第19話 集団混乱の末に、銀髪の青年はベンチに倒れる
あとフィーネに教えるべきは魔法の組み合わせだな。
他の仲間との組み合わせかぁ。
フィーネはそういうの嫌うからなぁ。
幼馴染で優等生、プライドも高いから、こんなハーレムパーティだと孤立しちゃうんだよなぁ…
そりゃ、蹴られるって…
このレイモンドをどうにか出来れば、フィーネも変わってくれるかもしれないけど
ほんと、レイモンドって…
あ、違う。俺がレイモンドで、俺の名前はレイで…
ん?
「あれ? 俺、なんで急に突き飛ばされたんだっけ…」
実は、レイは気付いていない。
条件反射でレイモンドに、レイモードに入ることに気付いていない。
急に痛みを感じるとレイモードに入ってしまう。
かなり前から彼の意思ではない。
レイはそこを見誤っていた。
そして気がつけば、森の茂み。
「危ないところでしたね、先生。」
「ん、その声、その喋り方はエミリか?エミリがどうして…」
いつの間にかエミリが隣に居て、いつの間にか俺は寝ていて、いつの間にか彼女が覗き込んでいる。
そして俺は彼女の腕に掴まる。すると彼女は信じられない力で俺の巨体を動かした。
「はい。先生がフィーネの罠に陥っていると知って馳せ参じました。フィーネは先生を旅に同行させるつもりです。この見解はアルフレドとも一致しました。」
ん?
えっと…、あれ?
「何を言ってるんだ?フィーネは真面目に話を。っていうかアルフレドは?二人はどこだ?」
そもそも、俺の隣に居たのがフィーネだった。
でも、夢を見ていたような…、って‼
「俺、何か言ってなかった?悪夢を見たような…」
「寝言?それは是非是非聞いてみたいです。レイ君、今度聞かせて下さいね?」
「聞かせないよ。聞いてないならそれでいいけど」
二人で握手をしていたし、仲良く茂みから出てきた瞬間ははっきりと見ている。
「…なぁ、エミリ。お前、何かした?」
「ふぇ?ち、違うんです。仲良く同盟はフィーネの高度な心理戦だったんです!アタシも危うく騙されるところでした。先生、考えてみてください。レイ君はフィーネに嫌われていた。これ、間違いないですよね?」
エミリのまっすぐな目。
そう。そう言えば、そんな夢だった気がする。
絶対見るわけじゃないのか。フィーネはレイモンドを嫌っている。
憎むべき存在に違いない。
「まぁな」
「にも関わらず、フィーネはレイ君と肩を寄せ合って行動をしていました。これっておかしいですよね。頭の良くないアタシにだって分かります。計算高い彼女が冒険の知識を豊富に持つレイ先生を放っておく筈がないですよ。もう一度聞きます。彼女は先生のことが嫌いなんですよね?」
嫌われていると自覚させられるのは辛い。
でも、そういう設定だから仕方ない。
っていうか、喋り方がコロコロ変わるな。
だから俺は膝を落とし、半眼で赤毛の少女の青い瞳を見つめた。
「ち、違います!アタシは企んでません‼…って、先生ってほんと凄いですね」
「まぁな」
「はぁ。レイ君はそこも肯定しちゃうんだ。だったら正直に言います。あのままだと、フィーネは恋に落ちてましたよ、先生に」
「はぁあああ?いやいや、そんなわけないじゃん‼」
「そんなわけあるんですって。…昔、って言うほど前じゃないけど、昔のレイ君の話、アルフレドから聞いたもん」
エミリは少し苦笑いをして、目を泳がせた。
俺はその表情に軽く落ち込んだ。けど、彼女の真意を聞くべく、それを呑み込んだ。
「まぁな。昔はそんなだったんだ。でも、今は」
「そこ‼」
「うぁ…、な、なんだよ」
そして、ヒロインナンバーワンの怪力を前に、いきなり圧倒された。
突き立てた指で、俺を殺せる。そっちの話ではなく、精神的にずっと追い込まれている。
エミリの真意が見えてこない。
「好きの反対は無関心…」
「そ、それはよく聞くけど、実際はなぁ…」
「そこに大賢者様が舞い降りた、としたらどう?ギャップどころの騒ぎじゃないし。アタシがレイ君と知り合った時と、絶対に比べ物にならないじゃん‼」
とにかくエミリの勢いが凄かった。
