第14話 宿屋は描かれないからこそ浪漫がある。

 レイは赤毛の少女を見て、首を傾げた。

 最も落としやすい、という可哀そうなレッテルがリメイク前後ともに貼られている女の子だ。

 でも、そんなことを言ってはいけない。

 彼女は人懐っこいだけじゃなく、レイモンドに侮蔑の目を向けない。

 この子は純粋に優しいのだ。落としやすいんじゃなくて、迷えるプレイヤーを受け止めてくれる。

 次、プレイする機会があれば、正座をして攻略しよう。


 ただ、エミリが作中でレイモンドに恋する展開はない。

 残念ながら存在しない。


「次はエミリか…。どうなってんだよ、この宿屋」


 っていうか、俺が見た時は仲良さそうに相席してたじゃん‼

 こうなってくるとそっちの方が気になるわ‼


 この個人面談だって作中には登場しない。

 とは言え、宿屋の一泊はプレイヤーの補完次第では、様々なドラマが描かれる。

 昨晩はお楽しみでしたね、などとセリフを入れなくとも勝手に補完する。

 ドラステでも、仲間の人数に対して、部屋の数が足りてない。

 こりゃ、色々お楽しみでしょうよ、と思うしかない。


「レイ君がこっちに座ったからじゃん」

「エミリ、よく考えろ。ここは外で暗がり。そして俺はお前を厭らしい目で見ている。今か今かと涎を垂らしている」


 レイは自慢の三白眼を少女に向けて、自慢の厭らしい顔で、可憐な少女、だが怪力のエミリに警告した。

 フィーネには、厭らしい表情でと言われている。

 アルフレドには、エミリには優しく接して欲しいと言われている。

 真逆の要求をされて、新島は混乱している。


「レイ君はそんなことしないもん。アタシ、ちんちくりんだし」


 流石にそれはない。寧ろ、浪漫の塊。

 そもそも、エミリがどうしてここに来たのか分からない。


「俺は多分、いや間違いなく見ているけど。だから、俺は狼なのであってだなぁ」

「違うもん。時々は視線を感じるけど、レイ君のそれって……ムッツリ系。」

「は?ムッツリって…」

「うん。ムッツリ目線」


 飲み物を吐きそうになった。

 ある意味で彼女には、ちゃんと卑猥な目線が伝わっていた。

 だけど、そうじゃない。

 これもまた、先入観が邪魔をしている。

 そもそも、エミリはスタト村の存在さえ知らないのだ。

 レイモンドの諸悪の歴史を知らずに、出会ってまだ一日。 


「でも‼それはそれでダメじゃん‼俺は気持ち悪いであってるじゃん!で、その通り、ムッツリな目でお前を見てる。それと。フィーネとアルフレドとは今後の打ち合わせをしてただけ。俺が次の街でどうやって別れるかって段取りだけどな」

「ふーん、ほんとにそれだけ?でも、無害系のムッツリだし。あれが演技って自白してるし」

「ぐ…は…。しまった…」


 なんなの!この子!

 たった数回の会話で、自白させられたんですけど!

 くっ。やっぱり俺にはレイモンドの才能がない。

 やっぱ、アルフレドが単に節穴で恋盲状態だっただけだ。


 だが、ここから少女の言葉が斜めへ、そして上へと飛んでいく。


「レイ先生!私思うんだけど!あの二人はレイ君についてきて欲しいって考えてるって!!それなのに先生は本当にお別れしちゃうの?」

「ちょっと待て。なんだ、その先生呼びは!」

「それはそうじゃん。私にとってはレイ君は先生だよ。レイ君は私の両親を助けました。私にモンスターの狩り方を教えてくれました。あの二人も言ってました。先生に情報収集の仕方やパーティ編成の組み方を教えてもらったって。これ、誰がどうみても、みんなの先生だよね?」


 それはそう。

 レイモンドになったとはいえ、ここまでプレイヤー目線で指揮棒を振ってきた。

 自分自身が生きていくために、色々と確かめる必要があったとは言え、だ。


 でも、この言葉は万能。


「俺が死にたくなかっただけだ。こんな情けない俺の在り方を、二人は快諾してくれた。次の街でお別れだから、先生も終わりだよ」

「死にたくない…から。本当にいなくなっちゃうの?そんな…」


 ぐ…は…


 アルフレドとは少し毛色の違う単純さだった。

 赤毛の少女は、単に悲しい顔をする。


 これが一番効くな。俺の都合でエミリを引っ張り出しておいて、俺はさっさとパーティから抜ける。でも…

 

