第15話 RPGの好感度って、大体Cから始まる
着替えの場所を求めて、宿屋に一度戻った。
そこでの一幕。
「アーモンドさんとカカオさんの件はお聞きしました。辛いでしょうが、心を強く持ってくださいね」
「有難うございます。でも、俺のことじゃなくて、外にいる金髪のアルフレドを、あ、光の勇者アルフレドです。これからも贔屓にしてやってください」
「分かってますよ。こんなさびれた宿場町でどこまで出来るか分かりませんが」
モブにも人生がある。
レイモンドの両親にも人生があった。
ゲーム内には出てこないし、俺は死体しか見てないけど、アーモンドとカカオが居たから、俺が生まれたってこと。
それは設定資料集に書かれているし、現にレイモンドは貴金属とか宝石とかを入手していた。
魔物が現れる前は、交流があったってことだろう。
エミリの家から伸びた荷車の跡も、実はここに繋がっている。
一応、ゲーム内にそれらしい痕跡はある。
それを見つけるのも、RPGの醍醐味の一つだろう。
「それじゃ、行ってきます。俺の友人、勇者アルフレドをよろしく」
◇
宿場町からネクタの街は朝に出発すれば、夕方前には辿り着ける。
勿論、それは寄り道をせずに行った場合だ。
因みに、序盤だから言えることで、クラシックRPGだった先代からシステムを踏襲した今作では、相変わらずレベル上げが必須である。
モンスターが強すぎると感じたら、少し前に戻ってレベルを上げる。
「戻る場合はどうするんだ?」
「ん-。そこは気にしねぇでいいかもな。ネクタを越えた後、お前は便利な魔法を覚える。でも、その時はピンチだろうから、薬草、薬湯を入手しておけ。岩の裏、瓦礫の中、探せば見つかるもんだ」
「便利な魔法…か。それは楽しみだな」
他作品はさて置き、ドラステワゴンにおいては勇者パーティ以外に戦えるNPCはいない。
彼らは光の女神メビウスの加護があるから強くなれる。
村人たちはモンスターと戦えないから、村の中で行ったり来たりしている、と半ば強引な設定が、やはり設定資料集に登場する。
「あ、そうだ。アルフレド、地図を貸せ」
「そうだった。流石にあの宿場町には先の情報はなかったよな。情報集めも難しかったか」
お前らの個人面談のせいだよ、とも言えず、レイはアルフレドから地図を受け取った。
そしてアルフレドの方は、さっそく目を剥いた。
「経路はこういう順だ。今がここ、道、草原、林、森、山のエンカウント率もここに書いた」
「し、下調べ…、やっていたのか…」
勇者が驚愕するのも無理はない。
レイはネクタでおさらば。だから、ネクタより東の情報まで書いた。
アルフレドの持っていた簡素な地図に、宿場町、休憩スポット、大聖堂、大きな港街が、突然現れたんだから、流石に驚嘆。
「あぁ、アレだ。昔、親父に叩き込まれたんだ。…ほら、アルフレドのようになれって言われてたのは知ってんだろ?んで、その後は家で本を読み終わるまで監禁。ひでぇ話だろ」
「よく仰られていたな。その後、そんなことが…」
狼狽させてしまった。ありそうな話を適当に作ってみたけど、ネタバレどころの騒ぎじゃないか。
俺だったら、ネタバレすんなでブチ切れるところなんだけどな
「その本はあの時、燃えてしまったからなぁ。親父が死んでなきゃ、旅立つ前に持たせただろ。その全部じゃねぇが、地図に書き込んでおいた。今日からはアルフレドが先頭を歩いてくれよ」
アルフレドは盟友。
ってだけでなく、彼が世界を救わなければ、真の意味での安寧がレイには訪れない。
アルフレドがネタバレアンチじゃなくて良かったけど、後ろの二人。
何か様子がおかしい…。
互いに牽制し合っているようにも見える。
これが仕様なのか人間味なのか分からない。
真のメインヒロイン、というか結婚相手は最後に決まる。
決まり方は往年の恋愛シミュレーションゲームに似せている。
そして、それまではハーレム状態だ。
