他人から見える姿


「向日葵は可愛い」


「……」


 モールの中にある、大きな噴水の前のベンチ。



「怒ったら目が線になるとこが可愛い」


「……」


 すぐに帰ろうとしない太陽は、そこにあたしを座らせてさっきからずっと「可愛い」を連発する。



「いつも不貞腐れてるみたいなへの字口も可愛いぞ?」


「……」


「後、寝てる時に――…」


「ねぇ、太陽。あたしって変なの?」


 突然のあたしの質問に、太陽はポカンと隣に座るあたしを見つめ、



「え? 何で?」


 小首を傾げて聞き返してくる。


 その顔は本当に「何で?」って顔してて、ちょっとホッとした。



「『あのね君』がそう言った」


「向日葵を変だって?」


「うん。変な子だって」


「んー…」


 太陽は困惑の縦ジワを眉間に作り、こっちに向けていた体を正面に戻して、モールの中をぼんやりと見ると、



「向日葵は俺が変だって思うか?」


 ポツンと呟いた。



「太陽?」


「うん」


「ううん。別に思わない」


「だろ? 俺も向日葵が変だって思わない」


「……ほむ」


「んじゃ、向日葵は『あのね君』を変だって思ったか?」


「うん。思った」


「だろ? 俺も思った」


「……ほむ」


「結局、誰が変で誰が変じゃないかってのは、見る奴次第じゃね?」


「うぬ」


「で、誰にどう思われたいかってのが大事だろ?」


「む?」


「向日葵は別に『あのね君』に変な奴って思われても俺が変だと思ってなけりゃ問題ねぇだろ? 幼馴染は俺なんだから」


「うん」


「俺も誰にどう思われても、向日葵に変だって思われてなきゃいいし」


「……そっか」


「それにな?」


「うん」


「多分『あのね君』は世間一般的にも相当変だ」


「やはりか!」


「あぁ、変だ。だけど向日葵は『あのね君』に『変だ』って言わなかったんだろ?」


「うん。言っちゃ悪いでしょ?」


「ほらな? それが普通なのに、『あのね君』は言っちゃっただろ?」


「うぬ」


「やっぱ『あのね君』は変なんだ」


「確かに」


「だから向日葵は何も気にする事ない」


「うん」


「『あのね君』には今度俺が怒っとくからな」


「そう言えば太陽って早口でも喋れるんだね」


「ん?」


「さっき『あのね君』と喋ってる時早口だった」


「あぁ、あれはムカついてたから」


「うん?」


「あのさ、向日葵」


 そう言って正面からこっちに視線を戻した太陽は、



「こうやって俺以外の奴と遊びに行くのはダメだってルールにしよう」


 いつものおっとりとした口調で提案してくる。



「別にいいけど」


 太陽の提案にそう答えたのは、今日『あのね君』と出掛けて気付いた事があったからだった。



 太陽以外の誰かと2人で出掛けた事がなくて今まで知らなかったけど、他の人と出掛けても楽しくない。



 何人かで遊びに行く時もいつも太陽も一緒だったから、太陽がいない空間っていうのを初めて経験した。



 だから太陽がこんなルール決めなくても、もうそんな事する気は更々なかった。



「あのな、向日葵」


「うん」


「本当のカップルがどういうつもりで浮気だの何だのって騒いでんのかは分かんねぇけど、向日葵が誰かと出掛けて意地悪されるのは許せん」


「うむ」


「遊びに行くのは向日葵の勝手だけど、それでお前が傷付けられるのは俺が嫌だから遊びに行くのは禁止だ」


「分かった」


「それと、」


「ぬ?」


「俺が向日葵の前で早口にならないのは、向日葵に怒った事がないからじゃねぇかな?」


「それって、遠慮してるから?」


「んー…俺、それも考えてみたんだけど、向日葵に遠慮してる事ってないんだよなぁ」


「あたしもない」


「だろ?」


「だよ」


「喧嘩するほど仲がいいって言うけど、」


「喧嘩しないのが一番仲良しだよね」


 あたしの言葉に太陽は満面の笑みを浮かべると、ベンチからスッと腰を上げてこっちに手を伸ばしてくる。



「ここまで来たついでだし、映画観て帰ろうぜ」


「うん。何かね、コメディ映画してたよ」


 差し出されたその手をもう何の戸惑いもなく掴んでそう言ったあたしを連れて、太陽は歩きだした。



「吹き替えな」


「うん、吹き替え。キャラメルポップコーン買ってくれる?」


「ん? いつも買ってんじゃん」


「『あのね君』買ってくれなかったんだよ」


「え!? マジで!?」


「うん、マジで」


「……あいつやっぱ変な奴だな」


「だよね」


 自然と繋いだ手は右手だった。



 太陽の左手に、あたしの右手。



 だから必然的にあたしの右隣には太陽がいて……それがとってもしっくりとくる。



「そういえば太陽、何であの時間に迎えにきたの?」


「ん?」


「だってあたしが丁度帰ろうと思った時だったよ」


「あぁ、それは俺もそうだから」


「む?」


「俺、最近クラスの奴らと遊んでたろ?」


「うん」


「向日葵と喧嘩してる事になってるから誘われて仕方なくだったけど、大体2・3時間するとつまんねぇから帰りたいって思うんだよ」


「そっか」


「向日葵もそうだろうと思って……ってか、そういう気持ちを向日葵にも経験させとこうと思って」


「なぬ?」


「俺が経験したものは、お前もしとかないと気が済まないだろ?」


「……なぁんだ」


「なんだ?」


「てっきりあたしが太陽より先に初体験って思ったのに、太陽あたしより先に経験してんじゃん」


「俺の場合、相手が男だけどな」


「何か悔しい」


「ん?」


「だっていっつも太陽が先に色んな経験するんだもん」


「そうか?」


「うぬ。ファーストキスだって太陽が先じゃん。あたしまだなのに」


「向日葵のファーストキスは俺だろ」


「は?」


 予想外の太陽の言葉に驚いた時にはもう映画館の中にいて、「チケット買ってくる」って言って太陽が離れていく。



 謎の言葉を残した太陽は、



「キャラメルポップコーン買いに行くぞ!」


 吹き替えコメディ映画のチケットを買って戻ってくると、またあたしの手を掴んでポップコーン売り場に歩き出す。



「ちょ、ちょっと! 太陽!」


「ん?」


「あたしのファーストキスが太陽って何!?」


「俺、お前にキスしてんぞ? 昨日もしたし」


「なんだと!?」


「お前寝てる間、口チュウチュウ動かしてんのな? その口がめっちゃ可愛いんだ。しかも指を口に近付けるとチュウチュウ吸うんだぞ? 可愛いだろ?」


「なぬ!?」


「その口が可愛いからパクって――…」


「昨日“も”って何!? “も”って何!?」


「え? 俺しょっちゅう向日葵の口パクついてるぞ?」


「ひぃ!!」


「今更ファーストキスも何もねぇだろ」


「太陽! あんた何でそんな――…」


「キャラメルポップコーン、どの大きさにする?」


「う? んと、一番大きいの」


「一番大きいのな。ジュースはオレンジジュース?」


「うん」


「分かった」


「あ! コンボ! コンボの! 写真あるやつがいい!」


「おぉ、そっちにしよう! お得だ」


「うぬ。お得だ」


 上映館に入っていくあたしの腕の中には、ドデカいキャラメルポップコーンの入れ物が当たり前にある。



 そんなあたしが本当のキスを経験するのは、この数週間後のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る