ただ、一つ言えるのは、
「分かってる」
「分かってないもん」
「エミリが俺の為を思って行動したのは…、ちゃんと分かってる」
「ふぇ?そ、そう…なんだ。だ…駄目だよ。そんなこと言っちゃうからだよ…」
エミリが何かをやったこと、エミリに悪意がないことは態度で気付いていた。
それくらい、エミリは態度で分かりやすい。
「…だから、何が言いたいのか教えてくれ」
「はぁ…。仕方ないなぁ。レイ君も結構分かりやすいんだよ。アタシもフィーネも勇者アルフレドの冒険に必要なんだよね?」
「アルフレドから聞いたのか。そうだよ。その通りだ」
「聞かなくても分かるもん。だって、レイ君って無駄なこと嫌がるじゃん‼」
エミリの一喝。
俺は目を剥いた。
なんで、こんなことに気付かなかったのか。
なんでって、早く助かりたいからだけど。
「俺が効率プレイをしているから、今居るメンバーは必要…。それは…確かに」
「だよね。アタシが気付くんだもん。フィーネだって気付いてる。で、レイ君がいかないならアタシも行かないって言ったらどうするつもり?」
どうやら俺は色んなことを舐めていたらしい。
これ以上目を剥くことになるとは。 ポロリと鱗ごと眼球が落ちるくらいひん剥いた。
「駄目だ。それは絶対に。だって、世界が…」
「そうだよ。だからアタシは行く。フィーネだって同じ。あとね、アタシ、二人の会話を聞いちゃったの。アルフレドはフィーネが好き。でも、フィーネは迷ってる。色々迷ってる…」
それはそう。ドラステはヒロインからの告白を以ってエンディングを迎える。
確かにフィーネルートだって、確定するのはまだまだ先だ。
なんて、考えてていいのか、俺。エミリがこんなに考えてんだぞ。
「だけど、」
「あと少しだけ…くらい…アタシでも思うよ。だから、アタシも行かないって言っちゃおうかな。そしたら、…あと少しだけ来てくれる?」
エミリはそう言った。
短絡的な罠?…でも、彼女に悪意はない。
悪意なんて関係ない。ただ、ついて来て欲しいだけ。
「でも、俺は…」
「ねぇ、先生。どうしてそんなにパーティを抜けたがるんですか?だって、先生が一番冒険慣れしてる。…誰よりも生き残れると思います。それに何かあっても、アタシが命に代えて守ります」
死にたくないから、という言葉は万能ではなかった。
エミリの言葉は俺の切り札を封殺している。
俺が今までしてきたことが、この言葉を封じ込めている。
違う‼そうじゃない。俺は嫌な思いをさせたくないんだ。でも、なんて言えば……
シナリオの強制力かもしれない。
レイモンドを連れて行きたいという強制力かもしれない。
今の彼女の存在そのものが、シナリオの強制力を証明している。
だからこそ、『レイモンド未加入状態で、勇者が世界を救う』抜け道を探すしかない。
「俺は…」
「レイ君の本当の気持ち、教えて…。誰にもいいません。この胸に…」
彼女は本当に明るくて、優しくて……
エミリエンドはアットホームな幸せエンド。
妻エミリとたくさんの子供たち囲まれて暮らす、陽だまりのようなエンディングだ。
そんな設定を知っているからこそ、彼女になら話してもいいんじゃないかと思ってしまう。
——だから俺は
「胸に…」
「はい、この胸に」
——そう、エミリの胸に
「エミリの胸…、直接揉ませてくれ。レザーアーマーじゃ、やっぱ物足りねぇわ。なぁ、直でよぉおおおお!」
「きゃ、レイく…、先生‼止めてください‼」
◇
あと一歩のところで、レイの様子が豹変した。
ユニークスキル『レイモード』発動。
人のみならず、動物や魔物でさえ生理的に受け付けない顔。
「おっと。おチビちゃん、すばしっこいなぁあああ」
「ダメ!先生はそういうのじゃないぃいいい‼」
あれだけ慕うエミリが恐怖に怯える。
これがレイモード。
「エミリィィ…、ぐへ‼」
「もう‼近寄らないで‼」
怪力で押しのける。
とは言え、流石にエミリは理解した。
いや、今回は誰だって分かる。
レイの脇腹に護身用ナイフが突き立っているのだから。
