第16話 目標は近くにする方がやる気がでる

「休憩!みんなで休憩!」

「エミリ、こいつは本当に怖い奴だから。何をされるか分からないわよ」

「…怖いって何かされるの?」

「はぁ…、そうようね。エミリはあの家から出たことなかったのね」


 女二人で何かを言っている。

 フィーネの命令は、今のところうまく行っていない。

 その理由は、エミリが引き篭もっていたからだと、彼女は考えているし、実際にその通りである。


「アルフレド、心配しなくても大丈夫だ。ここは初心者がレベル上げに利用する場所でもある。俺はもうその段階は卒業しているけど。エンカウント率が高くなるポイントと休憩ポイントが近い場所。これからも利用すると良いかも。因みにほとんどの休憩ポイントで同じような使い方が出来る。」

「なるほど、これもマップに書き込んでおこう。と、ところでフィーネの様子がおかしい気がするんだけど。あんな冷たい視線を見たことないし」


 アルフレドは本当に真面目なタイプのゲーマー、いやキャラクターだった。

 彼は初見、しかもゲーム自体初めてなのだ。

 今しばらくはお姫様プレイをさせてやるべき。


 …で、アルフレド。その質問だけど、俺にも良く分からない、…なんて言えないしなぁ。

 好感度は多分、C。だからプレイヤーは好感度を上げる努力をしないといけない。

 幼馴染とか関係ないんだよ。それにイベントでもないし、フィールドでの好感度の上げ方なんてないし。

 そもそも、俺は恋愛弱者だぞ。的確なアドバイスなんて出来るわけないだろ。


「お、俺はとにかくレイモンドモードを続けるから」

「レイモンドモード?」

「な、なんでもない。いつもの俺でいるってことだよ」


 エミリとの遭遇イベントは結局なかった。 

 そんなバグがあればネットで騒がれたに違いないから、ゲームに無かったと考えるべき。

 つまり、この世界特有のバグがある。


「頼んだぞ。スタト村の時を思い出してくれ」


 レイモンド死にイベントが発生しない、なんてバグがあればいいんだけど。

 君氏、危うきに近寄らずだ。


「分かってるって。フィーネを口説くのに必要なのは、一つだ。真っすぐな勇者であり続けること。その為には予習が肝心だ。だからしっかり学べ」

「真っすぐな…勇者…」


 余計なことをせずに、真っすぐ進む。

 ただ、ランダムイベントもあるから、運の要素もある。

 そして他のヒロインキャライベントを楽しんでいると、フィーネルートから逸れる。


「ってことで、適度な進行を心がけること。ちょっと強いと思ったら、その前でレベル上げ。ただ、レベル上げの相手が弱すぎる場合は時間が掛かりすぎる。そこも見極めること」


 レイモンド虐殺イベントはメインストーリーだ。

 魔族に制圧されているアーマグ大陸に渡るためのフェリー入手イベント。

 フィーネの凌辱は避けられない。その苦悩を一緒に乗り越えることで、グッと距離が近くなる。


「そして、視界が歪んだり、カクカクしたら気を付けろ。じっとしてると元に戻ることもあるから、焦らないことが大事だ。…進行不能バグは不味いし」

「…そんなことまで。冒険とは、本当に何が起きるのか分からないんだな。それも本で?」

「そ、本で。…設定資料集とかウェブとかだけど」

「ウェブ…という名前の本なのか?」

「…あ、でも。そっちはあんまり見てないぞ。ネタバレ否定派だからな」


 世界がバグる可能性も捨てきれない。そんなバグもこのゲームにはあった筈だ。

 見えない壁を通り抜けて絶対に倒せない敵と遭遇する場合もあった。

 その前にセーブが入るから、入ったが最後。最初からプレイするしかなくなる。

 セーブ絡みのバグは、ゲーマーにとって阿鼻叫喚である。


 あの森もそうだったのかも…。とにかく、ゲームオーバーは避けたい。

 ゲームだから、大丈夫とは思うけど…、これもまた危うきに近づかず、だ。


「ここはトリケラビットと悪魂ホルビッツ、それに今まで遭遇してたゴブリン、って正確にコブリンなんだけど、コブリンも出てくるから注意な。コブリン系は飛び道具を使う確率が高い。常に身を低くして、相手の先制攻撃だけはなんとか回避しよう。

