第11話 勇者様は幼馴染ルートを選択されました

「レイ君?」

「どうした、エミリ」

「へへ。呼んでみただけです」


 レイの肩が跳ねる。

 耳が幸せな気持ちになる。

 そして、歯を食いしばって己の役に降りかかる厄を憎む。


「境目ってどうやって見分けるんですか?」

「橋とか、洞窟とか、そういうのは分かり易いけど、ここだと難しいな。現れる魔物の種類で判断するしかないかも」

「え?だったらレイ君は何を見てるの?」


 魔物出現テーブルが変わる境界線の話だ。

 このゲームはリメイクで、システム面は殆ど弄っていないが、僅かな変更はある。

 だが、新島礼には関係ない。

 リメイク前を遊ばないのは無作法というもの。

 そっちの設定資料集だって搔き集めている。


「エミリにもチュートリアルが必要だからな」

「アタシの為…」

「おいおい。勘違いするなよ。ネクタまでお前を教育するってのが契約内容に含まれてるだけだ」


 エミリの両親救出劇はゲームにない。つまり予定外だった。

 死ぬ予定の両親を放置するわけにもいかず、そこで半日以上を費やした。

 だから、今日は遅れを取り戻さないといけない。

 イベント発生の条件に、時間が含まれることが分かった。


 そして、今から向かうネクタにも魔物が現れるイベントがある。

 それなら、遅いより早い方がいい。


 というわけで、大幅なショートカットをする。


「俺たちはモンスターを倒せる。ということは、モンスターもそれが出来るってことだ。辺りを警戒しとけよ」

「はい‼」

「その声もだ。小さな声で話すよう努力しよう。横隔膜も筋肉だから、エミリの声は魔物にもよく聞こえる」

「う…、気を付けます」


 大声を出したら魔物が現れるというシステムは、ドラステワゴンには存在しない。

 そもそも、フィールドで大声を出すという選択肢がない。

 だから、結局分からない。


「矢の先制攻撃は正直言って俺も怖い。後ろの二人にも…」


 ヘッドショットを喰らえば終わり。

 フィーネの魔法でも助からない。


「大丈夫だ。全部聞いていたぞ」

「見えないところから矢が飛んでくる…。流石に怖いわね。」


 二人に即答されて、レイの肩が跳ね上がる。

 そして赤毛の少女はコテリと首を傾げた。


 昨晩の話を聞いていたエミリには、レイの行動が不思議で堪らなかった。


 一体、何を隠しているんだろう


     ◇


 森の中は危険がいっぱい。

 アルフレド達は森を見て恐怖した。

 だけど、歩きながら語るレイの不可思議な言葉に、恐怖は少しずつ薄れていった。

 そして、目の前に現れたモンスターを見て安堵した。


 本当にレイの言った通りだった、と


「あれは大丈夫のやつだ。練習がてら、戦ってみよう。」

「あのブニブニを斧でぶっ叩いたらいいんですか?」

「慎重に狙いをつけて、あのでっかい目玉をぶっ叩いたらいい。アルフレドとフィーネはコウモりんが来ないか見張っていてく…、ぬわっ‼」


 パン‼‼‼‼


「わ‼ご、ごめんなさい…。薪割りの要領でやってみたら…」

「って何なの、この子‼うーわ。これってスラドンの体液?気持ち悪ぃいいいいい‼」

「あぁぁああ‼フィーネさんにかかっちゃった。薪割りをするときは気を付けなさいって言われてたのに、またやっちゃいました。フィーネさん、ごめんなさい!」


 エミリから地鳴りが発生し、スラドンが爆散した。

 その粘液がフィーネの体に浴びせられた。


「これくらい洗えば大丈夫よ。それにしてもエミリの力は凄いのね」


 恐るべきことにエミリの体に飛び散った粘液は僅かであった。

 レイのスラドン退治では、急所である目を一突きする。

 だからパンとその場で破裂する。

 だが、彼女エミリの怪力をもってすれば、眼球に辿り着くまでにゲルの殆どを破裂させられる。

 慎重に狙った結果、やや後ろに居たフィーネに飛び散った。


「今のは駄目だぞ、エミリ。さっきのが毒か酸を持ってたら、フィーネが」


 今回は無害のスラドンだから、ただヌルヌルがフィーネにぶっかけられただけ

 フィーネの冒険服は、あんな西の果ての村出身とは思えないオシャレな服。

 女賢者様が着ていそうな服、と言えば想像しやすいだろう。

 で、ヌルヌル…

 

