第3話 健君と健太君は別人でしょうが!
レイ……
レイ……
レイ……
あれ…?
呼ぶ声にレイの意識がはっきりしていく。
俺って確か…
そして彼は自分の状況を考える。
確か、ゲームをアプデに中断された。布団の上にいた。ゲームのコントローラーを取ろうとした。爪楊枝が横腹に突き刺さった。
その後の記憶は…
「えっと…夢を見て、それで目が覚め…て?って仕事‼」
つまりこれは会社の同僚か。
そう確か、次の日も仕事だった。
そして彼は冷や汗か草の汁か何かは分からないが、とにかく泥臭さがこびりついた体でフライング土下座をかますことにした。
クルクル…、スタン‼とソレは見事に決まる。
「す、すみませんでしたー。変な夢を見たんですぅぅぅ‼でも、それってたぶん体調不良かなんかで…」
「レイ、またそれ?レイの中で流行っているの?」
どうやら今回も安田先輩の声でも、坂口課長の声でもない。
何より、耳に良い声。少しだけ寂しそうな声。
「… それよりレイ、さっきはごめん。私、レイのことを疑ってしまって」
頭を上げると水色の髪の美少女フィーネの辛そうな顔、それも泣き腫らした顔が見えた。
フィーネが泣いてる…。じゃなくて、まだ夢の中?
レイはこの際、自分をガガンボを見るような目で見てる女上司でも良いと思っていた。
だが、残念ながら目は覚めていない。いや、ここまで来ると…
胡蝶の夢?こっちの俺が見ていた夢が新島礼?いやいや、そんな…
「ほんと…、ゴメンね、レイ」
ただ、泣いている彼女を見ていると、どっちが夢かなんてどうでもよく思えた。
エルザの部下は勇者を見つけられなかったし、フィーネは生きていて今、泣いている。
つまりバッドエンドはどうにか回避出来た。
それは即ち、正規ルートに戻ったのだから、村は皆殺しにされて燃やされた筈だ。
「…レイ、済まなかった。本当に本当に済まなかった!あの煙は火事じゃなかった。…凄まじく強い魔物のせいだったらしい。そして…、そいつらは俺を殺しに来ていたという話だ。お前はそれを察知して止めようとしてくれた。…それなのに俺は」
その通り。だが、おかしい。
さっきの自分に言えたことではないが、凄まじく強い魔物と、勇者の卵様は言った。
周回プレイをしたわけじゃないのに知っていた。
「ちょっと待ってくれ、アルフレド。俺は…、って‼う…」
「レイ。まだ、寝ていろ。…結構本気で蹴ったんだ。本当に済まない」
膝蹴りの痛みが吹き飛ぶほどの悍ましい光景だった。
木造の建物は全焼し、煉瓦造りの建物も半壊している。
「肉の焦げた臭い…。こんなの夢の域を越えてる。それにアレって人間…だよな?ネット画像でしか見たことない…けど」
人間の体の一部がゴロゴロと転がり、その全てが焼け焦げていた。
人体の一部だと判断できたのは、地面に夥しい量の血溜まりができていたから。
「クソ…。やっぱ、現実なのか?どういうことだよ…」
自分ではグロ耐性があると思っていたけれど、リアルを見てしまうとそうも言っていられない。
ただ、もう一人の自分が心の中にいるらしく、ソイツは今の状況を冷静に分析していた。
やっぱり、あの発言は変…だよな?
魔族がやってきたことはあの爪痕を見れば理解できるかもしれない。
エルザはアーマグから、勇者の村を焼く為に魔物を引き連れてくる。
だが、アルフレドの旅立ちの動機はあくまで復讐だ。
この時点で彼らは魔物が勇者目当てだったことを知らない。
「確か、村の入り口で村民の一人が、逃げろ、魔物が来た。…にげ…ろって言った事切れるんだ」
なのに、自分たちを探していたという情報が入っている。
そして…
「ごめんなさい。私ばっかり救われて…」
「え?ばっかりって…」
ここでレイの疑問には、エクセレントそうな回答が与えられた。
ただ、フィーネへの確認は無理そうで、今は首を横に振るばかりだった。
ゲームであれば、サイコパス主人公になって同じ質問を何度も繰り返すが、彼女の涙を見てしまうと、流石に閉口するしかない。
「レイ…」
「アルフレド?」
そしてアルフレドは深刻そうな面持ちでレイの肩に手を置いた。
「レイ、聞いてくれ。お前の両親はすでに…」
両親と聞いて顔を上げない者はいないだろう。
だからレイも顔を上げた。
そんな仕草を確認したアルフレドは言外にあちらを見ろと視線で誘導した。
だが、レイはその意味が分からなかった。
「俺の親…?」
まさか、あっちの世界とこっちの世界が融合した…とか?
