第4話 設定資料集を少しだけ紐解いて

 アルフレドとフィーネは、痛々しく焼け落ちた村の中を時間をかけて歩いていた。

 既に一度確認をしたが、あの時はまだ家々が燃えていて視界が悪かった。

 だからもしかすると、まだ生き残りがいるかもしれない。


「ここは大丈夫そうね。…ねぇ、アルフレド。さっきは酷いなんて言ってごめん。私なんかにはアルフレドの気持ちは分からないもん。アイツの行動が意外だったから、つい…」

「そんなことはないよ。あれはどう考えても俺が悪かった」


 さて、ここで新島礼所蔵の設定資料集を少しだけ覗いてみよう。


 ——アルフレドとフィーネの関係について


 二人は仲の良い幼馴染だったが、同時に姉弟という関係でもあった。

 既に登場した設定の通り、この村にアルフレドの両親はいない。

 彼はフィーネが赤ん坊の時に、村の外で同じく赤子の状態で発見された。

 村民は彼を不憫に思い、村全体で育てることにした。

 フィーネと年齢が近いことから、彼女の言えで一緒に育てられた。

 だから、子供の頃は二人とも本当の兄妹だと思っていた。


 とは言え、その関係はアルフレドが物心がついた後に変わっていく。

 

 スタト村には彼と同じ金色の髪の人間が一人もいない。

 姉のフィーネは水色の髪だし、自分の両親と言われていたフィーネの両親も金色の髪ではなかったからだ。


 ——僕の髪ってなんでみんなと違うの?


 そして村長であるアーモンドは決断した。

 アルフレドがスタト村の近くに捨てられていたことを、彼に明かしたのだ。

 村の中には村長を責める者も多くいた。

 だが、アルフレドは怒る村人たちを諫めて、変わらない笑顔を見せたという。


「スタトの人間は俺の家族だ。…でも、本当の家族じゃない。レイのあの顔を見て思い知らされたよ」

「そんなことない!アルフレドはずっと家族で、真実を知っても変わらなくて、それでもみんなのことを家族と思ってて。今日一日でアルフレドの努力はなかったことにならないから。今だって、みんなが頼っているのはレイじゃなくて、村長の息子だし」


 真実を知った後、アルフレドは徐々に変わっていく。

 子供ながらに大人と変わらない身体能力を持っていた彼は、スタト村の誰よりも畑を耕した。

 森に魔物が現れたとなれば、率先して魔物退治に出かけた。

 その度に大人たちは金髪少年に、危ないことはするなと𠮟ってもいた。

 因みに、フィーネも大人に混ざって、何度も彼を叱った。


 ——また、魔物退治に行ってたんでしょ。怒られても知らないわよ。


 そしてフィーネも少しずつ変わっていく。


 アルフレドは日に日に凛々しく、逞しく育っていく。

 まるで宝石の原石のよう、自分達とは違う特別な存在なんだと思い始める。

 フィーネは幼いながらも考えた。彼はこの村に留まるような人間ではない。

 いつの日かどこかに行ってしまうに違いない。


 ——だったら、私も頑張らないと


 そして、そんな二人を煙たく思う人間が一人いた。

 想像の通り、村長の息子であるレイモンドである。

 アルフレドとフィーネよりも三歳年上の彼は、とにかくアルフレドが気に入らなかった。

 喜べ、アルフレド。俺は可哀そうなお前の為に家を用意してやったぞ、とそれらしいことを言って、アルフレドを村はずれの粗末な家に一人で住ませて、孤立させようとした。

 ただ、その時既にアルフレドは捨て子だったと知っていた。


 ——ほんと?ありがとう‼


 なんて本気で喜ぶものだから、一番耕しにくい畑をアルフレドに任せた。

 勿論、それも難なく熟されるわけだが。


 そしてフィーネにもちょっかいを出した。

 森は危険だからフィーネは行くな、と父親を通してフィーネの両親に伝えている。

 とにかく二人の仲を引き裂きたい。彼の頭はそのことでいっぱいだった。


 ——クソ!なんでフィーネはアイツばっかり‼

 