全員のヒロインの好感度が、最後の決定に影響する。
だから、フィーネ攻略は難しい。
こんな時期から駆け引きか?ゲームはまだ超序盤なんだけど
このゲームはイベントコンプリートに500時間は必要だと言われている。
勿論、クリアまで500時間ではなく、周回プレイや回り道を繰り返しての500時間だ。
そして新島礼は、あと少し。450時間プレイしている。
サブクエストを無視して、ムービーキャンセルをしまくると、エンディングまで8時間程度で辿り着ける。
超超超序盤なんだけど…
だから、今の進行状況がもどかし過ぎる。
既に三日目。既プレイヤーなら、三回は世界を救っているだろう。
「ここ、これはどういう意味だ?」
「あぁ、それは──」
これは流石に俺の我が儘なんだけど、何もない道を歩くってしんどいな
道だから出現率は低いし
そもそも、歩く速度が異常に遅い。
遅いという表現が間違っていることも、レイは理解している。
「ここは?」
「ん-、それは実物を見れば分かると思うけど、例えば──」
一時間のプレイの中で何回も昼と夜が繰り返される。
そして、設定では一日は二十四時間で、太陽も普遍に天に昇って、夜も普遍に訪れる。
ただ、マップオブジェクトはゲームを踏襲している。
これは相対時間と言うべきだろう。歩みを遅くしなければ、動きを遅くしなければ成り立たなくなるのだ。
つまりプレイヤーと時間の流れが何倍?何十倍も違う。
イベントを見ながらでも二十五時間でクリアできる。なのに三日目の朝、二人しかヒロインがいない。
そも、フィーネは最初からいるから、まだ一人にしか出会っていない。
「ま。ネクタ以降は自分のペースでやればいい」
新島が指示厨、ネタバレ厨になれるのも、ネクタまで。
「そうだな。よし、そろそろ一発お願いしていいか?」
ただ、これだけはどうにも鬱陶しい。
「盟友の頼み…か」と、レイは歩みを止めた。
そしてて、後列にいたフィーネの側に行く。
「ん。どうしたの、レイ。何か…」
そして顎をシャクレさせて、厭らしい目を彼女の体に向ける。
「なぁ、フィーネ。革の鎧がズレちまってるぜ。どれ、ちょっと触らせて」
このプロレス、いつまで続くんだろう、心でボヤく。
だが、悪くはない。エミリの胸に目が行きがち、フィーネは長身でかなり魅惑的だ。
勿論、革の鎧は邪魔。でも、革の鎧越しに胸部分を触ってみたい衝動に駆られることだってある。
それが例え、オッサンが鞣した革であっても、だ。
「え…。ちょっと、どういうつもり」
「どうって…、ほら。鎧がよぉぉ…、お、お、お、お…」
ここでレイは固まった。
いや…、素早さに優れるフィーネは、レイの長い腕をすり抜けた。
そして、ガン‼と強めに脇腹に拳を突き立てたのだ。
息…が。そうか、フィーネはあの時に…
宿場町の不意打ちで、そこが急所だと口走ってしまった。
だが、盟友の為に…
「っとその前にエミリだなぁ。エミリちゃんの方が先だなぁああああ」
ついに体のラインが露になり始めたエミリはやはり魅惑的だった。
農作業着の時も悪くはなかったが、農作業着は現実世界でも見慣れている。
だから、普段は見慣れない光景。何処かのオッサンが鞣した革だろうが、それによって夢が押し潰されている。
「先生が直接やってくれるんですか?えへへ、嬉しいな!」
「は…?」
今度は、この言葉にレイは固まった。
そもそも、命令を聞くべきはアルフレド。
だけど、急所を強く突かれて、軽く意識が飛んだ。
まぁ、いい。エミリにも怖がられないと、と仕方なく方向転換したが、彼女は
「実は気になってたんです。上手く結べなくて。先生は腕が長いから、アタシの胸に革プレートを押し付けてください。背中もぎゅーって押さえててください」
両肩が跳ねた。
確かにエミリは上手く装備できていない。
あの胸が反発して、何処かのオッサンが鞣した革がズレてしまっている。
いや、オッサンが鞣したという設定はないけども…、本当にいいのか?
