守りは忍耐


「何で知らない奴までいるんだよ!?」


「……」


 何でって聞かれても、太陽に連れて来られた側のあたしにそんな事答えられる訳もなく、



「多くね!? やたらと女多くね!?」


「……」


 なのに太陽は席に着くまでずっとあたしの耳元で喚いてくる。



 お座敷に6・7人ずつ座れるようにして置かれている長テーブルは6つもあって、あたし達はその中でも座敷の一番奥のテーブルに座った。



 その理由は太陽の言う“クラスの奴ら”がそこに集ってたからで、腰を下ろしてすぐにあたし達はこの状況の説明を受けた。



 簡単に言えば、友達が友達を呼んだって感じらしかった。



 太陽があたしを連れて来たのと同じように、みんなが自分の中学の同級生や他のクラスの友達を連れて来たって感じらしかった。



 なのに。



 そう説明を受けたのに。



「誰だ!? あれ、誰だ!?」


「……」


「あんな女見た事ねぇぞ!?」


「……」


 太陽は落ち着きがない。



 主催者の仕切りで「乾杯」をした直後から、さっさとご飯を食べ始めたあたしの体に身を隠しつつ、周りばっか気にする太陽が耳元で五月蝿い。



「向日葵! 向日葵!」


「……」


「悠長に食ってる場合じゃねぇだろ!」


「……」


 お鍋の出汁が入った器を手に持ってるのに、太陽はあたしの肩をガタガタ揺らしてくる。



 そうやって揺らすから、口に食べ物を運ぼうとしても中々口に入らなくて、二人羽織りでもしてるのかの如く箸が左右に動く。



 本当なら「やめろ!」と怒りたい。



「黙って食え!」と怒鳴りたい。



 だけど太陽の気持ちが分かるから、あたしは黙って耐えるしかなく、



「見てる! あの子、何かこっち見てる!」


「……」


「向日葵! 向日葵!」


「……」


「ぎゃあ! こっちに来た!」


「ぎゃあ!!」


 小さな悲鳴を上げた太陽に、思いっ切り肩を揺らされて、持ってた器が引っくり返ったあたしの方が大きな悲鳴を上げた。



 勢い良く引っくり返ったあたしの器は、テーブルの上で逆さまになって出汁が足元に流れてくる。



 この時ばかりは太陽も、ようやく我に返った様子で、



「向日葵、大丈夫か!? 鈍臭いな、本当に」


 自分の所為だとは気付いてないらしく、腹立たしい事を言ってくる。



 でも太陽がそうしてられるのも束の間だった。



 いつもの太陽に戻れたのは一瞬だった。



 おしぼりを掻き集めて、零れた出汁を拭いてた時、



「こんばんは」


 聞こえてきた甲高い声に、分かりやすく太陽の体が強張った。



 俯き床を拭いてるあたし達の頭上から聞こえてきた声は、ゆっくりと下降して“その”気配を感じさせる。



 男ばっかりのテーブルだったその場所に、



「お邪魔しま~す」


 知らない女の子が3人腰を下ろした。



 本当に“合コン”のようなテーブルになったその場所に、明らかに挙動不審な奴がいる。



 あたしの隣に座って、反対側は壁までぎっちり詰めてる太陽は、



「何か座ってるぞ!? 何でだ!?」


 やっぱり小声で囁いてくる。



「どこに座ってもいいんじゃないの?」


「席順があるだろ!」


「え? あるの?」


「え? ないのか?」


「え? あった?」


「え? なかったか?」


「あたし知らないよ」


「普通はあるだろ!?」


「でもあたし達も勝手に座ったじゃん」


「……」


 あたしが言ってる事は絶対に正論なのに、太陽は怨めしげな目を向けてくる。



 その間も勝手に座った女の子達は、他の男の子と話をしてて、



「本当に“太陽”って名前なの?」


 突然女の子の1人がこっちに話を振ってきて、太陽の体が大袈裟にビクッと震えた。



 それでも流石太陽だった。



 みんなに“優しい”太陽だった。



「うん。そうだよ」


 体は完全に逃げ腰なのに、にっこり笑った太陽は、幼馴染のあたしから見ても格好いいって表情してた。



