第8話 新キャラ登場イベントってテンション上がるよね

 序盤のフィーネはまだ村人フィーネだった。

 そして、今の強気なフィーネが彼女の本来の姿だ。

 『ドラゴンステーションワゴン』は恋愛ゲームの側面を持つRPGだが、恋愛ゲームとして見た場合、『フィーネルート』は難しい。


 恋愛ゲームあるあるとも言えるけど。メインヒロイン攻略はハードル高いんだよなぁ。


 新島が前の世界で、フィーネルートに到達できたのはなんと20周目。


 このゲーム、どこまでの表現は許されてるんだったっけ。Z指定だから、さっきの敵の内臓とかセーフ。でも、エロ表現はアウトだ。

 休憩とは名ばかりのシーンがカットか暗転する。

 確かに、その可能性はあるんだけど…


 ただ、どうしてもそこに行きたい。

 行って、確かめたいことがある。

 だけど、フィーネがドン引きしている。


「さっきのはそういう意味じゃないんだ。この先にモンスターが現れない場所があるって意味で。ほ、ほら。アルフレドもいるし。なぁ、アルフレド…」

「…ん?あ、あぁ。一度休憩を挟むのもいいかもな」


 アルフレドも休憩ポイントを知らない素振り。

 彼だけでなく、ここにいる三人は初めて村を出るという設定だから、知らなくて当然。


「じゃ、休憩しましょ、アルフレド」


 フィーネはクルクルッと体を捻らせて、レイの向こう側のアルフレドの手を取った。

 そして勇者の手を引いて、レイを置いて歩いていく。

 一見すると、攻略難易度は低そう。

 だが、彼女の難易度が高い理由は、ここにはない別の事。


「レイも行くぞ。魔法をかなり使ったんだろ?」

「ちょっとぉ。さっきからアルフレドはレイに甘くない?」

「レイはネクタまでだ。もう少しくらい仲良くしてくれ」


 アルフレドは相変わらず良い奴である。

 それもフィーネの難易度を跳ね上げる理由の一つ。


「そうそう。俺はネクタまでだからな。」


 レイは溜め息を一つ吐いて、仲良さそうな二人の背中を追った。


     ◇


 しばらく歩くと木々が途切れた陽だまりがある。

 そこには何故か、女神の彫像が立っている。


「え?こんなところに女神様の像が立ってたの?」

「それに…、神聖な力を感じる。どうやら魔物は近づけないようだな」

「女神様の力…。疲れが飛んでいくみたい!」


 二人がテンプレセリフを話している間、レイは真っすぐに女神像に向かった。

 主人公のつもりで歩いていく。


「何も出ない。こっちの人生もオートセーブ…ってことか」


 女神像に触れるとセーブしますか?と画面に表示される。

 けれど、うんともすんとも言わない。

 セーブスロットは一つしかないが、とある一派には長らく愛用されただろう女神は何も言ってはくれない。


 エミリ信者がブチ切れるぞ。あの出会いのシーンをヘビロテ出来ないじゃないか。

 お、俺はあんまり使わなかったけど?いや、マジマジ。マジで。二、三回、…十回くらいしか使ってないから‼


「あ…、でも。俺は主人公じゃない。だから無反応かも。ま、俺はネクタまでだし。そんなことより、早く会いたいな…。よし‼アルフレド、そろそろ行くぞ!」

「あ、あぁ、そうだな。えっと次の道は…」

「こっちだ」

「はぁ?ちょっと待ちなさいよ!」


 休憩ポイントにはもう一つ役割があるが、それはさておき、ここからはレイが先頭に立って歩き出す。

 しかも街道とは呼べないみちを地図も無しに歩いていく。


「アルフレド、ちゃんとついてこい。舗装されてないけど、こっちであってる。あと──」


 この先で登場するモンスターは先ほどの復習である。

 チュートリアルの後は同じような戦い方をさせる。