そういえばそうだな。アルフレド──」


     ◇


 恋愛弱者のレイは、アルフレドとフィーネを現実世界と同じ感覚でくっつけることが出来ない。

 あくまで、ゲームの進行を絡ませてのアドバイスだけ。

 後方で、腕組みをして見守っている。


「この辺りの魔物はそのくらいだ。フィーネ、風の守りエアバスはもう使えるよな」


 フィーネが半眼で頷いたとしても、後方で腕組みしている大男に出来ることはない。

 

「予め俺たちに掛けてくれないか? 休憩ポイントが近い時は消費MP心配しなくていいからな」

「…って、レイが言ってたの?」

「…そうだ。レイはネクタでいなくなる。だから、それまでに学んでいるんだ」

「そ。当然のことだったわね」


 空色の少女は半眼を止め、肩を竦めた。

 その様子に銀色の長身は、はぁと息を吐いた。


 まだ序盤なのに、この緊張感。これはあれか?指示厨の気持ちってやつか‼


「先生、アタシは?」


 エミリが子供のように自分も!自分も!とアピールをするが、聞く相手を間違えている。

 レイは首を横に振って、悪い顔をした。というか、顎で勇者様を示した。


 エミリ救出の時に失敗した?いや、あの時既に、アルフレドはフィーネしか見えなかった。

 だとしたら、俺の気遣いも無駄。っていうか、もしかして謙虚なフリをしてたのか?フィーネにアピールするために?


 エミリは「守ってあげる」という父性を感じれば、好感度が上がる。

 RPGと恋愛ゲームの融合なので、戦っていれば普通に発生する。

 そういう設定だから、何も考えずにクリアするとエミリがヒロインになる。

 因みに、戦った後にキャラが話しかけてくるイベントが時々発生して、その受け答えによっては好感度が変動…

 レイはその考えに辿り着いて、一瞬立ち止まった。


 そうか。フィールドの移動と戦闘シーンが、この世界はシームレスだ。

 気付かなかったけど、実は何度か行われた?

 いやいや。それはない。

 だってまだヒロイン二人だし、まだ始まったばかりだし。


「ん-。アルフレド。アタシは?」

「あぁ、そうだった。エミリは……。えっと…、スキル・ブーメラン殺法が使えそうだ。俺も一度見てみたいかな。結構便利な技…で…」


 フィーネとの会話は頑張って暗記した勇者は、残念ながらエミリの項目までは覚えきれなかったらしい。

 歩きながら書いたから読みづらくなったメモを必死に読み解いている。


「ま、エミリはいいか。エミリ‼ほら、この木の棒でやってみてくれ」

「先生‼」


 ブーメラン殺法はグループ攻撃のめちゃくちゃ使える技だ。

 MP消費がないのがうれしい。

 ただ、どうして弱い木の棒を使わせるかというと…


「うん分かったぁ。じゃあ、この木の棒を投げてみるねぇ!」


 弾むような声と同時に勇者アルフレドの横を通り越ぎる少女。


「もう使えるのか?」

「うん。覚えてるよ!」


 覚えているかどうか、ギリギリのレベルだった。

 やはり、コマンドウィンドウが見えないのが痛い。


「ブーーーーメラーーン殺法‼」


 エミリが木の棒を投げると、真っすぐな棒が弧を描くように滑空した。

 ザザザザザザと草原地帯の草の一部が宙に浮く。


「せ、先生‼ダメだよ‼」

「見てなって」

 

 ちゃんと戻ってきているのが分かる。

 そしてパシッ!っと音がした。

 常識的に考えると、ゴンッ!とレイのバックラーに直撃する。

 だが、木の棒はそれを避けてエミリの手に戻ってきた。


「凄い‼これ、先生をすり抜けるんだ!」

「う…うん。魔物にはしっかり当たる。しかも手元まで戻ってくるんだ」


 はぁ、怖かった…

 

