あたしと太陽が付き合ってるフリをしたところで、日常は何も変わらない。



 登下校は元々太陽と一緒だったし、お昼だって学食で会えば一緒に食べるし、休みの日に遊ぶってのも元々してた事だから変化なんて何もない。



 だからただの日常を過ごすだけで良かった。



 ……のに。



「ルールが必要だよな」


 何を血迷ったのか太陽は、自分の部屋でブンブン堂のプリンパフェをあたしに手渡しながら得意気にそう言った。



 ブンブン堂は近所にあるケーキ屋さんで、そこに売ってるプリンパフェがあたしは昔から大好物。



 プラスティックの小さな容器に入ったプリンパフェを家で食べてる時間が凄く幸せ。



 なのに太陽はそんなあたしの幸せな時間を出鼻からくじきやがった。



「ルールって何よ」


 プリンパフェのセロハンの蓋を開けながら、不機嫌に問い掛けるあたしに、



「俺とお前のルールだよ」


 何でか太陽までもプリンパフェの蓋を開けながら答える。



「それもあたしのじゃないの!?」


「2つも食ったら太るだろ」


「明日の朝の分じゃないの!?」


「朝から食ったら胃もたれするだろ」


 太陽が持ってるプリンパフェをさらおうとするあたしの手から、素早く逃げた太陽はプリンパフェをパクンと一口食べやがった。



「あたしのプリンパフェ!!」


「お前のは自分で持ってるだろ」


「あたしのプリンパフェ!!」


「ってか、それはいいからルールだよ、ルール」


「あたしのプリンパフェ!!」


「いいか?よく聞けよ?」


「あたしのプリンパフェ!!」


「向日葵、」


「あたしのプリンパフェ!!」


「……うぜぇ」


 呆れた声を出した太陽は1口食べたプリンパフェをこっちに差し出し、



「おかえり! あたしのプリンパフェ!!」


 勇み喜んで受け取ったあたしにあからさまに溜息を吐く。



 そんな太陽なんて気にもせず、あたしは奪い取ったプリンパフェから手を付けた。



「で、ルールだけど」


「うん」


「今から言うルールは絶対に守れよ」


「うん」


「まず1つ目。付き合ってるってのは好きな奴が出来るまでの間だから、お互い好きな奴が出来たら報告する事」


「うん」


「2つ目。これが一番重要だ」


「うん」


「何があっても“フリ”だっていうのは誰にも言わない事」


「うん」


「誰かに言ったら絶対いつか漏れる。だから何があっても誰にも言うな」


「うん」


「……」


「……」


「……おい、向日葵」


「うん」


「お前、俺の話聞いてないだろ?」


「うん」


「お前なぁ……」


 夢中でプリンパフェを食べるあたしに、太陽はどうしようもないって声を出す。



 だけどそんな声出されたところで、太陽の言ってる事なんてどうでもいいって思えてしまう。



 だってどう考えても太陽の言ってる事は現実味がない。



 お互い好きな奴が出来たらって言ったって、あたしにそんな相手が出来るなんてないだろうし、太陽は女恐怖症なんだからあり得ない。



 誰にも言うなって言ったって、昔から太陽とばっか遊んでる所為で"親友"って呼べるほどの女友達なんていないから、誰かに話すなんて事あり得ない。



 だから太陽が言ってる事は、ただの無駄話でしかなく、



「ねぇ、珈琲ゼリーを明日の朝食べる事にして、今プリンパフェ2個食べてもいい?」


 今のあたしにとってはプリンパフェの方が話題沸騰。



「腹壊したって文句言うなよ」


「うん」


 太陽の言葉に生返事をして、2つ目のプリンパフェを食べ始めたあたしは、次の日太陽の予告通りお腹を壊した。




 太陽の彼女のフリをして1週間。



 特に何の事件もなく、恙無つつがない日々を過ごしていた。



 太陽とあたしが付き合ってるって噂は、すぐに学校中に流れたけど、やってる事は今まで通りで、ただ幼馴染って肩書きが彼女ってのになっただけ。



 だから別に何も変わらない。



 ……はずだったのに。



「太陽……大変だ……」


 あたしの身にだけ突然事件が舞い込んできた。



