早起きは不機嫌で不徳


 けたたましい目覚ましの音が部屋中に鳴り響き、完全なる夢の世界にいたあたしは、現実に引き戻された。



「うー…」と小さく唸って、枕元にある目覚ましに手を伸ばす。



 ジリジリ五月蝿い目覚ましは、あたしの空手チョップでその音を止めた。



 時間は朝5時。



 太陽の所為でこんな早起きを強いられる。



 一瞬、スペシャルプリンパフェなんていらないやって思った。



 相当強く思った。



 けど約束は約束だし、何よりあたしの体は太陽には逆らえないように出来てる。



 奥歯をイーッって噛み締めたくなるくらいの眠気を我慢してベッドから降りてカーテンを開けると、窓の向かいにある太陽の部屋のカーテンががっつり閉められてるのが見える。



 あたしが早起きしてるのに、太陽はまだ寝てる。



 それが妙にイラついて、窓に向かって変顔をしてから1階へと降りていった。



 まだパパもママも起きてこない時間だから、リビングに行くと凄く静かだった。



 こんな早起きした事ない。



 っていうか、お弁当なんて作った事ない。



 一応、昨日寝る前にママに事情を説明したから、キッチンには太陽用のお弁当箱が置かれてる。



 敢えてお弁当箱が1つなのは、自分の分も作るっていうのが面倒臭いから。



 料理なんて家庭科の授業でしかした事ない。



 要領すら分かんない。



 何を入れたらいいのかも分かんないからいきなり行き詰った。



「んー…」


 そう唸ってみても寝不足で頭回んないから意味はなく、気付けば立ったまま1分くらい寝てた。



 本当にやだ。



 面倒臭い。



 世間のカップルの彼女たちが、どうしてこんな面倒な事するのか分かんない。



 もう本当に面倒臭いし、料理なんて分かんないから、あたしは玉子焼きに挑戦して……玉子焼きだけのお弁当を作り上げた。



 でもそうやって玉子焼きしか作ってないのに、作り終わった時にはもうママが起きてきて、



「出来たの?」


 なんて楽しそうに聞いてくるから「うん」って言ったつもりが「ふん」ってなった。



 寝不足で頭ボーッとしてて、朝ご飯を食べたのかも覚えてないくらいで、気付けばインターホンが鳴って、太陽が迎えにきてた。



「おはよう」


 よく寝ましたって顔で、爽やかに挨拶してくる太陽に、



「ふん」


 そう言いながら玉子焼き弁当を手渡すと、太陽は「おぉ」なんて歓声を上げる。



 歓声と一緒にお弁当を受け取った太陽は、反対側の手であたしの手を握り学校へと歩きだした。



 最近は、帰りだけじゃなく行きも手を繋いでる。



 それももう当たり前になりつつあって、何とも思わなくなってきた。



 ……ならお弁当を作るのも、いつかは当たり前になるのかもしれない。



 でもよくよく考えてみれば、お弁当を作る事には慣れても、早起きする事には慣れそうになかった。



 太陽は酷い。



 あたしが低血圧だって知ってるのにお弁当なんて作らせる。



 寝不足だと不機嫌になるって知ってるくせにお弁当を作らせる。



 人にはそれぞれ苦手なのもがあるけど、あたしは寝不足が苦手で、8時間くらいきっちり寝ないと一日中体調が悪い。



 だから放課後太陽が迎えにきた頃には、



「どうした? 向日葵。機嫌悪い?」


 完全に不機嫌モードに入ってた。



 自分でも分かるくらいに目が据わってる。



 でもそれは怒ってるっていうよりも、眠くて目が開かないっていうのに近い。



「弁当美味かったよ」


 ニコニコと無邪気な笑顔でお弁当箱を返してきた太陽は、



「ふん」


「うん」のつもりがまた「ふん」になってしまったあたしの手を掴むと、いつものように昇降口へと歩き出す。



「弁当ありがとな」


「ふん」


「今日はスペシャルプリンパフェだな」


「ふん」


「4個買ってやろうか?」


「ふん」


「向日葵?」


「ふん」


 校門を出ながら「ふん」しか言えないあたしはもう、半分以上目が閉じてて、腰を屈めて顔を覗き込んでくる太陽の顔が、ぼんやりとしか見えなかった。



「眠い?」


「ふん」


「このまま帰って寝るか?」


「……」


「スペシャルプリンパフェ買う?」


「ふん」


「んじゃブンブン堂だな」


「ふん」


