追加ルールと取引と


 何のつもりのモテ期だろうって思ってしまうくらいモテ始めたあたしの日常は、明らかに変化したと言える。



 最初の時みたいに呼び出されて告白されるなんて事はなかったけど、



「向日葵ちゃん、俺と付き合ってよ」


「太陽捨てて俺にしない?」


「今だから言うけどずっと可愛いなって思ってたんだぞ」


 なんて声を掛けられるようになった。



 罠だと思ってた出来事は単なるモテ期の襲来で、今まで経験した事のないこの状況に、嬉しいと思うどころか眩暈すら感じてた。



 そんな頃。あたしのモテ期が始まって10日ほど経った頃、太陽がその原因を突き止めた。



「原因は俺だ」


「……なぬ!?」


 放課後ブンブン堂に寄って太陽の家に来たあたしに、太陽はやけに真剣な表情でそう言葉を吐き出した。



「どうも俺が原因らしい」


「どういう事?」


 きょとんとするあたしに、



「俺がお前と付き合ってるから、お前がモテる」


「は?」


 意味不明な事を言う太陽。



 理解し難い内容に、プリンパフェを食べてた手を止めたあたしに、太陽は大きく息を吸い込んで分かり易く説明してくれた。



「俺って今まで誰とも付き合った事ないじゃん?」


「うん」


「告白されても断り続けたじゃん?」


「うん」


「そんな俺がずっと付き合ってたのが向日葵って事になってるじゃん?」


「うん」


「更には誰かさんの所為で俺が向日葵にベタ惚れって事になってるじゃん?」


「うん」


「だからだ」


「……はい?」


「俺が骨抜きになるくらいだから、お前って実は相当いい女なんじゃねぇかと男の中で噂が広がってる」


「いい女って!?」


「今じゃ名器の持ち主だとまで言われてる」


「なんと!!」


「万人に一人の逸材だとまで言われ始めてる」


「何の逸材!?」


「分からん!」


「ひぃ!!」


「しかも、だ」


「うぬ」


「もし俺からお前を奪えたら、相当箔はくが付くと」


「ぬわんと!!」


「だからお前がモテてるようだ」


「やはり罠か」


「あぁ、罠だ」


 お互い顔を見合わせたままゴクリと唾を飲み込んで、



「気を付けよう」


 そんな約束をしたのも束の間、また更なる事件があたし達に舞い込んできた。



 それはあたし達が気を付け始めて数日後。



 いつものように放課後の教室に、太陽が迎えにきた時に起こった。



「向日葵~、帰るぞ~」


 付き合ってるフリをする前から変わらない太陽の行動に、



「ほい」


 あたしは何の疑問も持たず、今まで通りの行動をしてた。



 だけどそれが周りからするとどうもおかしかったらしく、



「……ねぇ、2人って本当に付き合ってるの?」


 教室を出ようとしたあたしに聞こえてきた女子のその声に振り向くと、そこにいたのは二ヶ月前太陽に振られたクラスメイトがいた。



「……」


「……」


 こういう突然の攻撃に慣れないあたしと太陽は、あからさまに黙り込み、



「だって変じゃない?」


 続けられたその言葉に、何が変なんだろう!!と明らかに顔色を変える。



「今までは隠してたからって分かるんだけどさ」


「……」


「……」


「でも今はこうして公表しちゃった訳だし?」


「……」


「……」


「しかも“彼女”が言うには太陽君が、彼女にベタ惚れな訳でしょ?」


「……」


「……」


「なのにおかしいよねぇ」


「……」


「……」


「イチャイチャする訳でもなく、今まで通りってのが。普通本当にベタ惚れなら、手くらい繋いだりするんじゃない?」


「……」


「……」


 言い分は分かる。



 確かにそういう目で見ればそうなのかもしれない。



 イチャイチャってのは違うとしても、恋人同士なら手を繋いだりするくらいは、当然と言えば当然で――…だがしかし残念ながらあたしと太陽は恋人同士ではない。



 ……のに、何を勘違いしたのか、



「い、今繋ごうとしてたんだよ」


 太陽は言われた事に焦りまくって、目の前にいたあたしの両手を握り締める。



「ちょっ、何!?」


「しっ! 黙ってろ」


 驚いたあたしを太陽は小さな声でたしなめて、意地悪な事を言い出したクラスメイトに視線を向けた。



「ほら、向日葵って照れ屋だから」


 にっこり太陽スマイルをかました太陽は、「行こうぜ」なんて言いながら、未だあたしの両手を掴んで不自然な姿勢で歩き始める。



「こ、これは、」


「うん?」


「新たなる罠だ……!」


 なんて言いだす太陽に、両手を掴まれ半分引き摺られて歩くあたしは、最早太陽の思考自体が罠なんじゃないだろうかと思い始めた。



 挙句。



「明日からは手を繋いで帰る事にしよう」


 太陽は家に帰ると早々にそんな提案をする始末。



「やだ!」


 もちろん速攻拒否すると、太陽は「ダメだ」と首を振った。



「手を繋がないと疑われるだろ」


「そんなバカな……!」


「だって疑われたろ」


「あれは特別だよ!」


「いや、あれが当たり前の反応だ」


「えぇ!?」


「俺たちが知らな過ぎるんだ」


「……はい?」


「よく考えてみろ。俺もお前も誰かと付き合った事ってないだろ?」


「……うぬ」


「もしかすると恋人同士は手を繋いで帰るっていう暗黙のルールがあるのかもしれねぇ」


「そんなバカな……!」


「……違うと言い切れるか?」


「……」


「言い切れるのか?」


「……言い切れぬ」


「そうだろ」


「うぬ」


「俺らが知らないだけかもしれねぇだろ」


「確かに」


「って事はやっぱり手を繋いで――…」


「やだ! そんなのやだ!」


「……」


「だっておかしいじゃん! 手繋ぐとか気持ち悪いじゃん!」


「……」


「今更そんな事しなくても――…」


「手を繋ぐのが気持ち悪くて、何で俺に腕枕されるのが気持ち悪くないのか分からん」


 呆れた声を出す太陽はベッドの上に寝転んでて、その隣にあたしも寝転び、太陽の腕に頭を載せてる。



 でもこれは今までもやってきた事で、特に変な気分にはならなくて、



「日常茶飯事な事と、非日常茶飯事な事との違いだよ!」


 そう反論してみたけど、大した説得力はなかった。



 自分の中では納得してる。



 太陽と手を繋いだのは小学生の頃以来で、それ以降してなかった事を強要されると変な気分になる。


 だけど腕枕は普段もやってるし、何だったら先週末だって太陽の腕枕で朝まで寝てたし――…って事は自分の中で納得してるだけの事で、それを誰かに伝えて理解してもらうのは難しい。



 ……だから。



「……じゃあ、条件聞いてくれたら」


「おし、何でも言え」


「手を繋ぐってのはルールになるんでしょ?」


「そうだ」


「じゃあ、あたしが今から言う事もルールに加えて」


「分かった。任せとけ」


「あのね」


「あぁ」


「みんなに別れたって言う時さ?」


「うん」


「あたしが振って、太陽は未練あるって事にして」


「…………はぁ!?」


「それが条件!」


「……」


「じゃないと手繋がない!」


「……」


「嫌なら諦めて!」


「……」


「あたしはどっちでもいいもん!」


「……お前、」


「うん?」


「別れてからもモテ期を継続しようとしてるだろ」


「…………えへっ」



 という訳であたし達は、あたしの条件を呑んだ太陽所為で、毎日手を繋いで帰る事になった。



 今は何となく違和感があるけど、その内これも日常になるんだろう。

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