「さっきはよくもやってくれたわね、エミリ。同盟は一体どうなったのかしら。それにアルフレド、貴方もよ。こそこそとレイの脇腹を何度も何度も狙って。貴方の才能がこんなことに活かされているなんて、私は悲しいわ。隠れてないで出てきたらどうなの?」
「え?アルフレドもここにいるんですか?そして
「アルフレドは…、そこね」
空色の長い髪が靡き、一本の木が指差される。
すると、そこからアルフレドが両手を挙げて姿を現した。
直後、彼は観念したようにため息を吐いた。
「俺もまだまだだな。っていうか、俺が一番不利なんだよ。レイは昔から女に弱いからな。すぐに
「それも何かの作戦?」
「そうじゃない。はぁ…、俺は正直、何かに焦ってた」
アルフレドは降参のポーズをして、両腕をダラリと垂らした。
「そうですよ。フィーネも焦り過ぎ」
「貴女ほどじゃないわよ。…仕方ないでしょ。勢いで村を飛び出して、色々不安だったし」
「うーん、それはアタシもかも…。でも、行かなきゃって…」
すると、憑き物が取れたかのように、フィーネとエミリの肩の力が抜けた。
そして三人ともが、ぐったりと
睡眠不足に意識合わせ不足、更には自分の気持ちの整理もついていない。
そもそも。初めて戦い、死闘の連続で精神の髄まで疲弊していた。
エミリも似たようなものだ。
昨日、両親が殺されかけた。助かったけれど、恐怖を抱えたままここまで来た。
彼女が冷静かと問われれば、SAN値が大変でしたと答えるしかない。
つまり、誰もが冷静さを欠いていた。
「疲れすぎて一周回って冷静になってきた。」
「私もちょっと熱くなっていたわ。そして、みんなの気持ちも分かる。冒険に恐怖している。だからレイに…」
「そう!アタシが言いたいのはそこですよ!不安なら先生に相談すれば良かったんですよ。会いに行けばいいんだし」
「あぁ。そうだった。俺は転移魔法を覚えそうなんだ。だよな、レイ」
「そうなんだ‼先生は何処?」
「え?エミリが突き飛ばしたんでしょ?」
彼らは脇腹を刺されて、エミリに突き飛ばされたレイを目撃した。
その後、軽く話し合った。
とは言え、目を離していたわけではない。
だけど、そこに彼の姿はなかった。
つまり。
「これって…」
誰かがそう言った。
地面には血がついた護身用ナイフが転がっている、彼がそこ居たことは確かだった。
そして今度こそ、三人の意識が一つになる。
だから、同じ言葉を全員が叫ぶ。
「レイが逃げた‼」
「って、当たり前ですよー!先生、可哀そうだったじゃないですかー!」
「だから私たちもテンパってたって言ってるでしょ? アルフレド、レイは⁉」
「分からない。いや、分からないが、そのまま答えなのか」
そう、彼らは教わってきたではないか。
この世界におけるレイの戦い方を。
「闇魔法『モヤモヤ』。グループ魔法で集団の注意力を散漫にさせる。ということは、まだ遠くには行っていない筈よ。」
「って、なんかモンスターの足音がしません?」
「囲まれているぞ。くそ、こんな時に!みんな屈め、よく見えないが敵は空から襲ってきている。」
「空?ってことは、成金カラスでしょ? 貴方は成金カラスを倒す為にこの森に入ったって、レイが言っていたわ。」
「違う。あれはエミリと結託して、お前のレイへの誘惑を」
「ちょ、ちょ、ちょっとアルフレド!それは今はダメですよー!三人協力して、モンスターを倒しましょう!ちゃっちゃと倒して先生を追います! アタシ、見えないけどブーメラン殺法で森林伐採しちゃいます。みんな、そのまま屈んでてください!」
「了解。そこからカマイターゼとパイロのコンビね。アルフレド、行ける?」
「あぁ。任せろ。レイに教わったんだ。絶対に決めてみせる!」
◇
レイの教えが活かされ、このゲームにはない合体技が見事に発動していた。
最初からアルフレド、フィーネ、エミリの三人だけで踏破可能な森だ。
『モヤモヤ』で視界が悪くなっているとはいえ、そこでやられるような三人ではない。
「あいつら、狂ってる…」
だからって、森を燃やすとは聞いていない。
レイはただ一点を目指して逃げていた。
