変人
「まだ時間大丈夫なら喫茶店でも行かねぇ?」
映画館を出て『あのね君』がそう言ったのは5時前。
晩ご飯の時間にはまだ早いから、「いいよ」って答えたら、『あのね君』はさっさと歩き始めた。
正直、しっくりこなかった。
それは映画館に行く前から思ってた事だけど、どこを歩いていいのか分からない。
『あのね君』の前を歩くのか、後ろを歩くのか、隣を歩くのか。
隣だとしたら、右なのか左なのかさっぱり分からない。
太陽と一緒にいる時には意識した事なかったのに、『あのね君』と一緒だと何でかそういうのが気になる。
太陽と歩く時にどこを歩いてたのかって考えても全く思い出せない。
隣を歩いてたような、ちょっと後ろを歩いてたような――…でも最近繋いでる、手が右手だった気がするから、太陽の左側を歩いてるのかも知れない。
そういう事考えてたら凄く妙な気分になった。
特に意識してなかった事を意識して考えると変な気分だった。
変な気分になってる間に『あのね君』はさっさとモールの中にある喫茶店に入っていって、あたしはまんまと『あのね君』に放っていかれた。
「向日葵ちゃんって歩くの遅いんだね」
小走りに喫茶店に入ったあたしに、『あのね君』はそう言ってテーブルを探す。
歩くの遅いなんて言われた事ない。
太陽に放っていかれた事なんか一度もない。
だから。
「あのね、あたしが遅いんじゃなくて――…」
「あ、あそこ空いてる」
「『あのね君』が速いんだよ」って言おうとしたのに、ばっさり言葉を遮られて不愉快になった。
窓際の2人掛けのテーブルを指差した『あのね君』は、「あそこにしよ」ってまたさっさと歩いて行く。
本当ならそこでも別に全然いいけど、一瞬「やだ」って言いそうになった。
だからちょっと不貞腐れ気味に、『あのね君』の後について椅子に座ったら、
「何する?」
『あのね君』はあたしの方を見る事もなく、自分でメニューを見ながら聞いてくる。
別にいいけど。
喫茶店で頼む物は決まってるけど。
けど。
けど。
……太陽なら絶対先にあたしにメニュー渡す。
「……」
「俺決まった。向日葵ちゃん、何にする?」
ようやくメニューを差し出してくれた『あのね君』に、
「プリンパフェ」
メニューを受け取らないでそう言ったら、『あのね君』はまだ持ってたメニューを手元に戻して、「ない」って言いやがる。
「……ない?」
「うん。パフェはチョコレートしかない」
「……」
「チョコレートでいいじゃん?」
「……やだ」
「は?」
「だってチョコレートパフェって喉渇くもん」
「……」
「……オレンジジュースでいい」
「うん」
即答で「うん」って言っちゃう『あのね君』は、店員さんを呼んで「珈琲」って言った。
確かあたしは「オレンジジュース」って『あのね君』に発表したはずなのに、『あのね君』は自分の物だけ頼んであたしに視線をよこす。
「ほら、いいなよ」って『あのね君』の視線に、何で一緒に注文してくれないんだろうって不思議に思いながら、「オレンジジュース」って店員さんに自分で注文した。
やっぱり『あのね君』はちょっと変な人だと思う。
いまいちそりが合わない感じ。
でも初デートで「変な人だね」って言うのは悪いと思うから何にも言わないでおいた。
「向日葵ちゃんは普段何して遊んでんの?」
店員さんが奥へ引っ込むと、『あのね君』は水を飲みながら聞いてくる。
なのに。
「んとね、」
「俺、最近ゲーセンばっか行っててさ? あ、ツレとなんだけど。今、シューティングにハマってて。向日葵ちゃん知らね? ゾンビ倒すゲームで……」
『あのね君』は質問してきたくせに、あたしの答えを聞いちゃくれない。
でも仕方ないと思った。
ちょっと変な人だから、それも仕方ないって諦めた。
だから黙って話を聞いてて、注文した品が運ばれてきた時やっと、
「で、向日葵ちゃんは何してる?」
2回目の質問がきたから、「マリオカート」って超早口で答えた。
意外にも、『あのね君』はその答えに食いついてきてくれたらしく、
「あ、向日葵ちゃんもゲームするんだ? 俺もねぇ……」
また“俺話”を話し始める。
最初は「うん」とは「ふーん」とかって返事してたけど、どんどん面倒臭くなったからもう返事もしないでおいた。
『あのね君』には悪いけど、すっごく退屈だと思ってしまう。
時間が流れるのが凄く遅く感じて、何回も何回も時計を見てしまう。
けど全然時間は経ってくれなくて、どうにか早く時間が過ぎないかなと思って、とりあえずオレンジジュースを半分以上吸い上げてみた。
「普段からそんなに無口だっけ?」
オレンジジュースを3分の2まで減らした時、『あのね君』にそう聞かれて、オレンジジュースから正面に座る『あのね君』に視線を向けると、『あのね君』はこっちをジッと見てた。