 アルフレドもフィーネもこの程度の敵に苦戦をするキャラではない。


「本当に同じ魔物だったな。レイ?どうして」

「細かいことは気にしなくていい。行くぞ。俺は早く見たいんだ」


 レイも先ほど同様の戦いを続ける。

 この辺りに出没するモンスター相手に「モヤモヤは二回で充分」というコマンドバトルでは味わえないコツも理解した。


「見るって何のことよ」

「それは言えない」


 コツを掴んできた、なんて今は喜ばない。

 喜びはこの後のイベントに取っておきたい。

 っていうか、新島の頭の中にはメロンが二つ浮かんでいる。


「この辺りだな」

「何がよ。また、厭らしいことを考えてんじゃないでしょうね」

「そりゃそ…、いや、もうちょっとしたらネクタだなって意味だし‼」


 ネクタの街はここから遠くないから間違いではない。


「はぁ?今、そうだって言おうとしたわよね」


 そうだよ‼俺はネクタでおさらばだ。だからせめて、今から始まるムービーイベントを堪能したいんだよ‼


 なんてことは言える筈もなく、押し黙って固唾を呑む。


 あれ…


 だが、何も起きない。

 

「変だな…」


 道を間違える筈がない。


「レイ、どうした。モンスターの気配か?」

「いや、ここで」


 ここで間違いないという確証もある。

 この坂道で間違いない筈なのに、メロンが…じゃなくて、あのイベントが発生しない。


 俺じゃダメってことか?


 レイモンドは本当に悪い奴である。設定でそうなっているのだから、間違いない。

 だから、そんな彼に真正面から話をするアルフレドは本当に良いやつなのだろう。

 プレイヤーはイベント目当ての下心ありありプレイをしていたが、本人は見た目も性格も本当に良い奴だ。


『アルフレドさん、ごめんなさい。僕はえっちな気持ちで貴方を操作していました!』


 と、全国のプレイヤー諸君は謝罪するべきだろう。

 だが同時に、なんで俺がそこにいないとも叫んだ筈だ。


 これも定め…か。


「アルフレド。ここから先、坂道に沿ってわだちがあるだろ? ここに立ってみてくれないか?」


 レイは心の中で新島の下品な血の涙をこぼした。

 そして、そのイベントが発生する筈のポイントにアルフレドを誘う。


 だが、何も起きない。


「あれ?ムービーシーンに入らない?そういう概念がない…のか?」

「むーびー? レイ、すまない。それはどんなモンスターなんだ?」


 レイの脳内用語は彼らには通じない。だが、勿論事実だ。

 立ち位置とか装備とか全然違うじゃん、とか思ってしまうムービー演出が、ここで差し込まれる筈なのだ。


「く…。ラッキーすけべはアルフレドに譲った筈だ。一体、どういうことだ?」

「はぁ?何言ってんの?ラッキーすけべって何よ」


 やっぱり、リメイク前だったか?でもリメイク前だって、ここでエミリが仲間になる。

 あの道から魔物に追われて飛び出したエミリと俺が、じゃなくてアルフレドがぶつかる。


「ちょっと聞いてるの?その顔、絶対に変なこと考えてるでしょ」

「フィーネ。レイは真剣に考えているんだ。少し待ってやれ」

 

 幸運にも、いやいやただの偶然、俺の手じゃなくてアルフレドの手が、エミリの二つのメロンをギュッと鷲掴みする。

 この時期はまだ揺れの規制が緩かった、良い時代だった。

 だのにそれがないだと!?…いや、俺がアルフレドではない以上、俺には全く関係ない話なんだけれども‼


「巨乳ヒロインが仲間にならない…?それって不味くないか」

「アルフレド、今の聞いた?」

「あぁ、やっぱりレイか。レイ、流石にその発言は問題だぞ」

「そうだよ‼大問題だ。なんでだ?」

 

