第20話、双子



「魔力量が多いな。もう少し落とせ。それでは照明器具が壊れてしまうぞ」

「う……案外難しいんだなこれ」

 調整してみたものの、今度は落とし過ぎて指先から魔力が消えてしまう。

「意識し過ぎているのかも知れん。回復魔法をかける時のように、もっと肩の力を抜いてみろ。それから灯りが点る様子を実際に想像してみてはどうだ?」

 一度深呼吸する。頭の中で灯りが点くようにイメージしてから魔力量を調整した。それに呼応し、間接照明に灯りが点る。

「嘘だろ。出来た!」

「呑み込みが早いな。次は十回中何回出来るかやってみろ。その前に一度消せ。点けて消す。この一連の流れを一セットにしての十回だ」

「分かった!」

 幾度か練習して、その日は二人揃ってベッドに転がった。

 いつもは夜遅くまでゼリゼが政務で居なくて、先に玲喜の方が眠りについていた。日本では逆パターンだったのを思い出す。

「そういえばさ、二人同時に寝るのって何気に初めてだな。日本にいる時は初めだけは別々の布団だったし。まあ、途中からはゼリゼがオレの布団に入って来てたけど」

「そうだな。玲喜の側は居心地良い」

 電気を消されて目を瞑る。

「なあ、ゼリゼ……」

 大分間を置いて話しかけた時には、ゼリゼから寝息が聞こえてきた。

 いつも遅くまで仕事をしているのだ。疲れていない筈がない。起こさないようにゼリゼの胸元に軽く手を乗せて玲喜は小さな声で音を紡いだ。

「לְהִתְחַדֵשׁ」

 これが回復呪文だと知れたのは大きい。ゼリゼが疲れている時に役立つから。

「玲……喜?」

「あ、悪い。起こしちゃったか? そのまま寝てていいよ。いつもお疲れ様」

 フッと表情を崩してゼリゼが小さく笑んだ。そんな顔は初めて見たので、玲喜は不意打ちを喰らった気分だった。

 一気に顔に熱が篭り、茹っていく。

「お前のそういう所も好きだ」

 腕を伸ばされ、頬を撫でられた。

 ——顔が良いってズルい。

 何をやっても様になる。熱のこもった視線から逃れるように、ソッと目を伏せた。

「オレも……頑張って仕事をこなしているゼリゼも、好きだよ」

 ゼリゼはまた眠りについている。聞こえていたのかも怪しいが、気持ちを言葉にすると気恥ずかしくて玲喜は暫くの間、ベッドの上に座ったままでいた。

 ——心臓の音がうるさい。

 自分で思っているよりもずっと深くゼリゼに惹かれているのかもしれないと、玲喜は両手で顔面を押さえて悶えた。





 その四日後の事だった。

 今日は昼前から何やら騒がしくて、玲喜は扉を少しだけ開いて外の様子を伺った。

 警備隊が忙しく廊下を行き来している。何かがあったのは分かったが、肝心な内容は聞こえてこない。

 そのまま覗いていると、ゼリゼが歩いて来るのが分かって慌てて扉を閉めた。

「玲喜。バレると厄介な事になるぞ。少し前に城下町でいざこざがあったようだ。ラルと一緒に見てくるから、俺らが帰ってくるまでアーミナ以外は絶対部屋に入れるな」

「分かった。面倒な事になってるのか?」

「ああ。現場に行ってみなければ詳しい事は分からんがな」

 眉間に皺を刻んだゼリゼがため息をついた。「行ってくる」という言葉と共に額に口付けられる。玲喜はそのまま部屋の中で魔法の練習を再開した。

 初めに提示された、灯りをつける、文を出す、浮遊させるといった三種類の魔法は百発百中出来るようになっている。

 今日からはいざという時の為に、防御壁を立ててからの結界内から魔を排除する呪文の簡易版を習っていた。

 以前、ゼリゼの前でやった魔法の強化縮小版だが、これが中々どうして……上手くいかない。強化縮小版は緻密な魔法出力コントロールが必要とされる。

 何度も試している内に、単純な防御壁ならば出来るようになったが。

「ちょっと違うんだよなーこれは」

 項垂れていると扉をノックする音が聞こえた。

「玲喜様、ティータイムにしませんか?」

「ありがとう、アーミナ」

 玲喜は立ち上がり部屋の扉を開ける。

 しかしそこにはアーミナの姿は無く、知らない男が二人立っていた。

 急いで扉を閉めようとするも、足を挟まれ阻止されてしまう。

 ——アーミナはどうしたんだ?

「どちら様……ですか?」

 アーミナ以外には開けるなとゼリゼに言われていただけに、身構えながら聞いた。

 シルバーがかった薄いエメラルドグリーンの髪色と瞳の色、顔立ちが二人とも似ている。

 双子という言葉が脳裏をよぎった。髪の色合いは何処となくゼリゼに似ている。

 ——ゼリゼの兄弟?

 じっくりと観察されるような視線がまとわりついていて、あまり気分が良くない。

 そう考えながら扉を閉めるのを諦めて開くと、少し離れた場所にアーミナが倒れているのが分かって、玲喜は反射的に駆け寄ろうとした。

 だが、双子に腕を掴まれる。

 さっきの声は魔法でアーミナの声質を再生したのかも知れない。

「離せ‼︎ どうしたんだ、アーミナ⁉︎」

 どれだけ引いても掴まれた腕はピクともしなかった。

「お前だろ。ゼリゼが入れ込んでるっていう奴」

「ふ~ん。顔立ちは確かに悪くはないけど骨抜きにされる程美人でもないし、華奢で可愛いわけでもないんだね~どうやってゼリゼに取り入ったの?」

 上から下、裏側まで値踏みをするようにジロジロと眺められるのは本当に居心地が悪い。

 玲喜は先程出来るようになった小さな結界を作るなり弾けさせて、掴まれている腕を引き抜いた。

「関係ないだろそんな事!」

 即座にアーミナの元に急ぎ、うつ伏せになっている体を仰向けに返す。

 殴られたような跡が口元にあり、抵抗したのか体にも無数の怪我があるのが分かって、玲喜は気付け効果もある治癒魔法をかけた。それを見ていた双子が目を瞠る。

「成る程なあ。少し前に感じた浄化魔法もコイツの仕業だな」

 マギルの口角が愉しげに持ち上げられた。

「玲喜、様?」

「気が付いたんだなアーミナ。良かった。でも今すぐ逃げてくれ」

 男二人が歩いて来るのが分かって、玲喜が身構える。

「でも玲喜様!」

「オレは大丈夫だから早く行って。ゼリゼかラルに知らせてくれると嬉しい」

 文を出す魔法を出している余裕はなかった。

 あれはまだ時間をかけなければ出来ない。その代わりアーミナには持続式の治癒魔法と、防御壁の魔法を即席でかける。

 今回は緊張で集中力が増しているのが功を奏した。

「アーミナには持続式の治癒魔法をかけて防御壁を張っている。だから奴らからの攻撃は当たらないから大丈夫。でも物理的な攻撃への効果はまだオレにも分からないんだ。だから捕まらない内に早く行ってくれ!」

「分かりました」

 走り出したアーミナに容赦ない魔法攻撃が降るが、玲喜の張った結界に阻まれ弾き返された。

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