第21話、マギルとジリル



「は……、おれの風魔法の攻撃を弾くとかマジかよ。ラルめ、何が魔法適性能力ゼロだ。レア中のレア種じゃんコイツ。面白ぇ。そりゃゼリゼも囲うわけだ。ハハハッ、おいジリル、こいつ部屋まで持って帰ろうぜ。ゼリゼの代わりにおれが飼う」

「何マギル、気に入っちゃったの? 僕はもう少し身長も低くて可愛い子の方が好みなんだけど~」

「てめぇの趣味なんて聞いてねーよ!」

「はあ~? 僕だってマギルの趣味なんて聞いてないんだけど~?」

「お前はしっかり聞いてただろうが!」

 急に言い合いを始めた二人を見ていると、いい感じで緊張感が抜けた。

 ——何か軽いなコイツら。このまま居なくなっても気が付かなかったりして……。

 ゆっくり後退りしながらその場を後にする。

 気持ち的には走ってしまいたいが、腹の子に何かあっては困る。やや早足で二人から離れていくと、その途中で足を止めてしまった。まるで蜜をぶちまけたような甘い匂いが香ってきたからだ。

 ティータイムと言っていたから、どこかで焼き菓子でも作っているのだろう。

「う……、っぇ」

 急に吐き気が込み上げてきて、口元を抑えて城壁に寄りかかって座り込む。

「何だお前、もしかして孕んでんのか? ゼリゼの子か?」

「っ!」

 座ったまま吐いていると突然頭上から声がした。

 玲喜は気分が悪過ぎて、動く事も喋る事も出来ずにいる。

「マギルのビンゴ~! この子の中に魂の揺らぎがあるね~しかもこれ双子じゃないかな~僕らとおんなじだね~。男性妊娠だと多胎になりやすいから~」

 ——双子⁉︎

 妊娠しているというのはゼリゼに聞いていたので驚きもなかったが、双子だったのには驚きを隠せない。

 しかし吐き気と闘いながら聞いていたのも有り、表情には出なかった。

 何度かえずいて何も出なくなったがさすがに動けそうもない。短くて浅い呼吸を繰り返していると急に体が浮いた。

「しょうがねぇなー」

 マギルに横抱きにされる。

「僕は甘いもの自体が嫌い~。早く行こう~?」

「おれは食えたら何でもいい」

「お……ろせ」

「ああ? この匂いが嫌なんだろ?」

「アンタの服……ッ、汚しちまう」

 虚をつかれたような表情をした後、マギルが笑った。

「自分を攫おうとしてる奴の心配かよっ。てめぇの心配しろっつーの。このまま此処にいても気分が悪くなるだけだろうが。抱えてってやるよ」

「ゼリゼんとこ……帰りたい」

 弱々しい玲喜の声を聞いて、マギルがまた声高々に笑いながら口を開いた。

「そいつは聞けねえなぁ。連れてくのはおれの部屋だ」

「なら……嫌だ。降ろせ」

「嫌だね」

 どこか機嫌良さそうに歩いていくマギルの後を追って、ジリルがついてくる。

「つうか、お前身長の割に軽すぎねえか? 腹の子の為にもっと食えよ」

「うるせえ……な。これでも食べてる」

 ——この双子は一体何者なんだ。

 ゼリゼの兄弟にしては顔の作りが違い過ぎる。異母兄弟? 頭を悩ませた。

 匂いのあった場所から離れると気分が大分良くなってきて、玲喜は大きく息を吸う。

「もう大丈夫だから降ろしてくれ」

「降ろしたらお前すぐ逃げるだろ、嫌だね」

「はあ……。何なんだよアンタら」

 舌打ちする。城の中をどんどん突き進んで行き、やがて噴水のある円形になっている大きな中庭に出た。

 何かの動物を模しているのか不思議な形をした木が生えている。玲喜から見ると、通常の動物というよりも空想上の動物に見えた。ユニコーンやドラゴンに似ている。

 そこからもまた歩いて螺旋階段を降って行く。

 ゼリゼの部屋からだいぶ離れてしまっている気がする。勝手に開いた扉の中に入ると、そこには左右一対になっている横長の部屋があった。

