第13話 先の展開を知らなければ、幼馴染一択じゃない?

 夕方に辿り着いたから今は夜。

 突然話しかけられて、椅子から転げ落ちる大男。

 その反動で、飲み物やら食べ物やらがテーブルから浮き上がる。


「カマイーター。…もう、危ないじゃない」


 小さなつむじ風がクッションになり、大切な食糧は落ち着きを取り戻す。

 だが、レイはずっと心臓バクバク。

 警戒していた筈なのに、頭が熱くなっていた。

 もしくは、二日間の疲れが出ていたのかもしれない。そもステータスが違う。


「ここ、空いてる?空いてるわよね」


 ゆっくりと腰を下ろす空髪の少女。

 外は暗いが、彼女の髪はキラキラと輝いている。

 

「フィ…、フィーネ、お前」


 少女は、向かいの席に座り、白目に近い半眼で睨む。


「ね。…貴方、何者なの?」


 それはあまりにも唐突な質問だったから、レイは固まった。


 俺は何者…


 振り返る。0話、1話辺りで覚えている記憶を引き摺りだす。

 どうやら、話してはいけないという制約はない。

 でも、簡単には答えられない。

 レイモンドと答えればいいのか、レイと答えればいいのか、新島礼と答えるのがいいのか、ゲーム内転生を説明すればいいのか。


「俺はレイモ…、えっとレイ」

「それくらい知ってるわよ。でも、そういうことを聞いてるんじゃない。分かるでしょ」


 次はこっちの世界に来てからの話。

 ここはゲームの世界で、自分はそのプレイヤーだったから、全部を知っていると正直に言う?

 新島礼が知る前の世界でソレを言う奴は、おかしなやつだと認定される。


 ——でも、それが辿り着く先は


 自分がアルフレドだったなら、どれだけ良かったことか。

 あらん限りのことをして、証明してみせる。

 レイモンドは悪い奴で、裏切り者で、アイツのせいで君の尊厳が奪われると言えばいい。


 自分が悪者にならない未来、輝かしい主人公だったら、こんなに迷わないよ‼大して考えないよ。

 だって、俺はその悪者のレイモンドなんだ。

 でも、あと少し。だから、絡んでくるなよ‼


 そして、練習しているレイモンドモードを発動。 

 じっくりとねっとりと、フィーネの体を舐め回すように見る。

 これで彼女はドン引きして去っていく…筈だった。


「相変わらずね。そうやって私の体をジロジロ見て」

「どうだ。なんたって、俺はあのレイだからなぁぁあ」


 だが、何故か彼女は去ろうとしない。

 もしかしたら疲れがでて、気合が入っていないのかもしれない。


 だったら、言葉で…


「そうだ。今からスラドンを捕まえて来てやる。あれは新感覚だった。あんな使い方があったとは」

「まぁ、厭らしい。…でも、無駄。まぁ、男の子だし? その感情は本当なんだろうけど」

「そう…だ。ローション塗れのフィーネ、ねとねとのヌルヌルだ」


 なんだと?そんなことが出来ちまうのか?

 絶対に良いものだ。うん、ぜぇぇったいにやるべきだ…、ってアルフレドなら本当に出来ちゃうんだろうな…


「本当に厭らしい男ね。…でも、無駄よ。私の服が一番透けてた時、貴方は目を逸らしたじゃない」


 レイは厭らしい顔のまま目を剥いた。

 それは確かにその通り。

 けれど、ここもグッと我慢をする。


「あ、あれは、自主規制のビームが心配だっただけだ」

「自主規制?びぃむ?意味が分からないことを言ってるけど、それってつまり…」


 メタ発言が通用する筈もなく。


「ま、間違えた。あの森を抜けて、じっくり見ようと思っていただけだ。いやぁ。最後は命がけだったからな。流石に」

「あの時、この辺りは比較的弱いモンスターが出るって言ってたの、あれはレイでしょ? 戦い慣れていないエミリを鍛えるって言ったのもレイ。Q.E.D、証明終了よ」

「ぐぬ…。あそこはジロジロ見るが正解だったのか…」

「不正解に決まってるでしょ。それに何者?って聞いたのは、半分冗談だし。だって私には心当たりがあるもん」

「へ…。冗談?心当たり…?」


 証明は終了した、この言葉でレイは完全に諦めた。

 彼女はずっと監視していた。

 