『その膨らみは何処かのオッサンが加工しただけ』
と、冷静を装う天使がレイの左肩に乗って、耳打ちをしてくれる。
『けけけけ、なんやかんや触れる機会じゃん。思い切りやっちまえよ』
と卑猥な悪魔は右肩に乗る。
すると天使を装ったレイの善意はこう言った。
『加工しただけ。でもレイ、よく考えて。下着が腕にあたったら、それは本当に下着って思う?大事なのは中身なんだ‼』
って‼どっちも同じこと言ってんじゃねぇか‼
特に、左肩‼お前はむっつりスケベだな‼
そんな天使と悪魔の声を聞きながら、「ちょっときつい?」「あっ、ちょっと胸がきついかもです。位置が悪いのかなぁ。左胸をずらしてみます」なんて会話する。
「ちょっとぉぉぉ?…なーんか、それ嫌ね。私に対する嫌がらせになってなるんだけど。私だってちゃんとあるんだからね! エミリが大き過ぎるだけよ。ってエミリ、今、どさくさに紛れてレイがエミリの胸触ったわよ!こいつほんとに最低なんだからね!」
「先生はアーマーの上から触ってるだけですよぉ。先生は触り方がお上手なんです」
いや、これは。
確かにエミリの装備はズレていたし、俺のセクハラ行為もフィーネに見られている。
エミリの嫌がらせになっているかは分からないけど。
鎧にしてる革ってめっちゃ硬い。ぜんっぜん分からない‼…のは、置いといて、ちゃんとアルフレドの言いつけ通りになってる。
でも、流石に視線が痛い。
「いや、エミリは本当に鎧がズレてて…」
「うん。いいに締まりました。先生、次はフィーネ…、ってフィーネのは大丈夫そうですね」
「ちょと、エミリ!何言っちゃってんの⁉」
ここでエミリが何故かフィーネを煽った。
「ちょっと…、アンタ…」
そして、ここで
「レイ‼破廉恥はいい加減にしろ‼お前はこっちだろ‼」
「ちっ。勇者様にゃ、逆らえねぇな。」
一応、作戦終了。レイはそそくさと退散した。
そして、怒りが収まらないフィーネは余計なことを閃いてしまった。
「これ、もしかして…、アルフレドの仕業?」
因みに、エミリの発言はイレギュラー。
彼女のとある性格が影響している。
そして実行犯はあくまでレイモンドだし、レイモンドならやりかねない行動。
それでも、フィーネはアルフレドのせいだと見破った。
「アルフレドは私を追い出そうとしてる…かも」
同じ目線にいないどころか、逆に裏切られている可能性があると考えた。
先程のエミリの返しも、そう考えれば納得できる。
アルフレドは真っ直ぐな人間だ。そして正義感も強い。
ただ、馬鹿正直なところがあるのも否めない。
いや、ただの馬鹿だったかもしれない。
だから、フィーネは心の中で笑っていた。
バレてんのよ、アルフレド。何年の付き合いだと思ってんの?
そう。これはアルフレドのミス。
ゲームは始まったばかりなのだ。
主人公からの好感度のベクトルは、プレイヤー次第。
因って、ゲーム内の好感度のベクトルはあくまでヒロインから伸びている。
そして、好感度あるある。ドラステでは正にソレ。
たとえ幼馴染だとしても、たとえピンチを格好よく救ったヒーローだとしても、事前にどんなことがあっても、好感度はCから始まるのだ。
そしてフィーネはある行動に移った。
「ねぇ、レイ。お願いがあるの。例の休憩ポイントってこの辺りにないのかしら。私も鎧と盾の確認したいから、一度全部脱ぎたいのよね。それにエミリはまだ、休憩ポイントを知らないでしょ」
そそくさと戻っていた大男の背中を呼び止めたのだ。
「え。あるにはあるけど、少し遠回り…」
小休憩ポイントの概念は既に伝えている。
そこでMPも回復できるのだから、タイムアタックをしていていない限り、寄って損はない。
そしてエミリはまだ見ていない。フィーネの発言はとても自然だった。
レイ自身もゲーム内に存在しないレイ専用レザーアーマーの着心地が気になっていた。
それに今なら、アレを試せるし、この機会しかないとも思った。
「いや、そうだな。せっかくだから寄っていこう」
だが、これは彼女の作戦の一つである。
流石、攻略難易度Aを誇るフィーネと言えよう。
レイにとっても、アルフレドにとっても違和感がないのだから、彼女の作戦には気付かない。
「やったぁ。先生と一緒に居られる時間が増えるんだ!」
そしてエミリは純粋に喜んだ。
「そうだな。…アルフレド、地図を見ろ。今、俺たちって北東目指してるだろ?」
「あぁ。順路もそうなっているが、チェックマークは…」
「しばらくは必要ないと思ったから省略した。それにその場所は俺が言わなくても…って、何でもない。北に真っ直ぐ行くと何もない湖があるだろ。そこも休憩ポイントだ。ただ、湖の奥の林に今は近づかないようにして欲しい」
そう言って、レイは北の林を指さした。
今は立ち寄っても何も起きない。
逆に言えば、今ではないだけ。フラグが立つとイベントが発生する。
休憩ポイントがあって何もない、それだけで何かあるのではというメタ読みも出来る。
実は魔王城に入るために必要なオーブ集めで立ち寄る。
ただ、その時点でレイは居ないから、彼にとっては関係のないし、それを知っているヒロインが仲間になる。
「行くのはいいが、道中のモンスターの出現率が高くなるぞ」
アルフレドが一瞬振り返って彼に報告をした。
だが、その瞬間、レイの脇腹に衝撃が走る。
左脇腹だからフィーネの仕業だろう。
「ふ。なんだ、勇者って呼ばれてるくせに怖いのかよ? 尻尾を巻いて逃げ出してもいいんだぜぇぇ? なぁ、エミリ。こいつはただの臆病者だぜ。俺と一緒に休憩しちゃうかぁ?」
「うん‼休憩ポイント、なんか楽しみ!」
「ちょっと…。エミリ。コイツの言ってる休憩って…、まぁ、いいわ」
レイの中で、だんだんとレイモンドが何を考えているキャラなのか分からなくなっていく。
これがゲシュタルト崩壊か…と、新島は心の中で溜め息をついた。
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