 ただ察しの通り、レイモンドの嫌がらせは悉く失敗している。

 距離が離れたことで、フィーネはアルフレドをより強く意識するようになってしまった。


 とは言え、まだ少しだけ気になる程度の二人。

 だって物語はまだ始まっていないのだから。


 という感じで、話を戻そう。


「アルフレド。レイは…」

「レイとアーモンドさん、カカオさんは血の繋がった家族だ。アーモンドさんの息子のレイを頼っているんだよ」


 アルフレドが何かを考えているのはフィーネには分かる。

 だからこそ、彼女は懸命に首を横に振った。


「そんなこと言わないで。私も村のみんな、アルフレドのことを家族だって思ってる。村長さんだってレイの行動を叱っていたし。レイがご両親とぶつかっていたのは事実だし」

「それはそう…だけど」

「レイ、嘘も大概にしろ。アルフレドをもっと見倣え!って皆の前で村長様は仰ったわ。だから…」

「でも、今回のあいつは嘘を吐かなかった。あそこで俺たちを止めなければ、誰も助からなかったんだ」


 フィーネは宝石のような瞳を剥いた。

 レイはいつもいつも、アルフレドを追い出そうとしていた。

 村長の息子というだけで、仕事をアルフレドに押し付けていた。

 それこそ、危険が伴う魔物討伐にも行かせた。

 でも、今回は違う。


 実はアルフレドより、フィーネの方が実感していた。

 彼が引き留めてくれたから、強大な魔族と出会わずに済んだ。

 生きていたからこそ、大火の中で両親を助けることができた。


「今回は…そう…かも。私、あの時酷いこと言おうとしてた。アイツが崖上で止めたのは、自分の両親を殺そうと企んでたからって思って…。でも…」


 本気でそう思った。

 アイツなら、いつかそんなことをすると思っていた。

 だけどアイツは…、私だけじゃなくて、アルフレドまで助けようとした。


「確かに…、私たち二人を思っての行動だったわね。私、レイの様子を見てくる!」

「フィーネ!俺も…」

「皆、アルフレドを頼りにしてるわ。村長の息子よりもね。大丈夫、ちょっと様子を見に行くだけだから」


 フィーネは回れ右をして、村長の家に向かって走りだした。


「ちょ、フィーネ…。って、仕方ない。先に行って、レイに対する誤解を解いておくか。どうにも嫌な予感がするし…」


 そして、アルフレドは肩を竦めて、生き残った村民が集まっている長老の家を目指した。


「ちゃんと連れてきてくれよ。俺一人じゃレイを庇いきれない…」


 少し小耳に挟んだレイの噂が、厄介なことになりそうだ。

 そう思いながらゲーム主人公であるアルフレドは長老の家に向かって歩き出した。


     ◇


 一方、その頃の前に新島礼所蔵の設定資料集をもう少しだけ覗いてみよう。


 レイモンドが両親を嫌っていたのは事実である。

 両親は何かにつけて、年下のアルフレドと自分を比べていた。

 そんなアルフレドは、村一番の美少女のフィーネと良い感じ。

 レイモンドはそんなアルフレドが大嫌いだし、アルフレドの肩を持つ両親が大嫌いだった。


 ——フィーネ、村長命令だ。スタト村の未来の為なんだと。皆の為なんだぜ?


 因みに物語が始まる一年前、レイモンドは村長命令と嘯いてフィーネに結婚を迫っていた。

 アルフレドのことになると頭が回るレイモンド。

 彼は、旅立ちを考えるアルフレドと、彼を追いかけたいフィーネの心情に気付いていた。

 そして、彼らはこれから先の冒険を知らない。

 これからの村の為に村長婦人にならないか、という話はなかなか断れるものではなかった。

 周りの村民も、フィーネの両親も危うく騙されかけた。


 ——この馬鹿者‼お前はアルフレドの爪の垢を煎じて飲め

 ——そんな話はしていないよ。本当にアンタは…。少しはアルフレド君を見倣いなさい!


 その時、村長アーモンドとカカオは動いた。

 元々、二人は息子のことで頭を悩ませていた。

 息子のレイは何かにつけて、村長が言ったことだと嘘を吐く。

 ボロ屋は良い機会だから、仕方ないと呑み込んだ。

 魔物討伐も誰かがやらないといけないことだから呑み込んだ。


 でも、今度ばかりは動かざるを得なかった。


 ——クソジジイ‼クソババァ‼あと一歩だったのに… 


 お陰でフィーネは強引な結婚を避けられたが、レイの求婚が止まることはなかった。

 その結果がアルフレドとレイの決闘の日々だった。


 そんな背景があることを、新島礼は当然知っている。

 だけど、彼はまだ迷走中。

 ここにフィーネが戻ってくるとも知らず、オタオタとほぼ全壊した家の中で立ち止まっていた。


「俺の死因って爪楊枝ってことになるけど…」


 しかもゲームの冒頭より前、前世まで振り返っている。

 それくらい彷徨っている。


「そこから先の記憶ない。とりあえず、俺はそこで死んだと仮定しよう。でも、今は生きてるからゲーム内転生?だけど、生まれ変わったわけじゃないから召喚?皆、俺の名前を知ってた。召喚なら在り得る。だけど、どう考えてもドラステの世界だし。…ん?レイはレイモンドの略って、そんな設定は存在しないぞ!」


 レイは手鼓を打って、ニンマリと笑った。

 さっきから登場している公式設定資料集でも、レイモンドはレイモンドとしか呼ばれない。

 あだ名で呼ぶ人間はいないし、欧米人みたいに短く略したりもしない。

 遂に証拠を手にした…かもしれない。


「危ない、危ない。危うく騙されるところだった。本物を探せ。レイモンドが居たら俺がレイモンドじゃないって皆も気付く筈だ。アルフレドとフィーネが生きてるってことは、レイモンドも絶対に生きてる」