「そう、心当たり。アルフレドが木刀であなたの頭を殴った後からでしょ。当たりどころが悪かったから、おかしく……。おかしくは変ね。おかしくなくなったのよ」


 レイの目が一瞬剥かれた。

 でも、即座に瞑目。彼女は核心には届いていない。

 確かにその瞬間で間違いないが、それが何だと言うのか。


「ね。大正解でしょ。でも、それは別に良くて。…私が聞きたいのはこっち」


 何を言われたって、未来は変わらない。

 シナリオの強制力がある限り、ゲームのイベントがあると知っている限り、フィーネはレイの破滅を齎す存在だ。


「ねぇ、どうしてまともになったのに、ワザと嫌われるような態度を取っているの?」


 形の良い胸を押し上げるように腕組みをして、空色髪の美少女が覗き込む。

 でも、何も言えない。フィーネには一番言えない。

 だから、彼が吐けるのは


「死にたく…ないんだ…」


 弱音だけだった。

 どこまで観察されていたのか分からない。

 何を言っても証明終了されそう。

 だから、思いの根源部分を吐露した。


「え?死にたく……ない?」


 すると、フィーネは目を剥いた。

 それから難しい顔、険しい顔になって、スッキリとした顔になった。

 そんなフィーネの百面相も、


 こういうところもヒロインだなぁ

 アルフレドだったらなぁ


 と感じてしまう。


「俺は死にたくない」


 そして、この後のヒロインの言葉も、やっぱりヒロインのものだった。


「うん、そっか。死にたくない、って思うのはごく自然のこと。冒険に出るか出ないかは、本人が決めること。それに、私のせいでレイはスタト村を追い出された。ゴメン…。感謝する前に、あっちを先に謝らないと…だったわね。それなのに嫌われ者のフリをして…、あんな奴、別れてせいせいした…って思えるように」


 フィーネの切ない顔にレイは息を呑む。

 いくつか間違ってはいるが、大事な部分を彼女は理解してくれていた。


「俺は…生まれてずっと迷惑をかけてきた。追い出されて当然の男だ。アレはフィーネのせいじゃない」


 十数年の嫌われ者ムーブは変わらない。

 あれ、俺は何を考えてるんだ。世界が始まったのは、あのオープニングバトルからだろ?

 強制力でここまで来たわけで…


「ふふ。それはそうね。アンタには悪いけど、殴られる前のアンタは本当に酷い奴だったから、その言葉は素直に受け取っておく。でもね、私たちを見縊みくびらないで。私もアルフレドも戦いたくない人を無理やり戦場に連れ出すような真似はしない」

「そうだったな。ちゃんと死にたくないって言えば良かった」


 だって、それは根源にある本当の気持ち。

 その気持ちだけ伝えれば良かった。

 そういう奴らだって、俺は知っていた筈なのに


「あー、すっきりしたー。元々悪どい顔をしているのは仕方ないにしても、これからは私の前では・・・・・、演技しなくて良いからね。」


 なんて恰好悪いのだろうか。

 流石はフィーネだ。一発で解決してくれた。

 眼からドラゴンの鱗が落ちた。


 間違いなく、ボロリと…、ん?

 なんか、今。妙な部分が強調されてなかった?


