第19話、魔法



 ***



「いや、それは勘弁してくれ」

 城に戻ったのはいいが、夕食からすぐに味噌汁が飲みたいというゼリゼの言葉に玲喜は困っていた。

 玲喜が作るという事は、専属シェフたちの仕事を取るようなものだし機嫌を損ねるばかりか、玲喜の立ち位置までもが危うくなるだろう。

 なるべく諍い事は避けたいし、目立つ行動も取りたくはない。

 理由を話してゼリゼがいつも食べている夜食で手を打って貰った。

 夜食ならシェフたち従業員は休んでいる時間帯なので差し障りないだろう。

 予め使っていい食材をシェフに確認して許可を貰う。そしてその時になった。

 作っている間中玲喜の周りをウロつくゼリゼと、一緒に夜食待ちをしているラルと、数日前から玲喜の従者をしているアーミナの分を考慮し少し多めに作った。

 日本にいる時は値段も手頃で使い勝手の良い豆腐やワカメ、油揚げかほうれん草がメインだったが、今日は魚介類の味噌汁だ。

 玲喜からすればかなり豪華である。それに加えツマミを何品か出してテーブルの上に並べた。

「具が変わるとこうも違うものなのだな。これもこれで良い」

 ゼリゼの言葉にラルが頷いている。

「久しぶりに食べました。これは喜一郎仕込みですか? セレナ様の手料理は壊滅的でしたからね。ダークマターを出された時は暗黒物質を視認出来た驚きと、断ろうかそれとも死を覚悟で食すべきか、という究極の二択を前に本気で悩み、脂汗が止まらなかったのを覚えています。喜一郎に助けて貰わなければ今頃どうなっていたか、想像するだけで寒気がします」

 ラルが自分の両腕をしきりに擦りながら言った。

「玲喜もう一杯だ」

「ボクも欲しいです!」

 ゼリゼに続き、アーミナが瞳を輝かせながら完食しおかわりを要求していた。

 ゼリゼの分を先に入れて、アーミナのも入れる。

「そう。喜一郎からだ。セレナの料理は確かに酷かったからな。オレと喜一郎は何度もあの世を見たよ」

 玲喜が遠い目をする。

 それから表情を崩して笑い、思い出に浸るように玲喜が目を窄めた。

 家族を何より大切にする玲喜は喜一郎やセレナの話をされるのが好きだ。

 日本にいる時は思い出の中で一人でいるのはつらかったが、誰かと共有しこうして懐かしむのは心が温かくなる。

 纏う雰囲気さえも朗らかになって、玲喜の表情を柔らかくさせた。

 その日を境にして夜食を摂るメンバーが決まった。




 ***




「玲喜指輪が出来たぞ」

 話が出てから二週間も経たないくらいの日だった。

 アクアマリンの指輪が欲しいと言った玲喜の元へゼリゼが指輪を持ってきた。

「左手を貸せ」

「うん」

 玲喜の左手の人差し指に指輪を嵌めたゼリゼが呪文を乗せて口付ける。すると、玲喜の体が一度光に包まれたのちに発光が収まっていった。

 玲喜のアレキサンドライトのように色を変える特徴的な瞳の色が、何の変哲もない黒色へと固定されていく。

「お前の瞳は魔力量で色合いが変わるようになっていたようだな」

「何か変わったのか?」

「今は黒一色になっていて、光加減で色が変わらなくなった。俺の指輪と同じ色だったのに少し残念だ」

 鏡を手渡され玲喜も確認すると、本当に黒一色になっていた。

「本当だ。魔力量で変わるもんなんだな。知らなかった」

「それと、お前は知らない内にセレナに魔法の使い方を習っていたのではないかというのが俺とラルの見解なのだが、本当に心当たりはないか? お前と同じ場所で寝ていると治癒効果に加え、癒しと浄化作用が自動的に働いている気がする。俺がお前の寝床に忍び込んでいたのはそれが理由だった」