 レイは無意識に空を見上げた。

 どうやら、この世界に自主規制の白ビームは存在しない。


 俺がレイモンドじゃなかったら…


「…わ、分かったか、エミリ。ドラステ…じゃなくて、この粘液系は色んな種類がいる。倒して被害が広がることだってあるんだぞ。」

「はい…。あんなに飛び散るなんて思いませんでした。アタシってやっぱり女の子なのに」

「違う違う‼それがエミリの武器であり、魅力なんだ。その体で出来てしまうのが浪漫なんだ。」

「え?レイ君はそう思ってくれるの⁉」


 身長差、約50㎝。


 いつか彼はこう言った。


 ——だー!まーたエミリエンドが来ちゃったよ


 ほんと、俺は烏滸がましい奴だな。

 エミリは可愛くて、本当にいい子なのに、一緒に旅が出来ないなんて…

 

「と、とにかく!どんな敵かを分析して戦うこと。エミリの場合は、俺みたいにチマチマ狙う急所攻撃とかは要らない。壊せそうなところがあったら、とにかくぶっ叩け。それを忘れるな」

「はい。忘れません。敵さんを知って、アタシはどんどんぶっ叩きます!レイ君、次は何をしたらいいですか?」

「うーん。先ずはその丁寧語をやめる。前にも言ったろ?俺の方が最終的には弱くなるんだって」


 エミリとあってより実感した。

 これが勇者パーティを名乗る者たちなのだ。


 エミリはこんなに小さいのに、力のステータスが俺の五倍。

 エミリだけじゃない。アルフレドとフィーネも平均化されてるだけで、同じく俺より圧倒的。

 二人も最初から魔物退治に躊躇していなかったし…


 彼らはやっぱり強い。

 レイモンドが指揮する必要はない。

 でも、弱いレイモンドが今のところ一番敵を倒している。

 だからこそ、レイは期間限定の仲間に色んなことを教える。

 その行為が、今後の自分の首を絞めるとしても。


「そろそろ林エリアか。みんな、静かに」


     ◇


 リメイク前のフィールドマップなら、見た目で判断できる。

 フィールド上で、木が三本で林判定になり、五本で森判定になる。

 リメイク後は3Dマップだから、見た目では分かりにくい。

 でも、画面端に林や森のアイコンが表示されるから、プレイヤーは簡単に判別できる。


「今から俺とエミリでゴブリンに奇襲をかける。ゴブリンは先制攻撃する為にあの辺りで待っている。そいつらに奇襲をかけるから、混乱してくれる筈。今はレベル6くらいか…」


 ここで一拍置いた。

 数秒の沈黙の後、その続きを話す。


「アルフレドも火の玉パイロを覚えてるだろ?フィーネは鎌鼬カマイターを覚えている」


 更にここで区切る。

 すると、アルフレドとフィーネが顔を見合わせた。

 二人が小さく頷いたので、計画の説明が再開する。


「その範囲魔法でさらに混乱を拡大させて欲しい」

「レイ。ちょっと待ってくれ。パイロは」

「そこは問題ない。こうやればいい。まず——」


 一通りの説明を終え、レイは深い溜め息を吐いた。

 心配そうな顔をしたエミリを、しゃくり顔と手で制し、大きく息を吸う。


 アルフレドにもステータスが見えてないのか。

 俺以外の誰かがアルフレドになって…。いや、それは在り得ない。

 あんなにレイモンドに優しいアルフレド、いやプレイヤーを俺は知らない。


「そんなこと…。ううん、確かに出来そうね」

 

 フィーネの服は今まで通りの綺麗な薄手の冒険者服に戻っていた。

 彼女は風系の魔法を覚えるから、水と風と炎で洗い流して、乾燥まで行ったのだろう。


 もしかして、二人で服を洗ったとか?

 アルフレドは難関フィーネルートを攻略中?

