててください!」

「俺様が手取り足取り教えてやるよぉぉぉ」

「レイ!いい加減にしなさい!」

「痛ぇぇぇぇぇ!骨折れてるんだって!折れてる部分が肉を抉ってるんだって!」


 エミリのパーティ加入は、可哀そうな程に荒れてしまった。


 …嫌われたけど、それも生きる為。離脱準備は進んでいる。


     ◇


 今日はこのまま先にある宿場町へと向かう。

 エミリは農作業服のまま、鉄斧を担いで歩いている。

 加入して間もないのに、レベルとステータスが高いのは、RPGあるある。

 事実、エミリはレイよりも強い。


 しかも戦士だから、体力の基礎ポイントはアルフレドよりも高い。

 後は戦い方か。ゲーム感覚と随分違うから、その辺りを教えないと。


 レイの作戦に今のところ抜かりはない。

 ちゃんとエミリを育てるつもりだ。以前にも言ったが、彼らには世界を救って貰わないといけない。


「ここから先を説明するぞ。俺達は宿屋町を目指す。その途中はゴブリンゾーンがあるけど、依然としてスラドンとイノブータンも出現する」


 さっきの今だから、誰も返事をしない。

 だけど、沈黙イコール聞いていないってことにはならない。

 単にレイと話がしたくないだけだ。


 チュートリアルで一応の戦い方は分かった。

 あとは如何に嫌われつつ、こんな奴と同じに見られたくない、距離をとって歩きたいと思わせながら、行動できるか。

 俺の心が折れそうだけど、ネクタまでは直ぐなんだ。


「ただ、エミリはまだ戦い慣れていない。だから…」


 スタト村を出た後は、アルフレドとフィーネが話し合っていた。

 でも、今の所、それが見えない。


 アルフレドとフィーネにも学んで欲しいんだけど、 聞いているよな?

 …やっぱ不安だな。せめて、セーブって概念があるかは知りたい。


 女神像辺りでコマンドメニューが現れる。

 あの時彼は何も言わなかった。

 アルフレドのあの素直な性格を考えると、何かが出現したら、絶対に話をする。


 もしも、セーブが存在しないなら、もっと慎重に動くべきだ。


「アルフレド、聞こえてるよな?この辺りはさっき戦ったゴブリンが多数生息してる。あいつらは頭を使う。人間が使う武器や防具を使う知能がある。しかも、先制攻撃がやたらと多いから気をつけて進むんだ。」

「…成程。だから、朝に出発したのか」

「そういうことだ。昨日の逆をされたら敵わないからな。特にエミリは」

「ふーん。それで、暗くなる前に宿場町に行く予定なのね」


 ただ、ここでレイは首を傾げた。


 あれ?今回は返事をするんだ。

 まだレイモンドになりきれてないのか。

 でも、フィーネの言った通り、明るいうちに突っ切りたい。


 普通の返事が返ってきて困惑するレイ。

 だが、彼自身も奇襲が怖いし、死ぬのは嫌なのだ。

 流石に、ここでもう一度場を乱すことはしたくない。


 だから、中途半端なレイモンドになってしまう。


「そういうこった。やっと理解したお前らは俺の後ろに隠れてな。相手が矢を使ってくるから、ヒーラーのフィーネは俺様の為に守れよ、アルフレド。ま、エミリくらいなら守ってやってもいいけどなぁ。エミリはあっち側をしっかり見ておけ。俺様から離れるんじゃあねぇぞ」

「うん!」


 うん、エミリの良い返事…ってそれじゃダメなのだが。

 厭らしい顔も付け加えるけど、周囲を警戒しろと言ってしまったから、誰も見ていない。

 それどころか。


「分かった。フィーネはしっかり守る。」

「いやいや。真面目に答えるなっつーんだよ。あれだぞ、勘違いすんじゃあねぇぞ。ゴブリンエリアは奇襲で始まることが多いんだよぉ。つまりは後ろがやべぇんだ。危ねぇ方を二人に任せるって意味だからなぁ?俺の為にやっているだけ、だからな‼」

