第13話、修復
——だからあの時態度がおかしかったのか……。
些細な事で互いの間にかなりの
「何がおかしい。笑い話しはしていない」
「誰のせいだと思ってるんだ。説明もしないで不機嫌そうに、お前を見ていると苛々するとか言われたら嫌われてるとしか思わないだろ! なのに体だけは毎晩何度も求めてくるし意味が分からない。嫌がらせついでの欲の捌け口としてしか見られてないって思ってみても、手酷く犯されるどころか前戯から馬鹿みたいに丁寧だし……本当に意味が分からなかった! そのせいでこっちは連日神経ゴリゴリ削られてメンタルやられてんだよ。しかも何勝手に孕ませてんだ! お前マジでふざけんな! オレの気持ちも意思も無視かよ。ゼリゼ……っ、こんな事になる前に、ちゃんとオレに言うべき言葉があっただろ⁉︎」
途中から怒り口調になった玲喜に泣きながら言われて、ゼリゼが戸惑ったように視線を彷徨わせる。やがて観念したのか口を開いた。
「…………俺が、悪かった。泣くな玲喜。お前に泣かれるとどうしたらいいのか分からん。もう日本に戻らないのなら俺と此処で一緒に暮らして欲しい。何処にも行くな。お前が必要だと言ったのは本当の気持ちだ」
「その前にも、先に言う事があるだろ?」
即座に返され、ゼリゼはだいぶ間を空けて言った。
「こんな気持ちになったのは初めてだ。何と表現すれば良い?」
玲喜は体を起こして膝立ちになると、ゼリゼの頭を腕の中に抱き込む。迷子の子どもに言い聞かせるみたいに、落ち着いた声音で玲喜が続ける。
「世間一般ではそういうのを好きって言うんだよ、このヤンデレバカ皇子。やる事ばっか上手くて、情緒は死んでるって何だよそれ。お前の倫理観どうなってんだよ、全然笑えねえよ」
「好きだ……玲喜。大切なんだ。だがどうやって大切にすればいいのか良く分からない。何をしてもお前は泣く。どうすれば以前のようにまた笑ってくれる?」
玲喜の腰に両手を乗せて、ゼリゼが尋ねる。
本気でそんな事を言っているのが信じられなくて、玲喜は呆れた。
日本ではあり得ない事案もマーレゼレゴス帝国では当たり前なのかと考える。皇子ともなれば世継ぎを求められてもおかしくないからだ。王族の子となると逆に大金を積んでも欲しがるのだろう。
「オレは勝手に孕ませられても喜びもしなければ笑わない。とりあえずその考え方を正せ。普通でいいんだよ……普通で。怒ってるなら怒ってるでいい。ちゃんと理由を教えてくれ。そうじゃないと分からない。オレは、お前と居るだけで楽しかったよ。前みたいに笑って会話がしたい。一緒に食事を楽しみたい。一緒に寝たい。隣にゼリゼの存在を感じるだけでも幸せだった。また、ゼリゼと……居たい」
また涙が溢れた。ずっとゼリゼとの関係を戻したかった。
体だけ繋げてしまって空しさだけが募り後悔していた。
でも今は別の感情が湧き上がって来ている。自分の心の変化に戸惑ってしまい、ゼリゼの首元に顔を埋めたまま玲喜は口を開いた。
「ゼリゼ、オレは……どうしたらいい?」
「お前の腹の中にいる俺の子を産んで欲しい。俺と子と、家族になって欲しい。お前たちと共に居たい」
顔を上げて真っ直ぐに見つめる。
冗談を言っているような表情ではない。まさか自分が親になるだなんて夢にも思わなかった。
セクシャリティーが男だった時点で家庭を築く事は昔から諦めていたし、そこから繋がる家族があるなんて夢物語のようだ。
『玲喜、どうにもならない程困った事があったらこのネックレスを持っていなさい。貴方を導いてくれるわ』
セレナに言われた言葉を思い出す。
セレナが装飾品を家に置いたままにしていたのは、いつか自分をマーレゼレゴス帝国へ行けるように逃げ場を作ってくれたのだろうか。