 イベントが起きないのは、レイにとって非常に都合が悪い。

 これから先、ヒロインキャラが一人ずつ仲間に入る。

 そうすることで、レイモンドの影が薄くなっていく。

 RPGのほとんどが、仲間が増えても全員では戦えない。

 泣く泣くお気に入りキャラをパーティから外すものだ。

 でも、レイモンドはムカつくキャラだし、使えないスキルしか持っていないから即座に外す。


「なんでって‼アンタが変態だからよ。…これでもそれなりに」

「もっと増えてくれないと…」


 いないよりマシだと「やっぱりレイも戦え」となる可能性が残ってしまう。

 だから、ここは絶対に必要なイベントなのだ。

 ネクタの街で、もう一人ヒロインが増えて、レイモンド無しで四人パーティが完成する。

 このままだと、人数がピッタリになってしまう。

 下手したらネクタにもいなくて人数が…


「あ・ん・たねぇぇぇぇぇえええ」

「足りないってことに…、痛っ‼何するんだよ、フィーネ‼」

「はぁぁあああ?こっちのセリフよ‼」

「流石に擁護出来ないな。レイ、フィーネの胸はなぁ。…痛っ‼」

「アルぅぅ!アナタまで何言ってんのよ。レイのせいだわ。こんな奴置いていくわよ‼」


 ここで漸く、レイは我に返った。

 通り過ぎたら、取り返しがつかないことになる。


「待ってくれ‼轍だって‼轍の話だって‼フィーネの胸の話なんかしてないって‼」

「なんかとは何よ、失礼な‼ほんと、大っ嫌い‼」

「う…、大嫌いは流石に堪える…。けど…、そんな場合じゃない。ほら、上に向かってるってことは、この先に民家があるってことだよ‼」


 見れば見るほど、そうとしか思えない。

 ゲーム上、この先にはいけない。その理由もちゃんとある。

 でも、あの時崖を飛び降りる選択が出来たなら…


「民家?こんなところに?」

「確かに荷車の跡がいくつも見える。この坂の上か」

「…そうね。アルフレドを探していた魔物がこっちに来てるかもしれないわね」

「そうだとしたら、俺のせいだ。行くしかない。俺たちの村のような悲劇はまっぴらだ!」


 色々あったとは言え、ここからの反応はヒーローとメインヒロインだった。

 本来なら途中までしか行けない場所へ向かって駆け出していく。

 そして言い出しっぺも後に続いた。


     ◇


 轍の続く道の向こうには小麦畑が広がっていた。


 そこでレイは一人、息を呑んだ。


 ゲームの都合上、この先には行けないし、この小麦畑も存在しない。

 在る筈だったムービーの内容から、その理由は分かるだろう。

 エミリの実家は農家という設定だ。

 彼女は魔物に追われて逃げてくるんだから、この畑は魔物に焼き払われている。

 つまり、焼け野原が広がっている筈なのに、今はまだ綺麗な小麦畑だった。


「いやぁああああああああ」


 そして今、前方から悲鳴が聞こえた。


 どうなってんだよ、この世界。ゲームじゃなかったのか?


「レイ、聞こえたか? このまま突っ込むぞ!」

「分かってる‼クソッ、最初からこっちに来るべきだった」


 イベントが発生しないは不正解で、イベントが発生する前だっただけ。

 ドラステワゴンのゲーム内では、そんなことは在り得ない。

 チュートリアルエリアでうろうろしてたって、あの場所に行けばイベントが発生する。


「ゴメン。私のせいよね」

「違う。こんな筈じゃ…」

「二人とも、その話は後だ」

「あぁ!」

「うん!」

 

 小麦をかき分けて、最奥にある大きな建物へ走る。

 ゾンビゲームなら間違いなくメインステージになりそうな家の扉をアルフレドが蹴破る。


「訳が分からない…。声は」

「あっちよ‼」


 ゲーム・ドラステワゴンのことならなんでも知っているけど、ゲーム・ドラステワゴン以外のことは分からない。


 もしかしたら、こんなバグ技があったとか?

 そんな馬鹿な。だって、あのムービーを使わないなんて在り得ない…


 って、それは俺のスケベ心基準じゃん‼


「フィーネ、気をつけろ。俺たちの村に来たのは」

「分かってる。って、レイ‼」


 自分のせいだと感じたレイの体は勝手に動いていた。

 レイが部屋の戸を蹴破って、真っ先に飛び込む。


 エミリ‼…んで‼


 赤毛とロリ巨乳が特徴のエミリがいた。 

 そして、武器を持つゴブリンが五体もいた。

 ゲームの進行ではゴブリン二体だが、エミリを追ってくるのが二体ということだろう。


「モヤモヤ‼モヤモヤ‼モヤモヤ‼」


 思っていた通り、エミリの両親もいた。

 一人はエミリを庇っていて、もう一人は既に倒れていた。


 男?エミリの父親か。既に致命傷を負わされたのか。この血の量はヤバい…

 エミリはアルフレドに助けられて恋に落ちる。

 そうじゃないと仲間にならない。だったら俺が戦うのはこっち側だろうが!


