いざ、出陣


「聞いて驚け、俺たちは明日合コンデビューする」


 太陽が無計画な提案を言い出してから1週間が経った土曜の夜。



 その日、一日中やたらとソワソワしていた太陽は得意気にそう笑った。



「……」


「……」


「へぇ」


「……」


 あれから1週間って時間が流れ、既に合コンへの興味がなくなってたあたしは、太陽のテンションにはついていけず、



「……」


 今の状況がいまいち把握出来ない。



 なのに。



「何でテンション低いんだ!?合コンだぞ!?一緒に行けるんだぞ!?」


 太陽は鬱陶しいくらいにハイテンションで、やたらと大きい声を出して五月蝿いからこっそり睨み付けたら、「目が線!」って言われた。



「良かったなぁ、向日葵。俺たちもとうとう合コンデビューだぞ?」


「……」


 何が“良い”のか分からないけど、太陽はご機嫌で、



「何でそんなに合コン行きたいの?」


「合コンってのは楽しいらしい」


 隣でソワソワしてるのが嫌って程に伝わってくる。



「本当に一緒に行っていいの?」


「あぁ。ちゃんとクラスの奴に頼んだ」


「太陽のクラスの人が合コンするの?」


「あぁ。合コンに来る男も女も俺のクラスの奴らだ」


「……」


「向日葵は知らない奴もいるから居心地が悪いかも知れねぇけど、俺がいるから大丈夫だろ?」


「……」


「そんなに心配すんなって! 一緒に座ってりゃ大丈夫だ!」


「……ねぇ」


「ん?」


「それって合コンじゃなく、クラス会じゃ――…」


「合コンだ!」


「……」


「楽しみだなぁ、向日葵」


「……」


「明日は昼前には起きような」


「……ねぇ」


「ん?」


「明日合コンだからもう寝るの?」


「当然だ」


 いまいち把握出来ないのは、2人で布団の中にいるって状況。



 まだまだ全然眠くないのに、無理矢理太陽に布団の中に押し込まれて、



「楽しみで中々眠れないな」


 なんて太陽は言ってるけど、そりゃ夜の7時に布団に入っても眠れる訳がない。



 部屋の電気ももう消されて、見たいテレビも見せてもらえない状況で、明日のクラス会……じゃなく合コンが、既に面倒臭いものになりつつあった。




 日曜日は昼過ぎまで寝るって決めてるのに、太陽に起こされたのは10時過ぎだった。



 前夜7時に布団に入ったところで、すぐに寝る事なんて出来なかったあたし達は、夜中までスペシャルジャンボプリンパフェの謎について話してたから、朝太陽に無理矢理布団を引っぺがされた時は超ムカついた。



「クラス会って何時から?」


 ベッドから引きずり下ろされてそう聞いたら、



「合コンは夕方からだ」


 まだまだ時間があるって分かったから、とりあえず噛み千切る勢いで太陽の腕に噛み付いてから、布団に戻った。



 本当に太陽が不可解だった。



 いつもどこか抜けてる感じだけど、ここまで不可解なのは初めてだった。



“合コン”っていうものに何を期待してるのか、本当にさっぱり分からなかった。



 結局2度目に起こされたのは、もう夕方近くになってからで、ベッドに一緒に寝転んだ状態の太陽に起こされた感じからして、太陽も一緒に寝てたみたいだった。



 今日はまだ一日何にも食べてないから、ご飯を食べようと思ったのに、太陽は何にも食べさせてくれなかった。



 お腹をグーグー鳴らしながら、太陽に無理矢理着替えさせられた。



「ジャージはダメだ!」って折角着替えたジャージを脱がされて、太陽曰く“お出かけ用”の格好にさせられた。



 太陽とお揃いで買ったジーパンを穿いて、合コンにお揃いの服ってどうなんだろうと思ったけど、クラス会だからまぁいいやって事にして、太陽と家を出た。



 太陽はやっぱり道中ご機嫌で、鼻歌混じりにあたしの手を握って、



「俺に感謝しろよ」


 なんて意味不明な事まで言い出す始末だった。



 合コンという名のクラス会が行われる場所は、学校近くの飲食店らしく、



「座敷を貸し切ったんだぞ」


 まさかそこまでの規模だと思ってなかったから凄く吃驚したら、ただ単に主催者がその店の息子なだけだった。



「何人くるの?」


 何気にした質問に、



「んー…っと、20人くらいだったかな?」


 返ってきた答えからして、太陽のクラスメイトの殆どがそこに集まるらしくて、最早完全なクラス会だった。



「本当にあたしも行っていいの?」


 クラス会にお邪魔していいのか本気で不安になったあたしに、



「いいに決まってんじゃん。合コンなんだから」


 太陽は何としても“合コン”だとゴリ押ししたいらしい。



「でもあたし邪魔じゃない?」


「何で邪魔?」


「だって太陽のクラスの人ばっかでしょ?」


「だから何?」


「クラス違うのに行ったらおかしいじゃん」


「おかしくないぞ、合コンだから」


「……」


「向日葵」


「うん?」


「今日ははしゃいでいいぞ」


「意味が分からない」


 意味不明な太陽と、学校近くの飲食店についた時にはもう辺りが薄暗くなってて、お店に入ると店員さんは、何も言わなくても座敷の方に案内してくれた。



 座敷の前には靴が並んでいて……どう数えても20足以上の靴がそこにあった。



 何となく嫌な予感がした。



 第六感的に嫌な予感がした。



 並んでる靴がやたら女物が多い事に、嫌な予感は絶好調だった。



 あたしはそうやって予感を感じ取ってるのに、太陽はさっさと靴を脱いで座敷のふすまを開き――…



「うぉっ!」


 短く小さな雄叫びを上げたと同時に、開けた襖を閉めた。



「向日葵! 大変だ!」


 勢いよく後ろにいたあたしに振り返った太陽は、ちょっと顔面を蒼白気味にしてて、



「どうしたの?」


 問い掛けながらも何となく、太陽の言う事は分かってた。



「クラスメイトだけじゃねぇ!」


「うん」


「知らない女がわんさかいる!」


「だろうね」


「どうする!?」


「え?」


「……帰るか?」


「えぇ!?」


“合コン”に来たくせに知らない女がいるってだけで帰るかって言い出しちゃった太陽は、もう完全にキョドった状態に陥ってる。



 女恐怖症の太陽からすると、襖の向こうには猛獣が放し飼いにされてる状態なのと同じらしく、



「向日葵がそこまで言うなら帰ってもいいぞ? 帰ろうか? ん?」


 あたしの所為にしてまでも、帰りたいらしい。



 だけどあたしの空腹は、完全に限界だった。



 襖の向こうから漂ってくる、食べ物の匂いに限界を突破してた。



 だから。



「いいじゃん、入ろうよ。あたしの隣にいればいいでしょ?」


 太陽が本当に嫌がってるって分かってても、空腹には勝てなかった。



「でもな? 向日葵」


「うん?」


「女がわんさかいるんだぞ?」


「うん。聞いた」


「わんさかだぞ?」


「うん。わんさか」


「向日葵」


「うん?」


「お前は本当に酷い奴だ!」


 太陽がそう喚いた瞬間、太陽の背後にあった襖が開いた。



 中から顔を出したのは、太陽のクラスメイトの男子で、



「何やってんだ、太陽。早く入れよ」


 太陽の姿を見てにっこりと笑うと、その男子は太陽の腕を引っ張り――…太陽はあたしの手を痛いくらいに捕まえて、あたし達は座敷の中に入った。

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