第10話、期間が無くなってしまった
深く絡ませられた舌に舌を吸い上げられ、これで良いと思っていたけれど、胸は軋んで痛みを発している。
どうしてこんなにショックを受けているのか自分でも理解ができなかった。
何も失う物はなかった筈なのに、ゼリゼと体を重ねる度に確実に何かがすり減っている。
——何が、減っているんだろう。
体と心が反比例している。
そんな自分を不思議に思いながらも、玲喜は考えるのを放棄した。
この日から、ゼリゼと体を重ねるだけの関係が始まった。
2
事態が大きく変化したのは、ゼリゼとの関係性が変わってしまってから一週間後のことだった。
朝になるまで散々ゼリゼに抱かれ続けていた体は朝から怠く、起きるのも億劫で、足がもつれて座り込む。
昨日は執拗だった。
初めて腹の中でイク事を覚えさせられ、何度も繰り返して中だけでイかされた。
内側に散々出された精液が太ももを伝ってきて、慌ててティッシュに手を伸ばして拭き取る。そんな事をしている自分がとても惨めだった。
室内を見渡す。散歩に出かけているのかゼリゼの姿は見あたらない。
ホッとした。今はゼリゼの顔を見たくない。
よろけながらも服をかき集めて着ると、料理の匂いが鼻腔をくすぐった。
ダイニングに歩を進ませる。
テーブルの上には、玲喜がいつも作る簡単な朝食が置かれていた。所々が焦げていて、玲喜は思わず苦笑する。
今日みたいに体に負担が出るくらい抱かれた次の日は、ゼリゼが食事を作ってくれるようになっていた。
体を拭いてくれたりと情事後の後始末もしてくれるのも、有り難いではある。内部の精液を掻き出された事は一度もないが。
優しいのか優しくないのか良く分からない。
それでも何もしてくれないよりかは随分と楽だった。
なのに心が苦しくなるのはどうしてだろうか。居なくてホッとしたのに、側にゼリゼの気配がないのが寂しい。
椅子に腰掛け、味噌汁に口をつける。
「……塩っぱい」
あのゼリゼが作ったのかと思うと可笑しくて、口元に笑みを浮かべる。味付けや焼き加減はどうあれ全て食べ切った。
「なあ……、オレはどうすれば良かった?」
ラルの事を初めにちゃんと話せていれば少し前の関係のままでいられたのだろうか。
玲喜の小さな問いかけが空気にとけた。
正直、他人との関わり方は知らない。今までは交流がなくても困らなかったし、一人でも構わなかった。
セレナと喜一郎が居なくなった時とはまた違った寂しさを胸の内に抱えこむ。
「前みたいに……戻りたい」
願ってしまうのを止められない。
もう無理だと分かっていても、一緒にいて欲しくて堪らない。
胸が苦しくなって、目の前が溜まった水分で濁った。涙が溢れ落ちる前に手の甲で拭う。
ピンポンと訪問者を告げるインターフォンが鳴って、顔を上げた。
扉を開けると、そこには少し前に現れた親戚を名乗った男がいて、玲喜は戸惑いを隠せずに男を見つめる。
何だか嫌な予感がしていた。
「悪いが、予定が変わってな。今週末になるまでには出て行ってくれ」
突然の言い分に頭の中が真っ白になる。
「え、どうしてですか? まだ二か月経っていないですよね? それに今週末までにって今日金曜日ですよ!」
小太りの男に玲喜は食ってかかった。
ここは引くわけにはいかない問題が起こっている。
「先方が早めたいと言ってるんだ、仕方がないだろう。とりあえず迷惑だからもう君は出て行ってくれ」
絶望的だった。まだ三週間くらいは猶予があった筈なのに、提示された期限が無になってしまった。
まだ借りれるアパートさえも見つかっていない。
そもそもこの周辺だと保証人がいないと家さえ貸して貰えない。借りれたとしても風呂とトイレのない物件で、さすがにそれはキツかった。
値段が手頃で支払いも可能な所はクレジットカード決済が必須の物件ばかりだ。クレジットカードを持っていない玲喜は
言うだけ言って逃げるように去って行った男の背中を見送った後、玲喜は床に視線を落として呆然とした。
本当に何もかもが無くなってしまった。
どこにも行き場所がない。必要とされないどころか自分は邪魔者でしかない。
鉛を飲み込んでしまったように体が重い。
どうしていいのか分からずにへたり込むと、視界が歪んで床に水滴が落ちて行った。
「玲喜……? 何かあったのか?」
声もなく涙だけを流す玲喜を見て、散歩から戻ったゼリゼが声をかける。
「なんでも……っ、ない」
腕で涙を拭うが、全然止まってくれない。
ゼリゼに腕を取られたがすぐに逃れた。
求められる事は分かっている。今は触れられたくも、抱かれたくも無かった。
「そんな顔をしておいて、何もないわけがないだろう⁉︎」
再度腕を取られかけたが、ゼリゼの手を弾き返す。初めて全身でゼリゼを拒絶した。
「何でもないって言ってるだろ! お前だってアイツと変わらないくせに!」
「玲喜!」
ゼリゼを無視して、玲喜は動かしにくい体を引きずって自室に向かった。
スマホを取ってバイト先に辞める旨を伝える電話を入れる。
本当は今日もこれからシフトが入っていたが、バイトに行っている場合ではなくなった。
荷物を纏める為に段ボールを探して、中に荷物をしまっていく。
だが、肝心の行き場所がなくて、玲喜は途方に暮れてまた泣いた。
家族は皆んな居なくなった。
生きていくだけが精一杯で、頼れる友人も今まで作ってこなかった。故に、他人にも必要とされた試しもないし、自分からも求めた事もない。
今の状態で一人で居られる程、玲喜はもう心を強く持てそうになかった。
ゼリゼと住む様になって一人じゃない空間も心地良かったのに、自分の考えなしな行動のせいで、その唯一の人に嫌われてしまった。
もうどうやって関係を修復して良いのかも分からない。ゼリゼと体を繋げれば繋げるだけ心の隙間は空いていくばかりで辛い。
心臓が、痛かった。
服の整理をしていると、タンスの引き出しの奥から、昔ラルに借りたままになっていたハンカチが出てきた。
返せなくなってずっとしまったっきりになっている。
ゼリゼなら返せるかも知れない。
玲喜はハンカチを手にしてゼリゼの元へ向かった。
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