 状況を把握したレイの動き出しは二人よりも早かった。

 そして、不意打ちを喰らったゴブリンよりも圧倒的に早かった。


「アルフレドは二人を‼」


 目の前のゴブリンよりも、未来にやってくるグロテスクな死の方がよほど怖い。

 勿論、アルフレドとフィーネがいるからっていうのもあるにはあった。


「レイ、助かる!流石だ!フィーネはレイに加勢を!」

「分かったわ。レイ!一度に複数体は…って。え?」


 ギャウゥゥゥと倒れる二体の人型の魔物。

 レイも、え?と思っている。確かに咄嗟に『モヤモヤ』三連は使った。

 でも、まさか一体はともかく、二体目まで急襲出来るとは思わなかった。

 ゴブリンが持つ武器を落とせばくらいは考えていたけど、胴体がガラ空きになるとは思わなかった。


 エミリと彼女の母親を襲うのは二体。残る一体をフィーネが倒せば、…いや。


「フィーネ!交代だ。彼の手当てを‼」

「うん‼」


 突然、二人が入れ替わったことで、フィーネを襲う準備をしていたゴブリンは困惑した。

 するとまた隙が出来る。人型故に、急所が分かり易い。

 隙だらけのこの状態なら、イノブータンよりも容易く短剣を心臓に差し込める。


治癒魔法ケイミル‼」


 同時にフィーネの声がした。

 それに反応して、レイは振り返る。

 戦っているアルフレドには申し訳ないのだけれど、観察したい気持ちが勝った。


 魔法による回復。これは貴重な瞬間だ。

 今後の為にも…


 レイは打撲しただけ。

 だが、男は左腕でクワを受けたのだろう、上腕動脈から夥しい量の出血をしている。

 切られた傷の回復をどうしても見たかった。


 露出した鎖骨が皮膚で覆われていく。動脈損傷は放っておけばヤバいけど、…出血が止まった?

 エミリの父親の状況は、多分HP1未満。未満って概念があるか分からないけど

 ここから…


「レイ‼そっちに行ったぞ‼」

「く…。ここまでか」


「はぁ…」と溜息を吐いて、フィーネは肩を落とした。

 レイはその様子を横目に見ながら、アルフレドの攻撃から逃げてきたゴブリンを打ち払うのだった。


     ◇


 五体のゴブリンを打ち払った。

 不意打ちのモヤモヤのアドバンテージが多く、終わってみれば圧勝だった。

 ただ、三人の表情は暗い。


「すみません。私の魔力だとここまでが限界です。応急処置がやっとで。出来ることはやったつもりですけど、三ヶ月は安静にさせてください。今まで通り、農作業が出来るかどうか、私にはなんとも…」


 レイは息を呑んだ。

 因みに、あまり美味しくない息。


「いえ、ありがとうございます!」


 勿論、感謝されるべき。

 助かった男の妻はフィーネに何度も頭を下げている。

 けれど、レイの気持ちは複雑だった。


 魔法に多くを望み過ぎ?


 低いレベルの回復魔法だったから、この程度だったのかもしれない。

 でも、もっと素晴らしい奇跡が起きると思っていた。

 だって、HP1がHP30になるって初期のレベルだと完全回復に近い。


 突っ込み過ぎると不味い…ってことだ

 無茶をしすぎると、本気で死ぬ。HP1はやっぱり再起不能だ。


「あの、あ、ありがとうございました!そ、その…」

「いや、礼ならレイに、彼に言ってくれ。レイがいなければ…」

「な‼ちょっと待て、アルフレド!」


 これからの戦い方を考え直す前に、やるべきことがあったらしい。

 何の為に、アルフレドにエミリを助けさせたのか分からない。


「俺は通りすがりの一般人だから!俺たちの村のような悲劇はまっぴらだ!って走り出したのはアルフレド‼そうだよな、フィーネ‼」

「まぁ、そうね。で、この子が巨乳の女の子ってわけ?」

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