「私の前…?」

「そ。私の前でだけは演技しなくていいわ。だってエミリはアルフレドより貴方に懐いてる。恋に落ちかけてるかも。これは不味いわね」

「はい?」


 痛い痛い痛いと心が叫ぶ。

 ドラゴンの鱗は目に入らないって!と訴える。


「あの子の馬鹿力は知っているでしょう?私には引き剥がせない。アルフレドだって怪しいわね。無理やり連れて行かれるかも。念のために、ネクタまではその厭らしい感じを続けた方がいいわよ。でも、大丈夫。私はちゃんと分かってるから、私に嫌われた、なんて思わないで」

「いやいや、ちょっと待…」

「シッ…。私、そろそろ戻らないと…。大丈夫、協力するから」


 そして、フィーネは足早に店の中に戻っていった。

 何かに勘付いたような素振りで、帰っていった。


「協力ってどういうこと?…って、行ってしまった」


 まぁ、いいか。

 多少スッキリはしたし、フィーネの前では本音で話せる。

 それは確かに有難いか。


 ただ、ここで話は終わらない。

 少女は何かに気付いて、ここを離れた。

 つまり。


「レイ、ここに居たのか」

「アルフレド…。今度はお前か」


 勇者アルフレドがやって来た。

 彼は、まだ暖かさが残っているだろう椅子に座った。


「今度は…ということはフィーネがここに?」


 そして勇者の怪訝な顔に、レイは少しだけ戸惑った。

 とは言え、フィーネが話したのはエミリの動向だ。


「いや、実はさっきすれ違ったんだ。それにレイを責めるつもりはない」

「…」


 普段とは違う気がするアルフレド。

 と言っても、新島礼目線だと昨日の朝に会ったばかり。

 以前にも話した通り、勇者の性格は設定資料集でも多くは語られない。

 だから、フィーネとは違う緊張を感じて、レイは座りなおした。


「…それで勇者様が何の用だ。俺をネクタの街に移送してくれるんだよな?」

「正直言って、俺はお前と別れたくない」

「はぁぁあ⁈」


 再び椅子から転げ落ちそうな衝撃の言葉だった。

 それを見た金髪の美青年は、溜め息を履いて、軽く笑った。


「冗談だよ、半分ね。正直に言うとって意味だから。レイは頼りになるから、そう思うのは当たり前だ。でも、約束も覚えているし、これは俺が始めた冒険だ」


 爽やかな笑みに嘘はなさそう。

 というより、正義感が強いという部分が反映されてるなら、嘘ではない。


「ビックリさせないでくれ。フィーネにも言ったが、俺は死にたくないんだよ」

「そうか。死にたくない…か。ある意味でお前らしいな」


 ここで新島は、はぁ?という言葉をどうにか諫めた。

 フィーネは殴られた衝撃で変わったと言ったのに、アルフレドはお前らしいと言った。

 でも…


 んー、確かに‼死にたくないから冒険は嫌だ!はよく考えてみれば、レイモンドが言いそうな言葉だ。

 俺は、ゲームを知っているから、一緒に冒険するものだと決めつけてたけど、そっちの方がずっとレイモンドらしい。


 フィーネとアルフレド、二人ともがレイを観察していた。

 そして、考えていることも違っていた。


「フィーネが何を言ったか知らないけど、レイは無理をしなくていい。演じないで、そのままのレイでいてくれ」


 だが、流石はアルフレドだ。

 ちゃんと、気付いてくれていた。


「つまり、エミリの前では演技を続けろ…と」

「エミリ…か。そうだな。エミリはいいか…」

「…ん?」


 あれ?なんかおかしな言い方。

 

