巻き込まれ事件


 幼馴染の太陽は、格好良くて優しくて、基本的にはいい奴なんだ。

 心優しい奴なんだ。



 そう分かってる。



 重々承知してる。



 十数年来の付き合いで、ちゃんと理解はしてやってる。



 けど、



「あー…俺、向日葵と付き合ってるから」



 ……そういう嘘はマジ止めて。



「……」


「……」


 太陽の一言に一瞬静まり返った学校の廊下は、



「……」


「……」


 突然津波がきたかのような大きなどよめきを生み騒がしくなる。



「キャー」だか「ヤー」だか分からない、悲鳴だか雄叫びだか分からない、耳を塞ぎたくなるような騒音が廊下全域に響き渡り、向こうの方にいた人たちが何事かと振り返る。



「……」


「……」


 事の起こりは数秒前、太陽がクラスメイトに告白された事が始まりだった。



 そもそも告白しに来るのに、友達と一緒に来るってどうかと思う。



 後ろに4、5人女友達が控えてて、その取り巻きたちの前で俯きモジモジしながら告白するって、一体どういう心境なんだろう。



 好きな人なんて出来た事ないあたしだから、それが変だと思うのかもしれないけど、何でよりによって朝一番で、しかも“あたしが”いるのに告白するんだろうって不思議に思う。



 普通告白って相手を呼び出して2人きりでするもんじゃないの?



 せめて「太陽君に話あるから向こう行って」ってあたしに言うもんじゃないの?



 でもよくよく考えてみれば、2人きりでこっそり告白するっていうのは、その後の展開を考えての行動なのかもしれない。



 人前で告白して振られたら恥ずかしいって思いがあるから、人はこっそり告白したりする訳で――…つまり太陽のクラスメイトは、この告白に自信満々って事らしかった。



 確かに可愛い。



 ってか、可愛いって言われてる。



 学年で可愛いランキングの1・2を争う太陽のクラスメイトだからこそ、こんな自信満々な行動に出たんだろう。



 ……なのに。



「あー…俺、向日葵と付き合ってるから」


 返ってきた答えがこれじゃ、そりゃ悲鳴を上げたくなると思う。



 でも最初からそう言った訳じゃない。



「好きです」って告白したクラスメイトに、「……ごめん」って太陽はちゃんと謝った。


 なのに一緒にきた友達が、「何でダメなの」「どうしてなの」「この子のどこが気に入らないの」だのと喚き出したのが原因だ。



 いやいや本当の原因はそれ以降にある。



 女の子たちにまくし立てられ何も言えなくなった太陽に、「まさかその子と付き合ってるの!?」「彼女いないはずでしょ!?」等と、あたしがいる事に今気付いたみたいな発言をしたこの取り巻き共が全部悪い。



 太陽は確実にその言葉でひらめいた。



 あたしを彼女にしておけば、全てが丸く収まると。



「……」


 騒音の中、隣にいる太陽を睨み上げるあたしと、



「……」


 頼むから話合わせてくれって目で訴えてくる太陽。



「……」


「……」


 でも本当は、人前で告白したクラスメイトも、友達が振られた途端に騒ぎ出した取り巻きも悪い訳じゃない。



 そもそもの原因は、太陽の幼少時代にある。



 あの出来事さえなければ、あたしも太陽も違う人生を歩めてただろうって強く言い切れる。



 あれは幼稚園の時。



 本当に可愛くて、まるでお人形さんみたいな太陽は、その頃から女の子にモテていた。



 顔がいい上にとっても優しい太陽の、その人気は生半可なまはんかなものじゃなく――…



「あたし、たいよう君にチューしたい」


 お遊戯の時間、同じいちご組の女の子が言い出したその言葉から始まった。



 一瞬きょとんとした太陽に、その子はいきなりキスをした。



 チュッって感じの可愛いキスだけど、その後が大変だった。



「あたしも」「あたしも」と周りにいた女の子たちが騒ぎ出し、まるで暴君と化した女の子たちに、太陽はキスされまくるどころか、髪を引っ張られたり踏ん付けられたりと揉みくしゃにされた。