 なんて、考えてる場合じゃないな。この作戦は出たとこ勝負。

 流石にそんなこと言えないし…


 草原はまだ明るいが、森の中は薄暗い。

 コマンドバトルではない以上、ある程度の明るさは絶対条件だ。

 だから、夜を避けたのだし、だから、躊躇せずに魔法を使う。


 クンっと指で合図して、作戦開始だ。


闇魔ヤミマ闇魔ヤミマ闇魔ヤミマ!」

 

 エンカウントするモンスターが切り替わる手前で、その先に向かって魔法を唱える。

 モンスターが全く見えない状況で、戦闘専用の魔法を使う。

 戦闘専用魔法はフィールドでは使えない。けれど、この世界では使えてしまう。

 そも、現実世界に魔法が存在しているとして、戦闘ならこれが使える、フィールドならそれは使えない、なんて考えられない。

 コマンドが出ていないから、グレイアウトも存在しない。


「ゲームの批判している訳じゃないけど。…行け、エミリ」


 この世界のルールを確かめているだけだ。

 ゴブリン戦で解禁された、闇属性の二段階目『闇魔ヤミマ

 モヤモヤの強化版だけど、まだ弱いから三連弾。

 決まれば、敵は一ターンだけ、敵を見失う。

 そして、怪力美少女の出番である。


「ぶんまわしぃぃぃぃ‼」


 エミリが鉄斧をぶん振り回す。

 ぐるぐる回ってグループダメージを与えるという、よくある技。

 そして、魔法とは違うスキルカテゴリーの技だ。

 因みに、敵はまだ見えないが、それでも使う。


「え?普通に出来るよ。だって、木を切り倒してる時にやってたことだし」


 とエミリが言い、戦闘用スキルを気にせず使ってくれた。

 彼女の怪力にかかれば、鉄斧が無慈悲な森林伐採マシーンへと変わる。

 ズーン!ズーン!と彼女の斧が大木を斬りつけて、


「ギャッギャッ‼」

「キーキー‼」


 木の上や影に隠れてゴブリン達が、猿のような鳴き声を上げる。

 枝に隠れていたコウモりんが散り散りになって飛んでいく。


「で、ここから」

「パイロ‼パイロ‼パイロ‼」

「カマイーター‼カマイーター‼」


 炎が多数散布されて、つむじ風で巻き上がる。

 勇者一行を待っていただろう魔物たちには堪らない。

 彼らから見れば大惨事、この世の終わりの風景。


「素晴らしき環境破壊、流石は勇者パーティだな」

「お前がやれと言ったんだろ‼」

「それにしても凄いわね。まだレベル6なんだっけ、私たち。大魔法使いになったみたい」

「これ、アタシのせいじゃないよね!」

「フィーネ、エミリを連れて先に!俺はレイと後から行く」

「うん。行くわよ、エミリ」


 見事なチームプレイが決まり、男衆が二人して殿しんがりを務める。

 ここまでが作戦計画である。


「アルフレドも先に行け。俺は足手まといだ」

「そんなことはな…」

「ステータス値は絶対だ!それにあっちも危険かもしれない。早く行け‼」


 くっと息を漏らし、視線を切ってアルフレドも走り出す。


     ◇


 勿論、犠牲になりたいわけじゃない。


「さて、…これは見ものだな」


 地形改変が為されるのか。為されないのか。

 その前に案の定、生き残りゴブリンが反撃に弓矢が放ってきた。

 だが、ほとんどが森林火災の上昇気流で明後日の方向に飛んでいく。

 もしくはアルフレドの盾で簡単に弾き返せるものだった。


「上昇気流まで発生する。ますますオープンワールド。完成度が高すぎる、…って現実だからか?にしても、俺の足はステータス依存。こんなにタッパがあるんなら、もっと速く走れるだろ」


 ドタドタと醜い走り方。

 ステータスが目も当てられないほど低い。

 ただ、酷い走りになってしまうのは、レイの例の服のせい。

 そして新島は、レイモンドらしさの為に、この服を着続けるほどの情熱を持っていない。


「エミリの一族はどうにも小柄らしい。俺が着れそうな鎧はおろか、服もなかったな」


 そもそも、作中でもレイモンド専用と書かれているモノ以外は装備できない。

 装備できないように、大柄な体格に設定したんじゃないかと勘繰ってしまう。


「あ、そう言や。何故か女ものの下着は装備できるんだよな。しかも、頭装備として。バグかと思って調べたら、マジでバグだった。しかもリメイク前のバグ…」


 リメイク前のレイモンドは、ただの悪いヤツだった。

 それがプレイヤーの悪意によって、どんどん変態仕様になっていく。

 