 当たらないと分かっていても、あの腕力で投げられるブーメラン殺法は怖い。

 MP消費はしないもののTPというテクニカルポイントを消費する。

 ただTPは徐々に回復するので、長めのダンジョンだとかなり重宝する。


「一体…、どういうこと?今、レイをすり抜けなかった?」

「確かにそう見えたな。これは」


 レイが知っていても意味がない。

 寧ろ、仲間の反応を見たかった。

 使用するエミリ自身も、目を剥いている。


「先せ」

「説明不要だ。フィーネ、どうして風を吹かせられる?」

「それは魔法だからでしょ。つまり」

「これか‼フィーネ、これはスキル。魔力に頼らず、技力を使うんだ」

「何?もう、教わってたの?あとで私にも見せてくれる?」

「も、勿論だ」


 勉強家アルフレドとフィーネのやり取りに、銀髪の先生と赤毛の少女は同時に肩を竦めた。


「大切なのは、安全な場所で一度使うこと。仲間に被弾するもの…、え?……てめぇらぁ、死ぬ覚悟はできたかァ!コブリンどもぉ、俺様に喧嘩を売るとはなぁぁあああああ!」


 そしてまた、レイの中でゲシュタルトか何かが崩壊が進んでいく。

 誰かに脇腹を小突かれた。っていうか、今のは絶対にエミリだ。


 なんで、まだ続いてるんだよ…


     ◇


 トリケラビットと悪魂ホルビッツ、コブリンが潜む草原地帯は雑木林地帯と隣接している。

 雑木林エリアに入ると、スラドンとコウモりんが姿を消す。


 トリケラビットはうさぎの耳がトリケラトプスのツノになっていると思いきや、トリケラトプス要素が強すぎて、ただトリケラトプスの頭蓋骨が動いているようにしか見えない。

 プレイ時にはモンスターの作画崩壊が起きている、と思ったものだ。

 でも、三次元で動いている姿を見ると、これはもしかしてアーティスティックなのではとも思ってしまう。


「飛び道具には要注意だ。頭は絶対に守ろう…」

「飛び道具には要注意だ!頭は絶対に守ろう!」

 

