ドラゴンステーションワゴン第一章アフレルゾ大陸編

第2話 バッドエンドに向かう新世界

 レイ……


 レイ……


 レイ……


 レイ‼レイ‼レイ‼


 誰かが呼ぶ声がする。


 目を覚ませとも、誰かが言っている。


 ──あ…れ?俺って…


 レイは呼ばれている中、状況を懸命に思い出そうとしていた。

 ベッドから手を伸ばそうとした時に感じた謎の痛み。そこからの寝落ちだった筈だ。

 つまりこれは下手をすると会社の上司かもしれない。

 次の日も仕事だった筈だ。

 体は汗まみれ。

 冷や汗なのか寝汗なのか分からないが、とにかくぐっしょりと濡れた体で飛び起きた。

 その反動を使って、見事なフライング土下座をきっちりと決める。

 なんか、土の臭いがするけどそんなの関係ない。


「すみませんでしたー。変な夢のせいなんです‼たぶん体調不良か、なんかですぅぅぅ。脇腹がまだ痛いしぃぃぃぃぃ」


 やはり土とか草の匂い。

 臭いではなく、草の匂い。先輩の坂口さんは野原を駆けてきたのかもしれない。

 きっとお怒りだろう。ならば、言い訳しながら謝ることがレイの考える最善手だった。


「ん?…レイ、本当に大丈夫? 」


 知らない女の声がした。坂口さんは男の上司だから、坂口さんではない。

 勿論、女上司もいるが、家に来るとは思えない。

 彼女は彼女で新島礼に、蛆虫を見るような目を向けるのだけれど。


 レイは思わず顔をあげた。


「へ?」


 そして絶句した。

 目の前に水色の髪の美少女、見たこともないような美少女がいた。

 しかも、心配そうな面持ちで覗き込んでいた。

 こんな至近距離で美少女なんて見たことはない。


「ど、どなた?」


 そもそも女性との会話もあまり得意ではない。

 レイは土下座スタイルのまま、驚いて飛び上がってしまった。


「はぁ?…って、そっちは」


 ガン‼


 レイは四つん這いのままで飛び上がった。

 だが、直上に何かがあったらしく頭をぶつけてそのまま地面に落下した。


「痛っ!…って、何⁉あの木の枝に頭をぶつけた?」


 ここは無重力空間なのか?とレイは首を傾げた。

 そういえばフライング土下座もそれはそれは見事に決まった。

 知らない人に土下座したのだけれど、あまりに綺麗な人だったから後悔ではなく、ご褒美に違いない。

 と、それはさて置き。レイは困惑し、目を白黒させていると、さっきから心配そうな顔の一組の男女と目が合った。

 どう見てもお似合いのカップル、異国の美男美女。


「そのまま頭ぶつけてるし。さっきから何をやっているの?」

「あ、あいドントすぴーくイングリッシュ。あと、なんて言えばいいんだっけ。ここ、俺んち、マイホーム?」


 外にいるんだから絶対に『俺んち』ではない。

 目の前にいる男女は坂口課長でも安田先輩でもない。

 でも、レイの記憶は礼の時から続いている。

 だから、外国人に話しかけられた時のテンプレが出るくらい混乱していた。


「え?何を言っているの?」


 次に目を白黒させたのは、美男美女カップルの方だった。

 そして水色髪の美少女は金髪の美少年を半眼で睨みつけた。

 その美しい半眼を向けられた金髪の彼は、苦笑いをしながらこう言った。


「その…。ごめんな、レイ。そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど。当たり所が悪かったのかも。フィーネ、回復魔法を掛けてあげてくれない?」


 その瞬間、レイの目が僅かに剥かれる。


「分かってます。はぁ…、最終的には私が面倒見ないといけないんだから。全く、いつもいつも。レイもそろそろ学びなさいよね。ま、村長さんにはお世話になっているから、回復してあげるけど」


 更に目を剥く。

 そんな中、水色の美少女フィーネは両手を翳した。


治癒魔法ケイミル


 遂にレイの目は眼球が飛び出るほどにひん剥かれた。

 少女の両手から淡い緑色の玉が浮かび上がる。


「二人とも俺のこと知ってる?それにこれは一体……、まるで魔法みたい」


 しかも本当に脈打つ痛みが徐々に引いていく。まるで。


「もしかして…、魔法?夢のようだ」

「夢のようって…。確かにフィーネの治癒魔法はピカ一だけど。最近は毎日じゃないか。レイが俺に戦いを申し込んで、怪我をしてフィーネが治癒をする。ここまでがワンセットの決闘で…」

