第9話 情報を制する者が強いってこと

 スタト村は半数以上の人間が助かった。

 ここにはエミリの家しかなかったが、本来亡くなる筈の父と母が生き残った。

 なんという奇跡、大変喜ばしい状況だ。


 アルフレドの奴。馬鹿正直にべらべらと…


 だが、この状況を素直に喜べない。

 助かって良かったが、逆に言えば彼女の両親が生き残っている。

 つまり、エミリの旅立ちのきっかけが失われる。

 エミリがいなければ、後のお別れがやり辛い。


 俺も俺だ。ネクタの街はそんなに遠くないんだ。

 それまで大人しくするだけでいい。

 でも…


「お父さん!しっかり休めば大丈夫だって!」


 まだ目を覚まさない父に呼び掛ける赤毛の少女の笑顔は、実際のゲームでは見れないイベントだ。

 フィーネの顔も綻んでいる。彼女も両親を失わずに済んだのだ。


 今は何も考えない。ネクタの街までに考えればいい…


「とにかくアルフレドとフィーネの活躍だからな。特にフィーネ。流石は賢者の卵。彼女の父親を死なせずに済んだんだ」


 俺は活躍していない、その前提条件は譲れない。

 父も母も生きているエミリを合流させる、という条件も譲れない。


「賢者の卵って…。完治できなかったんだから、まだまだよ」

「分かったから。でも、感謝は素直に受け取るべきだぞ。」


 アルフレドは相変わらず。フィーネはここに来る前と比べて、表情が明るい。


「それにレイの勘の鋭さのお陰。スタト村も…」


 あの時と同じ顔に戻っている。良くない兆候だ。

 とは言え、フィーネのこの発言が良い仕事だ。

 エミリの両親に安全を示しつつ、娘を連れていく口実。


「そっか。流石、フィーネ‼」

「え?何よ…」

「スタト村に行くべきって言ったろ?」

「そんなこと…。…ううん。それはそうね。この辺は魔物が出て危ないんです。だから、スタト村に移り住むべきです」


 エミリと母親は無傷だが、父親は数か月の療養が必要だ。

 因みに、フィーネが言おうとしているのは、レイが考えているモノとは違うもの。


「スタト村…ですか?スタト村…はどちらに」

「あ、そっか。私も知らなかったんだもん。畑を抜けて坂道を降りて、西に道なりに行けばスタト村です。私たちが魔物を駆除した今なら、安全に行けると思います」


 そして、普通に考えれば彼女の言おうとしてることの方が正しい。


「村長の息子だから俺が一筆書こうか。いや、アルフレドの方が説得力あるか」

「いや。レイが書いた方がいい。俺達より状況を把握している。名前は伏せた方が良さそうだが」

「二人でも安全に彼を運べ…」

「あの‼」


 ここで赤毛の少女の大きな声が響く。


 うるさっ‼流石はエミリ。そうじゃないとあんな場所まで悲鳴は届かないよな。


「す、すみません。大きすぎました。あの、お三方はどうしてここに…」


 エミリのその言葉にレイの顔がにんまりと歪む。


「俺はただの通行人だよ。だがこいつ、アルフレド、彼女、フィーネはちがーう。魔物が増えた理由を調査する為の旅の途中だ。このままじゃ、世界がどうにかなっちまいそうだからなぁ。仲間は一人でも多い方がいいって、いつも言ってるぞ」