 ブンブン堂に向かう最中フラフラする足取りのあたしの手を、太陽はご機嫌って感じで鼻歌混じりに引っ張ってった。



 だからかもしれない。



 太陽が元気だから、それが妙にカチンときたのかもしれない。



 太陽の部屋に着いても尚、鼻歌混じりでスペシャルプリンパフェが入ったブンブン堂の箱を開けてる太陽が、やけに癪に障ったからだと思う。



 だから。



「痛い痛い痛い痛い!!」


 癇癪かんしゃくを起こした犬のごとく、太陽の二の腕に噛み付いてやった。



「向日葵!! 痛い!!」


「……」


「千切れる!! そこ、千切れる!!」


「……」


「痛い痛い痛い痛い痛い!!」


「……」


「向日葵さん!! 向日葵さーーん!!」


「……」


「噛むな!! 内側噛むな!!」


「……」


「痛いって!! マジで痛いんだって!!」


「……」


「マジ痛い!! 勘弁して!! 向日葵!!」


「……」


「ごめんって!! もう分かったから噛むな!!!」


 何が「ごめん」なのか、何が「分かった」のか分からないけど、太陽が半泣きになって大騒ぎするから、噛んでた二の腕を離してやった。



 途端に太陽は噛まれた部分をじっくりと見つめ、火傷した訳でもないのにフーフー息を吹き掛ける。



「歯形がこんなにくっきりと……!」


「ふん」


「ほら見ろ、これ!」


「ふん」


「赤くなってるだろ、ここ! ここ!!」


「ふん」


「お前は本当に酷い奴だ!」


「ふん」


「このメスい――…ぎゃあああ!! 痛い痛い痛い!! 噛むな!! 悪かった!! 俺が悪かった!!」


「……」


「向日葵痛い!! ひまわり~~~!!」


 押しても引いても腕から離れないあたしの歯は、むしろ引っ張ると痛いらしく、太陽は床に引っ繰り返って足をバタバタさせるのが精一杯で、



「俺じゃない!!スペシャルプリンパフェを食え!! 俺を食うな~~!!」


 涙ながらにそう訴えてくるから、仕方なしに噛んでた腕を放してやった。



 それでも余りの眠気の凄さに、スペシャルプリンパフェを食べる気にはなれなくて、太陽のベッドに向かった。



 もう歩くのも面倒だからベッドまでは半分這ってって、匍匐ほふく前進のままベッドの端まで行くと頭を布団に突っ込んだ。



 そのまま頭からモソモソと布団の中に入っていくあたしを、太陽は見ていたらしく、



「……寝るのか?」


 2度も噛まれた恐怖からか遠慮がちにそう問い掛け、あたしが「ふん」と返事すると、「そっか」って小さな声が戻ってきた。



 完全にベッドに上がり布団に体を包み込むと、すぐに夢の世界に誘《いざな》われそうになる。



 2秒。

 2秒でイケる。



 そう思って目を閉じたあたしに、



「なぁ、向日葵」


 太陽が話しかけてくる。



 眠いのに。



 早起きしたから眠いのに。



 太陽のお弁当を作ったから眠いのに。



 太陽がお弁当作らせたから眠いのに。



「何で機嫌悪いんだよ?」


 事もあろうに全く反省していない、カチンとくる言葉を言われた。



「向日葵?」


 頭まで布団を被ってるあたしの耳元近くで太陽の声がする。



 つまりそれはこの布団のすぐ向こうに太陽がいるって事で――…



「なぁ、ひまわ――…ぎゃあああ!!! 痛い痛い痛い痛い!!! 悪かった!! 寝るの邪魔して悪かった!! 寝てくれ!! どうぞ寝てくれええええ!!!」



 …――布団をめくり上げた次の瞬間、覗き込んでる体勢だった太陽の肩に噛み付いてやると、太陽は身を悶えさえるように体をうねり、悲痛の叫び声を上げた。



 太陽は絶対分かってる。



 あたしがどうして不機嫌なのか、太陽に分からない訳がない。



 太陽は全部が全部分かってて、それでもこうして分からないふりをする。



 これだけあたしが不機嫌でも、「もう作らなくていいよ」って言わないのは、誰もが太陽に従うのが当たり前だと太陽自身が思ってるからで、「もう作りたくない」ってあたしが言えないのも、それと同じ理由。



「向日葵、今度の弁当さ? 2個作ってくれ――…んぎゃああああああ!! 痛い痛い痛い痛い!!!」


 だからあたしも噛むくらいしか、このイライラを解消出来ない。

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