 どうにもできない。

 だから、彼は心を鬼にして少女を突き放す。


「最初からそう伝えた筈だ。その…、悪いとは思っている。だから、ネクタに着くまではちゃんと教える…から」


 絶対の絶対に、ネクタでパーティから離脱する。

 これは皆の為、世界の為。


「分かってます。ただ、寂しいなって思っただけで…」


 ガハッ


 レイは喀血しそうな精神的ダメージを喰らう。

 健気な少女は、ちゃんと受け入れていた。

 ダメージを喰らった理由は、二人の身長差だった。

 小さな体を震わせて、寂しくても懸命に笑顔を見せる。

 なんとも愛おしい少女なのだろう。


 そして銀髪の精神が揺らいだ時、エミリの小さな口が紡ぐ。


「…だから、嫌な男の演技を続けてください」

「勿論、嫌な男の演技を続ける…、…って、なんで?」

「アタシがちゃんとアシストしますからね!」

「いや、だからどうして‼って、もういないし‼」


 演技を続けてくださいの時には、少女は立ち上がっていた。

 アシストしますのところで、エミリは宿の屋内に姿を消していた。

 流石はちっちゃな体で、大斧ブンマワシ系少女。


「さっきの話から、なんでレイモンドモードに繋がったんだ?はぁ…。最低難易度って言ったやつ、誰だよ。終始翻弄されっぱなしだったんだけど」


 とは言え、流石にこれで終わり。

 これで漸く、最後の夜がやってくる。

 銀髪長身男は、空を見上げた。

 予想通り、この世界観での夜は本当に暗い。

 だから、綺麗な星空が広がっている。


 ——そして、お星様に悩みを打ち明けた。


「俺、明日から全員公認の下で、嫌な奴を演じなきゃならないみたいです。意味……分からないです…。意味って、あるんでしょうか…」


 星空は変わらず、美しいままだった。


     ◇


 ぐっすり眠りたい、だから個室にした。

 そんな理由だったら、どれだけ救われただろう。


「寝ないと駄目だ。痛恨の一撃で死んでしまう世界だぞ」


 レイモンドとして目が覚め、最初に寝たのがエミリの家で良かった。

 一度しか寝ていないから、今回は大丈夫だと良いのだけれど。


「壁の厚みは…、ちょっと心配だな」


 体を洗い、髪を洗い、レイモンドの一張羅を軽く洗い、ハンガーにかける。

 次の朝には乾いている。やっぱり、ゲームの世界だ。


「エミリの家は布団もいっぱいあったから助かったけど」


 俺はあの日、悪夢を見た。


『げへげへ……フィーネちゃん。フィーネちゃんはぁぁぁ。俺様と一緒にいたいだろ?』


 そして自分の声で目を覚ました。

 理由は分からない。いや、普通に考えたらレイモンドになったストレスからか。


 新島礼は何度も、何度もこのゲームをプレイしtた。

 そして俺は、そのゲームの悪役の一人レイモンドになってしまった。


 何度も見たから、鮮明に覚えているから…


『へへへ、殆ど裸。たまんねぇなぁ。じゃあ、フィーネちゃん。お目覚めの時間だよ』


 夢は勿論、アルフレドの目で。

 その部屋の様子はモニターに映されてて、思い切りレイモンドを罵倒した。

 そこでまた、自分の声で目が覚めた。

 だから、何枚も何枚も布団を被った。


「そんなの聞かれたら…、俺は…」


 たった一日悪夢を見ただけ。

 今日は大丈夫かもしれない。

 それでも怖いから、エミリの家から布切れを何枚も拝借してきた。


「大丈夫だって。俺は明日で解放されるんだ」


 この体に纏わりつく呪いカットシーンが消え去ってくれることを願う。

 そして、窒息するかもしれないくらい、頭に布切れを乗せる。


 睡眠は絶対に必要だ。

 次はレイモンドの豪運ではなく、悪運の方を引くかもしれない。

 ミスは許されない。

 死ねば助かる?馬鹿を言え。ここは俺が大好きな世界だぞ。


 …アルフレドに世界を救わせて、俺はクリア後世界を堪能するんだ。


 そして、俺は眠った。眠れないかもと心配したけれど、体の方は睡眠を欲していたらしい。

 疲れ切っていたから、深い眠り。大地にめり込む、大海に沈む。


 だから、大丈夫だと思った…のに

 

「ぶ、ぶぶぶぁぁぁぁぁぁぁ!な、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」


 レイモンドは下腹部を押さえながら膝から崩れ落ちた。

 下の角の代わりに下腹部からはドラゴンのような尾が突き出ていた。

 