 更に、この言葉で空気が固まる。


「ちょっと。何考えてるよ!」

「仲間は多い方がいい。でも、今する話じゃないだろ!」


 こんな状況で勧誘するとか、空気が読めていないにも程がある。

 でも、この流れの行き着く先は何なのか。


「そうか?こんな大陸の西の端っこが襲われてるんだ。仲間はいつでも募集中だろ?」

「え…、世界中で魔物が…?仲間を募集中…」

「それはそうだけど。えっと…エミリちゃん…だっけ?この人の話は気にしなくていいのよ。アルフレド、レイを追い出して。…アルフレド?」


 勇者様が声を失う。

 全く同じではないが、どうなるか。

 レイがこの会話を放り込んだのは、やはり実験だった。


「そうか。…フィーネも同じなんだ…な。俺とレイは分かる。だけど、フィーネは」

「え…。だって、私は前から決めてたことだし。彼女の父親はまだ目を覚ましていないし」


 エミリの父親はまだ目を覚ましていない。

 決めるのは母親になるかというと、彼女も作中では登場しない。

 だから、父親が目を覚ましているかなんて、関係ない。

 そもそも、フィーネの両親は彼女を止めようとしなかったのだろうか。


 俺はイベントムービーの中で死ぬ。

 回避する方法はいくらでも模索するべきだ。


「…そうか。でも、危険だ」

「どこに居ても危険よ。それにあんなことされたのよ?私は魔族が許せない。だから戦うんだから」

「だったら、アタシも戦いたいです‼」


 レイは目を剥いた。

 アルフレドもフィーネも目を剥いたが、レイが一番大きく見開いた。


 やっぱりだ。

 シナリオの強制力は確実に存在する。

 スタト村のフィーネの動きもおかしかったんだ。

 アルフレドの言う通り、フィーネが旅立つ理由はなかった。

 昔から考えていようと、フィーネは村が半壊した状況で旅立つような性格じゃないんだ。


「フィーネ。結局決めるのは本人とご家族だ。レイが言うように、俺達には仲間が必要だ」


 勇者様も遂に説得を諦めた。


「…私に言えることじゃない…ってことね」


 ならば、聡い彼女が気付けない筈がない。

 そして


「お母さん!アタシ、この人たちと一緒に旅に出たい。お父さんも暫く安静にしなきゃいけないし、畑仕事も続けられるか分からないし。本当ならアタシたちはここで死んでいたし。お母さんはお父さんを連れて、スタト村で待ってて‼」


 エミリの声に母の顔に生気が戻っていく。

 二人がここで死ぬ運命だったのは間違いない。


「そ、そうよね。エミリが言うならそれが一番よね」


 そして、エミリが話をすると母親はいとも容易く折れた。

 それを見たレイは、どっちともつかない溜め息を吐くのだった。


     ◇


 結局、レイは村長代理として手紙を書くことになった。

 そんな彼が最初にするの部屋の物色である。

 さっきは鏡を探していたが、今探しているのは書類関係だったりする。

 日本語で良いとは思っているが、偶に特殊文字設定のゲームもある。

 初めてのゲーム内転生だから、念のために書類を確認する必要があった。


 んー。日本語でおけ


 ところどころ英語が使われているが、所詮日本人が分かる程度の英語。


 ターゲットのメインは日本人。

 でも、リメイクは海外向けにも売ってたから、ちょっとだけ心配だった。

 つまり会話が英語だったら、最初の死にイベントで終わっていた。

 レイは書類を見ながら、日本以外のどこで受けるんだよ、なんて考えていた。

 ここで突然、声を掛けられたら、両肩は跳ね上げる。


「レイ、また物色? ここはあんたの両親の家じゃないのよ」

「そ、そうだった。悪い。」


 フィーネの声に体が強張る。

 彼女が言った通り、この構図はスタト村の時と同じ。


 あの一件で目をつけられた?

