初デート


「向日葵! 俺今思ったんだけどこれって浮気――…うぉっ! 寝てる! 寝てやがる!!」


 ドタバタと階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた時点で、あたしは眠りから無理矢理引き戻されてて、



「……」


 部屋のドアが勢いよく開いたと思った直後の太陽の大声に、完全に目が覚めた。



「お前何してんだ!? 何で寝てんだ!?」


「……」


「待ち合わせ1時だろ!? もう12時過ぎてんぞ!?」


「……ふん」


「しかも寝惚けてやがる!!」


 寝起きの脳みそはボーッとしてて、いまいち現状を把握出来ない。



 だから昨日夜中まで遊んでてここに泊まったはずの太陽が、どうして下から上がってきたのかがまず分からない。



「お前のんびりしすぎだろ!」


「……」


「早く用意しろ、早く!」


「……太陽、いつ起きたの?」


「ん? あぁ、朝起きて一旦家に帰って風呂に――…ってそんな事はどうでもいいから早く起きろって!」


「んー…でも、」


「でも?」


「1時待ち合わせだから12時半に起きれば問題ない」


「駅まで15分掛かるんだぞ!?」


「うん」


「って事は45分には出なきゃなんねぇんだぞ!?」


「うん」


「用意どうすんだよ!?」


「着替えるだけじゃん」


「……」


「……あふっ」


「……」


「……」


「……それは相手が俺だから成立すんじゃねぇかなぁ?」


「そうなの?」


「…………多分」


「……」


「……」


「……」


「と、とりあえず」


「うん?」


「起き上がるところから始めようか」


「うん」


 ベッドに転がったままのあたしの両腕を太陽が引っ張って、ようやく起き上がったあたしの髪に太陽は手を伸ばす。



「寝癖ついてるぞ?」


「んー…変?」


「まぁ、どっちかっていうと変かなぁ?」


「んー…」


「髪、してやろうか?」


「うん」


 目は覚めてても頭はボーッとしたままのあたしの髪を太陽がいじり始める。



 小さい頃はあたしに付き合ってママゴトをして遊んでた所為か、太陽は髪の毛を結うのがあたしより上手かったりする。



 髪の毛を弄られてる気持ち良さに、また眠気が襲ってくるあたしの後ろで、髪を結う太陽は「時間がない」とかブツブツ文句を言ってて、



「そう言えば浮気って何?」


 頭を左右に揺らしながら問い掛けると、太陽がガシッと両手で頭を固定した。



「あぁ、さっき思ったんだけどな?」


「うん」


「俺とお前付き合ってる事になってるじゃん?」


「うん」


「なのに他の男と遊びに行くって浮気になるんじゃねぇかと思ったんだよ」


「でも喧嘩してる事になってるじゃん」


「そうなんだよ。そこなんだよ」


「うん?」


「喧嘩中なら浮気になんねぇのか?」


「……さぁ?」


「ってか、そもそも他の異性と遊びに行くってのは浮気か?」


「分かんない」


「だよなぁ?」


「うぬ」


「もしかすると結局喧嘩したカップルがそのまま別れるのは、こういう理由からかも知れねぇぞ」


「む?」


「それが浮気なのか浮気じゃないのかってので更に揉めて別れてしまうんだろうと思う」


「なるほど」


「カップルっつーのは奥深いな」


「うむ」


「よし、出来たぞ」


「ありがと」


「……」


「……」


「向日葵さん! 向日葵さん!!」


「うん?」


「それジャージだろうが!!」


「うん」


「それはダメだ! そんな格好はダメだ!!」


「えー…」


「えー、じゃない! ちゃんと着替えろ!」


「むー…」


「スカートあったろ!? 赤いスカート! 前に買ってやったろ!?」


「うん」


「あれにしろ! あれ可愛いぞ? な? な?」


「……」


「後、ほんのりとでもいいから化粧してけ!」


「……」


「あるだろ!? あるよな!? 化粧品持ってたよな!?」


「……太陽」


「ん?」


「出掛けるの面倒臭くなってきた」


「……お前まだスタート地点にも立ってねぇぞ」


 呆れた声を出した太陽は、結局あたしの用意を全部手伝って、時間がないからって駅近くまで自転車で送ってくれた。




 出掛ける前から既にやる気がなくなってたあたしも、



「お、向日葵ちゃん。こっちこっち!」


 駅前で『あのね君』に会うとちょっとやる気が出た。



 折角の初デートだし、“デート”って分類は太陽が経験した事ないからあたしの方が先に初体験になる訳で、家に帰ったらデートってのがどんな風なのか太陽に教えてやろうって思ったら、またちょっとやる気が出た。



「映画のチケット持ってきた?」


「うん」


「んじゃ行こうか」


『あのね君』はそう言うと、「迷子になるかもしれないから」って手を差し出してくる。



 目の前に差し出された手を眺めてたら、「繋ぐの嫌?」って聞かれたから、「うん、嫌」って答えた。



「今日、俺と出かける事、太陽知ってる?」


 映画館がある駅に向かう電車の中、つり革に掴まって隣に立ってる『あのね君』は、そんな質問をしてくる。



 どうしてそんな事が聞きたいのか分からないけど、



「うん。知ってる」


 素直に答えたら、『あのね君』はちょっと驚いたみたいに目を見開いた。



「え? 知ってんの?」


「え? 知ってるよ?」


「……で?」


「で?」


「太陽、何も言わなかった?」


「何もって?」


「『行くな』とか」


「ううん。言わない。『楽しんで来い』って言った」


「え? マジで?」


「うん。マジで」


「……」


「なに?」


「……いや、意外で」


「意外?」


「太陽って向日葵ちゃんに惚れてんだろ?」


「うん。そういう感じになってる」


「なのに何にも言わねぇの?」


「何を言うの?」


「……分からないならいいや」


「うぬ」


 意味不明な発言をする『あのね君』は、それからも駅に着くまでの間、「本当に太陽何も言ってない?」ってしつこく聞いてきた。



 だからいい加減面倒臭くなって、「何を言って欲しいの?」って聞いたら、「……別に」って言うから、『あのね君』はちょっと変わった人なんだってあたしの中で位置づけておいた。



 初デートの相手はちょっと変わった人。



 それが残念で仕方ない。



 映画館に着いても、『あのね君』は変だった。



 ジュースもポップコーンも買わないで、館内に入ってく。



 太陽と映画に来たら絶対キャラメルポップコーンなのに、『あのね君』は買ってくれなかった。



 一緒に観た恋愛映画はフランスの映画で、「ボンジュール」って言葉にケラケラ笑ったら、「しっ」って言われた。



 リアル「ボンジュール」に笑わない『あのね君』はやっぱりちょっと変な人。



 太陽なら一緒に笑うのに、『あのね君』は笑わなかった。



 映画の内容はあんまり分からなかった。



 字幕のスピードについていけなくて、途中で諦めた。



 だから。



「映画どうだった?」


 映画館を出て『あのね君』にそう聞かれたけど、



「……恋愛映画だと思った」


 そうとしか答えられなかった。

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