 悪魂ホルビッツとコブリンは両者ともに弓を持っていることが多い。

 だから序盤とはいえ、注意が必要だった。 


「フィーネ、バフ宜しく。それから先はいつもの通りに行こう…」

「フィーネ、バフ宜しく。それから先はいつもの通りに行こう!」


 リアルの恋愛弱者と、恋は盲目状態勇者の連係プレイ。

 これが正しいのかなんて、レイには分からない。

 レイの目的はネクタでの潜伏だし、クリアさえすれば、アルフレドは結婚相手と結ばれる。

 そこで登場するのがフィーネではなかったとしても、レイには関係ない。

 それに、その時にもイベントが発生するから、アルフレドも受け入れるだろう。


風の守りエアバス!レイ、これで被弾率が下がるのよね?なんか、実感ないけど。」

「俺じゃない。アルフレドが言ったんだぞ!」

「そうだぞ、フィーネ。これは俺達の戦いだ」

「それはそうだけど。とにかく、これ。大丈夫なの?」

「…ぶ………み」

「大丈夫だ!ちゃんと実験済み、…らしい!」


 なんなんだ、この二人羽織。…でも、これももうすぐ終わる。


 今のは、フィールドでは使えない魔法。

 実感が無くて当たり前だ。

 けれど、この世界の戦闘はゲームのシステムを残しながらも、コマンドバトルではなくオープンな自由度がある。


 そして、アルフレドに尽くす。勇者の決定は絶対だ。


 レイはフィーネの後に続いた。


「ヤミマ、ヤミマ、ヤミマ、ヤミマ!」


 休憩ポイントが近くにあるからできる、補助魔法の連続使用。

 待ち構える敵がいた場合は効果を発揮する。


「先生!いっくよー!」

「俺も続くぞ!」


 そこからエミリのブーメラン殺法、アルフレドの2段回目の炎魔法火球弾パイロンを繋げる。

 ブーメラン殺法で敵にダメージが入るかどうかは運次第。

 そこで刈り取られた腰丈以上に伸びたあしに火がつき、それが周囲に弾け飛ぶ。

 森での大火災を草原でもやってしまう辺り、人間のやって良い所業ではない。


 どうせ、元に戻る。でも、命は分からない。だったら…


 命は一つしかないと考えるべきだ。必ず不意打ちが取れる状況を作りたい。

 この作戦は序盤の敵だから可能だろう、というレイの監修と判断の下で行われている。

 彼が二日間で感じ取ったことは、急所攻撃が絶大な威力を発揮することだ。


「ん。この感覚。レベルアップだ。認識してなくても、経験値は入るのか」


 因みに今は棍棒なので刺殺ができない。

 だから、最初のヤミマだけ。後は三人の後方で腕組みをする。

 そんな時。


「きぃぃぃ…」


 転倒したトリケラビットを見つけた。


「お前、ここは物理法則破れよ。なんだその、ひっくり返ったら動けないっていう頭デカすぎキャラ。それ出オチってやつだぞ」


 横から弓持ちコブリン。

 魔物が魔物を、そのトリケラビットを狙っていた。


「…で、お前はそれを狙うなぁ!」

 

 そして、レイは棍棒でコブリンの頭をかち割った。

 レイモンド専用装備の件だが、武器に関しては制限がない。

 レイモンドになって、その理由にやっと気づいた。


「持つんだもんな。盾も腕に固定するだけ。製作陣はそこまで考えて…。いや、どうだろ」


 レイモンドの大きな体には棍棒がしっくりくる。

 元々、レイモンドは器用さのステータスが低い。

 だから短剣よりも、棍棒が使いやすい。


「フィーネのお陰でいい感じに風が吹いてる。コブリンも狙いにくいだろ。それに今、丁度レベルが上がったとこ。…範囲魔法、闇闇ヤミヤミ‼」


 そして、後方で腕組みするつもりだったレイは、一人でコブリングループを殲滅した。


     ◇


「ほら、お前を狙う悪いコブリンはいなくなったぞ。よし、このまま草原地帯の奥に逃げろ。ついでに仲間を見つけたらこの辺に出てくるなって伝えとけよ。自然破壊が大好きな人間もいるからな。それにしても…」


 レイは、自分よりアルフレドを優先している。


「頑張ってるな。俺が居なくてもやっていけそう。ほら、行け」


 ステータスでは負けている。

 でも、まだまだ実践という戦闘スキルはレイの方が上。

 可愛そうな魔物は解放する余裕さえある。


 仲間になるシステムはないんだけど。流石にな…


 因みにこの戦いも後の戦いに於いて有意義だった。

 レイはグループ魔法と全体魔法の意味を理解していなかった。

 人間に置き換えればよく分かる。


 A組とB組の組員が対立していました。

 そこに敵国が侵略に来ました。

 普段はいがみ合っている二つの組織も異国からの来襲が怖かったのです。

 だから共に戦いましょうと手を結んだ。


「こんな感じかな。魔王軍の方は一部を除いて、簡単な説明しかないんだけど」

「あれ、先生。今の逃しちゃったんですか? モンスターに対して容赦ない先生にしては珍しいですね。」


 あらかた片付いたのか、エミリがいつの間にか隣にいた。

 モンスターに情はかけるべきではないし、これはあくまでゲームだ。

 経験値を稼ぐ為に、モンスターに対して容赦はしない。

 エミリの言葉は間違っていない。


「ま、あれだ。俺の……、いや人間のエゴだよ。」

「ほぉぉぉぉ、さすが先生! よく分からないけど、なんかすごい気がします!」


 デザイン重視で、生き物としての特徴を無視したキャラクター。

 それを作り出した人間のエゴ、そしてちょっと可愛かったから逃したというエゴ、その他、諸々のエゴだ。


「でも、エミリは考えなくていい。お前はセンターを張れる逸材だ。さ、前に進もう。休憩ポイントはあっちだ」

「うん!」



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