「ちょっと、アルフレド?私の治癒魔法を喧嘩の一部に加えないで。…レイも痛いなら喧嘩なんて吹っかけなきゃいいのに」


 成程、何も分からない。


「あの…、さっきから出てるレイって、俺のことです…よね?」


 すると、アルフレドを名乗る金髪の少年は怪訝な顔をし、フィーネを名乗る少女は心配そうな顔をした。


「そ、そうだけど。レイ、本当に大丈夫か?フィーネ、もしかして回復魔法が効いていないのかも」

「それはそうよ。まだ私は未熟だし。頭を打ってるし、もしかして記憶喪失なの?」

「そっか。それでさっきから…。今日はやり過ぎてしまったのかも……、ごめんな、レイ。家に帰ってゆっくり休んだ方がいい。村長様には少しやり過ぎましたって謝らないと…」


 素直に頭を下げる美少年、心配してくれる美少女。

 表面的なことしか見えないけれど、何故か彼らが善人と分かる。

 そして、何処かが引っかかる。


「だ、大丈夫ですから。それよりここは何処か分かります?俺も家に帰りたいんですけど。仕事があるんです」

「ここが何処かって。全然大丈夫じゃないじゃない…」


 何故か、彼と彼女はちゃんとレイのことを知っている。

 そしてうまくコミュニケーション出来ていないことも理解している。

 長身のレイは混乱する。

 けれど、悠長に考える時間はなかった。

 水色髪の美少女が指を差した方角に、穏やかではないものが映り込んだからだ。


「レイの家はあっち。私も村長様に謝ら…、…え?アルフレド!村の方で煙が上がってる‼」

「本当だ‼喋ってて気付かなかった。急いで戻らないと‼」

「うわ、あれって山火事…?」

「分からない。でも、俺達の村の方向だ‼」


 彼らの村がある方向から、真っ黒な煙が上がっている。 

 煙の出元は結構離れているように見える。ということは、彼らの村はここから結構離れている。


 ドン‼


「ぐ…ぇ」


 走り去っていく少年の背中を見送っていると、レイの腹に衝撃が走った。


「突っ立ってないで。後で全部説明してあげるから、今は私たちについてきなさい」


 そして走り出す水色の少女。

 レイはここが何処かも分からないと言ったのに、彼女はついてこいと言う。

 何かが頭に引っかかってる。でも、その正体はまだ分からない。


「待ってくれよ、二人とも!」


 夢の中あるある。二人の足が速すぎて、全然追い付けない。

 さっき、3m近い高さの木の枝に頭をぶつけた。

 重力が小さいのか、身体能力が優れているのか。

 それでも、追いつける気がしないのは、やっぱり夢だから。


 …って!追いついてるし‼


 あんなに遠いと思っていた煙は直ぐ近くまで来ている。

 夢の中だから、そんなこともある。


「レイ、遅いわよ。それよりアルフレド!」

「あぁ、不味いな。やっぱり煙は村からだ。木の間から火も見える。とにかく急ごう!早くみんなを助けないと!」


 木々の間から村がなんとなく見える。

 目覚めた時は、それくらい離れた場所だったと言い換えられる。


「こっちだ」

「分かってる。道沿いに走っても絶対に間に合わないし!」


 足が速くて追いついたわけではなかった。

 二人の歩みの速度が変わったから追いついた。

 そして進んだ先、そこには想像を絶する光景が広がっていた。


「なんだ、これ…」


 村全体が燃えていた。木の焦げる匂いか、肉が焼ける臭いか分からないが、鼻がねじ曲がりそうな異臭が漂っている。

 レイにとっては初めての筈だ。

 けれど何か、頭に引っかかる。

 既視を感じろと記憶野が訴える。


「あ…れ…?俺はこの場面を知っている?アルフレドとフィーネが道から外れて、森の中を突っ切って、その先にある崖を飛び降り…」


 さっき通ってきたのが森?そしてここが崖?