そのマーレゼレゴス帝国から来たゼリゼと会い、今こうして一緒に帝国に来ている。
もしかしたらセレナが作ってくれた繋がりなのか、と思うと心が温かくなった気がした。
「本当に……オレは妊娠しているのか?」
「小さな命の揺らぎが見える。お前が孕んでいるのは確かだ」
手を取られて口付けられる。
掌、甲、手首、指先まで愛おしくて仕方ないというように何度も唇を落とされた。
こんな風に大切に扱われた事がなかっただけに、どう反応していいのか分からなくて、玲喜は気恥ずかしさと戸惑いを隠せなかった。
「軽率だった。日本では男は孕まないんだよ……こんな事になるなんて、夢にも思わなかったんだ。簡単にあんなことを言葉にして悪かった。ただそれでゼリゼの気が済むなら良いと思ってた。でも相手が誰でも良かったわけじゃない。オレはゼリゼだから許した。ラルじゃない。ゼリゼ……っ、お前だからなんだよ」
自分で言って気が付いた。
その時点で考えてみなければいけない気持ちだったのだ。
何故甘やかされているのに苦しくなったのか、何故後悔していたのか空しかったのか、何故相手がゼリゼなら良いと思ったのか、初めっから心の中で新しい感情が芽吹いていたのに、目を背けていたのは玲喜も同じだった。
「お前にとっては俺に抱かれた事も子が出来たのも誤ちでしかないか? 俺と子と家族になるのは嫌か? 俺は玲喜……お前が欲しい。誰にも渡したくなければ、何処へも行って欲しくない」
初めて弱気にはにかんで見せたゼリゼを見て息を呑んだ。
本来なら許されるべき行為ではない。
それでも本気で怒れないのは自らにも過失があったからで、ゼリゼだけを責められなかった。
妊娠していると認識出来るような症状が何もないのでまるで絵空事のように思えるが、自分の家族が出来るという事には正直嬉しいと感じている自分がいる。
何もないと思っていたのに、小さな可能性と希望が出てきた。
泣きたくなって俯く。それが本当の意味でゼリゼを責められない一番の理由だった。
「…………過ち、じゃない……よ。嫌じゃ……なかった。さっきは、ゼリゼの気持ちが何も見えなかったから怖かっただけだ。オレはまた……モノ扱いになるんだと思ってた」
玲喜が言うと、ゼリゼの表情が些か明るくなった。
「お前をモノ扱いするわけがない。玲喜、なら……」
体の向きを変えてベッドに座り直したゼリゼに頷いてみせる。
また泣きそうになった顔を誤魔化すように眉尻を下げて、緩く微笑んで見せた。
「オレを欲しがるのなんてお前くらいだ、ゼリゼ。オレには何もない。それでもいいなら……、お前に全部あげる。オレをあげる。ゼリゼ、オレの家族になってくれて……ありがとう」
こんなに簡単に受け入れて扱うべきじゃ無いという事は分かっている。
それでもゼリゼに惹かれていたのも事実だった。
それとは別で生きる希望が出来たのも本当で、大切で尊くて、胸の奥が熱くなってくる。ベッドの上で膝立ちになったままゼリゼの額に唇を押し当てた。
さっきまでと違う意味の涙が溢れてきて、自分で自分に困った。
「これ以上泣くな。その綺麗な目が溶けて虹になるぞ」
「ふふ……っ、ならねーよ」
——それに綺麗なのは、ゼリゼの目の方だ。
船乗りに恋した人魚の涙がアクアマリンになった。船乗りは旅をしていた皇子だった。しかしその人魚は泡になって消える……。
いつか自分も同じ事になるのだろうか。今は楽観的に回ってくれない頭の中で玲喜は思わずそう考えてしまった。
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