 その時あたしも傍にいたけど、見てるだけで怖かった。



「女って怖ぇ」って女のあたしが思った程で、止めなきゃいけないって思ってても怖くて声も出せなかった。



 だから当の本人はあたし以上に怖かったらしく、それ以来太陽は女嫌いに……というよりは、女恐怖症になった。



 幼少時代のトラウマは、相当なものらしい。



 でも太陽が女恐怖症になろうとも、その生まれ持った容姿は成長する毎に男らしさをも増し、モテるって事に拍車を掛けた。



 中学の頃はみんな影で太陽に憧れてるって感じで済んでたけど、高校に入学してからは女の子も強気になり、高校2年になった今じゃ週一ペースで告られてる。



 先輩からは可愛い後輩、同級生からは格好いい同級生、後輩からは憧れの先輩になった太陽は、実は日々女に怯えてる。



 そんな状況だからこそ、太陽はこの状況を打破しようとしたに違いない。



 たとえそれがあたしに迷惑を掛ける選択であろうと……



「太陽君、何でこんなブスと!?」



 ……超迷惑を掛ける選択であろうと。



 取り巻きの言葉に更に太陽を睨み付けると、太陽はあからさまに怯えた顔であたしを見つめる。



 怯えてるくせに「頼むよ」って顔。



「助けてくれ向日葵」って目が言ってる。



 そして。



「……」


「……ひ、向日葵は可愛い」


 分かりやすくあたしを慰める。



 女が怖いって言うくせに、あたしにはなつき続ける太陽は、あたしを女と見てない事は確実で――…正直あたしも太陽を男と見てない。



 オムツしてる時からずっと一緒で、小学校高学年になるまで一緒に風呂に入ってた相手を、未だに夜通しゲームをして並んでベッドに寝る幼馴染を、男だと思える訳がない。



「あたしを巻き込まないでよ」


 太陽にしか聞こえないくらい小声で意義を唱えると、



「フリなんだからいいだろ、フリなんだから」


 太陽もヒソヒソ声で反論する。



「フリなんかしてたらあたしに彼氏出来ないじゃんよ」


「してなくても出来ねぇじゃんかよ」


「んだと!?」


「諦めろ、正論だ」


「あんたねぇ、言っていい事と悪い事が――…」


「プリンパフェ」


「……なぬ?」


「ブンブン堂のプリンパフェ毎日奢おごる」


「……む」


「珈琲ゼリーも」


「……」


「だから話合わせろ」


「……致し方あるまい」


 まんまと物に釣られたあたしの返事に、太陽はにんまりと満足そうに笑みを浮かべる。



 笑った顔は今でも昔の……可愛かった頃の面影を残してる。



「そういう訳だからごめんな」


 あたしから告白してきたクラスメイトに視線を向け、意気揚々と言い切った太陽の言葉は、



「……いつから付き合ってるの?」


 予想外にも質問で返された。



「……」


「……」


 急にそんな質問されて答えられる訳がない。



「ねぇ、いつから?」


「……」


「……」


 今思い付いたばっかりの嘘に答えなんて出てこない。



 バカ太陽が浅はかにもこんな嘘吐くから悪い訳で、あたしは何にも悪くない。



 ……のに。



「……いつからだっけ?」


「え!? あたし!?」


 太陽はまんまとあたしに話を振り、完全に逃げ腰状態。



 何て言えばいいのか分からない。



 どう言ったら嘘だってバレないのか分からない。



 下手な事言って嘘だってバレたら、何を言われるか分かったもんじゃない。



「……」


「……」


「……」


「……中学の時……?」


 だからあたしの答えは完全に疑問形になった上に、



「う、うん。そうだと思う」


 太陽は曖昧あいまい相槌あいづちをした。



 この期に及んでまだ逃げ腰な太陽をひっそり睨み付けるあたしに、



「2人が付き合ってるって噂も聞いた事なかったけど!?」


 何故か太陽のクラスメイトはヒステリックに声を出す。



 もうフラれたんだからいいじゃん!



 ムキにならなくてもいいじゃん!



 失恋のショックをじっくりと噛み締めればいいじゃん!



 泣きながら教室に行けばいいじゃん!



 そう思ってるのにこの人は、この場から一向に動こうとしなければ、泣きそうにもなくて……



「か、隠してたから……?」


「そ、そうだと思う」


 あたしは疑問形で太陽は曖昧な言葉を紡ぐ事しか出来ない。



 太陽じゃないけど本当、女って怖いと思う。



 頭に血が上った女ってどうしてこんなに怖いんだろう。



「隠してたってどうして!?」


「……」


「……」


 よく考えてみればこの人は、ただ太陽に告白したってだけの人で、こんなにも突っ込んで内情を聞く権利なんてない。



「隠す理由が何かあるの!?」


「……」


「……」


 いや、もっとよくよく考えてみれば、あたしがこの件に巻き込まれてるって事がおかしくて、嘘を吐いたり責められたりする理由なんてどこにもない。



 ……だから。



「太陽ってばあたしにベタ惚れで、それ知られるのが恥ずかしかったってだけ」


 こんな嘘を言ったのは、ただ単純にこの状況にムカついた腹いせでしかなかった。



「え!? 俺!?」


 焦って思わずそう口走った太陽は、



「……だよ、うん。……バ、バラすなよ……」


 明らかに引きりながらその場を取り繕った。



 そんな太陽の言葉にようやく泣き出した太陽のクラスメイトは、「最低ッ」等と言われる意味が分からない言葉を吐き出し、逃げるように去っていった。

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