「へ?」

 思いもよらない問い掛けに玲喜がキョトンとした表情を作った。

 気にもしていなかった。その前にセレナが異世界人だというのも最近知った事実だ。

 魔法もゼリゼに目の前でやって貰っていなかったら単なるマジックだとしか思わない。

 それを知らない内に使っていたのかも知れない等、露程にも思わなかった。

「少し前に言っていただろう? まじないの言葉があったと。恐らくそれは聖魔法の呪文ではないかと思っている。今でも覚えているか?」

「呪文だと言われれば、確かにそれっぽくも聞こえるな。検査場でラルが口にしていたのと音が似ている。えーと、何だったかな」

 目を瞑って過去に意識を集中させる。玲喜は緩く唇を開いて、その言葉を口にした。

‎「לְהִתְחַדֵשׁ」

「っ!」

 それは人間本来が持っている自然治癒能力をかなり向上させる呪文だった。

 玲喜と寝ていると疲れが取れるのと同時に睡眠の質が良くなる理由が、ゼリゼの中で確信に変わる。

 恐らく玲喜はある程度の回復系の呪文なら詠唱を破棄してかけられる。

 しかも本人も意図せず無意識下で行い、それを自動で回し続けているのだから脅威的だとも言えた。

 魔法を知らなかったどころか、幼い頃から魔法のスペシャリストから、生活に溶け込むようになるまで、英才教育を受けていたなど本人は知る由もなかったのだろう。

「玲喜、それは中級レベルにあたる回復系の呪文だ。その時セレナは何か言ってなかったか?」

「特に。まじないの言葉もあれば効果がアップするよ~くらいしか。セレナって意外と性格緩かったからな。でもオレ普段はまじないの言葉なんて使った事もないよ」

「他にも何か習ったか?」

「うん。でもこれは効果がよく分からないんだよな」

 言いながら、玲喜が首を捻った。

「どうしてそう思った?」

「何に対して効くのかが分からないんだよ。だから意味が無いんじゃないかな? て思ってた。セレナには、何か嫌な気配を感じたら使えって言われたけど、そんなの今まで感じた事もなかったし」

「やってみろ」

 ゼリゼの言葉に頷き、玲喜はまた口を開いた。

‎「קירי אליסון」

 白くて淡い光が玲喜を中心として生まれてどんどん大きさを増していく。光が部屋だけでなく城を全体的に包んでやがて消えた。

 効果が目に見えて現れないのは当然だった。

 玲喜が今唱えた呪文は回復系の呪文ではない。

 聖なる結界を生み出し、魔を完全に結界内から弾き出して浄化する呪文だからだ。

 しかも守備範囲が恐ろしく広い。至る所にあった小さな魔の反応が一瞬にして浄化されて消えた。

 魔力を制御してこの威力なら制御していない時はどうなってしまうのだろう。

 帝国そのものを覆い尽くしてしまうのではないかと考え、ゼリゼは呆気に取られた。

「やっぱり何でもない適当な文言だったか?」

 首を傾げた玲喜を見て、ゼリゼは首を振る。

「玲喜、今のは効果がない所か、高度な呪文だ。結界を張ってその中にいる魔を外に弾き出し、浄化する為のものだ。日本では効果を感じられなくて当然だな。しかしこの国では大いに使える。現に城内にあったいくつかの魔の反応が消えたぞ」

「へー、そうなのか。やっぱりオレには良く分からなかった」

 大きく瞬きした。

 感知能力は無いに等しく、いまいち実感が湧かない。ゼリゼが言った言葉を鵜呑みにするしかなかった。

「他に毒とか状態異常に陥った時の対処法は習ったか?」

「ああ、習った。ゼリゼも知ってる通り、家の周りは山ばっかだったからムカデや毒蛇もいたし」

「そうか。玲喜お前はやはりセレナに光属性魔法の中でも聖魔法について、必要な事は教えて貰っている。生活する上でも必要だったというのもあるのだろう。攻撃魔法は魔法概念のない日本では必要とされない。あそこは攻撃魔法とは一番縁のない場所だ。しかしマーレゼレゴス帝国では魔物も彷徨いている。魔法が使えなければ不便だろう。それなら光属性魔法の中から応用のきく魔法を教えようか。知りたがっていた、灯りを付ける、文を送る、光属性特有の敵から身を守り魔を祓う防御壁の作り方の基本的な三つと、物体を浮遊させる魔法に絞るとしよう。先ずは利き手の指先に意識を向けてそこに魔力を乗せるように集中してみろ」

 そのまま魔力量を調整しての特訓が始まった。

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