でも、俺の両親ってもういないし…
とは言え、押し出されるように焼け落ちた家に連れて行かれる。
そして、瓦礫を押し除け、家屋へ入っていく。
アルフレドとフィーネは、村民を全員助けると言って崖を飛び降りた。
当然、この先も確認したのだろう。
「調べるってマークがポップアップ…ってことはないか。アルフレドは焼け落ちた家の中で俺に何を探せって言ってんだ?」
因みにゲーム内でこの滅ぼされた村には入れない。
システムは殆ど変えていない、オープンワールドに改変したわけでもない。自由度を増やしたわけでもない。
「村民は皆丸焦げだったし…、男女の区別…っていうか、顔なんて分からないし」
村の構造なんて設定資料集でしか確認できない。
フィーネの父と母、スタト村の村長も設定用の絵しかない。
「でも、一応…」
レイは意味も分からず、強度を確かめながら、とりあえず家の観察している。
その右往左往する後姿は、アルフレドとフィーネにはごく自然に見えていた。
そしてレイは、後ろで見守られていることに気付かずにあの殺人現場へと到達してしまう。
「う…、なんでここだけ…」
家の奥に惨たらしい殺人現場があった。
理由は分からないが、全部纏めるとおそらく二人分、その肉塊は燃やされていない。
彼らだけはただ引き裂かれたので間違いないし、奇妙なことに首が見当たらない。
画面で見るグロなんてレベルではない、洒落にならないほどに気持ちが悪くて、その首を探す気にもなれない。
「首がないから誰か分からない。でも、首がなくても俺なら…ってこと?」
狭い村だけど、村民の設定は殆どない。
メタ的に言って、アルフレドとフィーネが全員の村人の顔を把握しているとは思えない。
でも、流石に彼らを無視するのは無礼に思えた。
部外者の俺を連れてきたってことは…、きっとこの家の子供ももう…
「…せめて、安らかな死を。女神メビウスの下で幸せになりますように」
ゲーム内だとこんな風に祈ってた、と思い出しながら両手を組んで祈る。
そして同時に恐怖した。
この世界は死という概念が存在する…のか
あの時、魔物に見逃されていなければ、俺も同じように死んでいた。
どうせ夢だし、って考えて変な事しなくて良かった。
可能性の話だけど、俺は異世界に召喚されたのかもしれないんだ。
夢かもしれない説はあるけど、…気を付けよう
新島礼はとあるゲームによく似た異世界に召喚された。
その考えに至った直後だった。背後から少年の声。
「本当に残念に思う。村長夫妻は最後まで抵抗したのだろう。本当に惨い殺され方だ。流石にフィーネの魔法でも…無理だった」
ここでレイの時が止まった。
せっかく辿り着いた考えも、出来立てホヤホヤの状態でボロボロと崩れ落ちる。
「村長様。俺をここまで育ててくださって感謝しています。どうか、メビウス様の元で安らぎを…」
アルフレドも首無しのバラバラの遺体に向かって祈りを捧げる。
その間も、レイの時は止まったまま。
「…レイ。こんな時なのに本当に済まない。村長夫妻だけじゃなく長老も同じ状況なんだ。みんなが村長の息子と話をしたがっている。…それにレイは魔族の侵攻を察知していた。だから、一緒に来て欲しい」
その金髪の少年はこの遺体が誰のモノかを知っていた。
そして村長って言葉を何度も使う。
「村長…の息子?」
「あぁ。村長様も長老様も惨い殺され方をした。今後の村について話し合わないといけないが、俺は拾われ子だから相応しくない。レイ、辛いのは分かっている。でも、みんながお前に…と」
レイは顔色がみるみる変わっていく、勿論悪い方、青紫の色へ。
「あの…、アルフレド?」
「分かってる。辛いよな。でも、レイは次の村長になる男だ。勿論、俺も一緒に行く。だから——」
なんなら、膝から崩れ落ちた。
恐怖したし、悲しみもした。そもそも死んだ設定で始まるとはいえ、可哀そうにと思った。
だけど、二人分の遺体が村長夫妻だったとは聞いていない。
そして
「アルフレド、流石にソレは酷いわよ。レイはアーモンドさんとカカオさんを同時に失ったの。もっと悲しむ時間が必要なの‼」
漸く泣き止んだフィーネの助け船が登場した。
だが、その船はまさに泥船、レイの精神は全然助かっていない。
彼らの言うレイには、アーモンドとカカオという両親がいた。
ちゃんと設定資料集にも書いている。
「…そう…だよな。済まない。俺は本当の親がいないから…。レイ、本当に済まない。…皆には後で行くって伝えておくから、その…」
フィーネは珍しくアルフレドにキツイ眼を向けて、アルフレドも申し訳なさそうに頭を下げる。
アルフレドはこの村に育てられた。でも、あくまで拾われ子であり、本当の両親はいない。
それで配慮を欠いたと本気で思ったのだろう。頭を下げて、フィーネと共にアーモンド家から出て行った。