「レイ?記憶が戻ったのか?だったら、お前は残れ」

「アルフレド、急がなきゃ!」


 レイが目を剥いていると、アルフレドが思い描いた動きを始める。

 即ち、崖に向かって走り出した。そしてフィーネも彼に追従する。


 ドクン‼


 そこでレイの心臓が、一度強く脈を打つ。


「フィーネは来ちゃダメだ!俺が先に行って」

「駄目よ。私の水魔法が無きゃ火を消せないでしょ!でも、レイは駄目。まだ、本調子じゃないでしょ。大丈夫、私たちが必ず村長さんたちを、それに私のお父さんとお母さんを助けるから!」


 アルフレドは怖いもの知らずでとにかく突っ込むんだ。

 フィーネはこの段階でも水魔法が使えるから何が何でも村に行くんだよ。

 

 二人の正義感をレイは知っている。

 少し程度ではない。会ったばかりとは思えないほどに知っている。

 正義感の強い金髪の少年より、文武両道才色兼備の水色髪の少女より、この先に起きることを知っている。


 だから、アルフレドがフィーネを止めようとした隙に、さっきのフライング土下座ばりの跳躍をして、遂に彼らを追い越す。


「レイ!お前は」

「アンタ、何を」

「アルフレド‼フィーネ‼お前達を通すわけにはいかない‼」


 そこで振り返り、両手を目一杯に広げる。

 そしてゴールキーパーのように構え、『絶対に譲れない戦いがここにある』と言わんばかりに二人を睨みつけた。


「何をしているの‼村に行くにはその崖を飛び降りるのが一番早いって、アンタも知ってるでしょ‼」

「レイ、頼むからそこをどいてくれ。記憶が曖昧だから分からないだけなんだよな?村がヤバいんだ。今日くらいは俺の言うことを聞いてくれ‼」


 アルフレドの圧がビリビリと伝わってくる。

 フィーネの怒りも頭にガンガン伝わって来る。

 流石、勇者の卵アルフレドと言いたい。流石、賢者の卵フィーネと言いたい。


「絶対にダメだ。これが夢でも関係ない。俺が正気かどうかも関係ない。でも、俺はお前たちよりも状況を理解している。だからこそ、この獣道を通すわけには行かない。お前たちこそ、胸に手を当てて聞いてみろ。二人は何をするためにこの村にいた? 何に備えて、この村で育った? そして、この村はなぜ存在を隠していた? 彼らの今までの努力を無駄にするつもりか?」

