第20話 ムービーゲームはそれはそれで味がある。

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少女「ママー!私、今さっきね。とっても良いことしたよー!だからぁ、お小遣いちょーだいっ!」


少女の母親「またお小遣い?駄目よ、マリア。あんなよっぱらいに魔法をかけても神様は良いことってお認め下さらないわよ。それよりも早く離れなさい。穢れがうつるわよ。あんなの碌でもない人間に決まってるわ。」


マリア「えー、そういうの分かんないじゃん! 誰にでも優しくって教わったもん!私は敬虔な信徒だもん。でね、いつかお金持ちの王子様が私を攫いにくるの!……キャ!もう!どこに目をつけてんのよぉ……おじさん‼」


 桃色の髪の少女の名前はマリア。マリア・エクナベル。

 ネクタの街の資産家の娘であり、今は教会でお祈りを捧げた帰り道だった。

 今日、スピードエイドという神聖魔法を教えてもらったから、ベンチで寝ていた酔っ払いに試してみた。

 彼の魂が少しでもまともになりますように、と祈ってやったのだから、神様は金髪イケメンとの出会いを与えてくれても良いのに、とマリアは口を膨らませていた。

 そんな少女が母の元に戻ろうとしたら、突然視界に黒い物体が現れて、彼女は転けてしまった。

 だから、彼女はその黒、というより道化師のような服を着た男に文句を言ってやった。


道化師の男「おじさん?僕に向けておじさんとは口が悪いねぇ。人間の小娘はどうやら頭が悪いらしい。ほーんと何を言っているのかなぁ。僕はまだ360歳。ぴっちぴちのアズモデ様だよ? その目も壊れているのかなぁ? 僕が抉り取ってあげようか?」


 普通ではない男。変態。表現できない魔力に少女は恐怖した。

 彼は顔の色こそ人間だが、金色に光る瞳、尖った歯、尖った耳に尖った舌。

 何故か本を手にしているし、人間そっくりだが、何かが色々、いや全然違う。

 文句を言った相手は、アレはどうみても人間ではなかった。


アルフレド「そこまでだ‼少女は怯えている。お前は魔族だな?」


 ただ、そんな中、金髪のカッコよい男が間に割って入った。

 そして、桃色の少女を守るように道化師のような何かに立ち向かった。


アズモデ「おやぁ? 君は……」


謎の男「ちょっと待てやぁ、アルフレド。まーたお前、勇者のフリなんてカッコつけやがってぇ。勇者は俺様って言ってんだろぃ。だーかーらぁぁああ。俺様に任せろってぇ。そこのピエロぉ。ちょっと待ってなってぇぇえ。俺様がぁ、これを…、ヒック。飲んだらなぁあ、ぎったんぎったんのぼっこぼこのぉおお」


アルフレド「レイ! どんだけ酔っ払ってんだよ。お前は引っ込んでろ。魔族は俺の村の家族の仇だ!」


レイ「うるせぇ、俺ぁ自分の金で飲んでんだぞぉ。てめぇに俺の何が分かるぅ。おい、そこの、あ、あず、あずきんとす!そのお嬢ちゃんから離れろぉ。そのお嬢ちゃんは俺が先に目ぇつけてたんだよぉぉぉ。ぬ、ぬぅ?……ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 金髪の青年にレイと呼ばれた酔っ払い、彼がアズモデに詰め寄った時、アズモデの奇妙な服の下から矢印型の尻尾が飛び出てきた。

 そして矢印は下から上へとしなり、レイの顎に直撃した。

 常人なら何が起きたか分からない速度。とんでもない威力を持った尻尾。

 レイも何が起きたか分からないまま、尖った顎が跳ね上がる。

 その勢いのまま、銀髪大男は高さ10mまで上がって、そのまま街の噴水へとバシャン‼と落下した。


アズモデ「人間むしけらのクズに用はない。くく、本当に人間界は腐っているねぇ。さぁて、漸く僕の待ち人が来たみたいだ。金髪の剣士。君、スタト村出身だよねぇ。焼き尽くした村は、まだあそこだけだしねぇ」