「痛ぇ!な、俺の腕に何を……、いだあぁぁぁい。痛ぁぁぁぁ、だのぶ、だずげで……」


 俺、アルフレドはどうしようもない悪が死ぬ瞬間を見ている。

 四人のヒロインがそれぞれの服一枚を脱いで、フィーネの体を覆い隠す。


 憔悴しきったフィーネの目線の先には、銀の毛が散らかった肉の塊が転がっていた。



「かはっ!」


 そこで俺は目を覚ました。

 口の周りを覆っていた布切れは、そのまま。


「う…。苦しい…。はぁ…、はぁ…、はぁ…」

 

 レイモンドはフィーネを拐かすために、催眠薬を使う。

 魔族から手に入れた薬で、ヒロインさえも操る強力なもの。

 フィーネはレイモンドの操られてしまい、建物の一室に誘われる。

 ネタバレになるが、そこがこのゲーム最大の妄想ゾーンである。

 画面は暗転し、文字と音声だけがプレイヤーに与えられる。


「こんだけ息苦しかったから悪夢を見た?でも、絶対に寝言を言ってた…」


 ここから先は見せられない、見せられないなら、と妄想が捗る。

 だから、この瞬間。プレイヤーの中でレイモンドという悪が完成する。

 その後に無惨な死に方をする彼に対して、抑圧からのカタルシスを感じるか、ただヒロインを穢されたと憤慨するか、薄い本で補完しようと考えるかはプレイヤー次第である。


「ったく。ゲームのやり過ぎだ。でも…」


 寝たような、寝れていないような。

 昨日の夜のカウンセリングタイムが無ければ、もっと眠れたかもしれない。

 でも、それだけ長くの悪夢を見たかもしれない。


「眩し…。新しい朝。…ほんと、希望の朝…だな」


     ◇


「アルフレド、ここでアーモンドの、親父の剣を売るぞ」

「いいのか?前も聞いたが、これはお前の…」

「しかも骨董品でしょう? こんなところで正しい値段で買ってくれるとは思えないわ」


 最近のゲームは、色々考えられている。

 場所によって、いや時間帯によっても売値が変わるシステムだったり、店主の持ち金が有限だったりと、リアルを追求していたりする。

 恋人の形見の羽帽子で一スロット分無駄にしたりしないよう、大事なものリストを作って売れないようにしているものもある。

 父親の形見の剣は大事なものリスト入りしても良いアイテムだ。

 だが、このゲームにそんなシステムはない。


「そこは問題ない。世界中何処でも1000Gで売れる。アルフレドは俺に持たせてくれたショートソードを使うと良い。代わりに俺の為に棍棒こんぼうを買ってほしい。棍棒はコスパいいからな。あと、エミリが持ってる鉄斧は今のとこ最強だ。だから、エミリはそのままでいい。フィーネには護身用ナイフを持たせるのが定番だな」


 あの店主は無限に金を持っている。

 これが昔ながらのJRPGだ。海外製のRPGの一部には店主を襲って金品を奪えるものもある。

 この世界ならソレも出来そう…なんて思うけどやらない。


 愛着問題で言うならば、レイモンドの父アーモンドは作中に登場しない。

 そして。プレイヤーはレイモンドに好感を持っていない。

 だから、この剣は換金アイテム扱いされることが多い。

 売れない症候群の方々は、半端な攻撃力のアーモンドの剣で埋められたアイテムスロットで苦しむかもしれないが、新島礼は即売り派である。


「ここからが重要なんだけど、確率がコマンド形式とは違う気がする。だから攻撃力よりも防御力を優先した方がいい。売ったお金でレザーアーマーが人数分買える筈だ。あと盾枠にバックラーは欲しいな。街でお別れする俺の分も出来れば買って欲しいんだけど…、残念ながら俺は装備出来ないからな」


 道具屋の目の前で商品を見ながら話をしているので、店主にも丸聞こえだった。

 だから、レイは言った後に少しだけ後悔した。

 凄みを利かせれば、もっと高値で売れたかもしれない。

 この世界の人間は、一応意思を持っている。

 ただ、昨日全員に演技がバレていたことが判明したばかりだ。

 やはり余計なことは考えない方が良い。


「店主。その鎧を少し改造できないか?」

「な…、ちょっと待て。アルフレド。だから俺は」

「金ならここにある。それでどうにか出来ないか?」

「そう言われましても…」


 アルフレドは道具屋店主にゴールド袋をチラつかせた。

 そこで、レイは目を剥いた。

 改造システムはドラステワゴンに存在しない。

 だから、その発想がゲームキャラから出たことに驚いた。


「長さを調整するだけでいいじゃない」

「多少は調整できます。ですが、お連れの方は私が見たこともないほど大柄です。流石に難しいでしょう」


 再び、レイの瞼が開かれる。


 モブも生きてる。…いや、生きてるのは当然か。こうやって話すことが出来るんだし…、痛っ…、…あ…れ?


