喧嘩するほど犬も食わない
幼馴染の太陽は、格好良くて優しくて、基本的にはいい奴なんだ。
心優しい奴なんだ。
そう分かってる。
重々承知してる。
十数年来の付き合いで、ちゃんと理解はしてやってる。
けど、
「おい、
……そういう説明を飛ばして結論を言うのはマジ止めて。
「……」
「……」
プリンパフェを食べてた太陽の部屋で、
「……」
「……」
あたしはポカンとする事しか出来ない。
「……」
「……」
「……え? 何?」
「喧嘩だ、喧嘩」
幻聴だったのかと聞き直してみたところで、返ってくる
「喧嘩って何?」
「喧嘩は喧嘩だろ?」
「……喧嘩って何?」
「喧嘩だよ、喧嘩」
「……」
埒の明かない会話の繰り返しに、一旦質問を変えようと口を
「つまり俺らは喧嘩しないとダメなんだ」
どこからきた接続語なのか分からない「つまり」をお見舞いされた。
「つまりって何?」
「とどのつまり、だ」
「……トド?」
「おぅ、トドだ。でも俺が今言ってるのは犬の話だ」
「……へぇ」
どう返事すればいいのか分からないし、太陽が求めてる返事も分からない。
でもここ最近の行動から、何となくこんな事を言い出した“原因”だけは分かる気がする。
「俺たちの次のステップだ」
「うん」
「という訳で喧嘩しなきゃな」
「うん」
「何が原因で喧嘩する?」
「うん」
「大体喧嘩ってどうすりゃいいんだ?」
「うん」
「おい、プリンパフェ食ってねぇで俺の話聞けよ」
「うん」
「おいって!」
「あ! あたしのプリンパフェ!!」
太陽の話を聞いてるよりも、プリンパフェを食べてる方が有意義なあたしの手から、太陽はプリンパフェを奪い取ると、パクッと一口食べやがった。
「きゃぁぁぁ!! あたしのプリンパフェ!!」
「箱にもう1個あるだろ」
「きゃぁぁぁ!!」
「だからあるって」
「きゃぁぁぁ!!」
「向日葵、」
「きゃぁぁぁ!!」
「分かった、戻す」
「ぎゃあ!」
口に残ってたプリンパフェを、食べかけのプリンパフェの上に吐き出した太陽に、殺意に近い怒りを抱きながら衝撃に眩暈がした。
だけどそんなあたしの気持ちなんてお構いなしに、太陽は最早“定番”とも言えるあの台詞を口にする。
「カップルの暗黙のルールっぽいんだよな」
カップルの暗黙のルール恐るべし。
次から次へと現れる。
暗黙のルールが多すぎて、カップルって存在自体が暗黙になるんじゃないだろうかとまで思えてくる。
それでも一応、
「何がルール?」
確認はする。
「喧嘩だよ、喧嘩」
「喧嘩がルール?」
「おぅ。俺ら喧嘩した事ないだろ?」
「……そうだっけ?」
「お前が一人でプリプリ怒ってる事はあるけど喧嘩はない」
「そうだっけ?」
「うん。ない。って話をしたんだよ、クラスの男どもに」
「うん」
「そしたら『それはおかしい』って」
「む?」
「喧嘩しねぇのはおかしいらしい!」
「何で!?」
「喧嘩しねぇのはどっかお互い遠慮してる所為だろうって! 俺ら気付かない内に遠慮しあってたらしい!」
「なぬ!?」
「ビビるだろ!?」
「ビビる!」
「しかもカップルで喧嘩しないのは有り得ないらしいぞ!」
「何というカップル事情!!」
「俺らの間に喧嘩がないのは置いておいたとしても、付き合ってるフリしてるんだから俺らも喧嘩しねぇと!」
「うむ」
「遠慮せずに喧嘩しよう!」
「うむ!」
「……」
「……」
「……で、喧嘩の原因何にする?」
「んー…プリンパフェ食べるから待って」
「あぁ」
吐き出された部分を無理矢理太陽の口に放り込み、残りを食べながらぼんやりと考えてみると、本当に太陽とは喧嘩した事がない事実に驚いた。
ずっと一緒にいたのに、一度も喧嘩をした事がない。
あたしが怒る事はあるけど、太陽の言う通り一人で怒ってるだけって感じで、すぐにそれも忘れてしまう。
それが遠慮してるんだと言われると、目から
あたしも太陽も、自分たちじゃ気付かない内に遠慮してたらしい。
でも親しき仲にも礼儀ありって言うし、そう言われると遠慮してたのかもって気になる。
でも。
「喧嘩する理由ないよ?」
いくら考えても今の状況じゃ、喧嘩の理由なんてどこにもなく、
「だよな」
太陽もそれには納得するらしい。
「でもな、向日葵」
「うん?」
「喧嘩する程仲がいいって言うだろ?」
「うん」
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言うだろ?」
「うん」
「やっぱ喧嘩してこそのカップルなんだよ」
「そっか」
「でもまぁ、本当に喧嘩する事はないし、無理矢理するもんでもない」
「うん」
「だからここは一つ、みんなの手前だけ喧嘩してるフリしよう」
「分かった」
「……で、どうする?」
「何が?」
「喧嘩って何すりゃいいんだ?」
「…………さぁ?」
結局喧嘩をした事がないあたし達には、喧嘩の方法が分からなくて、とりあえず学校の中ではお互い話し掛けないって事だけは決まった。
よく分からないけど、「怒ってますって態度でいるんだぞ」って太陽が言うから、明日からは地団太踏みながら廊下を歩く事を約束した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。