 ここで明かされるスタト村の一件。

 魔物と聞いていたが、こんな不気味な奴が関わっていたとは思っていなかった。


アルフレド「俺を待っていた……だと? お前が俺たちの村を……。フィーネの両親を‼」


フィーネ「アルフレド、気をつけて! 貴方まで死んでしまったら……私……。でも、…許せない。お前が私の両親を‼村の皆を‼…だから私が戦うわ!」


エミリ「勇者様!アタシも戦います。天国で見守っているお父さんとお母さんの為にも‼」


 アルフレド、フィーネ、エミリがアズモデを取り囲むように動く中、ソレは道化師の服をはためかせながら、禍々しい黒色のオーラを放った。


 ひぃぃぃ、きゃぁぁあと悲鳴が聞こえる。

 漸く、事態の異変に気付いたネクタの街の人々が散り散りに逃げていく。


アズモデ「愚かな虫けらども。そんな下らないモノの為に戦うと?」


 そして、アズモデは余裕の表情で空に浮かんでいく。


アルフレド「下らないだと?スタトの皆を愚弄する気か‼」


 道化師の背中にはいつのまにかコウモリのような羽が生え、それが街中に乱気流を発生させる。

 そして右手の人差し指をメトロノームのように動かす悪魔。


アズモデ「違う、違う。僕じゃないよ。僕は光の勇者のご尊顔をただ見に来ただけさ。君の村を襲った連中なら、今は極東の地にいるよぉ。君も知ってるだろう?東の大地は魔王様が君臨する地。因みに普段は僕もそこにいんだけどねぇ。こう見えて僕は忙しいんだ。では、光の勇者アルフレド。またの機会に。でも…、せっかくだ。この子たちと遊んでやってよ。んじゃあね」


 そう言って、アズモデは目では追えない速さで去っていった。

 その行方を険しい顔で見つめる光の勇者たち。

 だが、地面には禍々しく光る三つの卵が突き刺さっていた。


 ピシッ!


          ▲


 レイは森の中からのここまで来た記憶が殆ど残っていない。

 でも突然、既視感のある光景が流れて、気付いたら溺れかけていた。


「ゲホッ…ゲホッ…」


 ここがネクタの街の噴水ということは分かっている。

 その中で、気管に入った水を吐き出そうと咳き込んでいた。

 いや、何なら胃の内容物まで吐き出している。

 そして、今起きた現象に困惑していた。


 気持ち悪い。…なんだ今の。くそ、これは酒か?

 って違う!なんだじゃない!俺はこれを知っている!何回も見たイベントだ!

 序盤はほとんどスキップしてたからうろ覚えだけど。

 …そうだった。ネクタの街に入ってこの広場に行くとムービーが流れる。

 レイモンドは「酒だ、酒だ」と叫び始める。

 んで、その後でムービーが差し込まれるんだ。

 俺がどうやってここ来たのか曖昧だけど、おそらく今回のイベントのスイッチはこの広場に全員が集合することだったんだ。

 そして、ここで三人目のヒロイン、マリアが登場。

 更にここで光の勇者と告げられ、勇者の復讐の地が東の大地であると知る。

 それにしても、今のはおかしい。

 どうしてレイモンドは『レイ』なんだよ‼

 あとは最初から決められた設定で進んでいたのに‼

 村も滅んだことになってるし、エミリの両親も死んでいる。

 どうして俺だけ…、ってかさっきのムービー、俺の役って必要⁉

 近所の迷惑な酔っぱらいじゃ、ダメだったのかよ‼

 酒まで飲まされて、痛ぇぇ。四天王の一撃が…、知ってたけれど、なんで生きてんだよ、俺‼



 そしてどうやら、ここに居た全員がアレを見たらしい。

 アルフレド達も泡を食ったような顔をしていた。


 「レイ、大丈夫か!」


 勇者は噴水の中で蹲る共に駆けよった。

 三人とも神妙な顔つきをしているから、彼らの思考がどうなっているのか、ちゃんと聞くべきかもしれない。


 けれど、今はそれどころじゃない。

 あのイベントがカットされていたら、なんて考えている場合じゃない。


「その前にアレをどうにかしないと。エミリ、分かっているな?ここはブーメラン殺法だ。俺、一度見てみたかったんだよなぁ。こういう卵から生まれる系モンスターが、もうすぐ孵化するって時。その前にぶった斬られたらどうなるか…ってところを……な?」