間違いなく、彼らは魔物を瞬殺して、自分の後を追ってくる。
ヤミヤミでもヤミマでもなく、初期の魔法モヤモヤを使った。
一応、加減はしている行動だった。
ネクタの街に行くと彼らに告げていたし、彼らの冒険もネクタの街を経由する。
地形上、あそこを経由しなければ進めない。
それが昔ながらのRPGだ。
勿論、そのルールを無視することは可能だろう。
けれど、その考え方はアルフレドには教えていない。
寧ろ、変な行動を取るとバグという、世界の終焉を招くと教えている。
「こ、殺される……」
脇腹から流れる血にも気付かず、レイはひた走っていた。
彼があの場から逃げ出したのは、勇者パーティそのものに恐怖したからだ。
その恐怖の最大の理由は、意図せず豹変する自分自身。
脊髄反射で口から破廉恥な発言が飛び出る。
ついには体も勝手に動く。
何が起きたか分からない。そんな中で導いた答えは。
アルフレドの
「忘れていた。っていうか、ほんとピンボケも……いいところだった……。あれは『誘惑』だったんだ。確かフィーネは『
レイはきっちりとピンボケしている。
出血のせいか、やはり彼も眠れていないか。
その中でも、やはり死の恐怖が大きい。
頼りになるから、ついて来て欲しい。
「そりゃ……、そうだ。連れて行きたい……よな。ここ……まで、教えて……、俺だけ……安全な……んて」
誘惑魔法があったら、レイの意思なんて関係なく絶対に連れていかれる。
好きとか、嫌いとか、そんなの分からない。
でも、分かりやすいのは攻略本としての存在価値。
居た方が助かるのは間違いないし、そういう動きをしていたのは事実だ。
「このままじゃ、本当に……連れていか…。俺は……もっと目立たない…するべきだった。…を焦り…すぎた……。逃げ切りを……焦り……すぎ……」
『
けれど習得する可能性がある事実、ステータスが見えない事実、そして自分自身の意図しない奇行事実があった事実を前に、彼はリアルに混乱していた。
そして、次の街で解放されるという、地形的近さも原因の一つだった。
短期間に沢山の情報を与え過ぎたのだ。
現実世界に魔物が現れたとして、アニメだったとして、小説だったとしても。
膨大な知識を持つ者、下手をすれば世界の仕組みさえ知ってる者、しかも強者。
なんで、お前が戦わないんだよ!って誰もが考える。
「俺…たたかう……、当た…前……だ……」
そんな彼の思考能力は次第に削れらて行く。
出血ダメージというスリップダメージは、彼のHPを蝕んでいく。
レイの視界がどんどん狭くなる。
彼には仲間を待つという選択肢があった筈だ。
だが、彼は単に逃げ続けた。
作中のレイモンドなら、確かに逃げるかもしれない。
「やば、なんかすげ…眠…い。あ、あそこベンチあ…った…」
失われてしまった思考能力は、全てをどうでもよく、思考停止という安楽地へと誘っていく。
今の彼に必要なのは休息。
ただ、HP1付近を彷徨う彼に、本当に必要なのは回復できる休息。
——ゲーム上、背景と変わらないベンチではない
それでもレイは、得意の豪運でベンチに辿り着き、そこに横たわった。
だが、残念ながら回復のベンチではなかった。
背景を魔法の椅子に変えるほどの豪運は、レイモンドも持ち合わせていなかったらしい。
そして彼が寝ころんでいるベンチが赤く染まっていく。
座面から流れた血の雫が地面で弾け飛ぶ。
その時。
「女神メビウス様、彷徨える仔羊をお救いください。
優しい少女の声が聞こえた。
レイの冷たくなった体が、暖かな光で包まれていく。
「ふふっ」
そして桃色髪の少女は、小さく笑って何処かへと行ってしまった。
銀髪の悪漢ボーイは、彼女のことを霞む視界でなんとか捉えようとした。
そして、同時に耳朶を微かに震わす懐かしい声。
「血痕は、やっぱりレイのだ!急げ、この街に続いているぞ」
アルフレド達もまた、ネクタの街の広場に足を踏み入れていた。
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