暇潰し
あたしと太陽が喧嘩をしてる噂は、あっという間に学校中に広がった。
喧嘩してるフリをしたその日のお昼休みには、知らない人はいないんじゃないかってくらいの勢いで、何故ゆえそんなに噂が広がったのかと不思議に思ってたら、何て事ない太陽がそこら中に言いふらしてた。
しかも後から聞いた話だと、かなり落ち込んでる風を装ってたらしく、太陽はハリウッドスターよろしく演技をしてたらしい。
その感じからしてあたしが怒ってる役なのかと思って、約束通り地団太気味に廊下を歩いてたけど、どうも周りにはスキップを失敗してるだとか、水虫が痒いように見えたらしく、大して誰も相手にしてくれなかった。
太陽とは本当に話さなくなった。
廊下ですれ違っても知らん顔で、放課後も迎えにきてくれない。
家に帰ってからは普通に遊べるけど、今まで一緒にいた時間が長かった所為で1人でいる事に慣れてなかったのか、妙に時間を持て余すようになった。
それは太陽も同じらしく、
「何か暇だな」
放課後太陽が買って帰ってくるプリンパフェを食べるあたしに、太陽は毎日そう呟いた。
でもその分悟りも開けたらしい。
「絶対カップルが喧嘩して仲直りすんのは暇だからだな」
分かった風な事をふんぞり返って述べてたから、
「うぬ」
あたしも太陽の横でふんぞり返って返事したら、持ってたプリンパフェが半分床にポトッと落ちたから泣いた。
だけどそんな暇な時間を持て余すのは、あたしだけになってしまった。
喧嘩をしてるフリを始めて3日が経とうとする頃から、太陽は新しいお友達と遊ぶようになった。
その日、あたしは太陽の部屋で太陽の帰りを待ってた。
別々に登下校するようになってから妙に遠く感じる家から学校までの距離。
話す相手がいなくて、黙々と歩き続けてるのが退屈で、学校から家まで同じ石ころを蹴り続けて帰れるのかを試した日、太陽は夜になっても帰ってこなかった。
晩ご飯の時間になったから仕方なく家に帰って、晩ご飯を食べた後、自分の部屋から太陽の部屋をずっと覗いてた。
太陽の部屋に電気が灯ったのは、夜10時を過ぎてからで、
「太陽」
あたしのその呼び掛けに太陽の部屋の窓が開き、顔を見せた太陽はあたしの顔を見た途端、しくじったって顔をした。
「しまった!プリンパフェの金渡すの忘れてた!」
「……」
「悪い。明日多めに買ってやるから勘弁な」
「……」
「悪かったって」
「……」
「そんな怒るな」
「……」
「睨むと目が線みたいになるぞ?」
「……」
終始無言のままのあたしを太陽は不思議そうに見つめ、
「何だよ?どうした?」
制服を脱ぎながら、いつも通りの態度だからちょっとムカついた。
「どこ行ってたの?」
「あぁ、クラスの奴らとゲーセン」
「もしかしてクラスの奴らとゲーセン行ってたの?」
「多分俺、今そう言ったよな?」
「まさかクラスの奴らとゲーセン行ってたの?」
「確実に俺そう言ったつもりだけど、」
「あたしが超暇してたのに?」
「あ……」
今度はわざとらしくしくじったって顔をした太陽は、あからさまなお愛想笑いを顔に作る。
「向日葵、マリオカートやろうか!」
「……」
「朝まで!朝まで付き合う!」
「……」
「他のゲームがいいか!?」
「……」
「何がいい!?何でも付き合うぞ!」
「……」
「ほら、こっち来い」
「……」
「俺か!? 俺がそっち行くか!?」
「……」
「ひ、向日葵!?」
「……」
「おい!ひま――…」
焦った顔に焦った声を出す太陽の、言葉を最後まで聞かずにピシャリと窓を閉めてやった。
でもこれは、喧嘩じゃない。
あたし達にとってはいつものじゃれ合いと同じ。
だってちゃんと分かってる。
分かってるからそう出来る。