 エミリは、ずぶ濡れの先生の言葉に我に帰った。

 そして三つの卵に狙いを定め、鉄斧で卵を割って行く。

 中には昆虫型のモンスター『ビビビースト』が入っている。


 それもレイは知っている。

 本来なら戦闘が始まるのだが、今は卵のまま。


「行け…、エミリ」

「…はい。父さんと母さんの仇、ブーメラン殺法‼…って、あれ?」


 エミリが投げた鉄斧が、きっちり三つの卵に命中した。

 孵化する前の外骨格は水分を多量に含んでいたらしく、緑色の液体が噴き出る。

 ピギューという嫌な鳴き声がして、どうやら藻掻いていることが分かった。


「次はアルフレド。念のために火球弾パイロンだ。孵化後だから、乾燥させないとな。」

「なるほど。流石はレイだな。魔物に対して、やることがえげつない。分かっている。スタトの皆の為にも、アズモデの思い通りにさせるか‼、火球弾パイロン‼…なんだと?」


 アルフレドは勇者らしからぬ悪い顔を見せた後、動きが残るビビビーストの体を焼いた。


「フィーネ。ダメ押しだ。火力をあげよう。大鎌鼬カマイターゼ行っとこうか。」

「ちゃんと準備できてるわよ。住民の皆さん、避難できてますね!父さん、母さん、私は‼大鎌鼬カマイターゼ‼…え?」


 流石、才女フィーネ。

 すでに予想して、住民の非難喚起まで行っていたらしい。

 そして彼女も何の躊躇いもなしに、ビビビーストが燃えている炎に酸素を供給して行く。

 RPGに自然科学と物理が混ざっているのだから、あの炎の中は千度は余裕で超えているだろう。

 焼かれている彼らは悪くない。

 ただ産み落とされた場所を間違えただけだ。

 だが、人間側がモンスター側の準備に付き合う必要はない。


「良し。倒せたぞ、レイ」

「完璧よね、レイ!」

「倒せました、先生!」


 見れば分かる。

 戦いが始まる前に勝利は確定していた。


「あぁ……、よくやった……。よく、俺の戦い方を短期間に会得してくれた。」


 でも、レイの戦いはここからだった。

 勇者アルフレドが数歩歩くと次のイベントが発生してしまう。


「でも、ゴメン……」


 今こそ、彼らに別れを告げる瞬間だ。

 まだ、頭は混乱している。

 だから冴えない顔つきで、レイは言いにくそうに命の懇願を始める。


「あ、あのさ…。アルフレド……」


 だが。

 レイには思いもよらない言葉が周囲から発せられた。


「分かっているよ。あとは俺たちに任せとけ。今までありがとうな、レイ。」

「レイ?さっきの私の動き、見てたでしょう? あんたがいなくてもちゃんとやっていけるわ。」

「先生!…… 今までありがとうございました!」


 あれだけのことがあったのに。

 呆気なく、彼が求めていた言葉が返ってきた。

 

 ——つまり、別れの言葉。


 レイが傷つき、彷徨っている間、彼らは彼らでちゃんと話し合っていた。

 そして、彼らはちゃんと心の準備も済ませてくれた。


 だからレイは呆気なく、本当に呆気なく……


「あ、ありがとう…。感謝するよ。…これからも感謝し続ける。それじゃ、勇者様、そして勇者を支える才能溢れるお二人。…世界を宜しく…頼みます。」


 こみ上げるものがある。

 たったの一日と半分なのに。

 でも、それをこみ上げさせてはダメなのだ。

 だから、あくまで町人の一人として頭を下げる。


「任せ……ろよ」

「絶対、……倒す……からね」

「レイ君……、また……」


 もしも、レイがこの場で立ち止まると、例の強制力が働くかもしれない。


 彼らもそれはなんとなくだが、それを知っている。


 だから、レイモンドの役を授かった男は、たった三日間の物語の余韻を味わう暇もなく、踵を返してこの場を立ち去っていく。

 別れを惜しむ、思い出を語りあう、今の映像がどうだったか聞く、なんて禁忌事項。

 ここで強制イベントに巻き込まれたら、彼らと別れた意味がなくなる。

 彼らの覚悟の意味がなくなる。

 だから、背を向けながら片手を上げた。


 ——すると


「あ……」


 という声が後ろから聞こえた。


 もしかしたらと、レイも口元を触ってみる。


 確かに自分の口も開いていた。


 理由は、目に見える変化が起きたからだった。


 ゲーム内でキャラクターと別れた場合、仲間が持っていたアイテムがそのまま消えるゲームと、主人公のアイテムボックスに戻るゲームがある。


 そして、このゲームは後者を採用している。

 リメイク前にあった仕様。いやいや。ヒロインと別れのないリメイク後でも一部で採用されている。


 ——それが何処かは明白だ。


 レイモンドは途中で死ぬ運命にある。


 だからレイ仲間から離脱することは最初から決まっている。


 大切なアイテムが消えてしまうバグを避けるための当然の措置だ。

 分かっていたから、レイは一張羅を脱がなかった。その上からレイ特製レザーアーマーを着ていたのだ。

 因みに、レイモンドの一張羅だけは流石に帰ってこない。

 だって、専用装備だから、誰も装備できない。

 装備できるバックラーと棍棒はアルフレドか、他の仲間の荷物に入っているだろう。



 そして。

 この現象こそ、彼らがレイをパーティから外したという意志の表れでもある。

 別れたという事実が、目に見える形で分かると、やりようのない悲しみが湧いてくる。


「あれ……」


 レイはつい声を漏らした。

 何故か、涙が溢れていた。


 けれど振り返ってはいけない。

 この身に二度とレザーアーマーが装備されないように。


 だって、この選択をしてくれた彼女に、仲間たちに酷いことをしてしまうのだ。


 でも、心配はいらない。

 次はマリアが仲間になって、ぴったり四人、戦闘要員は補充される。


 前衛アルフレド、エミリ。

 後衛フィーネ、マリアは、とてもバランスの良い組み合わせだ。

 攻撃魔法のフィーネと回復魔法のマリア。


 デバフ程度しか使えないレイなんて、残っていても使ってもらえない。

 いなくても、彼らなら世界を救える。

 その為に知識は授けた。さっきの戦いで証明してくれた。


 でも、考えるとどんどん寂しくなるから


 ——レイは考えるのを止めた。

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