第17話 恋愛弱者男子二人と本心を見せない女子二人

 エミリは意味不明の言葉を貰って嬉しかったのだろう。

 ブーメラン殺法を連発して、葦の原は一斉に血の果実を実らせた。

 アルフレドは剣と魔法を駆使しているし、フィーネも今覚えている攻撃魔法、大鎌鼬カマイターゼを駆使して悪魂ホルビッツを切り刻んでいる。


「それにしてもアルフレド、気合が入ってるな。やっぱり目的がはっきりしてるのって大事なのかも」


 ゲームの話に戻ると、今のパーティはバランスが悪い。

 前衛と後衛で二人ずつに分かれるバトルシステムなのに、前衛が三人で後衛が一人というのが今の編成だ。

 アルフレドとエミリの方がレイモンドよりも強いので、レイモンドはその巨体を活かすことができない後衛に回される。


 という設定で俺は後ろにいる。んー。次の街のことも教えないと


 そして、次の街では後衛キャラが仲間になる。

 だから、レイモンドの行き場がなくなる。

 だから、ここを選んだのだ。


「レイ、そろそろ大丈夫そうだ。北の休憩所に向かおう」

「了解、これからもパーティの指揮はアルフレドにお任せし…。ぐ…。ぐへ、ぐへへ。フィーネ、休憩だってさ。休憩に行くか? フィーネは鎧の手入れ、俺は棍棒の手入れを……」

「そのエノキ、引っこ抜かれたいのかしら?」


 レイは普通に会話したつもり。

 だが、途中から意味不明な文言に変わった。

 意味は分かるのだけれど、体が勝手に反応した。

 横にエミリがいて、横腹をつつかれた。

 そして、驚愕する。


 今のって自然にレイモンドが出た?

 レイモンドのモード、レイモンド・モードが勝手に?