「はぁ。分かってるわよ。後ろの方が、アンタがエミリに変なことしないか監視できるしね」


 中途半端なレイモンドの真似だから、効果が薄い。

 それになんだか、釈然としない。でも、本当に危険だから何も出来ない。


「アタシは大丈夫です!お父さんに言われてます。男はみんな獣だって。ね、レイ先生!」


 レイとエミリが前衛でアルフレドとフィーネが後衛。

 これにはもう一つの意味がある。宿場町の場所を知っているのは、恐らくだがレイだけ。

 設定では全員が初めて通る場所なのだ。

 宿場町の存在を知っている可能性があるとすれば、父から教育を受けたエミリだけ。

 とはいえ、彼女もあの畑から出たことはない。


「せ、先生?先生はちょっと…」

「でも、教えてくれるって…」


 う…、流石エミリ…。それに今までのレイモンドとの思い出がない分、聞きにくいのか。


「それじゃ、私はアルフレドのちょっと前くらいかしら。道はこっち?そのまま道なりに東よね。北側は森エリアでゴブリンが生息してるんでしょ?」


 でも、とんでもなく嫌っている筈のフィーネまでもが普通に会話に参加してくる。

 だが、ゴブリンの矢の方がもっと怖い。


 だから、多少違和感を覚えつつも、彼は的確な道を選択する。


「いや。このまま北上、森を突っ切る。さっき突っ切るって言っただろ」


     ◇


 エミリは困惑していた。


 目の前に立っている大男の名前はレイ。

 先ほど自分の体を厭らしい目で見た男だ。

 普通に考えれば要注意人物、お父さんにもお母さんにもこういう人間は注意した方が良いと言われている。


 言われて思い出したけど、西の村のレイには気を付けろって言われてたような?


 アルフレドとフィーネもレイを信用していないと口では言っている。

 けれど、そこが一番分からない。

 彼らはそういう態度を取りながら、内心で彼を信用している。

 昨晩の会話もそうだ。まるで彼が…


 ううん。アタシは新米だから、今はレイ先生に教わるだけ


 三人は同郷の人間で自分は後から加入した。

 だから、これには深い事情があるのかもしれない。

 だけど、昔のレイを知らないエミリには不思議でならなかった。


 西の村のレイって二人居るのかな。あの目つきは怖いけど、どう考えてもお父さんを助けたのはあの人だよね?


 農業は続けられない体になったとはいえ、父親は助かった。

 その助けた三人組が一緒に寝てくれたから、ぐっすりと眠れた。

 一日眠ったことで、気持ちも落ち着き、冷静さも戻って来る。

 その結果、エミリは目の前の男を、やはり信用してしまっていた。

 確かに、さっきのは生理的には無理だった。

 だけれど、外に出たら雰囲気がガラリと変わった。


「本来ランダムエンカウント、つまり見えない場所から突然敵が現れる。だけど、シンボルエンカウント、つまり敵が見える。戦い方としてはオープンワールド…、いやなんでもありだ。どんな手を使っても勝てばよい。それでもゲームの要素は残してる。ってことは…」


 ブツブツ喋っているけど、難しすぎて全然聞き取れない。

 ただ、ひとしきり喋った彼は、あのあくどい笑みをアタシに向けた。 


「こっちから先手を打てるかも?…エミリ、ここで『ぶんまわし』って使えたりする?」


 あくどい笑みは苦手だ。でも、そう思うよりも先に背筋がピンと伸び、両肩が跳ねあがる。


「はい‼できます‼…あれ?でもどうして」


 エミリは両肩を飛び跳ねさせて、裏返った声で返事をした。

 それに技名。薪割りをしていた時に個人的に思い付いた、ただの幼稚な技名だ。

 調べ物をしていると、後ろの二人は言っていたけど、日記に書いてしまっていたのかも、と少し恥ずかしい。


 確か、お父さんとお母さんは微妙な顔をしたっけ。


 でも、


「あれ、いいスキルだよな。意外と消費SP少ないし。それと俺の新しく覚えた『ヤミマ』があれば、…可能かも」


 受け付けない顔。だけど、アタシの子供っぽい得意技を、この人は好意的に受け入れた。


「ぶんまわしでさ、あの木をぶった斬って欲しいんだけど。いけそう?」

「はい‼あ、済みません。大きな声、出しちゃった」


 父から道なりに行けば、職場町にいけると聞かされていた。

 でも、この人は森を進むといい、彼の仲間二人も同意した。

 確かに、地図上では近道だけど。


「本当に森の中を進むの?」

「その先に宿場町がある、ということだろうな」


 後続の二人も本気で同意したわけではないらしい。ひそひそと聞こえてくる。

 だが、彼には聞こえなかったらしく、今もぼそぼそと喋っている。


「あの…」

「んー、説明しても分からないと思うし、会ってるかの検証も兼ねてるんだけど。道なりに行くと遠回りだし、街灯もない。休憩ポイントもあの辺はないし」

「えっと…、森の中で何を」

「リメイク前もリメイク後も、エミリの家側の森はチュートリアルモンスターが出るんだ。んで、ゴブリンは殆ど出ない。そういう境界線があるかどうかって検証だ」


 これは高度な魔法詠唱か、古代の魔法言語か。

 自分に向けて言ってのか自信がなくなる。


 でも、なんだろ。この感じ…


「レイ先生、それでアタシは何をしたら」

「せ、先生はやめない?なんか、くすぐったいっていうか」

「んー、だったら、レイ君…とか…かな?」

「れ、レイ君…」


 レイ君は目を剥く。


 く…。馬鹿な…。これは先の展開を考えれば妥当。

 この時点でここに辿り着くのか…


「駄目…ですか?二人みたいに呼び捨てはしづらくて」

「…いや、それがいい。君づけでお願いします‼」

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