「そして、リメイク後はワザと残された。ま…、俺もレイモンドにパンツを被せてたけど…。ってか、ある意味レイモンド専用装備だし。」


 そのレイモンドになってしまうとは。

 どうしてアルフレドじゃなかったのか、という疑問はまだ抱えたままだ。


「あ!レイ君だ‼」

「はぁ…。やっと出てきたと思ったら、誰にパンツを被せるつもりよ」


 エミリの大きな声。

 それから、溜め息交じりのフィーネの声。

 期間限定の仲間の声が聞こえてきたということは


「あ…。いつの間にか林地帯を抜けてたのか」

「ほら見て、まだ日が昇ってるわよ!あんまり寝ぼけないでよね」


 フィーネの声に安堵の気持ちが篭められている。

 初めての冒険で、初めての森越えを果たしたのだ。

 夜を危険な場所で過ごさない為の作戦が達成されたのだ。


 ——そして、このタイミングが一番危険だった。


 ここはまだ森林地帯から離れていない。

 気を抜いてはいけない場所で、皆が太陽を見る、という隙を見せたその時


 ヒュン


 フィーネの声に反応して、一発の矢が放たれた。

 神経をすり減らしすぎて、誰にも気づけない風切り音。

 それが真っ直ぐにフィーネの後頭部に向かって飛んでいく。


 ここで


「な…。森のカタチが戻ってる?林地帯を出たからってこと!?」


 勿論、レイは太陽なんて見ていない。

 さっきの炎がどうなるのか見届けたかったのに、視線を切ったが最後、いつの間にか炎も煙も消えていた。


「そんな馬鹿な…、ん?」


 その時、高速で飛ぶやじりは、カン!という衝撃音と共に、地面に突き刺さった。


「…俺の右腕に何か当たった?」


 レイモンドは態度もそうだが図体もでかい。

 しかもゴワゴワ、テカテカした動きにくい服を着ている。

 そして、フィーネに向かって飛んできた矢は、森の異変に気付いた大男が着ていた服を掠めて、角度を変えたのだ。


「まだ、狙われている。皆、太陽だ。あっちに宿屋がある。逆光で狙いがつきにくい筈だ。みんな急ぐぞ」


 ここでアルフレドの声。

 良い感じの主人公になってきた舌を巻く。 


「レイもこっちだ‼」


 そして彼はレイへの気遣いも忘れていない。


 ただ、レイは予期せぬ森林復活と、射撃されたことに呆然としていた。

 軽く頷くことで応えただけ。

 安全確保のため宿場町には向かうが、総毛立っている。

 自分の腕を見てゾッとしている。


 火事がなかったことにされた時点で、ゴブリンが復活した?

 レイモンドの顔はムカつくから敵に狙われやすいって特性。

 それは知ってるけど…


「ステータスとか、経験とか、そういうので説明が出来ない。レイモンドの一張羅か、道理で動きにくいわけだ」


 スタト村でポケットの中身は全部出した。

 それでもスタトの民が納得しなかったのは


「さっき当たった腕だけじゃない。今まで攻撃を受けた箇所の全てに、貴金属か宝石が仕込まれてる…」


 頭の中のレイモンドが笑った気がした。


「この装備だけじゃない。憎まれやすい、生き汚い、悪寄りの豪運。細かな設定まで反映されてる。俺は今までレイモンドの運に助けられてた?俺はレイモンドになって良か…」


 レイモンド役のレイは、そこまで言いかけて肩を竦めた。

 動きやすい服装の三人が、宿屋に辿り着いていて、互いの無事を確かめ合っている。

 夕日をバックに手を握る三人と、そこから伸びる影。


 このシーン、ゲームで見た。

 俺が辿り着いたのって七周目だっけ。


 三人で並んでるが、これは間違いなく彼女の攻略に必要なフラグ。

 勇者様は順調にフィーネルートを進んでいるらしい。

 あの心優しい勇者様なら、他のヒロインに揺らがないだろう。


 だったらやっぱり、レイモンドは存在しちゃいけない。


「悪ぃ、レイモンド。俺はやっぱ、あっちになりたかったわ…」

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