 扉を入って左側にあるベッドの上に寝かされ、その上にマギルが乗り掛かってくる。

「おいお前。服を脱げ」

「は? 何でだよ?」

 唐突にマギルに言われて、玲喜の頭の中は疑問符しか思い浮かばない。

「そっちの方がやりやすい。さっさと脱げ」

「嫌だ。意味が分からない!」

 無理やり着ていた服を引っ張られたので、玲喜は抵抗する為に服を掴んで身を捩った。

「脱がねーんなら、その服切り裂くぞ」

「だから、何でそうなるんだよっ⁉︎」

 堂々巡りにしかならない。

「君の魔力をちゃんと分析させろって言ってんの。マギルはさ、それくらいも説明出来ないの? バカなの? うん、知ってた~!」

「うるせーよ、ジリル!」

「つうかお前ら二人揃ってうるせぇよ。別に分析とか頼んでないし要らないから。オレ帰る」

 ベッドを降りて扉に向けて歩く。

 背後で風が揺らぎ、渦が出来る。攻撃が来るのが分かって、玲喜は咄嗟に出した結界で弾いた。風属性の砲弾が霧散する。

「ハハッ、こいつマジで面白ぇ!」

 アーミナの時で大まかなコツを掴んだから詠唱を破棄しててもそれなりに強度を上げることにも成功した。

 風とは違った魔力の気配が蠢き、色合いも変わっていく。火属性魔法での攻撃を放たれ、対処に遅れてしまった。

 ——マズイ……っ。

 咄嗟に腹にだけ防御壁を張ると、突然玲喜の目の前で、黒色に紫を混ぜた防御壁が展開された。

 マギルの攻撃が魔法防御壁に吸い込まれて消滅する。

 ——あ、この気配は……。

 玲喜の防御壁をも包み込んでいき、守られているような温かい気持ちになる。安心感が全身を駆け巡った気がした。

「ゼリゼ」

 振り返りながら、防御壁で守ってくれた人の名を呼ぶ。

「玲喜、無事か?」

「ゼリゼ。ありがとう。助かった。そっちの揉め事はもう良かったのか?」

「ああ、済ませてきた」

 少し後で背後の扉も開かれ、そこには息を切らしたラルとアーミナがいた。

 ゼリゼは防御壁の形を大きく変化させて範囲を広げると、玲喜以外にも流れ弾が当たらないよう扉周辺を全て覆った。

「それよりも玲喜、防御壁はいつ覚えた?」

「浄化壁の練習してたら偶然出来るようになったんだ。アーミナもありがとうな。この通り無事だ……、ラル……その袋もしかして……っ、うっ、え」

 ラルの持っている袋の中からまた甘い香りが漂ってきて、玲喜は口を押さえてうずくまった。

 座り込んでえずくが、もう何も出てこなくて口の中だけが酸っぱくなる。

「玲喜、もしかして悪阻が来たのか?」

 ゼリゼからの問いかけにコクコク頷く。

「あー、ソイツ今甘い匂いが苦手みたいだぞ。さっきも焼き菓子とハチミツの匂いにやられてたからな」

 ラルは慌てて焼き菓子の入った袋を閉じて、ポケットにしまう。

「それで? どうしてアーミナを傷付けてまで玲喜を攫った? 玲喜は俺の妃だ。その従者を傷付けてまで連れ出すとは、いくら兄とは言え勝手が過ぎるのではないか?」

 ——え、やっぱり兄弟なのか?

 問い掛けたいが気分が悪くて玲喜は顔を上げれずにいた。

「妃っつってもまだ王族間で公表してないだろ。誰かさんが大切に大切にしまい込んでるからなあ。まあ、そんなレア種じゃあ仕方ないか。丁度良い。公表する前に婚約解消しろよゼリゼ。玲喜が気に入った。おれに寄越せ。腹の子はそのまま生ませてやってもいいぞ。おれの子はその後で生ませればいいからな」

 マギルがそう言うと、ゼリゼとラルの表情が一瞬固くなり、続いてゼリゼが舌打ちした。

 面白い物が大好きなこの兄二人にバレたくなかったのも有り、玲喜の魔力も適性ゼロだと態々伝えさせたというのに……。大切に囲っていたのが逆に不信感を抱かせてしまい裏目に出た。



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