 その時だった。

 不意にレイの脇腹に衝撃が走った。

 痛みがあったのは左脇腹で、右にエミリがいる。

 アルフレドは目の前だから、これはフィーネからの合図。


「アルフレド、どいてろぃ。これでどうだ。ほーら、庶民どもに価値が分かるか知らねぇが、アメラルドっつー宝石だぁ。あぁぁ?さびれた道具屋にゃぁ分からねぇかぁぁ?」


 レイは一張羅の一部を剥ぎ取り、道具屋のカウンターに叩きつけた。

 すると、道具屋店主は「ひ…」と叫び、尻餅をついた。


「わ、分かりました。分かりましたからぁ‼でも、革の鎧三つ分は頂きますからね‼」

「その程度で済むのかよ。やりゃあ出来るんじゃあねぇか。…どうだ、フィーネ。俺様は恰好いいだろう?」

「かっこいい…。とでも言うと思ったの? そもそも、それは村の貯金でしょ? エミリ、騙されちゃダメよ!」


 道具屋店主がおろおろしながら、革の鎧の解体を始める。

 結果的にレイモンドの怒鳴り声で、威圧に成功したらしい。


 っていうか、フィーネ。なんでこのタイミングなんだよ‼

 まぁ、結果的に?ゲームでは在り得ないレイモンドの革の鎧が完成したわけだけど


「えっと、店主さん。あり…有難うございます。ほら、アルフレドも買い物しろ。特注を急遽作ってくださるんだぞ」

「そうだな。道具屋の…そこの人。レイが言ったように見繕ってもらえないか?俺は既にレザーアーマーを着ているから、後は二人分でいい。それからバックラー四人分。護身用ナイフと棍棒を一つずつだ」


 そこで今度は右脇腹に痛みが走る。

 しかもモンスターがぶつかった時よりも痛いから、絶対に筋肉女エミリの肘鉄だ。


「ちょっと待てよぃ、 アルフレドぉ。その剣はぁお前にやったつもりはねぇよ。俺様は超絶イケてるエミリちゃんの為に大事な親父殿の剣を売るんだぜぇ。俺様の大事な大事な親父殿が、泣きながら稼いだ金で漸く買ったんだぁ。本来なら1500G以上する代物だぜぇ?俺様はまだアルフレドから礼の一つも貰ってねぇんだがなぁぁぁ」


 すると、アルフレドは険しい顔で、レイに詰め寄り耳元で呟いた。

 

「レイ、約束が違うぞ。それにいつものキレがない」


 そんなこと言われても、もはやカオスもいいところだ。

 道具屋の店員が皆、騒然としている。


「グッ……。おうおうおうおう。俺様はフィーネの為にお宝を奮発してんだぜぇ?」


 だがまだ続く。また、誰かが脇腹を攻撃した。

 そういえば、朝から三人の様子がおかしい。


 俺の寝言が聞かれた?いや、そういうんじゃなくて


 レイが個室にしたことが影響していた。

 結局、三人は考えを内に秘めたまま、考えすぎてほとんど眠れていない。


「みんな、落ち着け‼外にも人が集まってるから! えと、とりあえず道具屋さん、本当にす…、すけべぇかよ。俺様は見せもんじゃあねぇんだぞ‼」


 そんなこんなが、四回か五回続き、


「もう、これ以上は何もありません‼どうか、帰ってください‼二度と来ないでください‼」


 きっちり追い出された。

 やっぱり、ただのモブなんかではなく、心を持つ人間だった。


 これは俺がパーティ離脱するため。そもそもゲームだ。ゲームだから現実じゃない。

 でも、アーモンドの剣が1500Gで売れてるし。

 あくまで勇者行為の範疇ってことで…


 長閑のどかな宿場町に突然現れた情緒不安定な銀髪の男、しかも極悪ヅラのレイモンド、これは勇者行為ではなく、蛮族の立派な押し売りである。

 昨日は人々がわざわざ出迎えてくれたのに、今は目を逸らしてどこかへ消えていく。


 もしかしてネクタの街まで続くのか?…お天道様、俺、頭がおかしくなりそうです‼

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