お願い事


 幼馴染の太陽は、格好良くて優しくて、基本的にはいい奴なんだ。



 心優しい奴なんだ。



 そう分かってる。



 重々承知してる。



 十数年来の付き合いで、ちゃんと理解はしてやってる。



 けど、



「向日葵! 俺の弁当作って!」



 ……そういう突拍子もない事言うのはマジ止めて。



「……」


「なぁ、向日葵」


 お昼休みの食堂に、



「……」


「弁当作ってくれよ!」


 やたらと大きい太陽の声が木霊こだまする。



 最近ようやく手を繋ぐって行為にも慣れてきて、みんながジロジロ見てくる視線にも慣れてきた。



 なのに太陽はそんなあたしをいましめるかのように次の要求を出してくる。



「……」


「おい、聞こえてるか?」


 聞こえない訳はない。



 いくら人でごった返すお昼休みの食堂でも、目の前にいながらにして大声を出す太陽の声が聞こえない訳がない。



 これは聞こえないんじゃなくて、聞きたくないだけ。



 ……だけど。



「弁当作ってって言ってるだろ?」


「何でよ」


 しつこい太陽を無視し続けるなんて事をあたしの体は知らない。



 定食の唐揚げを口に放り込みながら不貞腐れた態度に出たあたしを、太陽は目をキラキラ輝かせて見つめてくる。



「“彼女”ってのは“彼氏”に弁当を作るもんらしい」


「なぬ!?」


「クラスの男共はみんな彼女に弁当を作ってもらってる」


「ぬ」


「だから俺も弁当を――…」


「やだ」


 太陽が最後まで言わない間に言葉を遮り、食べていた定食に視線を戻す。



 話を聞いちゃダメだ。



 絶対聞いちゃダメ。


 だってその話を聞いたが最後、太陽の要求に従わなきゃいけなくなる。



 そう自分に言い聞かせ、耳を塞ぎたいとすら思う衝動を我慢して、黙々と定食を食べ続けるあたしに、



「これは多分、恋人同士の暗黙のルールじゃないかと思うんだ」


 太陽は容赦なく話を進める。



「そんなバカな事ある訳ないじゃん!」


 思わずそう反論してしまったあたしに、太陽はニヤリと笑い、



「本当にないって言い切れるか?」


 あろう事か揺さぶりをかけてくる。



「言い切れ……ないけど……」


「だろ? そうだろ?」


「……」


「だってよく考えてみろ」


「む?」


「向日葵のクラスの奴らだって、彼女が彼氏の弁当持ってきたりしてるだろ?」


「……確かに」


「実は俺らが知らないだけで、それが恋人のルールなのかもしれねぇ」


「む」


「毎日じゃなくても週一くらいで作るのが秘密のルールかもしれねぇ」


「……うぬ」


「だから向日葵は俺に――…」


「やだ」


 この状況じゃ完璧に、太陽に押し切られると分かったあたしは、残ってた唐揚げを口に放り込むとすぐに立ち上がった。



「おい、向日葵」


「やだったらやだ」


 食べ終わった食器を持ち、そそくさと返却口に向かうあたしの背後から、



「ちょっ、待てよ」


 慌てる太陽の声が聞こえたけど、それでもあたしは聞こえない振りをして、さっさと食堂を出て行った。




 ……とは言え、そうやって逃げたところで、完璧に太陽から逃げ切れる訳もなく、放課後になると太陽は教室に迎えにくる。



 そして最近じゃ当たり前のようにあたしに手を差し出し、あたしも当たり前のようにその手を握る。



 はたから見れば恋人同士なのかも知れないけど、あたしにはただの小さい頃の延長で、こうして手を繋ぐようになってから、ふと思い出すのは幼稚園の頃の事。



 あの頃はいつも手を繋いで遊んでたのに、いつの間にそうしなくなったんだろう。



 一緒にいる事は変わりないけど、微妙に距離感が変わった気がする。



 手を繋がなくなった理由は分からないけど、結局こうやって元に戻ったんならまぁいいか。



「なぁ、向日葵」


「うん?」


 ブンブン堂から家までの帰り道、それまで妙に押し黙っていた太陽が口を開いた。



「弁当――…」


 でもそれはそのまま黙ってりゃいいのにって思うような内容を口にしようとした訳で、



「やだ」


 最後まで聞かずさっくり拒否してみる。



 だけど、



「何でやだ?」


 主導者太陽は、かなりしつこい。



 拒否される事が滅多にないから、こういう時はしつこくしてくる。



 もうこの時点で分かってる。



 最終的には結局あたしが折れるって事を。



「だってお弁当作るなら早起きしなきゃなんないじゃん」


「うん」


「超面倒じゃん」


「うん」


「だからやだ」


「ブンブン堂のスペシャルプリンパフェ」


「……」


「弁当作った日には買ってやる」


「……」


「しかも2個」


「むー…」


「3個?」


「……致し方あるまい」


 結局こうやって太陽は自分の意思を貫いて、そのしわ寄せがあたしに来ようとも、嬉しそうに無邪気に笑う。



 そういう屈託のない顔をするから誰もが主導権を渡す訳で、あたしもまた例外じゃない。




 そんな他人から見ればありえないような理由だけで、あたしは太陽のお弁当作りをする羽目になった。

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