 だけどテーブルの下でこっそり握ってくる手が、微かに震えてるのは、幼馴染のあたしでも驚く程に格好悪かった。



「“太陽”って珍しい名前だね」


 太陽スマイルにノックアウトされたらしい女の子の言葉に、



「向日葵も珍しいよな?」


 速攻あたしに話を振ってくる太陽。



「……」


 太陽の器で黙々と食べ続けるあたしに、



「その子“向日葵”って言うんだ?」


 興味なさげな反応をする女の子。



「向日葵は俺の彼女!」


 聞いてもないのにあたしを紹介する太陽に、



「ぎゃあ!」


 勢い良く腕を掴まれて、また出汁の器をひっくり返したあたし。



 そして。



「あぁ、彼女なんだ?」


 太陽の紹介に女の子はそう言うと、すっかり太陽に興味がなくなったのか、そっぽを向いて他の男子と話し始めた。



“合コン”らしくなったそのテーブルを太陽はどうしても受け入れられないみたいだった。



 他の皆はワイワイと楽しそうに騒ぎ始めたのに、



「向日葵、これ美味いぞ? 食ってみ?」


「うん」


「これ、これも美味い」


「うん」


「おい! それは俺のだろ」


「うん」


「美味いか?」


「うん」


 太陽はあたしにばっか話し掛けてくる。



 あたし達が入り切れないテーブルで行われる会話は様々で、学校が違う女の子達への質問が多かった。



「○○を知ってるか?」とか、「中学の同級生が同じ高校に行ってる」とか……本当の“合コン”もこういう感じなのかなっていうのを、輪から外れて眺めていた。



 質問大会が終わる頃には、プチ自慢大会が始まって、「身長が何センチある」とか、「補導された事がある」とか、自慢にならない自慢話を自慢気に話すその輪を見ながら、あたしの自慢話を聞かせてやりたくなった。



 だけど太陽が、女の子のいるその輪に入っても楽しめないのは分かってるから、



「あたし、救急車乗った事ある」


 あたしが自慢話をする相手は太陽しかいない。



 しかも太陽に話したところで、



「小学1年の時だろ?」


 その話を太陽が知らない訳もなく、自慢にならない。



 小学1年の時に、近所の公園で木登りしてたあたしは、「危ないよ」って木の下から心配してる太陽を無視して上まで登って落ちた。



 今でも鮮明に覚えてるのは、救急車の中で血まみれになって泣き喚くあたしに、「大丈夫だよ」って優しく太陽が手を握ってくれた事。



「あの時すっごい血出たよね」


「向日葵パニックになってたもんな」


「出血多量で死ぬかと思ったんだよ」


「いや、そこまでは出てねぇだろ」


「だってあたし気絶したんだよ!?」


「そうだっけ?」


「だって救急車の中の記憶しかないもん!」


「そう言えば俺も、救急車の中の記憶しかない」


「救急隊のお兄さん覚えてる!?」


「いや、そんな記憶は……」


「すっごい優しかったんだよ!」


「それって特別どうでもいい記憶だよな」


「太陽が手握ってくれたのも覚えてる!」


「だって向日葵泣き止まねぇんだもん」


 太陽はいつでもそうやって、あたしが泣いてる時には、「大丈夫だよ」って手を握ってくれるから、あたしも太陽が辛い時には、「大丈夫だよ」って傍にいてあげたいと思う。



 だから今だって、太陽を1人で放ってはおけないから、密かにずっとトイレに行きたいのを我慢してる。



 完全にみんなの輪の中に入り損ねたあたし達は、ずっと2人で話してた。



 あたしはトイレに行きたいのも我慢して、太陽を守り続けてた。



 同じテーブルの人達は自慢話からまた違う話題へと話を変え、和気藹々わきあいあいと楽しそうに話してる。



 尿意が限界だから、早く女の子達が違う席に行ってくれたらって思うのに、女の子達は余程よほどこの席が気に入ったのか動こうとせず、それどころか、



「“王様ゲーム”しようよ!」


 いよいよゲームの開催までもを仕切り始めた。

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