ものの数分もしない内に、あたしの家のインターホンが鳴る。
「あら、こんばんは」ってママの声が聞こえて、「今日は泊まります!」って太陽の声が続く。
「はいはい」ってママの声が聞こえた直後、ドタバタと階段を上がってくる足音が聞こえて、
「向日葵は今日も可愛い!!」
あたしの部屋のドアが開くと同時に、太陽の必死のお世辞が飛び込んできた。
あたしのご機嫌を取ろうと必死の太陽は、朝までって約束したのに気付けば寝てた。
ゲームのコントローラーを持ったまま、あたしの膝枕で眠った太陽は、その日を境にしゅっちゅう“クラスの奴ら”と放課後遊ぶようになった。
もちろん、“クラスの奴ら”と遊んだ夜は、太陽が家に来て必要以上に構ってくれるけど、やっぱり相当遊び疲れてるのか、太陽はすぐにあたしに寄りかかって眠る。
大して太陽に遊んでもらえず、暇な学校生活と暇な放課後を過ごす事を
「明日の日曜日、映画行かね?」
2時間目と3時間目の間の休み時間。
何故だか他のクラスの男子に東階段の踊り場に呼び出され退屈しのぎについて来たあたしは、目の前にチラつかされる映画のチケットをポカンと眺めた。
「……映画?」
「そうそう。コレ面白いらしい」
そう言って見せられる映画のチケットは、恋愛物の映画らしく、
「……へぇ」
特にそういう映画に興味のないあたしの口からはそんな返事しか出なかった。
「明日行こうぜ」
「んー…」
「いいじゃん?太陽と喧嘩してんだろ?」
「……うぬ」
「俺、一回向日葵ちゃんと遊んでみたいと思ってたんだよ」
「むー…」
「何か予定ある?」
「ない」
「ならいいじゃん、行こう行こう」
「うぬ」
「んじゃ、明日な! 駅前に1時で」
「分かった」
返事したあたしに、男子は映画のチケットを2枚握らせると「絶対だからな」って置き台詞を吐いて教室の方へ走っていく。
そのチケットを握ったまま、何となく消えていく男子の後姿を見送っていたあたしは、
「ん? 映画?」
背後から突然声を掛けられ、肩に顔を載せられて、思わずビクッと体を震わせた。
「太陽……びっくりするじゃんか……」
「悪い悪い。で、映画?」
「うん」
「恋愛物だぞ?」
「みたいだね。……ってか、あたしに話し掛けていいの?喧嘩してるフリは?」
「あー…そろそろ仲直りしたって事にしようと思ったんだけど、」
「うん?」
「お前、コレ行くの?」
「うん。明日行く約束した。だって太陽遊んでくれないから暇だし」
「んじゃ、仲直りはコレ行ってからにするか」
「うん」
「映画館で欠伸すんなよ?」
「分かった」
「楽しんで来い」
「うん」
「あ、俺今日もクラスの奴らと出掛けるから、これ」
ポケットから小銭を取り出した太陽は、あたしにそれを握らせると、
「明日何時待ち合わせ?」
大して興味もなさそうに聞いてくる。
「んー…1時だった気がする」
「ふーん。で、一緒に行くあいつの名前は?」
「……」
「……」
「……何とか君」
「そうか」
「うぬ」
「……」
「……」
「お前絶対本人を『何とか君』って呼ぶなよ?」
「うん。あたしもそんな気はしてた」
「『あのね』で呼べ」
「うん。『あのね君』だね」
「そうだ、『あのね君』だ。もしくは『ねぇ君』だ」
「分かった。頑張る」
そう笑ったあたしの頭を太陽はクシャクシャに撫で、「誰かに見付かる前に退散」って笑って自分の教室に走っていった。
その日の放課後太陽は本当に“クラスの奴ら”と遊びに行ったらしく、やっぱりあたしは退屈な時間を過ごす事になり、いつの間にか映画に行くのが楽しみになっていた。
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