 それはそう。確かに生きている。


「どこだー。この家にいることは分かってんだぞー。ここか?ここかぁ?ここだぁ?ってどこだよ!そもそも、スタト村の内部はゲームで出てこないんだよ!」


 レイモンドは身長が2mもある人間だ。

 村に居たら目立つ筈。でも、ここに来るまでそんな人間は見なかった。


「村の外?いや、在り得ない。アイツのフィーネへの拘りは尋常じゃない。村に居ることは分かってるんだ」


 見つからないレイモンドに焦り始めるレイ。

 そもそも、まだ色々迷っている。

 今流行りかはさておき、己がゲーム内転生した確率が高いのだ。


「うーん、僕は突然異世界に来て困ってるんだ。馬鹿だなぁ、礼君は。過去に戻ればいいじゃないか。そっか!流石は二十二世紀の技術だね。この引き出しに体を…。うーん、僕の体じゃここには入れないよー。本当に君は馬鹿だなぁ。ここは君の部屋じゃないんだよ」


 そして壊れ始めるレイ。

 チラリと見えそうなものなのだが、彼は見ないふりを決め込んでいる。


「そっか、こっちの世界だったらタンスの中かぁ。このタンスを開けて…、って!いたーーーー!レイモンド発見!やっぱ居るんじゃん、レイモンド‼本当にビビらせやがって…。ビビらせ…」


 だが、彼はついにレイモンドを見つけた。

 両開きのタンスの戸の内側に、レイの知るレイモンドが本当にいた。

 向こう側のレイモンドもレイと同じ顔で驚いているのだけれど。


「流石は魔法世界。鏡の中に逃げていたとはなぁ。さぁ、出てこい。鏡の世界とは考えたな。だが、ドラステワゴンを知り尽くした俺から逃げられると思うなよ。俺はレイモンドのことを…」


 新島礼は何でもまではいかないが、殆どのことを知っている。

 だから、レイモンドの異能も勿論知っていて…


「な、何を青い顔してんだよ。メッシュ似合ってんじゃん。ってことはリメイク後の仕様だ。ほらほら、いつもの悪い顔してみろよ。俺、あの顔結構好きなんだから…。ほら、こんな感じに下あごをしゃくれさせて…」


 レイがレイモンドの真似をすると、タンスの戸の中にいるレイモンドもお得意の小悪党顔や悪巧み顔をする。

 鏡の世界越しだが、生で見るレイモンド。悪い顔がよく似合う男なのだ。

 銀色の髪のツーブロック。いっちょ前にメッシュまで入れている。

 瞳はにび色で、死んだ魚の目とも評されるのだが、…鏡の中に入る異能は…


「…ねぇよ‼いい加減にしろ、俺‼やっぱ俺がレイモンドじゃん‼さっきまでの茶番が馬鹿らしくなるほど、俺じゃん‼」


 観念するしかないくらい、完全にレイモンドだった。

 レイモンドは高身長だから、至る所で気付くポイントはあった。

 そもそも、新島礼と目線の高さが段違い。

 だが、信じたくない気持ちの方が勝っていた。


「ほんと悪い顔してんなぁ、お前。リアルで睨まれたら…」


 パキッ

 その時だった。


「だ、誰だ⁉」


 背後から音がして、レイは反射的に振り返った。

 それも悪顔レイモンドの顔のまま、後ろを睨みつける。


「な、何よ…」


 すると、視線の先には侮蔑の眼差しのヒロイン・フィーネが立っていた。

 ドラステワゴンのヒロイン。この世界があのゲームの世界だったと確信した後で見ると、趣が全然違って見える。


 やっぱりだ。ここはリメイク後の世界!服のデザイン、髪型、何から何までリメイク後‼


 メインヒロインと認識したんだから、彼女を舐めるように見てしまう。


「この変態。変な目で私を見ないでって何度も言ってるでしょ‼」


 そして新島礼は、設定資料集内で語られたレイモンドの業をちゃんと受けとっている。

 そもそも、フィーネはレイモンドが大っ嫌いなのだ。


「う…、そうか。俺は」

「…でも、なーんだ。ほーんと安心したわ。私の勘違いが勘違いだったみたいね。レイ、アルフレドが呼んでいるから長老の家に今すぐ来なさい。この村の入り口の逆方向の建物…って言わなくてもアンタには分かるわよね‼」


 出会うと、ひっ…と声が出てしまうくらいレイモンドの顔は怖い。

 だが生まれた時からその顔を見ているフィーネに効く筈もない。

 逆に絶対に殺意が籠っている瞳で睨み返された。


 う…。だけど、これだけは…


 最後の望み。これだけは一応聞かねばなるまい。


「フィーネ…さん。この村に俺にそっくりな奴っていな…」

「あんたみたいなのは一人で十分よ!私、先に行ってるから‼」

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