「エミリはいいとか、そういうのは良くないぞ、勇者様」

「いや、そういう意味じゃなくて。それに勇者って…。俺は勇者じゃないぞ。あの時だって」


 確かに。勇者と知るのはネクタの街。

 彼は初見プレイヤーのようなもので、ネタバレは良くない。

 とは言え、この感じ…


 そこでレイの頭部に落雷。


 このアルフレドはもしかしなくても…


「お前、もしかしてフィーネのことでここに来たのか?フィーネが言ったんだぞ。エミリには演技を続けろってな」

「な…。フィーネがそう言ったのか…。そうか…。レイはエミリに懐かれてるし…。それで、なんて返事をしたんだ?」


 主人公様はフィーネルートを選択中。

 となれば、この感じ。この会話はすれ違っている。


 そ、そういうことか‼危ない。俺じゃないと見逃してたぞ。

 こいつはフィーネと逆の意味で、演技という言葉を使ってる。

 確かにステータスの賢さはフィーネの方が上ってことか。

 バカ…というか、馬鹿正直で正義感の強い純粋で純情なのがアルフレドか。

 いつも良くしてくれてるし、アルフレドには…、いや、待てよ


「なぁ、お前。もしかして」


 レイは自分の為、彼の為に真剣な顔で話し出す。

 純粋で純情な将来の勇者様に語り掛ける。


「…フィーネのことを気になるんじゃあねぇか?」

「ちょ、何を言っているんだ。俺は…本気で…世界のことを…」

「隠すなよ。昔っからそうだったじゃねぇか。俺が気付かないとでも思ってんのか?」

「それをお前が言うか‼お前だって…、…同じ…だろ?」


 ビンゴだ。

 固定観念とは恐ろしいとは恐ろしい。

 アルフレドは真の初見プレイヤーで、事前情報どころか、パッケージの絵もゲームタイトルも知らない。


 ドラゴンステーションワゴン〜光の勇者と七人の花嫁〜


 これって、まんまネタバレなんだよな。

 プレイヤーは七人のヒロインがいることを知ってる。

 でも、アルフレドはエミリを知らないだけじゃなく、更に五人も魅力的なヒロインと出会うことを知らない。

 そりゃ、幼馴染ルート一択になってしまうよな。

 そこでさっきのフィーネの単独行動が重なれば…


「分かるだろ、アルフレド。俺はネクタまで一人にされたくなくて、必死で演技してたんだよ」

「レイの様子がおかしいのはそういうことだったのか。そのギャップがフィーネを惑わせて…」


 フィーネより、随分と観察眼に劣る。

 これって、恋は盲目ってヤツか。


 恋愛弱者の新島礼が言える立場ではない。

 だけど、こっちの世界の恋愛フラグは熟知している。

 だからこそ、ここで主導権を握れる。


「…分かった。約束を守ってくれるんなら、今まで通りの俺でいよう。命と引き換えにとなれば話は違う。協力する、いや応援してるぜ」

「応援…か。…良かった。このモヤモヤをどうしたらいいか、分からなくて…」

「ってことは、なんとしても俺はネクタで離脱しねぇとな」

「あぁ。その約束は守る。それに安心しろ、俺が必ず世界を救う。お前の分まで頑張るよ」

「頼んだぜ、アルフレド」

「気にするな。俺とお前の仲じゃないか。」


 トラブルが発生しないと、渦中に飛び込まないとゲームにならない。

 だから主人公は、真っ直ぐで騙されやすい性格にしておくと、都合が良い。


「じゃあ、今日はゆっくり休め。ネクタまではよろしくな」

「分かった。…でも、そっか。フィーネはエミリに気を付けろって言っただけか。そうか、そうか…」


 立ち上がり、ぶつぶつと嬉し気に独り言を言う勇者様。

 そんな彼を見送り、レイは大きく息を吐いた。


「はぁぁあああ。…これでアルフレドは積極的に俺を手放す筈だ。流石にこれはウィンウィンの関係だから信用できる。羨ましいって気持ちがないわけじゃないけど」


 アルフレドのパートナー分岐はもっともっと先、エンディング手前にある。

 そして現状の二人は幼馴染、もしくは兄妹に近いの関係。


 でも、それを知らないのなら、気心知れて、しかも美少女のフィーネを選ぶ。

 そしてそれはフィーネも同じ筈。

 

「フィーネもフィーネだよな。アルフレドに何を話すか言ってから…」

「やっぱりフィーネも来てたんですね…」

「へ?」

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