 レイモンドにそんな固有スキルはないっていうか、レイモンドはそのままでもレイモンドだ。


 ここでついに覚醒、というよりパブロフの犬の完成。

 ここから先は、レイモンド・モードではなく、レイモードと呼ぶことにする。

 フィーネに追撃の罵声を浴びながら、レイはエノキをしまった。

 いや、そもそも出していないから、心のエノキをしまった。


     ◇


 澄んだ泉が湧く幻想的な空間、ここにも例のオブジェが鎮座する。


 女神を象ったオブジェは、このゲームの世界観の一つだ。

 女神メビウスは魔王の出現に危惧して、光の勇者をこの地に遣わした。

 彼女はエンディングで勇者、そしてそのプレイヤーに向けて祝福のメッセージを送っる。

 それくらいしか登場しない。


 そもそもプレイヤー目線では魔王を倒すことよりも、推しのヒロインと結婚ができるか、はたまた他のヒロインが来てしまうかの方が重要だ。

 ステータスに好感度が表示されないので、発生したイベントで鑑みるしかない。

 つまり、メインヒロインは最後の最後にならなければ分からない。

 この設定はネタバレを絶対許すまじ勢にとって、苦痛でしかなかった。

 そんなことを思い出しながら、女神像に触れる。

 だがやはり、女神は光を放たない。セーブ画面への移動もない。


 これは前にも試した。でも、今回は目的が違う。

 フィーネに休憩ポイントに行きたいと言われなくとも、ここに向かったかもしれない。


「レイはよくそのオブジェを見ているが、それほど重要なものなのか?」


 そう。光の女神メビウスの加護は勇者アルフレドに与えられる。

 アルフレドと距離が近くなったことで、試せることが増えたのだ。


「あ、そうそう。アルフレドはこれに触っておくべきだ」

「俺が…か?確か、光の女神の像だ。気軽に触って良いとは…」


 実はというより、当たり前だがスタト村に女神像はない。

 スタト村は焼け落ちて、それ以上進めない場所になるから、そこにセーブポイントは置けない。

 だから、出発して直ぐに休憩ポイントがある。

 初めてゲームをする場合、チュートリアルで教えてくれる。


 でも、アルフレドは触っていなかった。


「今までは色々あって教えそびれてたけど、これに触っておかないと、瞬間移動魔法ファストトラベルができないんだ」

「ファストトラベル?」

「触った女神像に一瞬で飛べる魔法。お前専用の魔法だ。覚えるのはまだ先だけど」


 最近のゲームだと最初から覚えているけど、何度も言うがシステム面はゲーム黎明期のモノだ。


「俺専用の魔法…?」


 アルフレドが怪訝な顔をした。

 ゲームをやらない人の反応。


「勇者は光の女神の加護を授かっている。女神の像に飛べる気がするだろ?」

「…レイ。本当に俺は勇者なのか?」

「まぁ、もうすぐ分かる。とにかく触っとけ。俺が触っても意味ないからな」


 主人公以外は広義でも狭義でもNPCノンプレイヤーキャラクターだ。

 NPCが触れて勝手にセーブするなんて、滑稽を通り越してクソゲーだろう。

 マルチエンディングを謳っているくせに、一つしかセーブスロットがない状態で、その辺の村人が勝手にセーブをしたら、プレイヤーが発狂してしまう。

 だから、レイが触れても意味がなかった。


「アルフレド、この女神像に触れてみてくれ」


 今やアルフレドはレイに全面的な信頼を置いている。

 だから彼は何の疑いもなく女神像に触れた。

 すると女神像は光り輝き、無機質な石像が奇跡の機能を取り戻す……、そう思ったが、変化は起きなかった。


「アルフレド、どうだ?」


 彼には特殊なユーザーインターフェースが見えているかもしれない。

 バタバタとここまで来て、やっとその確認が出来る。


「なんと言うか、良い造形だな。気持ちが洗われるような表情をされている…。流石はアーモンド夫妻の息子。芸術も分かるんだな」


 アルフレドが気を遣っているようしか見えない。

 でも、彼がゲームをやらない人だからかもしれない。


「えっと、視界に文字が浮かんだとか、四角い枠が出たとか、そういうのが起きる…こともあるって。女神像だし。奇跡が起きるかもしれないし。アルフレドは神に愛されている筈だし。ちらぁぁぁっと、四角い何かが見える気がしたんだけどなぁ。もしくはなんていうか、ちょっとだけいつもの自分と違う…みたいな、そういうのない?」


 もしもコマンドウィンドウが現れたとして、彼はどう思うだろうか。

 見間違い、幻覚、気のせいとか思うかもしれない。

 でも、それは普通のことなんだよ、という雰囲気で聞いてみた。

 今までは気を使って聞けなかったが、今ならちゃんと聞ける。

 そして、アルフレドが嘘をつくとは思えない。


「レイには何か見えているのか? …すまないが、俺には何も見えない」


 レイはアルフレドを注視していた。

 何も見えないと言う。それどころか


「やっぱり俺は勇者じゃない…んだろう。普通の人間だ」


 と女神像を触りながら落ち込んでしまう。


 やってしまった…。そうだよな。俺の言い方だとそうなるよな。


 そう思った時だった。

 女神像の胸当たりを触った時、アルフレドの顔色がぽわぁぁぁと明るくなった。


「これは…。そういうこと…か」

「ど、どうした?何か見えた?」


 勇者様の変化にレイのテンションも上がる。

 セーブポイントが欲しいかと言われたら、今は首を傾げる。

 死んで、少し前から再開された時、その意志は自分なのか分からない。


 でも、とにかく勇者から世界を知れる。


 すると、アルフレドは頷き、手をゆっくりと放した。

 そして女神像の胸を散々撫でまわした手を見つめた。


「この手に何か残っている。レイ、見えるか?」

「いや、見えないけど、何があった?」

「…手から腕を伝い、頭に光景が浮かんできた。この景色が頭の中に描かれた気がした」


 勇者にしか見えないもの。

 でも、成程。と頷けるもの。


「そういう仕組みだったのか。俺は本で読んだだけだからな。さっき話した瞬間移動魔法ファストトラベルって魔法は、以前に触れた女神像にも飛べるようになる。…ほら、やっぱりアルフレドは特別だ」

「俺は…特別…」


 その曖昧な感覚に気付けたのなら、コマンドウィンドウやメニューウィンドウにも気付ける筈。


 俺には関係ないけどな。ファストトラベルを覚えるのはネクタ以降だし。

 ま、アルフレドのモチベに繋がっただけでも良しとするか。

 でも、ウィンドウは映らないって、結構しんどいな。

 ゲームをしない人が、いきなり縛りプレイって…

 もっと色々教えておくか。

 

「俺しか使えない…。そうなのか。でも、この魔法があれば、いつでもレイに会いに行けるってことだな!」


 そしてアルフレドが嬉しそうに言った。

 本当に嬉しそうに言った。


 うんうん、良かった良かったと、レイは顔を引き攣らせる。

 そしたらいつまでも死亡フラグ残ったままじゃねぇか、と言いたいけれど、彼はいいやつで、素敵な笑顔なのでそんなことは言えない。

 そこまで問題があるわけではない。


 俺があの街『デスモンド』に行かなければ良いだけだ。

 会いに来る分には、別にいいか。迷ったら聞きに来てくれたらいいし?


「それにしても、フィーネ達、時間かかってんな。俺たちの目の届かないところで、鎧を付け直してるんだろうけど、どうにも遅過ぎるだろ」

「うーん。レイは昔から女性に関する知識が豊富だからな。俺には良く分からないが、確かに…、な⁉」


 アルフレドが急に大きな声を出し、そして固まった。

 そしてレイは、彼の視線を追って、同じく硬直した。


「何が…あった?」


 ちょうどフィーネとエミリが出てきたところだった。

 しかも、ニコニコと何やら話をしている。

 そして何故か、手を繋いでいるようにも見える。


 覗かれるかもと思って、遠くで着替えていた?それにしても…、なんで手を繋いでる?


 二人は泉の反対側の茂みで着替えをしていたらしい。

 和解したのだろう、そう思おう。だったら朗報だ。


 アルフレドはフィーネがいればいい。

 フィーネはエミリに気をつけろと言っただけ。

 エミリは二人に気をつけろと言ったけど、意味不明。

 そこが和解したとなると、喜んでいいのか?


