第14話、ラル? ゼリぜに溺愛される
後頭部に回ってきた手に引き寄せられて唇を重ね、啄むように何度も口付け合って額同士をくっつける。
すると、慌ただしい誰かの足音が響いてきた。
「ゼリゼ様! こちらにいらっしゃるのですか⁉︎」
ノックの音と共に酷く焦った誰かの声が聞こえた。
「入れ」
「失礼します。良かった! 突然消えたので私みたいにどこかに異世界転移してしまったのかと思ってしまいました!」
「いや、日本という所に飛ばされて今帰ってきた所だ。一カ月は経過していただろう?」
「いえ、ゼリゼ様が居らっしゃらなかったのは実質一日程度です」
「は?」
「え、ラル?」
扉を開けて入ってきたその人物は、銀縁眼鏡に薄いピンク色の髪の毛を斜め分けにした人物で、どう見ても玲喜が知っているラル本人で間違いなかった。
名前を呼んだのはいいが己が服さえ着ていないのを思い出して、玲喜は思わずゼリゼを盾にして隠れるように身を潜める。
それに気をよくしたゼリゼがシーツを手繰り寄せるなり玲喜の体に巻いた。
「れ、き? もしかして、貴方……玲喜ですか?」
「久しぶりラル。よくオレだと分かったな。ていうかラルは何で十六年前のままなんだ?」
シーツから顔だけを覗かせて玲喜は尋ねた。ラルと最後に会ってから十六年は経っている。
それなのにラルはあの頃と変わらない見た目をしていた。
これではゼリゼが勘違いしてもおかしくない。
ラルに関して話が噛み合わない理由も分かった。
「日本とマーレゼレゴス帝国では時の経ち方にかなりの違いがあるようです。私も日本に飛ばされて初めて分かりました。私にとっては此処へ帰ってきて半年くらいしか経っていないんですよ。それと貴方の目の色はセレナ様譲りで独特ですからね。光の当たり具合で色合いが変わる。アレキサンドライトそのものだ。玲喜がここまで成長しているとなると……もしや喜一郎やセレナ様は……」
「二人はもう随分前に他界したんだ。あの家も……取り壊される」
「そうだったんですね。残念です。玲喜は泊まる所はお決まりでしたか? もしまだお決まりでなかったら私の所に来ませんか?」
ラルの言葉を聞いたゼリゼが機嫌悪そうに眉根を寄せた。存外に妬きもちやきだったゼリゼを見て玲喜が口を開く。
「ありがとう。大丈夫だよ。今日からはゼリゼと一緒に此処に住む事になってるから」
「え……此処にですか?」
「うん。ゼリゼとなら同じ布団で寝るのも慣れてるし」
寧ろ毎回抱き枕にされて玲喜は身動きがとれない状態になっていた。このベッドではもっと余裕を持って寝れるだろう。
「は? ゼリゼ様が誰かと一緒の寝床に……っ⁉︎」
「?」
話が噛み合っているようでどこか噛み合わない。
玲喜の話を聞いてラルが驚いた表情でゼリゼを凝視している。何か言われる前に、ゼリゼはそれとなく話を逸らした。
「玲喜の祖母のセレナはやはり王族の人間だったのか? セレナという名前には聞き覚えがないのだが」
「そうです。私もお会いした時は驚きました。セレナ様は家出したものとされ、表向き上は王族からお名前を抹消されていますからね」
「それで聞き覚えがなかったのか。セレナの装飾品を玲喜から預かってきたぞ。恐らくこれが起因となり転移が起きていた。後はその時の感情の動きかも知れん。戻る時、玲喜の感情に呼応するように輝きだしたからな」
ポケットを漁るなりゼリゼは小袋を取り出して、ベッドの上に装飾品を並べる。
「成る程。私が転移した時、ゼリゼ様の装飾品を磨いていた時でした。妹の病を治してくれる人間を強く欲していたので、セレナ様の元への道が開いてしまったのかも知れませんね……」
ラルが顎に手をやって逡巡する。ゼリゼは更に口を開いた。
「あと、玲喜の腹の中には俺の子がいる。安定期に入るまでは周りにはなるべく悟られたくない。口の硬そうな産婆と医者を一人ずつ寄越せ。玲喜と子に何かあると困る。もし俺が居ない時には、玲喜を優先的に守ってやってくれ」
「はっ⁉︎」
勢いよくラルが玲喜に視線を向ける。
知らない間に仕込まれてましたとは言えずに、玲喜は曖昧に笑って見せた。
「玲喜……それは本当に貴方の望まれた妊娠ですか? この性欲無節操バカ皇子に無理矢理仕込まれたんじゃ?」
——性欲無節操バカ皇子て……。
苦笑する。しかも的確に言い当てられた。
ラルの声音は静かなのに、地響きが聞こえてきそう程に剣呑な空気が流れている。
その通りだとは言い出し難い。伝えようものなら殺傷沙汰にさえなり兼ねなかった。それと、この国でのゼリゼの素行が知れた気がする。
「あ……うん。心配しなくて大丈夫だよ、ラル」
ゼリゼは飄々とした態度で、当たり前のように玲喜を抱き上げて、横向きに抱え直す。
こうなってしまうと気遣いで巻かれたシーツがまるで拘束具のようだ。それにまだラルとの関係性を疑われている気がして嘆息する。それを見たラルが「頭でも打ったのか」と言わんばかりにゼリゼを見ていた。
——もしかしてゼリゼがこういう態度を取るのって珍しいのか?
何だか居た堪れなくなり、玲喜はゼリゼの腕の中から出ようとしたが、がっしりと捕まれている為に微動だにできなかった。
「ゼリゼ、人前でこれは恥ずかしいから下ろしてくれ」
「断る。俺に全てやると言ったばかりだろう? 約束は違えるな。お前は俺のものだ。誰にも渡さない」
解放されるどころか額と頬に口付けられてしまい、玲喜の羞恥心を更に煽っていく。
——恥ずかし過ぎる……無理。
恋愛初心者には直球すぎる求愛行動には耐えられなかった。
玲喜は、気持ち的に静かに瞑目した。
「ゼリゼ様……頭でも打たれましたか?」
とうとうラルから問われ、ゼリゼが訝しげな視線を向ける。
「おかしな事を言うな。お前も特定の相手を見つけろと言っていただろう? 俺は日本で玲喜を見つけた。玲喜以外にはもう手を出さんし、誰が何と言おうと玲喜以外とは結婚もせん」
——不特定多数と遊んでいたんだな?
納得すると同時に頭が痛くなった。
玲喜は抗うのも辞め、ゼリゼに身を任せたままだ。同じく別の意味で黙ってしまったラルがフラフラとしながら部屋を出ていく。
「あのゼリゼ様が……馬鹿な。天変地異の前触れか」
一人ブツブツと呟いているのが、玲喜の方まで丸聞こえだった。
ラルとは色々話しをしたいし、聞きたい事もあったが、今はお互いまともな状態で話せないだろう。
それよりもゼリゼがまた勘違いしてトチ狂ってしまうと厄介だ。別の機会にしようと大人しくしていると、玲喜はゼリゼから顔中に口付けの嵐を受けていた。
——どうしてこうなった?
内心ボヤく。
自分の気持ちが分かれば惜しげもなく表現する性格らしい。ゼリゼのまた新しい面を知れたのは良いが気恥ずかし過ぎて、玲喜は赤面しているのが自分でも分かるくらいだった。
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