そんな二人がいなくなるまで見送ったレイは、誰もいなくなったのを入念に確認して、大きな溜め息を吐いた。
「いやいやいやいや。俺が村長の息子?そんなわけないじゃん‼だって俺はレイモンドじゃ…。お、落ち着け、俺。こんな時こそ冷静に考えるんだ。まずは設定資料集を思い出せ。ドラゴンステーションワゴンの冒頭——」
◇
ゲーム本編は、スタト村から少し離れた場所から始まる。
アルフレドとフィーネとレイモンドの三人でスタートする。
俺は咄嗟にゲームの記憶と結びついた、だから行動した。
村に被害が出たものの、全滅する予定だったことを考えると絶対にこっちの方が良い。
そして未だにどうしてゲームの世界に居るんだ?という疑問は拭えない。
「本当にあのゲームでいいのか?確かにアルフレドはいるし、フィーネもいる。ドラステの世界っぽいけど、それと決まった訳じゃない。共通する名前はアルフレドとフィーネとエルザ、スタト村とアーモンドとカカオ…。アレ?こんな偶然ある?でも、ここだけは絶対に違う。村長の息子はレイモンドだ。そして俺は新島礼だ」
暗黒空間の出来事の時、寝ていなければ気付いたかもしれない。
だが残念ながら、レイモンドの名前がレイに変わったところを覚えていない。
「で、そのレイモンドだ。アイツが出てくるのは冒頭、村から離れたところにアルフレドとフィーネを呼び出して、どっちがフィーネに相応しいかって決闘を挑む。メタ的に言うと、それがコマンドバトルのチュートリアルの一部で…。って、それはいいか。とにかくその後、村が襲われて… 、あれ…」
色々と合致する。違うのは彼らがレイモンドではなく、レイと呼んでいたことくらい。
「確かに似ている。でも、そこが在り得ないんだよ。レイモンドはガチで嫌われてるから、レイ、なんて気軽に呼ばれない。一度たりともレイと呼ばれたことはない。あと一歩でコンプリートの俺が言うんだから間違いない…」
そも、ゲーム世界にいるという異常さ。
異世界転生、異世界召喚、ゲーム内転生、ゲーム内召喚、更には夢小説というか夢。
一口に異世界モノと言っても、このジャンルには色んなパターンがある。
召喚の場合は、名前を知っている場合だったある。だって召喚なんだから。
レイと礼。それも混乱の理由の一つだった。
そして何よりレイモンドという憎まれキャラ。
「レイモンドは村長の息子という立場を利用して、いつも偉そうな態度を取っていた。アイツはフィーネのことがお気に入りで、事あるごとにアプローチをしていた。そんなヤツの蛮行に立ち向かうのが主人公たる俺、……ではなくてアルフレドだ。」
そんな日常を送っていた時、突然村が壊滅する。
ゲーム、いや物語である以上、主人公の旅立ちの動機は必須。
このゲームの場合は村を滅ぼされたという復讐だ。
因みに強くて新規ゲームだと、殆どのムービーをスキップ出来る。
フィーネエンドを狙う場合はスキップしないが、20分のムービーは一度見たら十分。
その後は、スマホを弄る時間に充てるのが通例だ。
だから、咄嗟に思い浮かばなかった?
いやいや。突然ゲーム世界に放り投げられたのだから、混乱して当然。
二人を引き留めたこと自体が奇跡なのだ。
で、ここからが問題だった。
「レイモンドはその後も意地悪なことばかりをする。最悪なのが、中盤で魔族の手を借りて、ヒロイン・フィーネを拉致するところだ。あそこは考察の余地があるけど、リメイクはレーティングZ。大人向けに相応しいことが起きたのは間違いない」
——レイモンドはあの時フィーネを凌辱した。
それが有力な説だし、新島礼自身も同じ考えだった。
それまでは少しだけ同情出来る場面もあるのだが、あの一件で評価はストップ安を通り越しでどん底。マジで最悪な野郎。
「そこで俺が、…じゃなくてアルフレドがフィーネを助けるんだ。んで、レイモンドは魔族によってかなりエグイ殺され方をする。ってか、エロは暗転するのにグロシーンの方はきっちり描かれるってのも意味が分からないけど」
グロには寛容、エロには不寛容が世界的なトレンドらしい。
ドラステワゴンもその基準は同じで、フィーネのシーンは画面には映らず、レイモンドの死ぬシーンは臓器さえも映り込んでいる。
「って、その話はさておき。レイモンドはざまぁって死に方だけど、死すら生ぬるいんだよ。俺達のフィーネに‼…だから、絶対にレイモンドであってはならない‼ってか、俺はレイだけどレイモンドじゃあない。これをどうやって説明すればいい?
決定的な証拠が必要。
そもそも、レイとレイモンドは違うのだから…
「レイモンドは卑怯な奴だ。だけど、アイツは殺しても死なない野郎だ。だから、きっとあの魔王軍の襲撃でも生き延びてる筈だ。…だったら、本人を見つければいい。絶対に見つけ出してやる‼」
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