第12話、ぶつかりあう
「玲喜、何処へ行く?」
「帰れたんだからオレはもう用済みだろ。オレは何処か暮らせる所がないか探してくる。もう日本には戻らない」
出て行こうとした所で、距離を詰めてきたゼリゼに後ろから抱きしめられた。
「俺にはお前が必要だと言っただろう」
緩く首を振る。
嫌われながらも生活を共に出来る程、強い精神力は今の玲喜にはなかった。
「お前にはもう抱かれたくない。関係も終わりにさせてくれ。それに嫌いなオレの顔を見なくても済むぞ。良かったな」
振り返ると何故かまた泣いてしまいそうで、玲喜は扉の方向を見つめたままゼリゼの腕から逃れようともがく。
「先程から思っていたが、俺はお前を嫌いだと言った覚えはないが?」
「顔を見るだけで苛々するって言ってただろ。もういいってそれは。いい加減離してくれ。日が高い内に寝床を確保しに行きたい」
力を込めれば込めるだけ、ゼリゼの腕の力も強くなった。
「住むなら此処に住めばいい」
告げられた言葉に玲喜が力なく笑う。
親切心をそのまま受け取れる状態でもなくて、玲喜は嘲笑するかのように口を開いた。
「それでまた夜の慰みものになれとでも言うつもりか? そんなにオレの体は良かったかよ…………ウンザリだ」
「お前何言って……」
力が緩んだ隙に振り返り、正面からゼリゼを睨みつける。
「お前の顔なんて見たくない。オレはお前と縁を切りたいんだ! 分かれよ! 王族だろうが関係ない。お前との事は全部忘れたい。無かった事にしたい。いい加減オレを解放してくれ!」
叫ぶように言った直後に、有無を言わさず抱え上げられて奥の間にあるベッドに放り投げられた。
逃げ出そうとしたところで押し倒されマウントポジションを取られてしまい、逃げ場を失う。
「ゼリゼ!」
両腕をいとも簡単に頭上で固定され片手で押さえ込まれる。
全力で拒否しているのにゼリゼの体はピクリとも動かない。やがて息が上がってきて力さえまともに入らなくなってきた。
「玲喜、良い事を教えてやろうか」
「何だよっ⁉︎」
上着をたくし上げられ、素肌に手のひらを這わせられる。
「ちょ、やめろ! こういうのは嫌だってさっき言ったばかりだろ!」
「お前は何度こうして俺に抱かれた? 何度俺の子種をその腹に受けた? 中にもまだ残っているのではないか? 昨夜は丁寧に丁寧にお前の腹の中を愛した」
下っ腹を擦られ、玲喜は視線を逸らす。
「……知るかよ」
「マーレゼレゴス帝国では男も妊娠するぞ。お前にもその血が流れているだろう? もう一度よく考えてみろ玲喜。お前は避妊もせずに、何度俺に抱かれたと思う?」
顎を掬われ、正面から見つめ合う。無表情のままゼリゼの口角だけが持ち上げられた。
「え……」
瞬きさえも出来なかった。
——今、何て言った?
何を言われているのか理解が出来ない。
顎を掴んでいたゼリゼの手が、玲喜の肌の上を滑っていき、とうとうズボンと下履きを脱がせにかかった。
「ゼリゼっ待て、待ってくれ! 嫌だ!」
玲喜の必死の抵抗も空しく、身に纏っていた服は全て脱がされてしまう。
「今更拒んだ所で全てが遅い。お前は『俺の好きにすれば良い』と迂闊な事を口にすべきではなかった。言っただろう、後悔するなと。お前の腹の中には既に俺の子がいる。大事な王位継承者だ。勝手に出ていくなど許さん」
「嘘……、だってそんなの今まで一言も……」
問いかけに動揺してみせた玲喜を見て、ゼリゼが喉を鳴らして笑った。
「不利益になる事を言うと思うか? お前もラルとの事を隠していただろう? 俺に抱かれながらラルに抱かれる妄想でもしていたか? 残念だったな。妄想は実を結ばん。実を結んだのは、俺とお前の子だ」
「何でそこでラルが出てくるんだよ! ラルの事は確かに好きだったよ。オレの初恋だったからな。でもそれだけだ。五歳の頃の話だぞ。そんな妄想する訳ないだろう! 黙ってたのは、年齢的に別人だと思ってたのと、話す事でお前にオレの性癖がバレるのが嫌だっただけだ! 結局は酔った勢いで自分からバラすような真似したけど……っ、あんな風にお前に抱かれ続けるなら、始めっからバラして距離を置かれた方がマシだった!」
「五歳……だと?」
ゼリゼが瞬きもせずに玲喜を見ていた。玲喜もゼリゼを睨む。
だが、呆気に取られて動けずにいるゼリゼを見て、一つの可能性が脳裏を過ぎった。
「そうだ、オレが五歳の頃の話だ。ゼリゼ……もしかしてお前それが原因で苛々していてオレを抱いてたのか?」
「……」
「おい、何とか言えよ! オレはお前に嫌われていて、その嫌がらせで抱かれていたんだとばかり思ってた。それまでのゼリゼとの暮らしが楽しかったから、嫌われたのは正直堪えたし、しんどかった! だからもうこんな関係は嫌なんだっ!」
叫んだ玲喜を見て、ゼリゼが眉根を寄せる。
「嫌ってなどいない。自ら婚約の誓いをたてた癖に、ラルの代わりにされていたのかと思ったら今までかつてない程に腹が立っただけだ。お前を抱いていたのは俺だろう? 俺の事だけ考えていれば良い。口にするなら俺の名を呼べ。俺に抱かれているようにラルにも抱かれていたのかと思うと腑が煮えくり返りそうになる! こんな気持ちを何て言えば良いのか俺には知る術がない! 苛々するとしか言いようがないだろう!」
何だか物凄い事を言われている気がして、今度は玲喜が返答に詰まる番になった。
バツが悪そうにそっぽ向いたゼリゼが玲喜の上から退く。
「だから何でラルが出てくるんだよ?」
「初めてお前を抱いた時に寝言で言っていた」
忘れろ、と玲喜が言った時にゼリゼが不機嫌になったのは、ラルとの関係を勘違いしていたせいだと今になって知る。
確かに誰かと一夜を共にした時に口にすれば、誤解を与える言葉だったのだろう。玲喜は小さく息を吐いた。
「ああ……それはごめん。小さい頃の夢でも見てたんだと思う。あの頃はセレナが元気だったから、喜一郎と三人で一番楽しかった時期だったんだ。そんな時にラルが来たから、家族が増えた気になって嬉しかった。今でも良く夢に見るよ。あと、何だ婚約の誓いって?」
「? 俺の人差し指に指輪をはめただろう?」
「あーーー……」
大体の謎が解けた。
拍子抜けしてベッドの上に脱力する。
アレキサンドライトの件については、ゼリゼが左手の人差し指にずっとアレキサンドライトをはめていたから戻しただけだ。
玲喜からすれば他意のない行動だったのだが、マーレゼレゴス帝国の風習では多大なる意味があったようだ。
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