「仲直りした…のかな」

「手を繋いで…いる。フィーネは何を考えているんだ?」

「いやいや。女の子は手を繋ぎがちだぞ」

「そ、そうか。だったら、大丈夫か…」


     ◇


 フィーネはここに来る途中、前を歩くアルフレドをずっと観察していた。


 アルフレドとレイが、もの凄く仲が良さそうにしていたのが気になっていた。

 そして、フィーネのアルフレドに対する不信感が確信に変わったのは、レイから自分へセクハラ発言だった。


 アルフレド、私に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。


 どうしてまともになったレイに、そうやって仕掛けさせたのか。

 自分を追い出したいとしか思えなかった。  

 エミリに一目惚れした?

 レイとエミリを連れて、自分を置いていくつもり?

 

 だからフィーネは策を練ることにしたのだ。

 それが休憩ポイントへ行くことであり、レザーアーマーお着替えタイムでもある。


「えー、あんまり緩んでるように見えませんけど。っていうか、フィーネも結構胸あるじゃないですかぁ」

「貴女ほどじゃないわよ。…って、エミリ。そういう話をするためにここに来たわけじゃないの。私は貴女とお話があるの。出会ってすぐだから、まだお互いのことを知らないでしょう?女同士、友情を育むのも良いことだと思うの。」


 フィーネのその言葉に、エミリの目がギラリと光った。


「それはとても良いことですね。と言ってもお話って先生に関することなんでしょう?先生はアタシにとって大切な人です。あ、勘違いしないでください。人間として尊敬しているという意味ですからね。それに恩もあります。だからアタシは先生がしたいようにして差し上げたいんです。でもフィーネは違いますよね? フィーネは先生を口では嫌いながらも、頼りにしています。だから次の街でお別れする気はありませんよね?」


 通常エミリは策を練るとか、罠に嵌めるとか、そういうのは苦手だ。

 だから、彼女はいきなり直球を投げた。

 エミリはレイの顔を生理的に受け入れられない。

 けれど、中身は尊敬している。


「はぁ? なんでそうなるのよ。あいつのことは嫌いに決まっているでしょう? 貴女とは受けたセクハラの回数が違うわ。ま、頭をぶん殴られてから多少はマシになったみたいだけどね。けど! 絶対に一緒になんか行きたくないんだから! 私はアルフレドと旅がしたい…って、思ってた!ちょっと前まで! でも、彼の様子がおかしいのよ。だから貴女と腹を割って話そうって思ったの。で、まずはエミリの気持ちがどうなのか知りたかったんだけど、そういうことなら私たちは言うなれば同士よね?」


 フィーネが捲し立てるように早口で、レイの悪口を並べる。

 その様子をエミリは半眼で見つめていた。


「はぁ…はぁ…。そうですか。ま、そういうことにしときましょう。確かにフィーネとアルフレドはお似合いですしねぇ。で、アタシがレイ先生を引き止めると思ったから、アタシへの嫌がらせをさせていた、と?」

「そういうことね。でも、状況が変わったのよ。私が兄のように慕っていたアルフレド、彼は正義感の塊、そして思いやりもあるし、腕も立つ。顔もかっこいいし、欠点なんて全くない男よ。でもね、ちょっとバカなの。彼、レイがどんなに嫌がらせをしても、それをいつも受け止めていたわ。私はそれを彼が優しいからだと思ってた。でも……」


 そう言って、フィーネは泉の反対側の木の影から、アルフレドとレイ、特にアルフレドに指の先を向けた。


「え、あの二人なにやってるんすか? って、あ、あ、アルフレドが女神像のおっぱい触ってる!先生はまぁ、そのまんまって感じですね。アタシの胸も触りましたし」

「そう。私も今ので完全に確信に変わったわ。あのね、アルフレドは親を知らないの。悲しい過去を背負っている。それでも懸命に頑張ってる姿がとても愛おしいの。けれど…、やっぱりどこかで親という存在を求めているんじゃないかって最近思い始めたの。そしてレイが急にまともになって頼りになる男になってしまった。彼がレイに父性を求めても不思議に思わないわ。今日なんてレイにべったりよ?」


 フィーネはアルフレドのことをよく知っているし、エミリはたった一日の付き合いだ。

 それにエミリの通常思考も単純なので、フィーネの言っていることが本当に聞こえた。

 そしてなにより、女神像の胸を触った後の勇者の恍惚とした笑顔、あれが脳裏に焼き付いてしまった。


「確かに…。アルフレドって結構先生に頼りっきりですよねぇ。それに先生って、ああ見えて人がいいからなぁ…。アルフレドに土下座でもされたら、仕方ないなぁってなるかもしれないですね。うーん。そういうことかぁ…。フィーネがちゃんと先生を嫌っていて、ちゃんと街でお別れしたいって思っているのなら、ここは女同士、協力し合うのも悪くないですね。」

「それなら決まりね。これからレイにはアルフレドを攻めて貰いましょう」

「うーん。なんか表現がおかしい気もするんですけど…。先生にはちゃんとフィーネが伝えてくださいよ?」


 そして二人は握手をし、草むらから姿を現した。

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