 1時間目と2時間目の間の休み時間。



 隣のクラスの太陽を呼び出したあたしは、誰も通らない東階段の踊り場で、ブルブル震える手に握ってた封筒を差し出した。



「何だ、これ?」


 差し出す封筒を見つめながら、きょとんとする太陽に、



「た、大変だ」


 そんな言葉しか出せないあたしは、辺りを見回してから封筒を開けて中の手紙を取り出す。



「こ、これなんだけど」


「……うん」


 真剣なあたしの声に、太陽も事の重大さを分かったのかゴクンと唾を飲み込み喉を動かす。



「よ、読んで」


 そう催促したあたしの手から太陽は手紙を抜き取り、読み始め――…



「……こ、これは……!」


「ラブレターなんだけど!!」


 驚いた太陽にあたしは半分悲鳴のような声を出した。



「だ、誰だ!?」


「分かんない!」


「イ、イタズラか!?」


「分かんない!」


「ど、どうする!?」


「分かんない!」


「で、でも昼休みに中庭に来いって!」


「どうしよう!!」


 生まれて初めて貰ったラブレターにパニクったから太陽に相談したのに、あたし以上に太陽はパニックにおちいり、



「お、俺も一緒に行くのか!? 挨拶するべき!?」


 何故か父親役を買って出ようとまでしやがる。



 だけどあたしも相当パニクってるから、太陽の言ってる事が常識的に違うって事に気付かなくて、



「あ、挨拶って何て言うのよ!?」


「お、幼馴染の太陽です。よろしく、とか!?」


「じゃ、じゃあ一緒に行く!?」


「お、おぅ。そうしなきゃなんねぇだろ」


「そ、そうだね」


「……」


「……」


「……ん?」


「ん?」


「ちょっと待て」


「うん?」


「お前、俺と付き合ってんじゃん」


「……ぬ!?」


「なのに何で告られてんだ?」


「……あれ?」


「俺と付き合ってる事、今じゃみんな知ってるだろ」


「……」


「なのに告白っておかしくね?」


「……うむ」


「……」


「……」


「……罠か……!」


「誰の!?」


「分からん! それは分からんが!!」


「そんな得体の知れない罠嫌だ!!」


「俺だって嫌だ! お前一人で行ってこいよ!」


「や、やだ! 太陽ついて来てよ!!」


 最早その手紙自体が呪いの手紙であるかのように、お互い押し付け合いをするあたし達に、予鈴のチャイムが鳴り響く。



「と、とにかくお前が貰ったんだから、お前が持ってろよ!」


「や、やだってば! ちょっと預かっててよ!」


「授業始まるだろ! 持ってろよ!」


「やだってば!!」



 …――で、結局。



 手紙は太陽が預かってくれる事になり、呼び出された昼休みの中庭にも、こっそりついて来てくれる事になった。



 ……んだけど。



「彼氏がいるのは知ってますが、好きです!」


 まさか本当に告白されるなんて、あたしも太陽も思ってなかった。



 まさかの告白にポカンとするあたしをその場に置き去りにして、告白するだけした男子生徒は逃げるようにその場から去っていった。



 あたしの返事も聞かず……ってか、聞くまでもないんだろうけど、告白をして逃げてったのは1年生の子で、



「え!? これ何!?」


 後ろの茂みに隠れてるはずの太陽に振り返り慌てふためくと、太陽は茂みから姿を現しあたし以上にポカンとする。



「何!? どっきり!?」


「……」


「ねぇ! 太陽!!」


「……」


「これって一体――…」


「罠だ……!」


「やっぱり!?やっぱりそう思う!?」


「それしかない!」


「だよね!? 絶対そうだよね!?」


「き、気を付けよう……」


 一体誰の罠なのか何の為の罠なのか、そんな事も考えもせずそう結論付けたあたし達だったけど、そんな奇怪な事件は更に大きさを増し――…



 …――何故かあたしはその日から、やたらとモテるようになった。

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