「……無口?」
「うん。太陽と一緒の時ってもっと喋ってるイメージだったんだけど」
「……分かんない」
「太陽といる時はどんな感じ?」
「別に、普通」
「普通ってどんな?」
「……普通は普通でしょ?」
『あのね君』の質問の意図が分からず、どう答えていいのかも分からないあたしに、
「太陽とどんな話すんの?」
『あのね君』は結構しつこく質問してくる。
さっきまで一生懸命“俺話”してたのに、何で急にこっちに興味を示したのか……どう考えても『あのね君』は意味不明な変な人だ。
「どんなって……プリンパフェの話とか」
「へ?」
「ブンブン堂の」
「ブンブン堂?」
「家の近所にあるお店」
「あぁ、そこのプリンパフェの話?」
「うん」
「……他には?」
「マリオカートしてたら勝手に足が動く話」
「え? 何?」
「足が動くの」
「……足?」
「うん。マリオカートしてたらカーブの時とか腕が一緒になって動くでしょ? あたし、足も動くの。それは何でだろうねって話を一晩中した」
「……ふーん」
「でも結局何でか分かんないままで、次にマリオカートする時、太陽があたしの足押さえてやってみたら池に落ちた」
「……」
「不思議でしょ?」
「……だね」
「普段は落ちない場所なんだよ?」
「……」
「これって何だろうね?」
「……さぁ?」
「……」
「……」
『あのね君』の「……さぁ?」って言い方が、あからさまにどうでもいいって感じだったから、それ以上は何も言えなくなったら妙な沈黙になった。
『あのね君』は視線を珈琲に落として、手持ち無沙汰のように指でテーブルをコツコツ叩く。
その態度が、この沈黙はあたしの所為だって言ってるみたいで、どうしようもなく帰りたくなった。
『あのね君』には悪いけど、本当につまんない。
“俺話”いっぱいされるし、あたしが一生懸命話してもどうでもいいって感じになるし。
太陽とはずっと一緒にいるけど、つまんないって思った事一度もないのに、『あのね君』は変な人だからつまんないって思ってしまう。
だから頭の中は帰りたいって事でいっぱいで、「もう帰る」って言おうと思ったその時、テーブルに置いてたあたしの携帯電話が鳴った。
「あ、太陽からだ」
画面を見なくても分かる着信音に、そう言いながら携帯に手を伸ばすと、
「太陽? 何で?」
『あのね君』は不思議そうに聞いてくる。
でも「何で?」って聞かれても、電話に出てもないのに分かる訳ないから、「分かんない」って言って通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
『――…向日葵?』
すぐに耳に飛び込んでくる太陽の声を、懐かしいとすら思ってしまう。
聞き慣れたその声に妙な安心感を得てしまう。
その安心感からか、あたしの声はさっきまでよりもちょっと高くて、
「どうしたの?」
聞いたその声はちょっと笑ってた。
『何笑ってんだ?』
「ううん。別に。どうしたの?」
『今どこ?』
「んとね、映画館あるモールの喫茶店」
『お前、そろそろ帰りたいだろ?』
「うぬ」
『迎え行く』
「うぬ」
『もうそっち向かってるけど、後10分くらい掛かるぞ』
「うぬ。でも早くがいい」
『まぁ頑張る』
「頑張れ」
太陽の電話は『んじゃな』って言葉で切れて、もうその時点であたしの頭の中はやっと帰れるって事しかなかった。
だから、
「太陽なんて?」
『あのね君』にそう言われて、『あのね君』が一緒にいる事を思い出した。
「んと、迎えに来るって」
「は?」
「は?」
「太陽が?」
「うん。太陽が」
「え? 何で?」
「迎えに来るのに理由あるの?」
「は?」
「は?」
「え……ってか、俺といるのに迎えに来んの?」
「うん」
「向日葵ちゃん、何で断らないの?」
「何で断るの?」
「は?」
「は?」
「……いや、普通断るだろ」
「何で普通断るの?」
「俺に失礼じゃね?」
「……失礼なの?」
「常識だろ」
「……」
まさか変な人『あのね君』に「常識だろ」って言われるとは思ってなくて、余りの衝撃に言葉を失った。
でもそれが『あのね君』の常識なんだったら、あたしが謝らなきゃいけないのかなとか、太陽に「迎えにきちゃダメだよ」って電話しなきゃいけないのかなとか、そんな事いっぱいいっぱい頭の中で考てるあたしに、
「……ってか、さっきから思ってたんだけど、向日葵ちゃんって変な子だよね」
『あのね君』は思いもよらなかった言葉を吐き出し、あたしは更に絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。