 いや、どっちみちレイモンドは目をつけられている

 いや…、こんなこと言ったら絶対に怒られるけど、フィーネってそういう性格だった。


 なんたって攻略難易度で、トップ争いをしているヒロイン様だ。

 だからレイはそそくさと窓際の机に座って、手紙を書き始めた。

 物色したところを見られても、焦りはない。


 こっちの方が俺としても助かるか。ネクタであっさりと俺を捨ててくれよ


 そして、レイは悪い顔でニヤリとした。

 好感度を限りなくマイナスにすることで、気持ちよく確実に捨てられる。

 フィーネに嫌われていれば、あのイベントは発生しない。

 そして、彼らが勝手に世界を平和にしてくれる。


 ──これが今のレイの考え方


     ◇


 少し前に遡る。少しと言ってもかなり前。

 フィーネは、ずっとレイの行動を観察していた。

 彼の行動には、おかしな点が多過ぎる。

 だから、アルフレドともレイの監視をしている。

 今回も、レイが手紙を書きに行くと言って姿を消した後、いつものようにアルフレドに報告していた。


「レイって、絶対変よ。あんなに頭のまわる奴じゃなかったもん」

「おかしくなったのは俺が木刀で叩いた時…。でも、悪い方には行っていないし、今はこれでいいんじゃないか?」

「それはそうだけど…。私、やっぱ気になるから、様子を見てくる!」

「ちょ、フィーネ!行ってしまった。でも、確かに…」


 アルフレドは早々に監視するのを止めたが、フィーネは続けていた。

 だから、当然今回もレイの後をつけていた。


 ここで忘れてはならないのが、ステータス値だ。

 フィーネもアルフレドと同様に、レイの二倍も値が高い。

 しかもアルフレドより俊敏性に優れる彼女だから、レイの監視などお茶の子さいさい。


 あ…、引き出し開けた…


 そしてレイは、フィーネが見ている前で、戸棚や引き出しを開け始めた。

 下から順番に引き出しを開けていく行為など、まさに空き巣、まるで無駄がない。

 こんな奴とネクタの街まで同行しないといけないのかと思うと、吐き気がしてくる。

 期待し始めていた分、吐き気が増す。


 とは言え、今までのフィーネだったら尾行なんてしない。

 心の何処かで、何かを期待する自分もいる。


 やっぱり今までのレイなの?でも…


 空き巣を働くために、この家に来た?

 けれど、彼が即座に行動をしたお陰でエミリの父親は一命を取り留めた。

 突然変わったように思える性格も、全く意味が分からない。

 分からないことだらけだが、裏切られたことは事実だ。


 流石に止めるべきよね


 正義感に燃える彼女は、動きを止めた彼に向かって声をかけた。

 そしてレイモンドはとても悪い顔をして窓際の机に向かった。


「全く、油断も隙もあったもんじゃないわね。ちゃんとご夫妻に持って行って貰うんだから…」


 フィーネは引き出しを順番に閉めていく。

 引き出しの中が荒らされているので、きちんと整理しながら、大切そうなものに手をつけないよう片付けていく。

 だが、一番下の引き出しを閉めた時、彼女は目を疑った。


 え…、これって…


 彼の行動は全て見ていた筈だ。

 気付かれていなかった自信はある。

 そして、彼は何も手をつけずに動きを止めた。

 だから、金目のものがなかったのだと勝手に思っていた。


 こんな家になんで金貨が?


 だが、一番下の引き出しには金目のもの、というより金貨そのものが入っていた。

 つまり、彼は金目のものを探していた訳ではなかった。


 あの時、アルフレドが話したこと…


 フィーネはアルフレドが休憩中に話した内容を思い出していた。

 その時、レイは女神様の像に夢中になっていた。

 それを見計らってアルフレドが彼女に話をした。


「どうしてレイはここに休める場所があると知っていたんだろうか。」

「さぁ、お父さんに聞いてたんじゃない? 結構レイのお父さんって村の外に行ってたから」


 フィーネはアルフレドの疑問にそう答えた。

 そして彼女自身の目でレイが家で何かを探していた瞬間を見ている。

 あの時は金目の物を取っているのかと思った。

 以前のアイツなら、やりそうなこと。

 だけど、今のアイツは。


 今回もこの先の情報を探していた?


 そんな疑問が彼女の中に浮かび上がった。

 ここまでの道中、長くはなかったけれど、それでも流石に気付いている。


 レイは私たちよりも冒険慣れをしている。

 決定的に違うのは旅の知識。


 だから、情報集めをしていたとして不思議ではない。

 動揺している母親から話を聞くのは酷だし、あの赤毛の少女が知っているとも思えない。


 そもそも彼は赤毛の少女のことを知っていた。

 名前も…。それに冒険に出ることも?


 だとしたら、とんでもないことをしたことになる。

 ありもしない彼の罪を村中で言いふらしてしまった。

 それが真実だとして、知らんぷりするような性格ではない。

 彼女はメインヒロインであり、美貌も正義感も強さも兼ね備えた少女なのだ。


 だからフィーネは決意をする。

 レイに真実を聞く。

 そして、背中を向けている彼の側に寄る。


「ねぇ、レイ。貴方、一体…」


 すると長身の男は反応し、くるりと振り返った。


「ぬふぅぅ?どうしたんだい、フィーネ。俺様をどうしたい?」

「ひ…」


 だが、振り返ったのは、幾度となく迫ってきた、昔の彼の顔だった。

 見ただけで殴りたくなる顔。

 フィーネは殴りたい気持ちを抑えるだけで精一杯だった。


「え、えっと、な、なんでもないわ。向こうで待ってるから!」


 その後はよく覚えていない。

 どうにかアルフレドの所まで逃げ帰ったらしいくらいしか覚えていない。

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