「何を…言ってるのよ。意味分かんないわよ‼」

「だったら、俺の言うことを聞け‼」


 レイは間違いなく正解を、真実を話している。

 絶対に二人をこの先に行かせてはいけない。

 確かに、この獣道を通れば早く村に辿り着ける。


「クソ。ここでもやっぱりレイはレイなのかよ!」

「あぁそうだよ。俺は礼だ。でも、そんなの関係ないだろ‼」


 だが、ここから先にあるのはアルフレド達の死。しかも無意味な死。

 現時点では抗えない圧倒的な死をもたらす魔族がこの先にいる。

 ショートカット選択ルートの先には、初見殺しのバッドエンディングが待ちうけている。

 負けイベントなんて生優しいものではなく、ただ死んでタイトル画面に戻される。


「何なの、こいつ。あのまま失神させておけば良かった。」

「フィーネ、相変わらず冷たいな。確かに俺は部外者だけど関係ない。力づくで止めるだけだ」


 あんなに優しそうに見えたフィーネがレイを睨む。

 それでも、『青田刈り』というトロフィーを回収させるわけにはいかない。

 ソレは、この村を襲ったのはエルザだったと分かるだけのイベントだ。

 彼女と戦っても、彼女のHPは残念ながら無限大に設定されている。

 何度もやり直しができるのがゲーム。だからこその選択肢でしかない。


 目の前で人が死ぬ場面なんて見たくない。


「レイ、退きなさい。そこしか飛び降りれる場所はないのよ‼」


 フィーネは戦闘で彼女の魔法は本当に頼りになる。

 綺麗系の美少女で、時には冷たい表情も見せる。

 でも、そんな彼女でさえ死ぬイベントなのだ。

 例え、強くてニューゲームで始めても、ここは突破できない。

 ネタバレ動画をうっかり見てしまったから間違いない。


「分かっているのか? お前たちはここで死ぬために生まれた訳じゃない。自分たちの目的を忘れるな!」


 勿論、レイが話しているのは『ドラゴンステーションワゴン』の設定だ。

 作中では、ここでアルフレドが「ここなら通れそうだ」と言う。

 そして、「はい」か「いいえ」を問う選択肢がポップする場面ではある。

 だが、一週目では通れそうだという発言は流石に出ない。


 ——ドットじゃないからねぇ。いきなりのグロは流石に心証悪いかなって思ったんだよねぇ


 なんて開発者インタビューまで覚えている。

 つまり、ここを通れるのは一週目をクリアした者のみ。

 ストーリー的にはグロいだけのつまらないエンディングを回収できるだけ。


「俺たちの目的。そんなの分かっている!俺は俺を育ててくれた村の人たちを一人も死なせなくない‼あの村にはフィーネのご両親だっている。お前の家族だって……。お前は家族を見捨てたいのか? そんなに殺したいのか?レイ、見損なったぞ。悪いが無理やり通らせてもらう。俺が必ず全員を助けてみせる。」


 このゲームは主人公の名前を好きに決められる方式を採用している。

 そういうゲームの主人公は本来ならば無口なことが多い。

 それは主人公の自我をなるべく削って、少しでもプレイヤーに感情移入しやすいという意味を持っている。


「よく喋るな、お前」

「なんだと?」

「レイ‼アンタのお父さんとお母さんもいるのよ‼」


 フィーネの声は沢山聴いた。だけど、勇者の声は最低限しか収録されていない。

 現実世界に置き換えると、あれはどう考えてもおかしすぎる。

 そんな受け身の人間が、ひょっこりと勇者様になれるとは思えない。

 だからアルフレドの行動こそが、本来の勇者として正しい行動かもしれない。


「そんなに死にたいのか。だったら教えてやる!この先に待ってい…、…ぐはぁ」


 そこで、レイの腹部に痛烈な痛みが走る。

 アルフレドの優しさか致命傷ではなかった。

 だが深々と鳩尾に刺さった勇者の膝は、レイの横隔膜と思考を一時的に封じた。

 

「お前、どうかしてるぞ。」

「ご両親のことも考えられないなんて。それとも、もしかしてアンタ…。アルフレド、急ぎましょう!」

「う…」


 朦朧とした意識の中で、彼らの足音が通り過ぎた。

 その後、二人は崖を飛び降りて、崖下から走り去っていく音が微かに聞こえた。


     ◇


 レイは一人、薄れていく意識の中でどうせ夢だ、と考えるのを止めようとした。

 けれど二人が去り、考える時間を得たことで重要なことに気付いてしまう。


 あの時点で二人は運命を知らない。


 落ち着いて考えたら分かることだった。

 とは言え、その道をアルフレドは勝手に見つけた。


「正解は俺が率先して、本来の道に誘導することだった…とか、無理に決まってる。そんなの無理ゲーじゃん。んで、これでゲームオーバー。ゲームオーバーになれば流石に目が覚める…か」


 その瞬間だった。


 ほとんど閉じられたレイの視界に、奇妙な光景を映し出されていた。

 大きな鳥の足、それにゴテゴテとしたブーツ、多分だけどスーツの裾、それから革靴なんかも。

 でも、そんなのは大したモノじゃなくて、明らかにあのキャラだと分かる奇抜なデザインの紫色のハイヒールが見えた。

 だからレイは手放してしまいそうになる意識を無理やり繋いだ。


「エルザさま。勇者らしき人間は見当たりませんでした。別の村だったのでしょうか?」

「さぁて、どうかしらね。この村を燃やすのはアズモデの指示なんだから、私の知ったことではないわ。それに魔王様からは勇者の抹殺指令は出ていないの。それに私には…」


 四天王の一人、エルザ。

 部下はアルフレドは見つからなかったと言った。

 目覚める自分には関係ない。

 とはいえ、エルザの顔は見たいとどうにか瞼を動かす。


「エルザ様。ここに人間が倒れています。村人の生き残りでしょうか。それともこいつこそが……」

「そんな訳ないでしょ、ワットバーン。その人間からは光のオーラが見えないわ。早とちりしちゃダーメ。それにねぇ…。目撃者がいた方が何かと都合が良いでしょう?」

「そうでした。魔王軍の強大さが伝われば、人間共は恐怖に慄くことでしょう」

「そ。それより私は早く帰りたいの。アズモデからの要求は燃やすこと。終わったんだから、さっさと帰りましょ。」

「は!」


 聞き耳を立てていたレイは呆気なく見つかり、そのまま見逃された…らしい。

 ただ、レイ青年は悔しくてたまらなかった。


 生エルザ…、足しか見えなかったじゃねぇか‼


 なんてクソどうでも良いことを考えながら、彼は意識を手放した。

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